解決
サブタイトルを「解決」としていますが、完結ではございません。紛らわしいですが、ご了承願います。
温くなった紅茶を一口飲む。
「―成る程。天国、ね」
青年から反応は返ってこない。見ると、過去の情景にすっかり浸ってしまっている。
「すうっと、消えたんです。嗚呼、怖かった」
「―米谷君。その時の状況は良く解った。葬儀に出た時のことを話してくれないか」
「すうっと―え?あ、ご、御免なさい。葬儀ですね、葬儀」
相当動揺したのか、残った紅茶を一気に呷って青年は咽せた。
「す、すいません。……出席したのは偶然なんです。と言うより、葬儀を見つけたと言った方が正しいかもしれません。僕は美貴さんの実家を知らなかったし―ええ、知らなかったんです。あの、彼女と最後に逢った日の、翌日のことでした―」
米谷は前日のショックから立ち直れず、大学を休んで、目的も無く町を徘徊していたらしい。精神的に相当追い詰められていたんだろう。その時、不意に線香の匂いが鼻を掠めたという。
「しばらく歩くと、読経の声も聞こえてきました。別に誘われたわけではないんですけど、気がつくと大きな家―日本家屋と言うのでしょうか―の門の前に立ってました。すると、葛原、という表札の横に、『故葛原美貴様葬儀式場』と大きな文字で書かれた看板があったんです。一瞬だけ、昨日別れてから交通事故にでも遭ったのだろうかと考えましたが、それでも信じられませんでした。どうしても自分の目で確かめずには居られなくなり、急いで家に帰って一度しか着たことのない喪服を引っ張り出して、もう一度戻ったのです」
参列者に混じって門の中に入ったはいいものの、受付に行くのは抵抗があったらしい。その場で逡巡していると、葬儀を抜けて庭で話し込んでいる喪服の婦人達の声が耳に届いたそうである。
―何故葬儀が遅れたのかしら?美貴さんが亡くなったのは五日前でしょう。
―そう。私にも良く解らないのだけど、何でも検死と言うの?それに時間がかかったとか……。でも、彼女は飛び降り自殺でしょう?変だわね。
五日前。
「もう訳が解らなくなりました。とりあえず、羞恥心と言いますか、そういうものを捨てて、というより無くなってしまって、受付で記帳しました。香典なんか用意してなかったので受付の人は明らかに怪訝な顔をしてましたが、気にする余裕も無かったのです。写真は、焼香の時にこっそり写メを撮りました。不謹慎にも程がありますよね。でも僕の中では彼女はまだ生きていたんです。だから、その時はあまり罪悪感も感じなくて……」
「まあ不謹慎やら罪悪感やらはこの際置いておこう。君も混乱しただろうから。それで、そのまま帰ったのか?」
「ええ」
「そうか。葛原家の住所は解るかい?」
米谷は携帯を取り出した。住所を携帯に記録していたらしい。
「有り難う。他に何か話していないことは?」
「いいえ。これが、二ヶ月前僕の体験した全てです。隠していてすいませんでした」
「最初から話してくれるに越したことはなかったが、まあいいでしょう。それで、君はどうする?」
「どうするって……」
「私は探偵だ。君の依頼は、葛原美貴を探してほしい、だろう?その依頼を解決することが私の仕事だ。そして、私の答えはこうだ。葛原美貴はすでに亡くなっている」
「ちょっと、所長」
麻衣が非難の目を向けてきた。米谷は蒼い顔をしている。構わず私は続けた。
「依頼は解決した。報酬を貰おうと思う」
所長―と今度はもう少し強めの口調で麻衣は言った。
「では、米谷君が六月二十六日に逢ったのは、誰なんです!彼の話によれば、美貴さんは二十二日に亡くなっているんですよ!」
「その日の出来事は全て米谷君の妄想だ」
「そんな……」
米谷は二人の喧騒をよそにずっと黙っていたが、やがて口を開いた。
「……依頼を変更します。いや、追加でも構いません。追加分の依頼料も支払います。それでいいですか?」
「いいでしょう。依頼は?」
「僕が―六月二十六日に逢った女性を探してください」
「了解しました。依頼変更、ということにしておきましょう。料金は最初に言った通り、一律十万円だ。おそらく次に君を呼び出すのは、依頼を解決した時だろう」
「期待しています。では、僕はこれで」
紅茶、御馳走様でした―。
青年は麻衣に礼を述べながら事務所を出ていき、麻衣は青年を追って外まで見送りに行った。
応接席から窓際のデスクに戻り、お気に入りの肘掛け椅子に座りながら考え込んでいると、五分程して麻衣が戻ってきた。
明らかに怒っている。
「何のつもりです?」
「……何が?」
「先程の答えは解決と言えるのですか!米谷君の中ではまだ何にも解決していないんですよ!」
「彼の心中と、我々が受けた依頼内容は、別にして考えなければいけないよ」
「それはそうですが」
さらに反論しようとする彼女を止めて、私は言った。
「彼の為でもあるんだ」
「は?」
「はっきりと葛原美貴は死んでいるということを彼に言ってやらないと、彼はいつまでも葛原美貴の幻影に追われることになるじゃないか。それより、紅茶が欲しいな」
麻衣はまだ納得していない様子だったが、それにしても言い方というものが―とか何とか言いながら渋々台所に向かった。
窓の方に椅子ごと体を向けると、外はもう暗く、ビルの隙間から見える空には二つ三つ星も瞬いている。今晩の夕飯はコンビニ弁当になりそうだな―などと思いながら、ほんの一瞬、夕闇に浮かぶ神社を幻視した。
「辞めると言うのに、何故遅れたのかな―」
私が呟くと、麻衣は足を止めて怪訝そうに振り向いた。
「何か言いました?」
「いや、何でもない」
しばらくすると、お客様が帰ったから市販の紅茶です、と多少棘のある声が台所から聞こえてきた。
私は肘掛け椅子に身体を預け、一つ溜息を吐いた。
駄文ですが、お許し下さい。