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境界  作者: 白烏
3/11

仮説

 夕食は応接用のテーブルで食べるのが、習慣である。

 オムライスにオニオンスープ、サラダ。

 私の助手の得意料理である。

「御馳走様でした」

 どれも、とても美味しかった。

「何故、受けたのですか」

 私が食べ終わるなり、先に食事を終え、指定席である助手専用デスクに頬杖を突いて私を睨みつけていた麻衣が突然口を開いた。

 私が食べ終わるのを待っていたのだろう。

 食事中もずっと依頼のことを考えていたに違いない。

「面白そうだから、と言っただろう?麻衣君、君にも手伝って貰いたい」

 麻衣は急にデスクを両手で叩いて立ち上がった。

「死人を探せと言うのですか!頭がおかしいわ!」

 助手は明らかに混乱し、憤っている。

「落ち着きなさい。戸惑うのも無理は無いが……探偵である以上、私は米谷君の依頼を解決したい」

「解決も何も、最初から答えは解っているじゃないですか!彼女――美貴さんは彼岸あのよにいるのです。大方、米谷君は想い人に死なれて、それが信じられないんでしょう。だからといって探偵に人探しの依頼をするなんて、異常です」

「それは間違っているよ」

 私は静かに反論する。

「この写真は、葛原美貴の葬式の時に撮られたものだろう。つまり、米谷君は葬式に出席している。彼女が死んでいることを知っているんだ。それに異常という言葉を軽々しく口にしてはいけない。正常、異常を決めるのは私達の曖昧な認識に他ならないし、そういう分類カテゴライズで物事を捉えていては、見誤るよ」

 助手はばつの悪そうな顔をして、静かに座った。良く見ると、目を潤ませていた。

「御免なさい……。軽率でした。探偵の助手失格ですね」

「そんなことは無い。君はこんなに美味しいオムライスを作れるんだ。探偵助手としての素質は十分有る」

 下手な励ましにも関らず、麻衣は目を潤ませながら微笑んだ。

 思わず目を逸らす。

「でも、米谷君は何故、このような依頼を?」

「うん。君の推理もあながち間違ってはいないと思う。彼は、葛原美貴が生きていると思っているんだ」

「死んでいると知りながら、生きていると思っている?矛盾、してませんか」

 その矛盾にこそ――この奇妙な依頼の鍵が有るのだろう。

「米谷君は美貴さんのことについて、どれ位知っていたんですか?」

 葛原美貴。

 年齢、二十三歳。

 大学を卒業後、某有名大学の大学院に進学。

 彼女が大学院の近くに借りた下宿が、米谷武の両親が大家をしているアパートであったことから、二人は親しくなったらしい。

「最後に会ったのは二ヶ月前――六月二十六日。それ以来、彼女は米谷君の前から姿を消した」

「二ヶ月前?私が相談を受けたのは確か、丁度ちょうど一週間前のことです。大分、間が空いていますね」

「探さないで――と言われたそうだよ。二ヶ月間、誰かに相談するべきかどうか、迷っていたんだ」

 麻衣は顔をしかめた。

 先程の事をまだ引きずっているらしい。

「麻衣君、君の推理も強ち間違っては無いと言っただろう?彼の依頼は、人探し・・・なんだ。彼女が死んでいると知っていて、彼女が生きていると思っている。これは奇妙だ。ここからは私の勝手な推論に過ぎないが、この矛盾を解く仮説を一つ、立てた」

 一呼吸置く。麻衣も此方をじっと見つめている。

「彼は、彼女が亡くなった日より後に、彼女と会ったのではないだろうか」

 私の助手は少し気が抜けたように、ふっ、と息を吐いた。

「先程の発言は撤回しますが、それでは矛盾を矛盾で説明しているようなものではないですか?」

「ふふ、君の頭の良さには常々、感心する。その通り。しかし、そこから更に幾つかの仮説が立てられることが解る。私の考えたケースは三つだ。一つ、彼女の亡くなった日は彼の思い込みで、実際は行方不明となった後に亡くなったケース。二つ、彼女が亡くなった後、彼が会ったのは、別人であるケース。三つ、遺影と葛原美貴が別人であるケース」

 一つ目の場合は、単純である。何故米谷が亡くなった日を勘違いしたか、という疑問は残るが、彼の思い込みを修正してやれば、依頼は解決する。

 しかし、二つ目と三つ目の場合、問題が生じる。

「第三者の存在、ですね」

「そうだ。それも、米谷君が、葛原美貴と思い込む程、彼女と良く似た人物」

「美貴さんには姉妹がいたのでしょうか」

「そう考えるのが妥当な気もするが、如何だろう。彼女の家族構成を、米谷君は知らなかったからね。ただ、本当の問題は、その第三者――エックス、としようか――が米谷君の前で葛原美貴を装ったことだ」

「成る程。二つ目の場合、美貴さんが亡くなった後、米谷君が会っていたのがエックス、という訳ですね。でも、三つ目の場合、如何なるんです?」

 三つ目の場合、米谷と逢瀬を重ねていたのは最初から最後まで葛原美貴――ということになる。それは、葛原美貴が死んでいない、ということでもある。

「つまり、遺影がエックスで、葛原美貴はまだ生きている、ということですね。ややこしいですが」

「そうなるね。米谷君は他人の葬式に出席したにもかかわらず、それを美貴さんだと思い込んでしまった、という仮説だ。その場合、何も不思議な現象は起きていないし、エックスが葛原美貴を装った、というよりも米谷君が――誤解を恐れずに云えば、勝手に――エックスと葛原美貴を結びつけてしまった、ということになる。……まぁ、長々と説明したが、今までの推論は、あくまで全て机上の空論だ。実際は、全く違った筋書きなのかもしれない。とりあえず、私は明日、葛原美貴の下宿に行こうと思う。麻衣君、明日、大学は?」

「行きます。レポートは今日終わったんですが、明日から三日間集中講義が有るので。米谷君も履修してた、かな?」

「じゃあ、米谷君の様子を見ていてくれないか。彼の精神状態は今、おそらく非常に不安定だ。任せたよ」

「ええ。助手としての本領発揮でございますわ」

 彼女がわざとらしく敬語を使う時は、少し怒っているか、少し照れている。

 外は、すっかり暗くなっていた。

 投稿が遅れる予定でしたが、掲載しました。おそらく、今後は不定期更新になると思います。論理の破綻など、あるかもしれませんが、御承知下さいます様、よろしくお願いします。

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