訪問
何故だろう。
貴方は生きている。
そして、死んでいる。
嗚呼。
貴方は、境界を越えてしまったのですね。
僕も、其方へ――行けるだろうか。
白い壁。
白いカーテン。
風が、部屋を抜ける。
私が心地良い眠気に身を委ねていると、ちりん、と呼び鈴が鳴った。
「どうぞ」
私はしぶしぶ立ち上がった。
夢か現か解らない中途半端な状態から急に覚醒させられて、少し腹立たしかった。時計を見るに約束の時間であるし、それは理不尽な怒りではあったが。
ドアが緩慢と開き、眼鏡を掛けた猫背気味の青年が恐る恐る入ってきた。
「失礼、します。先日、電話した者です」
「お待ちしておりました。どうぞ、お座り下さい」
不機嫌さを微塵も出さず来客用のソファを示したが、青年はドアの前に突っ立ったまま私の部屋を眺め回していた。
「何というか……出来すぎですね」
「私の趣味でね」
白を基調として、均整のとれた一室。
全ては自分が最も落ち着くようにデザインした部屋である。
「白昼夢を見るには最高の部屋だよ」
私がそう言うと、青年は笑った。笑うと妙に妖艶な顔立ちになるな、と私はぼんやり思った。
「何となく、解る気がします」
青年は観察を続ける。
余り気持ちの良いものではない。
「とりあえず座りなさい。依頼を聞かなければならないから」
人を探して欲しい、と電話の向こうの声は言った。
詳細を語ろうとする電子音を遮り、詳しい話を聞きたいので後日改めてお越しいただきたい――と面会の約束を交わしたのが三日前。
正直、来るか来ないかと問われれば、八割方来ないと答えただろう。
私立探偵ほど時代錯誤な職業は無い――と自分でも思う。
子供の頃、シャアロック・ホームズにどっぷりと嵌り、教室の片隅で文庫本のページを捲りながら、「探偵」が活躍するあの世界に居る自分を、何度も夢想した。
そして。
私は、「探偵」という肩書きが無性に欲しくなった。
探偵事務所を開業し、念願叶って「探偵」の称号を手に入れたが、私の中の醒めた理性は、それが所詮道楽であることを重々承知していた。
尊敬すべきあの名探偵と違い、私には、私を頼って訪ねてくる刑事もいなければ、私を慕って調査の手伝いをしてくれる少年探偵団もいない。
助手だけは、いる。
守宮麻衣。
二十歳になったばかりの才媛で、本来大学は夏休みの筈なのだが、今は締切の近いレポートが有るらしく、大学に行っている。
とにかく、生計が成り立たなければ、すぐに辞めるつもりだったのである。
しかし、去年――開業して何ヶ月かで既に廃業寸前だった我が事務所に、思わぬ収入が舞い込んだ。
それもかなり多額の。
そのお蔭で幸か不幸か、今も道楽を続けている。
青年が電話で依頼の詳しい内容を話そうとするのを止めた理由は他でもない。「来ない」と思ったからである。
来なければ依頼を受けることは出来ない。
依頼を受けなければ報酬を得ることも出来ない。
報酬が無ければ――聞いただけ損である。
探偵と言えども商売。
それは、シャアロック・ホームズが教えてくれたことではなく、私の人生経験である。
ともあれ、青年は意に反して訪れた。
青年によって淡々と語られた依頼は、私には――というより常人には――理解し難いものであった。
駄文ですが、お許し下さい。
8/24 助手(守宮麻衣)の説明を追加