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SECT.3 異国ノ歌劇団

 居住区を分けたのは、そのためか。

 人気のない城の理由をようやく理解した。

「ずっとこのままでいられるはずもありません。いつかは発露するでしょう。その時、ミリアがどれだけ傷つくかと思ったら、僕は居ても立っても居られないんです」

 震える声は、ただ少女が傷つくことを厭う少年のものだった。

 柔らかな人当たりも、優しい雰囲気もすべて、周囲から自分とあの子を守るための防壁で。重ねた嘘を塗り固めてきたのだろう。

「どうしよう……僕はいったいどうしたらいいんでしょう? 僕もミリアも、オリュンポス失格です。皆きっと、とうに僕らの事など見限っている」

「……なぜ、それを俺に言うんだ?」

「貴方なら現状を打破してくれそうだと思ったからです。いい方向でもいい。悪い方向でもいい。きっと何か変えられると思いました」

「買い被りだ」

「正当評価ですよ」

 ポピーは顔を上げて笑った。

「貴方が来たとき、何か変えられるんじゃないかと思ったのは本当です。政治的理由なんて関係ない。貴方を此処へ留めたのは、僕の我儘エゴです」

「でも、おかしいですね。こんなことを話すつもりじゃなかったんですけど」

 照れくさそうに少年は笑った。

 少し綻べば、流れ出すのは簡単だったのだろう。ずっと抱えていた悩みが、苦しみを吐き出したようだった。

 3年間、長かっただろう。

 俺は器用な慰めの言葉など持たないから、ただこうして懺悔を聞いてやることしかできない。それ以上に罪深い自分が、ポピーに言葉をかける資格などありはしない。

 だから、ただ、思う事だけを口にした。

「もしこの城の皆が落胆しているならとうに見放しているはずだ。が、此処には多くの人が残っている。みな、落胆などしていない。きっとお前と同じ気持ちのはずだ」

 俺は少しだけ城の者の気持ちが分かる気がした。

 虚勢を張った幼い子らの精一杯を否定することなどできはしなかったのだろう。ただ、いつか訪れるこの時に、助けられるように静かに傍に仕えたい。

 きっと、この二人を知る者ならば皆そう思うはずだ。

 ただ惜しむらくは、その行いを止める者がいなかったこと。

 それを聞いたポピーは、泣きそうな顔をして笑った。

「貴方は不思議な方ですね。どうしてそんなことが断言できるのですか。会ったこともない相手でしょう? あえて僕ら以外、この城で誰にも会わせなかったんですから。それなのに――貴方にそんな風に言われたら、本当にそんな気がしてきてしまうのは何故でしょうね」

 返答に困っていると、ポピーはぽつりと呟いた。

「到底、敵う気がしません」

「何がだ」

「秘密です」

 首を傾げると、ふふ、とポピーは笑った。

「僕も、貴方のような導き手が欲しかった」

 聞き覚えのある台詞に、思わず唇の端が上がる。

――俺も、あなたみたいな兄さんがいたらよかったな

 そう言ったレメゲトンの少年は、今や革命軍の幹部候補として名乗りを上げている。

「4年前に、同じことを言ったヤツを知っている」

 きっとこの少年も大丈夫だ。

 ライディーンと同じ、困難を乗り越えて、さらに成長する力を持っている。

「本当に、貴方は変わった方だ」

 ポースポア、『光草ひかりぐさ』の名を持つ少年は、そう言ってもう一度笑った。

「さて、本当に話したかったのはこの事じゃないんです。何故でしょうね、大会が終わるまでは隠しておこうと思っていたのに、全部話してしまいました」

「勝手に話したのはそっちだろう」

 言い返すと、さらにくすくすと笑い声が追ってきた。

「それだけの運命を背負って、それだけの人生を歩んできて。当たり前のように人を諭すのに、ひどく子供っぽいんですね。だからいろいろと話しやすいのかもしれません」

 まさか10も年下の少年に子供っぽいなどと言われる日がこようとは。

 しかしながら、あまりにストレートな物言いに、失礼だと怒る気力も起きなかった。というよりも、こちらがこの少年の地の性格なのだろう。

 この物言いにしてしまった原因は自分の方にもありそうだ――全く、身に覚えのない嫌疑だが。

「で、何の話をするつもりだったんだ?」

「ミス・グリフィスの話です」

「?!」

 思わず目が覚めた。

「少し前の話になります。そうですね、ちょうどクロウリー伯爵がミリアの結界内にいた頃の話です。この居城全体を包んでいるミリアの結界が一部破られ、何者かの侵入を許しました。侵入と言っても物理体ではなく精神体なんですけれど……そう、『遠く離れた場所から城内を見たり、聞いたり、気配を感じ取ったり』……平たく言えばそういう事です」

 遠く離れた場所から。

 俺はその能力をよく知っている。

 まさか、あいつが?

「しかしながら、気配の残滓は天使のものでした。それも、まるで僕らにわざと分かるように遺して行ったかのように不自然に。僕らも解析しようとしたのですが、僕もミリアは探索能力に優れたオリュンポスではありません。なので、アーディンに頼んだんです」

「アーディン……あいつは天使の力を使えるのか?」

「言うと怒るんですけどね。探索能力は僕らの比較になりません。時折、こっそりお手伝いしていただくんです」

 筆頭医師のアーディン。咥え煙草の不良医師。気配から天使の力を継いでいることは分かっているが、それ以外の素性は全く知れない。

「アーディンが見た処に依りますと、気配は残っていないが、破られた感覚で『二人いた』ということです。天使の気配が、もう一人の気配を完全に消去していったようです。その天使というのがどうやらアノヒトで、アーディンの機嫌が悪くって。それ以上は詳しく聞けませんでした」

「孤高の伝道師か?」

「はい」

 孤高の伝道師『ウリエル』。俺がリュケイオンに飛び込んだ際になぜか助けてくれた天使の名だ。あの天使も何が目的なのかよくわからない。アーディンとウリエルのつながりも正直よくわからない。おそらくは、俺とマルコシアスのような関係だと思うのだが。

 分からないことだらけだ。とりあえずこの問題は置いておこう。

「いずれにせよミス・グリフィスが――と、既婚者への敬称としてはふさわしくありませんでしたね。ミセス・グリフィス? いえ、ミセス・クロウリーでしょうか」

「俺がクロウリー『伯爵』ならばあいつはグリフィス『女爵』だ」

「ではそうお呼びしましょう。いずれにせよ、グリフィス女爵がリュケイオンに入った可能性は高いでしょう」

「……そうか」

「それからもう一つ、決定的な情報があります」

「何だ?」

「『歌劇団ガリゾーント』」

 ポピーが告げた名に、どきりとした。

 嫌ほど聞き覚えのあるその名は、あのくそガキを託してきたモーリとルゥナーの楽団の名だ。

「発祥は大国ケルトの歌劇団ですが、今は旅団として活動しているようです。その歌劇団が先日、セフィロト国からリュケイオンへ入国しました。そして今、この街で最も大きな劇場で公演を行っています。演目は『リオート=シス=アディーンの生涯』。珍しいケルトからの旅団ということもあって、連日満員です。音楽も素晴らしいのですが、特に役者陣の評価が高いようです」

 心臓の音が耳元で鳴り響いている。

「主役を演じているのは歌姫のルゥナー=ミタール。サヴァール将軍役はグリック=ロンド。悪鬼ロキ役にフェリス=ハウンド。豊穣神フレイに客演のヤコブ=ファヌエル。それから、戦女神フレイアには同じく客演のグレイシャー=ロータス」

「!」

 もう、疑う余地はなかった。

 全身から力が抜けた。

 あいつがリュケイオンにいる。それだけでもう十分だった。

「ルゥナー=ミタールとグレイシャー=グリフィスの人気は凄まじいですよ。ほんの何週間かで、この街でその名を知らぬ者の方が少なくなりました。グリフィス女爵はとてもお綺麗な方らしいですね」

「……ただの鳥頭の阿呆だ」

 どうにも返答のしようがなく、そう答えると、ポピーはくすくすと笑った。

「ルゥナー=ミタールとグレイシャー=グリフィスの二人は今回の武道大会の『踊り子』審査にも出場する予定のようですよ」

「踊り子審査?」

「武道大会では毎年、神前舞踏と呼ばれる儀式を行います。実際の武道大会を開催する前に、軍神アレスに対してこれから行う大会を見守ってくれるようにと祈りを捧げるための舞踊です。選ばれた3名の『踊り子』たちが剣舞を披露する、というものです」

 踊り子。あの歌姫ならともかく、あのくそガキが踊り子……?

 どうにも想像できず首を傾げていると、ポピーはくすくすと笑った。

「あと3日もすれば本格的に審査が始まります。勿論、その様子をご覧になることはできますよ?」

「……考えておく」

 ポピーはソファから立ち上がり、盆を手にした。

「そろそろお暇しますね。」

 部屋の扉を開けるところで振り返り、柔らかく微笑んだ。

「よい夢を」

 ぱたん、と扉の閉じる音。

 確かに、よく眠れそうだ。

 胸の中に灯った安堵を抱え、床に向かった。


 あいつが生きて、この地にいる。それだけで十分だった。

 そのせいで、役者の中に不穏な名前が混じっていたのも完全に聞き落としていた。



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