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SECT.2 懺悔

 芥子を身内に取り込んでから、息苦しさで目覚めることが多々ある。

 今夜もそれだった。

 動いていないと気分が悪いので、宛がわれた部屋を抜け出した。

 しんみりとした空気が廊下を満たしている。まっすぐに見える廊下の先が見えないのは、微かに湾曲しているせいだろう。最初からこの中にいた俺は、この居城の形をよく知らない。

 が、グリモワール王国時代のかすかな記憶では、軍神アレスの居城は円形のコロッセオだったと思う。

 だとすれば、この廊下を一周すればまたこの場所に戻るだろうか。

 この城は、グリモワール王都ユダのジュデッカ城と違い、人気がない。この城を維持するだけでもかなりの人員を割くと思うのだが、軍神アレスとミリア、それからポピーと医師のアーディン以外、ほとんど人の姿を見かけない。

 以前、そのことをちらりと聞くと、ポピーは階層が違うのですよ、と言っていた。下の階層には常駐する騎士団員や政務に関わる人々がいるらしい。

 そしてそのさらに下は、闘技場になっているのだという。

 なんとも不思議な構造だ。

 ずいぶん歩いても同じ景色しか見えないし、下る階段も上る階段も、そもそも窓の一つも見当たらない。

「目印でもつけておくべきだったか」

 要するに、戻れない。

 戻るべきか進むべきか決めあぐねていると、人が近づいてくる気配がした。

 よく見れば少し湾曲している廊下の向こうから、灯りが見える。

 この場内で敵とは考えにくい。腰の剣からは手を離し、しばらく待つと、向こうから現れたのは金髪のオリュンポスだった。

「クロウリー伯爵。どうなさいましたか……眠れませんでしたか?」

 柔らかな笑みをたたえたポピーに、迷子になったとも言えず。

「……ああ」

 ただ肯定した。

 眠れなかったのは事実だ。

 ポピーはただニコリと笑って、灯りを掲げた。

「ちょうど僕も眠れなかったところなんです。部屋で暖かい香茶こうちゃでもいかがですか」



 ポピーは俺が迷子だったことに気付いているのかいないのか、何も言わずとも俺の部屋の前まで案内すると、少し待っていてください、と自分は外に出た。

 しばらく待っていると、湯気の立つポットとカップを二つ、盆に載せて戻ってきた。

 部屋に備え付けてあるソファの前の硝子机の上に置くと、慣れた手つきでカップに香ばしい液体を注いだ。

 この国に来てからよく飲む、『香茶こうちゃ』と呼ばれるそれは、『紅茶』とはまた少し違い、名前通り非常に香ばしいのが特徴だった。

 どうぞ、と差し出されたカップを手に取ると、隣に座っていたポピーはにこりと笑って俺の方ににじり寄った。

 わざとなのか、挑発するように俺を上目づかいに見上げながら。

「無防備ですね、こんな夜更けに女性を部屋に招くなんて、あらぬ誤解を招きますよ?」

「は?」

 思わぬ言葉に、それこそ無防備な声が出た。

「何を言っている、ポピー。お前は男だろう」

 当たり前のようにそう言い返すと、ポピーは柔らかな金色の髪を揺らして驚いた顔をした。

 が、それは一瞬で。

 すぐにいつものようにくすくすと笑った。

「何だ、気づいてらしたんですか」

「最初は騙された……が、俺を支えた力が女のものとは思えなかったからな」

 他にも気づく要素はあったが、口にするのは野暮だろう。

 ポピーは笑みをたたえたまま、静かに告げた。

「隠しているわけじゃないですよ。勘違いしている方の方が多いですけど。いずれにせよ、美神アフロディテは女性だというイメージが強いですから、この格好の方が都合のいいことが多いんです。特に、軍神アレスと美神アフロディテは領地が隣り合っていることもあって式典でも並ぶことが多いですし、領地はほとんど一緒に治めているようなものです。僕が長くここに滞在していられるのもそのためです。だから、軍神アレスと美神アフロディテは対である必要がある(・・・・・・・・・)

 一瞬だけ素顔に戻ったポピーは、冷たい光を瞳に灯した。

 まるで、何かを決意するかのように。

「軍神アレスの隣に立つのが金髪の男では格好がつかない、とでも言うのか?」

「こういう職業は、内面以上に見た目が重要なのは貴方もご存知でしょう。悪魔騎士と呼ばれた貴方ならその容姿が後押しになりこそすれ、疎ましいと思ったことなどないでしょう?」

 そういわれてしまっては、返す言葉がない。

 戦場に映える自分の容姿に感謝したことすらある俺がどうこう言えるものではない。

「だからミリアは、アレスや貴方を手元に置きたがるんです。自分にないものを持つ貴方に憧憬を抱いている」

「……まるでミリア自身が軍神アレスであるかのような言い方をするんだな」

 勘ぐってそういったが、笑顔で誤魔化されてしまった。

 ポピーは香茶を口にし、肩の力を抜いた。

「そして何より、アレスは――彼女の父親にとてもよく似ています」

 カップの中の水面に誰かの面影を映すように、ポピーは視線を伏せた。

「ミリアの父親?」

「ええ。3年前、東の戦禍に巻き込まれて亡くなった、先代軍神アレスです」

「……!」

 思わず息をのんだ。

 確かに東方にはセフィロト国やリュケイオンのような大国はなく、小さな国の集合体で、常に小競り合いを繰り返しているが。

 リュケイオンが東の戦に手を出し、さらにはオリュンポスを一人失うような事態になっているなど、初めて聞いた。

「国際社会にほぼ口を出さぬリュケイオンが東の戦に軍神アレスを派遣するとは、いったい何があったんだ?」

「東の戦への出兵に関して、詳しい理由は様々ありますが、あまりに国境近くだったというのが大きな理由です。リュケイオンの領土に飛び火しかねなかった。国土の自衛は主に、軍神であるアレスの役目でしたから」

 悲しげに微笑むポピーも、先代軍神アレスを慕っていたのだろう。

 一息ついて、ポピーは話を続けた。

「今のアレスは、その戦で瀕死の重傷を負っていたため、僕は治癒するために戦場に呼ばれました――でも、結果は貴方と同じです、クロウリー伯爵。父親を亡くし、新たな拠り所を求めたミリアは、彼を芥子の毒で縛り付けてしまった」

「そして、今に至る……か」

 ポピーは空になったカップをテーブルに戻した。

「クロウリー伯爵、僕はもうミリアに辞めさせたいんです」

 泣きそうな声を絞り出したポピーは、ようやく年相応の少年に見えた。

 ミリアもポピーも、大人びている。二人とも十代半ば過ぎだろうに、オリュンポスの責務を負っていることは紛れもない事実だ――ポピーははっきりと告げたりはしないが、ミリアが現在の軍神アレスであろうことは間違いない。

 3年前にすでに美神アフロディテであったポピー。

 軍神アレスの領地と美神アフロディテの領地がほぼ同一に治められている、という事実があるならば納得できる。経験を積んだミリアの父親がいれば、年若いポピーでも少しずつ債務を覚えていくことができただろう。

 しかし、3年前に事故は起きた。

 先代の軍神アレスはなくなり、幼いミリアがその職を継いだ。

 そして、未熟なオリュンポスが二人、残された。

 幼いなりに二人は悩んだのだろう。自分がオリュンポスとしてどう行動すべきか、考えに考えた結果が、この姿だった。

 ミリアは赤髪の男を軍神アレスとし、ポピーは女性のような姿になった。

 その時にいったいどういう公表がなされたのかはわからないが、国民は本物の軍神アレスはあの東方民族の赤髪の男だと思っており、ポピーの事は少女だと信じているようだ。

 そうして話がこじれたまま3年が経った、と。

 これでようやく、この城の人物の素性が知れた。

 隣で俯いたポピーの頭に、ぽん、と手を乗せた。

 よく悩んでいるくそガキに対してそうしてやるように。

「お前がそう思うなら、俺もできる限りで助力しよう」

 はっとポピーが俺を見上げた。

 みるみる顔がくしゃくしゃになって、見られないようにと両手で顔を覆った。その仕草はまるで女性のようで、なんとなく不思議な気はしたが、そのまま頭を撫で続けた。

「お前、いくつだ?」

「……17……次の誕生日が来たら、18です」

「まだガキだな」

 そういうと、ポピーは途切れ途切れに、クロウリー伯爵には言われたくありません、と生意気なことを告げた。

 しかしながら、オリュンポスになったのは15の時。俺なら騎士団に入りたての頃だ。放り出されるにはまだ早すぎる年齢だろう。

「他のオリュンポスはこれを知っているのか?」

「分かりません。ゼウス様はご存知かも。ここは国境で、あまり他のオリュンポスと交流がありません。それが幸いしたのか、不幸だったのか、皆、あまり知らないと思います」

「城の皆は知っているのか?」

「知っている者と知らない者が……前軍神アレスの時代から仕えている方たちはご存知です。何もおっしゃいませんが、きっと僕たちに落胆している」




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