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『心霊 × 仕事 ≒ 恋愛!?今日こそ何も起きませんように!〜自称数珠使いの可愛い先輩と点検に行くと、なぜか怪異に遭遇します〜』  作者: ハジェリ


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20/20

エピローグ


「本当に来られたねっ」


水族館の入口で、御手洗さんが嬉しそうに笑った。


「約束、守れてよかったです」


「うん。いいこいいこ〜」


チケットを受け取りながら、御手洗さんは何度も頷《うなず》いている。


「正直さぁ、辞めた後しばらく連絡くれなかったじゃん?もう連絡来ないかもなぁって、少し思ってた」


「うっ…ほんとすみません」


「大丈夫だよっ、どのみち私から連絡するつもりだったから」



本当なら、もっと早く来るはずだった。


けれど、仕事やら請願寺やら何やらで予定が合わず、気づけば約束してから随分と時間が経ってしまっていた。

それでも御手洗さんは、こうして責めることもせずに、前と同じように接してくれた。


今日こうして久しぶりに会えたことを、それだけで嬉しそうにしている。


「最初はどこから見ます?」


「えーっとねぇ……深海魚にしよっかなぁ」


「渋いところから攻めますね」


「私達、深海ゾーン絶対好きだと思う。個性的な生き物だらけだし」


「確かに。では俺が深海へとエスコートしましょう。予習だけはばっちりですから」


「ジェントルメンですなぁ」


館内へ入ると、照明が少しずつ落ちていく。

外の明るさが遠ざかり、周囲は青白い光に包まれていった。

水槽の中を、ゆっくりと魚が泳いでいる。

その姿を見上げながら、御手洗さんは子どものように目を輝かせていた。


「わぁ……見て見て、綺麗。あれ、なにクラゲかなぁ?」


「オワンクラゲですね、あっちはカブトクラゲです」


「ふわふわしてるねぇ」


「御手洗さんみたいですね」


「えっ、私?」


「なんとなくです」


「なにそれ〜」


御手洗さんは頬を膨らませたあと、すぐにけらけらと笑った。

水槽の中では、白く透けたクラゲが光を受けて揺れている。

その動きは、どこか頼りなさそうに見えるのに、一生懸命にも見えて、目を離せなかった。


「クラゲって、ずっと見てられるねぇ。世の中には、ずっと見ていられるものって沢山あるよね〜」


「分かります。動物にも虫にもいますし、線香花火もそういうジャンル?ですよね」


「虫はわからないけどね」


「そうですか?オサムシやハエトリグモなんかほぼほぼそれですよ」


「虫は違うと思うなあ」


くだらない会話をしながら、隣に並んで同じ水槽を見上げていた。

その距離間が妙に心地良くて、移動するのを躊躇《ちゅうちょ》してしまうほどだった。


──


次の水槽には、色鮮やかな魚たちが泳いでいた。

赤や黄色、青。

珊瑚の間をすり抜けるように、小さな魚が群れを作っている。


「こういうのも綺麗ですね」


「あっ!ニモとドリーだよっ」


「多分違いますよ。沢山いますし」


「おぉ〜、じゃあ親戚かなぁ。あれはクマとクレ。あっちがナンとウブ」


「…おぉ。すげえ」


「ほんと可愛いなぁ。椎茸《しいたけ》には負けるけど」


御手洗さんは、魚たちの動きを追いながら言葉を止めた。


「え?」


「ううん。なんでもないよっ」


そう言って、また笑う。


一時は分からないことを理解しようと考え過ぎて、その笑顔の奥にあるものが重たく感じていた。

笑っているからといって、何も感じていないわけではない。

明るいからといって、苦しくないわけでもない。


けれど、それはそれとして。


御手洗さんが今、俺の隣で笑っていることまで、難しく考える必要はないのかもしれない。

素敵だと思った笑顔を、素敵なまま受け止めればいい。

間違えていたら、その時は謝ればいい。


「次、行きましょう!」


「うんっ!」


御手洗さんは、仕事の時と同じように少し先を歩いていく。


(エスコートすると言ったのになぁ)


その背中を追いながら、俺はふと考えた。


この人と、こうして色んなものを見ていけたらいい。

水族館だけじゃない。

他の動物園も、知らない街も、何でもない道も。

その帰りに寄ったファミレスで、くだらない話をするだけでもいい。


そんな時間をこれからも作っていけたらいいと思った。

けれど、その考えが浮かんだ瞬間、胸の奥が重くなった。


いつまでも隣にいられるとは限らない。

想像しているよりも刹那的な関係で、小さなきっかけ一つで会えなくなるかもしれない。


ここのところ時間があったから、色々なことを考えられた。

けれど、考えれば考えるほど、言おうとしていた言葉は、あの水槽の泡のように溶けて消えていった。


──


アザラシやイルカのショーを観ているときの御手洗さんは本当に童心に帰ったように楽しんでいた。

イワシの群れも迫力があったし、マンタを見たときは「あれに乗りたい」と騒いでいた。「俺と乗ります?」 そう聞くと、御手洗さんは当然のように答えた。「もちろん二人だよっ」

その言い方が妙に自然で、俺は少しだけ気恥ずかしくなった。


それからも色んな生き物を見て回り、時間は早いもので最後の水槽へと来ていた。


一度地下トンネルのようなところを通過して、中央から螺旋階段を上がっていく。



――私達、お魚さんになっちゃった



巨大な水槽の中にあるその空間は、壁一面だけではなく、足元から天井まで水槽に囲われていて、まるで本当に魚になったような、海のような空間だった。


水の中を通った光が、床や壁に揺らめいて、どこまでも泳いで行きたくなった。


御手洗さんが静かになって、それが魚よりも気になってしまい、自然とそっちを向いてしまう。


それに合わせるように、小さな魚たちが、一斉に向きを変えた。


銀色の身体が光を弾き、無数の光の粒となって水槽の中を流れていく。

一度は大きく広がった群れが、次の瞬間にはひとつに集まり、また形を変えた。

まるで、ひとつの大きな生き物が、透明な水の中でゆっくりと身をくねらせているようだった。


一定の形を持たず、流れに合わせて伸びたり縮んだりしながら、俺たちの足元を静かに横切っていく。



御手洗さんは、少しだけ口を開けたまま、それを見上げていた。



その横顔に、青い光が落ちていく。


髪の先に淡い光が絡み、瞳の中にも、水槽の中の光が泳いでいく。


まるで、御手洗さん自身が水の中にいるように見えた。

そのせいか、手を伸ばせば届く距離にいるはずなのに、どこか遠い場所にいるように感じる。


魚たちが、また一斉に向きを変えた。

光の群れが、御手洗さんの側《そば》を横切っていく。


その一瞬、彼女の輪郭が光の中に溶けた。




――気付けば俺は、御手洗さんだけを見ていた。




「……みっくん?」


「あっ…えーと」


「お魚さん、見てないでしょ?」


「見てますよ」


「…私のこと?」


「……」


御手洗さんが、こちらを振り向き、


――目が合った。


「なんてねっ」


そう言うと、また水槽へ視線を戻した。










言わなければ。


ずっと考えてたこと。


本当に伝えたかったこと。


この時間が終わってしまう前に。


今日が過ぎてしまう前に。


また…この人と、離れてしまう前に。







俺は、御手洗さんのすぐそばに立って、深く息を吸ったあと、ゆっくりと手を取った。








「……好きです」






楽しそうに微笑みを浮かべながら、水槽を見つめていた御手洗さんの動きが止まった。


水槽の中では、魚たちが何事もなかったように泳ぎ続けている。




光が二人の間で、静かに揺れていた。




「……え?」


「あなたの事が好きです。大好きです」


一度口にしてしまうと、もう止められなかった。


「御手洗さんと、ずっと一緒にいたいです」


御手洗さんは、しばらく何も言わなかった。


笑ってもいなかった。


やがて、ゆっくりとこちらを向く。


その目には、涙が浮かんでいた。


「……それ」


「…」


「私が言おうと思ってたのに」


「…え?」


「ずるいよぉ」







――大好きだよ。みっくん





その笑顔は、青い水の中で、ようやく咲いた花のように見えた。





思えば、久しぶりに「みっくん」と呼ばれた気がする。

御手洗さんも躊躇《ちゅうちょ》していたのかもしれない。一歩踏み込む事への戸惑いを持っていたのかもしれない。


御手洗さんの声は少し震えていた。


「私、ずっとみっくんの隣にいる」


「……本当ですか?」


「本当だよっ」


御手洗さんは、目元を指で拭った。


「みっくんって、普段はすっごく鈍いのに、大事なときはいつも、欲しい言葉をくれるんだもん」


「すみません」


「謝るところじゃないでしょ」


「確かに。褒め言葉でしたね」



御手洗さんは、またいつものように笑った。

その笑顔を見ていると、胸の奥にあった重さが軽くなった。


これから先、何が起こるのかは分からない。

また怪異に遭遇するかもしれない。

でも、この人と一緒なら、何とかなるような気がした。


「これからもよろしくお願いします」


「こちらこそ。よろしくね、みっくん」







その時。

水槽の向こう側に、妙なものが見えた。

魚の群れに混じって、白い顔が浮かんでいる。




御手洗さんは、俺の腕にそっと手を添えた。


「今日は見ないことにしよっ」


「はい」


「せっかくの記念日だもんねっ。いこっ!」


御手洗さんは、嬉しそうに笑った。


水槽の中では、魚たちが泳いでいる。





二人の影が、青い光の中で静かに重なっていた。

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