43.封印
私は、ゆっくりと息を吸い込み静かに吐き出す。
乱れていた鼓動が、少しずつ整っていくのを感じながら、意識を一点に絞る。
そっと、魔道具に手を伸ばした。掌に触れた瞬間、ぴり、と微かな刺激が走る。冷たいはずのそれは、どこか生きているような感触を持っていた。
目を閉じる。
魔道具は、どこか異質で、触れれば飲み込まれそうなほどの深さを感じる。
……大丈夫。心の中で、そう言い聞かせる。
次に、禁書へと意識を向ける。閉じられているのに、こちらが見られているような錯覚を覚えた。
ぞくり、と背筋が震える。
ゆっくりと、封印のイメージを組み立てていく。一つひとつを、丁寧に。
禁書と魔道具を持つ手に、熱が宿る。靄が、形を持ち始める。それを逃がさぬよう、慎重に魔道具の中心へと、流し込む。微かに、“抵抗”を感じた。禁書そのものが、拒んでいるかのように。
ざわり、と魔力が揺らぐ。
「……っ」
集中を乱されそうになる。
「リア……」
遠くから、ヴィルお兄様の声が届き、私を現実へと繋ぎ止める。
大丈夫……私は、できる。
そして、何かが“噛み合う”感覚。次の瞬間、光が、瞬き、すぐに、静寂が戻る。
目を開けると、そこにあったはずの禁書は跡形もなく、消えていた。
「……成功、しました」
かすれた声で、そう呟く。張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ気がした。
「よくやった、リアちゃん」
セシル殿下が、満足そうに微笑む。表情は、先ほどまでの緊張が嘘のように柔らかい。
「リア、大丈夫か?」
ヴィルお兄様が、覗き込むようにして顔を寄せてくる。その声音には、隠しきれない不安が滲んでいた。
「……大丈夫ですわ、ヴィルお兄様」
そう答えたものの。まだ鼓動が落ち着かない。ふと、手の中に意識が向く。封印を施した魔道具。先ほどまでと何も変わらないはずなのに、内側から沈み込むような重さを感じた。
「思ったより、あっさりだったな。封印……これは、応用が利きそうだ」
セシル殿下の声に、はっと顔を上げる。殿下は、興味深そうに目を細めながら、私の手元、魔道具をじっと見つめている。
「そうだ、リアちゃん。隣国の魔法省に入る気はないか?」
軽い調子の提案。
「そんなことをしたら、皇帝に目を付けられるだろう」
即座に、ヴィルお兄様が遮る。
「ああ、そうだな。うちの国は闇魔法に偏見はない。むしろ封印なんていう希少な闇魔法、皇帝は喉から手が出るほど欲しがるだろうな。そうなれば……皇族との政略結婚、か。未婚の皇子は、俺か! ははは……はは……は」
笑っているはずなのに、その表情からは、すっと血の気が引いていった。さっきまでの余裕が、跡形もない。
「さ、さてと……用事も済んだし、帰ろうかな……」
明らかに早口になる。視線が、落ち着かない。
「……おい、例の頼みごと、忘れるなよ」
ヴィルお兄様が低く呼びかける。
「お、おう!任せろ! 帰ったらすぐやる。すぐだ! は、はは……」
声が裏返る。明らかに、おかしい。
殿下は慌ただしく立ち上がり、そのまま転移魔法の準備に入る。その顔には、まだ青ざめた色が残っていた。
「では、リアちゃん、ヴィル――またな!」
ぎこちない笑顔。それだけを残して光が弾ける。殿下の姿は消え静寂が戻った。




