40.私の息子 side コルホネン伯爵
side コルホネン伯爵
数日後「肥立ちが悪い」などという言葉では到底追いつかない速さで、妻の体調は崩れていった。
頬はみるみるうちに削げ落ち、やがてその瞳から光が消え、命の灯は、静かに途絶えた。
あまりにも、あっけなかった。残されたのは、喪失感だった。
葬儀の日。
集まった親族の顔ぶれを眺めながら、私はふと気づく。
誰ひとりとして、クロードと同じ色の瞳を持っていない。
パープルの瞳。
私にも、妻にも、存在しないはずの色。それなのに、あの子の瞳は確かにそうだった。
芽生えた疑念は、静かに、しかし確実に根を張っていく。私は親族に尋ねた。
「そんな特徴、聞いたこともない」
誰も彼もが口を揃える。何かが決定的に崩れた。
そんなはずはない。そうだ、証明すればいい。はっきりさせるため、私は、親子鑑定を受けることを決めた。
結果は、残酷だった。あの子は、私の血を引いていなかった。
……嘘だ。
妻が私を見つめる、あの柔らかな眼差し。あれが偽物であったはずがない。
仕事から戻った夜、疲れた顔を隠そうとする私に、何も言わず紅茶を差し出してきたこと。眠る前、灯りを落としたあとでさえ、確かめるように、私の名を呼んだこと。
一つひとつが作り物であるはずがない。
あれが、偽りであってたまるか。
必ず、理由がある。
私の知らないところで、何かがあったのだ。そうでなければ、この結果は説明できない。何か、知らされていない真実が。
だが、それを知るはずの妻は、もういない。
たとえ血が繋がっていなくとも、あの子は、愛する妻がこの世に残した唯一の存在だ。だから私は、この子を愛し、育てると決めた。
それが、どれほど歪んだ選択であったとしても。
しかし、このときの私は、まだ知らなかった。その決意こそが、すべての始まりだったのだと。
手紙に目を落とす。
『おそらく、貴殿は、気づかなかったのだろうな。貴殿に抱かれ、愛おしげに微笑みかけられている“息子”に、彼女がどれほど嫉妬していたかを。ーー私の愛する人の愛を奪わないでーー……まあ、そんなところだろう。だから、呪った」
淡々と綴られたその一文に、指先がわずかに震える。
『産後で弱っていた身には、代償は大きかったはずだ。だが呪いは呪いだ。一度成れば、消えはしない。むしろ、術者が死ねば、より強く残る。負の感情を糧としてな』
息が、浅くなる。
『リアの証言にあった。伯爵が息子に近づくと、靄が立ちふさがるように濃くなる、と。それは貴殿から息子を守ろうとしていたのではなく、貴殿の愛が息子へ向くたびに、彼女の憎悪が増していた、ということだ』
紙面の文字が、にじんで見える。複雑な思いをどうすることもできない。
『息子の誕生日。夫の愛を失うことを恐れた日であり、同時に、その愛を奪う存在が生まれた日。同じ屋敷にいながら、ロザリー親子に呪いが及ばなかった理由も単純だ。貴殿が二人を愛していないからだ。だが、リアは違う。リアのあのやつれ方、少なからず呪いの影響を受けていたはずだ。私は、それにも憤りを覚えている』
そこまで読んで、私は一度、目を閉じ、大きく息を吸った。紙を持つ手に、力がこもる。
『結論、クロードを救う方法は、一つしかない。愛を奪うものを許さない、そんな呪いであるならば、クロードが奪う対象でなくなればいい。クロードを廃嫡せよ。貴殿と無関係の人間とし、この屋敷から切り離すのだ。貴殿の人生から消えれば、呪いは意味を失う。そうなれば、少なくとも命は助かる。無論、仮説に過ぎない。外れたなら、そのときは、また相談に乗ろう」
そこで、手紙は終わっていた。私は、そっと紙を机に置いた。
――選ばせろというのか。
私の息子として、この邸で死ぬか。
私と無関係となり、すべてを捨てて生きるか。
クロードは、もうすぐ帰ってくる。伝えなければならない。この残酷な選択を。
……生きていてほしい。それは、紛れもない本心だ。
だが同時に 最後まで私の息子でいることを選んでほしいと願う自分がいる。もし、あの子がそれを選んだなら。
そのときは、なりふり構わず、エミリアに縋ろう。たとえ、あの侯爵が許しはしなくても、諦めずにあの子の命が尽きるまで、何度も頼み込もう。
そう父として。




