24.出て行ったあの女 sideフルール
あの女が出て行った。
ふふ。
私とクロードが抱き合っているところを見た、あの女の顔といったら。まるで雷に打たれたかのようだったわ。
ああ、あの驚愕と悲痛が入り混じった表情。何度思い返しても可笑しくてたまらない。
まさか、あんな顔をするなんて。
ずっと屋敷で大人しく飼われていたから、自分が捨てられるなんて、夢にも思っていなかったのかしら。
本当に、滑稽よね。
お母様に連れられて、この屋敷にやって来た日のことを思い出す。門をくぐった瞬間、思わず息を呑んだ。
広い庭園や見上げるほど大きな屋敷。磨き上げられた床や、豪華な調度品。お母様の実家である男爵家とは、比べ物にならないほどの立派さだった。
ああ、私、ここの娘になるのだわ、と胸が高鳴った。
伯爵家には、一人息子とその婚約者がいると聞いていた。けれど、そんなことはどうでもよかった。
だって私はこんなにも可愛いのだから。きっと皆、私を気に入るに決まっている。そう思っていた。
新しいお父様に紹介されたお兄様――クロード。初めて彼を見た瞬間、私は息を呑んだ。これまで見てきたどんな令息とも比べ物にならないほど、美しくて、優しそうで、儚げで。
物語の王子様のようだった。だから、そのとき私は決めたの。この人は、私のものにする、彼の隣に立つのは、この私、と。
……なのに。もうすでに隣に立っていたのが、あの女だった。当然のような顔で、婚約者面をしてクロードの隣で、ここが、自分の場所だとでも言うように。
どうして? どうして、あんな女が。
痩せ細って、顔色も悪くて、いつも部屋の隅で静かにしているだけの女。友達もいない。外にも出られない。笑顔だって、どこか弱々しい。
そんな女が、どうしてクロード様の婚約者なの?
もったいない……。あの女の居場所は、全部、私に似合う。そうよ、それが、正解なのよ。
「……ねえ、お母様。私、お兄様のことを好きになったらまずいかしら?」
膨れ上がるこの感情を、もう抑えることができなかった。思わず、母にそう問いかけていた。
もしクロードを奪い取ることができなければ、私と母は、この家に居場所を失うかもしれない。路頭に迷うことだってあり得る。
だからこそ、確かめたかった。すると母は、くすりと笑った。
「ふふ。本当の兄妹ではないのですもの。構わないんじゃない?」
そう言って、優しく私の髪を撫でる。
「そうね……あなたがクロードと結ばれたら、ずっとこの家にいられるわ。ええ、上手にやるのよ。協力するから頑張りなさい」
その言葉は、私の背中を強く押した。
私はクロードの心を奪うために動き始めた。
まず、妹としてではなく一人の女性として、彼に意識されるように。最初にしたのは、名前を呼ぶことだった。
「クロード」と。親しげに、自然に、そう呼ぶたびに、彼が少し戸惑った顔をする。その反応を見るたび、甘い喜びで満ちていった。
――必ず奪い取ってみせる。
そう固く決意した日から、私はクロードとの時間を増やすことにした。幸いにも、状況は私に味方していた。昔、クロードは体が弱く、これまであまり外に出たことがなかったらしい。
だから私は、街へ連れ出した。二人きりで過ごす時間を、たくさん作った。
そして、あの女が病弱だったことも、私にとっては都合が良かった。
クロード様が社交の場へ行くとき、パートナーとして連れて行くのは、いつも私だった。
舞踏会でダンスを踊る相手も共通の友人と交流するのも、全部――私。
周りの人たちも、だんだん私たちを自然な組み合わせのように扱うようになった。最初からそう決まっていたかのように。
満を持して、私はクロードに告白した。
はっきりとした返事はもらえなかったけど、クロードが、私を一人の女性として意識してくれたことを確かに感じた。
……なのに。いつまで経っても決定的な言葉を引き出すことはできない。
どうして。どうして、まだあの女を切り捨ててくれないの?
お父様も、どういうわけかあの女を異様に気に入っている。
私にも口うるさく言ってくるのだ。
「エミリアを大切にしなさい」と。
お父様が帰ってくる日は、決まって私の部屋があの女のものになる。何度も嫌だとお母様に訴えた。けれど返ってくる言葉は、いつも同じ。
「数日我慢しなさい。旦那様がいるときは、決してエミリアを邪険にしてはいけないのよ」
それだけ。お母様だって普段はあの女を邪険にしているくせに。お母様が、あの女の宝石を取り上げているのも知っているのよ、私。
まあ、いいわ。
あの日、あの女があの場にいたのは誤算だったけれど。
結果的には悪くなかった。
おかげでクロードの決心も固くなったのだから。
盗み聞きしていたなんて、ずいぶん卑しい真似をするものだわ。でも私は寛大だから、許してあげる。
ただ、まさか、その日のうちに家を出ていくなんて。そこは完全に想定外だった。
別に、彼女がどこかで野たれ死のうが構わない。
けれど困るのよね。
私の学院の課題をやってくれる人がいなくなるのは。
「お姉さまが、学院を休んでいる間の課題を預かってきましたわ」
そう言って、うまく騙してやらせていたのに。
それにしても腹が立つ。あの女、学院にも通っていないくせに、やらせた課題はいつもA評価。
そのせいでクロードまで、私に「これはどういう意味だろう?」なんて課題について聞いてくるようになった。
私の評価が上がるのはいいけれど、上の学年の課題なんて、私に分かるわけないじゃない。当然、預かって、そのままあの女に丸投げよ。
居なくなったとしても、まあ、大丈夫。どうせ行くところなんてないのだから。きっと、そのうち戻ってくるに違いない。
そうしたら今度は、もっと上手く言いくるめてやる。
そして、ずっとこの家に縛りつけてやるのよ。だって女主人の仕事なんて、面倒なだけじゃない。
私はただ、あの女の悲しそうな顔を見ながら、クロードと楽しく、幸せに暮らせれば、それでいいのだから。




