20.再会
ホレスさんに「この街は串焼きが有名だから、ぜひ食べるといいよ」と勧められ、私は少し躊躇しつつも、その言葉に従って串焼きを頬張っていた。
香ばしい匂いと、じゅわっと広がる肉の旨味。
思わず頬が緩む。
こんな風に屋台で食べるのは初めてだけれど、とても美味しい。次のお肉を口にしようとした、その時だった。
「リア!!!」
懐かしい声が、私の心を強く揺さぶった。胸がどきりと跳ねる。……まさか。
「……ヴィルお兄様?」
その言葉が、自然と口をついて出た。振り向くと、そこには、見覚えのある顔があった。駆け寄ってくるその姿は、昔よりもずっと大人びている。背も高くなり、体つきも引き締まっている。
けれど、面影は、確かに残っていた。そう思っていると私はヴィルお兄様の腕に包まれた。
「……!」
ヴィルお兄様に抱きしめられる。驚きと喜びが一度に押し寄せてきて、胸がいっぱいになる。その拍子に、私は思わず手に持っていた串焼きを高く掲げた。
服にタレがつかないように、とっさに取った行動だったのだけれど、結果として、万歳をしているような格好になってしまった。
……恥ずかしい。
ヴィルお兄様の腕の中で、そっと顔を上げる。目の前にいるヴィルお兄様は、顔立ちはさらに整い、凛々しさが増している。
でも微笑んだときの表情は、昔と何も変わらない。周囲を明るく照らすような、あの優しい笑顔のままだった。
よかった。私がずっと慕ってきた、あの、ヴィルお兄様だわ。
「ああ、リア……心配したんだよ。無事に会えてよかった」
ヴィルお兄様の声が、以前と同じように優しく響く。
「ふふ、串焼きはおいしいかい?」
その言葉に、私ははっとした。
慌てて自分の顔に手をやる。タレが口元についていないか心配になったのだ。少しの間を置いて、私は申し訳なさそうに口を開いた。
「久しぶりに会ったのに……淑女らしくなくてごめんなさい……」
ヴィルお兄様はきょとんとした顔をして、それから柔らかく笑った。
「ん? 何を謝ることがあるんだい? 頬張っている姿は、リスのようでとっても可愛かったよ」
そう言って、私の顔を覗き込む。その言葉を聞いた瞬間、少し恥ずかしくなった。
でも、気づいた時には、涙がふいにこぼれ落ちていた。
視界が滲む。どうしてだろう。止めようとしても、涙が次々に溢れてくる。
ああ……このやり取り。ヴィルお兄様だ。優しさが、心にゆっくり染み渡っていく。これまで張り詰めていた不安や緊張が、一気にほどけていくのがわかった。
「リアの涙は美しいけど……再会は嬉しいものだよ」
ヴィルお兄様はそう言って、優しく微笑んだ。
「さあ、笑ってごらん」
その言葉に励まされるように、私は涙を拭った。そして、ぎこちなく笑顔を浮かべる。
「お嬢様ぁぁ!」
その時、聞き覚えのある声が、勢いよく響いた。驚いて振り向く。そこには年老いた執事のセバスが、こちらへ駆け寄ってきていた。
「嘘……! セバス……セバスなの?」
「はい、お嬢様のセバスですぞ」
息を切らしながらも、セバスは深く頭を下げた。顔を上げたセバスのその目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「ああ……こんなに痩せてしまわれて……」
痛ましそうに私を見つめて、それから力強く言った。
「ですが、もう大丈夫です。すぐに領地へ帰りましょう。アビーも、ドニも……皆、お嬢様を待っております」
「本当に? アビーも……ドニもいるの?」
思わず身を乗り出した。懐かしい名前を聞いた瞬間、また、涙が出そうになる。
アビーの優しい笑顔やドニの少しぶっきらぼうな声が蘇る。幼い頃からずっと一緒だった、あの人たち。
「はい。皆、お嬢様の帰りを信じて待っております」
その言葉を聞いた途端、嬉しさがあふれ、また涙がこみ上げてきた。ヴィルお兄様が、そっとハンカチで涙を拭ってくれる。
「ああ、リア。早く私たちの家に帰ろう。食べたいものは後でゆっくり買ってあげるから」
ヴィルお兄様がそう言って、優しく微笑む。私は思わず顔を赤くした。
「もう、ヴィルお兄様ったら。私、そんなに食いしん坊じゃありませんわ」
少し拗ねたように言い返す。兄のからかいに、頬がさらに熱くなる。
「なあ、ヴィル。リアちゃんが串焼きを食べてたなら、俺も買ってきていいか?」
後ろから、遠慮がちに声がかかった。
……え? リアちゃん? 私は思わず振り返った。そこには、見慣れない青年が立っていた。
どこか親しみやすい雰囲気がある。私は少し戸惑いながら、ヴィルお兄様を見上げた。
「ヴィルお兄様、この方は……?」
「ああ」
ヴィルお兄様は淡々と答える。
「隣国の第五皇子。私の友人だ」
……。
…………。
第五皇子? 友人? 一瞬、頭が真っ白になる。私は慌ててスカートの端をつまみ、深く礼をした。
「し、失礼いたしました。皇子殿下にご挨拶申し上げます」
「いいよいいよ、畏まらなくて」
皇子殿下は気さくに笑いながら、ひらひらと手を振った。
「ヴィルの妹なんだろ? だったら気を遣わなくていい」
その笑顔はとても朗らかで、威圧感はまったくない。私は少しだけ緊張がほどけるのを感じた。
「そうだぞ、リア。遣わなくていい。こいつは、リアを真剣に探そうというときに、串焼き、串焼きって……」
ヴィルお兄様が呆れたように言う。その言葉を聞いて、私は少し困ったように微笑んだ。
「あ、でも……私も食べていましたし」
そう言って、まだ手に持っている串焼きをちらりと見る。
「皇子殿下、とても美味しいのでぜひ買ってきてください」
すると――
「うわ! 優しい! どっかの兄とは大違いだ」
皇子殿下はぱっと顔を輝かせた。冗談めかして笑う皇子殿下に、ヴィルお兄様が少しむっとしたような表情を浮かべる。
「……早く買ってこないと置いて行くからな」
静かな声だったけれど、どこか本気の響きがあった。
「えっ、冗談だろ?」
皇子殿下が目を丸くする。ヴィルお兄様は何も答えない。ただ、じっと見つめている。
「……え、ちょっと待て、本気の顔じゃん」
慌てて皇子殿下は振り返った。
「す、すぐ行ってくるから!」
そう言いながら、屋台の方へ小走りで向かっていく。その後ろ姿を見て、私は思わずくすっと笑ってしまった。
ヴィルお兄様も、ほんの少しだけ肩をすくめる。
なんだか二人とも、とても楽しそうだ。ヴィルお兄様と、こんな風に言い合えるなんて。きっと、とても仲がいいのね。
そう思うと、なんだか嬉しくなった。




