19.リアの探索 sideヴィルフリード
「ヴィル、思い出し笑いか? 気持ち悪いぞ」
失礼な奴だ、と内心で毒づきながらも、私は平然とした顔で答えた。
「いや。馬鹿が墓穴を掘ったことを喜んでいたのさ」
「墓穴?」
セシルは怪訝そうに首をかしげる。
「ああ、リアの婚約者のクロードだ」
私は淡々と言った。
「リアを差し置いて、継母が連れてきた娘に夢中になるなんて馬鹿だろう?」
鼻で小さく笑う。
「リアが王都を出た理由は、それが一番大きいはずだ。まあ、彼を貶める策が無駄になったのは残念だが……おかげで、卒業前にリアを保護できる」
情報を得るには、リアに直接近づけなくても、問題はなかった。金さえあれば、いくらでも手に入る。
貶めたのは、クロードたちだけではない。あの二人もだ。例え、王女だろうが、公爵令息だろうが、リアにとって害になる存在には、容赦しない。いずれ、すべて潰してやる。
セシルが少し目を細める。
「ああ、思い出した。クロードって例の黒い靄の奴か」
そして、ぼそりと続けた。
「ちなみに、お前も妹にむちゅ……まあ、いいや……」
後半はよく聞き取れなかった。だが、今はそんなことに構っている場合ではない。私は地図へと視線を落とした。
リアのアクセサリーに反応があった日。
そのときの状況を思い出しながら、馬車の移動速度を頭の中で計算する。王都からの距離、途中の街道、宿場町の位置。そして反応があった日、馬車での移動を考えると……。
指で地図をなぞる。
「そうだな。落ち合う可能性が高いのは、この街だ」
セシルが私の肩越しに地図を覗き込む。
「随分と自信ありげだな」
「当然だ」
私は静かに答えた。リアは、必ず見つける。どこにいようと、どんな場所にいようと。
「ああ、そういえばこの街はな、串焼きがすごくうまいんだ。リアちゃんが見つかったら一緒に食べようぜ」
地図を覗き込んでいたセシルが、急に声を上げた。……串焼き?
「……セシル、何を言っている。リアは今、心細さに食事も喉を通っていないかもしれない」
低く言葉を返す。頭に浮かぶのは、知らない街で一人きりのリアの姿だ。
「リアは繊細なんだぞ! それを……串焼きだと!?」
思わず声が強くなる。私はセシルを睨みつけた。
「お前は遊びに来たのか! 今すぐ帰れ!」
怒りのあまり、声が荒くなる。その横で、セバスが静かに口を開いた。
「そうですな。セシル殿下。不謹慎ですぞ」
いつもの穏やかな声だったが、その目は笑っていない。静かながらも、はっきりとした叱責だった。
「じょ、冗談だ!」
セシルは慌てて両手を振る。
「いや、食べたいのは本当だけど……いやいや嘘! 嘘だ! 怒るな、怒るなって!」
言い訳を並べるその様子に、私は小さく息を吐いた。
……まったく。この緊張感のなさには、呆れるばかりだ。
リアが見つかったら、そのときは、ちゃんと温かい食事を食べさせてやりたい。
串焼きではなく、もっとまともなものを。
◇
予想を立てた街に到着し、馬車を降りる。私は周囲を一度見回し、すぐに口を開いた。
「セシル、セバス。手分けをして探そう」
時間を無駄にはできない。
「そうだな。私は南を回る。セシルは――」
指示を出しかけた、そのときだった。
「あ! 待った待った。よく考えたらさ、俺……リアちゃんの特徴、何も知らねえな。はは」
セシルが慌てて手を挙げる。
……。
私は一瞬、言葉を失った。本当に、お前は何をしに来た。皇子のくせに、ここまで役に立たないとは。
額に手を当てたい衝動をどうにか抑える。その横で、セバスが静かに一歩前へ出た。
「……お嬢様の髪は、金に近いハニーブラウン、瞳はコーラルピンクでございます」
淡々と説明する。
「おお、珍しい色だな」
セシルが目を丸くし、セバスは頷いた。
「はい、この国ではあまり見かけない色でございますので、見ればすぐに分かるかと」
その声には、わずかに、苛立ちが滲んでいた。当然だ。セバスにとっても、リアは孫のような存在なのだから。
「ハニーブラウンの髪にコーラルピンクの瞳、だな。いやあ、ますます会うのが楽しみになってきた」
その言葉に、私は思わず睨みつける。
「……遊びに来たのなら、今すぐ帰れ」
低く言い放つと、セシルは慌てて手を振った。
「違う違う! ちゃんと探すって!」
……まったく。私は小さく息を吐いた。こんな奴は当てにしない。リア、待っていろ。必ず私が見つける。
「ふーん。じゃあ、あそこで串焼きを頬張ってる子と同じ色か? あれがリアちゃんだったりして、はは」
「はぁ?」
私は呆れてため息をつく。
「リアは令嬢だぞ。串焼きを頬張るわけがないだろう! 馬鹿にしているのか?」
少し苛立ちを込めて言う。そう言いながらも、私はセシルが指差した方向へ視線を向けた。
――その瞬間。
私の心臓が、一瞬止まった。髪は、金に近いハニーブラウン。瞳は、コーラルピンク。そして 幸せそうな顔で、串焼きを頬張っている。
……リア!!
「お嬢様!」
隣でセバスが声を上げる。ならば、間違いない。いや、そもそも、私がリアを見間違えるはずがない。
リアはそこにいた。街の喧騒の中で楽しそうに、嬉しそうに串焼きを頬張りながら、笑っていた。安堵が広がる。
……よかった。無事だった。それだけで、胸がいっぱいになる。
だが同時に小さな棘のような感情が、心に引っかかった。私の知らない場所で、私の助けを必要とせず、リアが、自分の時間を楽しんでいる。
その事実が、ほんの少しだけ――胸を刺した。けれど、そんなことは、どうでもいい。
何よりも大切なのは、リアが無事で、そして、笑顔でいることだ。
私は深く息を吸い込んだ。込み上げる喜びを、押さえきれない。私は、急いで彼女のもとへ向かって、走り出した。




