15.リアが来る sideヴィルフリード
「……リアが王都を出た」
リアのアクセサリーにかけていた魔法が反応したのが分かり、思わず手に持っていた試験管を落としてしまった。
床に落ちたガラスが、乾いた音を立てて砕ける。
「は? リアって、お前の妹のか?」
遊びに来ていた魔法学院時代の同級生、隣国の第五皇子、セシル・ロイ・ド・ベルモンドが怪訝そうな顔をする。
「私の可愛い天使のリアだ。間違えるな」
ただの妹ではない。そして、お前がリアと呼ぶな。会ったこともないだろう。
「めんどくせえな……。で、お前の可愛い天使のリアちゃんが家を出たって? 急にどうした。っていうか、なんで分かる?」
セシルにそう言われ、私は首から下げていたネックレスを取り出した。
リアとおそろいのネックレスだ。
「これだ」
小さく揺れる宝石を指先でつまむ。
「このネックレスが反応した。あの屋敷や学院からリアが十キロ以上離れたら、反応するように作ってある」
セシルが怪訝そうに目を細める。
「つまり、リアが耐えられなくなって、王都から飛び出したということだ」
リアに贈ったものには、すべて私の魔法をかけてある。得意なのは土魔法と水魔法だが、使える魔法はそれだけではない。
付与魔法も、その一つだ。
「家族旅行かもしれないぞ?」
セシルは肩をすくめながら言った。
「家族旅行だと?」
私は思わず眉をひそめる。何を暢気なことを言っている。
「はっ! そんなわけあるか!! リアを囲い込み、あの子の能力を搾取しているあの家が? 家族旅行だと?」
怒りが込み上げ、思わず声を荒げてしまう。
「手紙を送っても返事はない。あの腹黒い伯爵が、リアと私の関わりを断っているとしか考えられない。何度会いに行っても、理由をつけて門前払いだ。引き渡しを求めても、法を盾にして――」
思わず拳を握りしめた。
「……くそっ。こっちは侯爵だぞ!」
贈ったプレゼントだって、きっとあの継母に取り上げられている。贈った物から感じられる気配が、リアのものではないのだから。
リアが不当に扱われていることへの怒り。そして、それを止められない自分への苛立ち。
それらが混ざり合い、私の言葉は次第に荒々しくなっていった。
「……色々突っ込みどころが満載なんだが。なんだ今日は。めちゃくちゃしゃべるな。口も悪いし。感情を表に出さないお前が、そこまで取り乱すのは珍しいな」
セシルが呆れたように頭をかく。私は冷たく一瞥を送った。
「こうしちゃいられない」
すぐに声を張り上げる。
「セバス! セバス! 急いで来てくれ!!」
扉が開き、セバスが慌てて部屋へ駆け込んできた。
「どうなさいましたか? ヴィルフリード様」
「よく聞いてくれ。リアが王都を出た」
その言葉に、セバスの表情が固まる。
「私はすぐ迎えに行く。きっと、いや絶対、私に会いに向かっているはずだ」
セバスは目を見開いた。
「お、お嬢様が……? ついに……この時が来たのですな。もちろん、私も参りますぞ。アビーやドニにも声をかけませんと……」
その声には、喜びと決意が入り混じっている。
生まれたときから見守ってきたリアは、彼にとって、まるで孫のような存在なのだから。
「いや、待て。あまり人数が増えると動きづらい」
私はすぐに首を振った。
「アビーにはリアの部屋と衣装の準備を。ドニには、リアの好物を。いつ帰ってきても作れるよう準備しておくように、と伝えてくれ」
セバスもアビーもドニも、リアが小さい頃から侯爵家に仕えていた使用人たちだ。
リアの両親が亡くなり、屋敷の使用人たちが散り散りになったとき、私は密かに彼らへ声をかけていた。
いつかリアと一緒に暮らせる日が来たとき、あの子が喜ぶ顔を見たい。
そう思って、特にリアと親しくしていた者たちに頼み、領地の邸で働いてもらっているのだ。
「分かりました。すぐに伝えてきます」
セバスはうなずいた。しかし次の瞬間、ぐっと身を乗り出してくる。
「でも、私は行きますからね。ヴィルフリード様。置いていきましたら恨みますからね!」
真剣そのものの顔だった。そう言い残すと、彼はすぐに指示を伝えるために部屋を出ていった。
「私は足手まといにならなそうだし、面白そうだから一緒に行くぞ」
横からセシルが軽い調子で口を挟む。私はちらりと彼を見る。
「……隣国に帰っていいんだぞ。忙しいだろ」
「母が側妃の第五皇子なんて、忙しいわけないだろ」
セシルは肩をすくめて笑った。
「それにさ。お前がそこまで夢中になってるリアちゃん。ちょっと会ってみたいんだよな」
――嘘つけ。
魔法省の幹部が、そんなに暇なわけがない。そう思いながらも、私は特に反対はしなかった。
今は、リアを迎えに行くことが、最優先だ。
余計なことで争っている時間など、ない。




