落とした斧
ある青年が女神の泉に仕事で使っていた斧を落としてしまった。青年が困っていると、泉の中から女神が現れてこう言った。片手には青年が落とした古びた斧、また片手には金の斧を持っていた。
「あなたが落としたのはこの古びた斧ですか、それともこちらの金の斧ですか?」
「古びた斧です」
「いいでしょう。正直者のあなたには、この金の斧を差し上げます」
そう言うと、女神は青年に向かって金の斧を差し出した。しかし、青年は不満そうな顔を浮かべ、こう言った。
「…いや、金の斧とか要らないんで。そっちの古びた斧返してください。持ち手の感触が気に入ってるんです」
女神は青年の欲の無い純粋な願いに一瞬だけ驚いたが、すぐに気を取り直した。
「分かりました。では、あなたには金の斧ではなく。こちらの古びた斧をお返し致します」
そう言うと、女神は青年に向かって古びた斧を差し出した。しかし、青年にはどうしても納得いかないことがあった。
「…この斧、ちゃんと消毒とかしました?」
「…はい?」
「はいじゃないですよ。いくら女神とはいえ、最近は風邪が流行ってるんですから。人の物を触ったらちゃんと消毒くらいしてから返してください。常識ですよ」
「…すいません」
女神は青年に言われたとおりに古びた斧をアルコールで消毒する。
「ほら、そこ。もっとちゃんと」
青年の指導の元、一時間ほどでようやく消毒を終える。
「では、気を取り直して。あなたには、この古びた斧をお返しします」
そう言うと、女神は青年に向かって古びた斧を差し出した。しかし、青年にはまだ納得いかないことがあった。
「…朝、検温とかしました?」
「⋯はい?」
「はいじゃないですよ。さっきもいった通り、風邪が流行ってるんですから泉から外に出るときはちゃんと体温くらい測ってください。それと、今度から出てくるときはちゃんとマスクもつけてください。移されたらたまったもんじゃありません」
「…すいません」
それから女神は青年の監視の元、検温を行った。
「34,9度。熱はないですね⋯。あ、それから念の為、もう一度アルコールで消毒してください」
女神は青年が落とした斧を再びアルコールで消毒し、それから初めて青年は落とした斧を受け取る。
「それじゃ、落とした斧を拾ってくれてどうもありがとうございました」
青年はそう言い残すと、女神の持ってきた金の斧と自身が落とした斧の2つを持って仕事へと戻っていった。
その様子を見届けた女神は深い溜息をつき、それから泉の中へと帰っていった。




