九話
「このクラスの担任をする野々上 静です」
Aクラスの教卓の後ろで、黒板に名前を書いて自己紹介をしているのは入所式でも世話になった彼女だ。
貴重な【鑑定】を所有する彼女を担任にすることで、成長した俺たちの能力をいち早く把握する目論見なのだろう。
「主にオーラや異能の考察、説明、教育を担当します。実技や訓練に関しては別の担当者がいますので」
担任の静は運動神経が悪いので、納得のいく人事だ。
無事Aクラスに入ることができた俺の席は窓際の一番奥。かなり良い場所を確保できた。
「いやー、まさか同じクラスになるなんてな。おまけに席もごっつう近いし」
前席の目に優しくない配色をしている赤い頭が振り返ると、糸のような細い目の両端をたるませて微笑む。
「程々によろしくな」
それだけ返すと視線を隣へ向ける。
そこには落ち着かない様子で教室内に視線を彷徨わせている、すみれが居た。
俺と視線が合うと焦ったように一瞬俯いたが、直ぐに顔を上げて俺を見つめる。
「あ、あの、お久しぶりです」
「同じクラスだね、すみれさん。クラスメイトとして仲良くしてくれると嬉しいよ」
人見知りであがり症な彼女を気遣って、優しい口調を意識して話しかける。
「わからないことや、困ったことがあったら気軽に相談して」
「あ、ありがとうございます」
ペコペコと何度も頭を下げて感謝の言葉を口にする彼女を見ているだけで、心が満たされていく。
服装も入社式とはまるで違い、大人しめなデザインのワンピースだ。髪色も黒で化粧もナチュラルに戻っている。
「あまりにも、わいと対応が違いすぎるやろ……」
恨みがましい口調でぶつくさ不貞腐れている望は軽く無視だ。
「そうだ、今日からクラスメイトなのだから、互いに敬語はなしにしないか?」
「めっちゃ、ええ考えやん」
「お前は初対面から敬語使ってないだろ」
「そやったわ。改めてよろしくな、守人、すみれちゃん」
「あ、はい。よろしくお願いします。じゃなかった……よろしくお願いね、望君と守人君」
「うっ」
照れた顔で君呼びされてしまった。その破壊力の凄まじさに思わず胸を押さえてうめき声が出てしまう。
「こ……ちらこそ、よろしく望、すみれ」
つい、昔の癖で呼び捨てにしてしまったが、あまりに距離を詰めすぎだろうか。
恐る恐る彼女の顔色を窺うと、驚いた表情を見せたのは一瞬で、直ぐに微笑んで頷いてくれた。
「はーい、そこの三人。お喋りしないで先生の話を聞いてね」
おっと、担任から注意されてしまった。
慌てて望が前に向き直り、すみれも姿勢を正している。
「このAクラスは【鑑定】の結果、総勢十一名の異能所持者を集めたクラスになります」
なるほど。すみれはお世辞にもオーラ量が多いとは言えない。だが、【譲渡】を所持しているから選ばれたのか。
望は、まあまあのオーラに【炎上】という如何にも強そうな異能を所持。選ばれたのにも納得だ。
他の八名も異能持ちか。その内、四名は知った顔だ。
本来の歴史……過去、というか未来? もしっくりこないな、前回でいいか。前回では優秀な人材としてもてはやされていた覚醒者たち。前もAクラスだった面々。
まあ、一人だけ見知ってはいるがBクラスだったヤツがいる。無駄に体格がいい半グレのリーダーだ。窓際の最前列に座り、腕を組んで興味がない素振りで窓の外を眺めている。
他の取り巻きは別のクラスにいるので、少し寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。
残りの四名は前回には存在すらしていなかった。
一人は入社式での話題をすべて持っていった七節六巳。緑のオーラを放つ彼のおかげで俺のバイオレットオーラの存在が霞んで助かっている。
もう一人生真面目そうに見える男がいるが、顔に見覚えはない。
残りの二人は女性で両方とも異能を複数所持しているらしい。オーラ量もかなりのもので、今後どう育つか楽しみだ。
異世界からの大侵攻まで一年半。あの数を俺だけで撃退させるのはどう考えても不可能。
自分を鍛えるのも大事だが、他の覚醒者にも強くなってもらわなければ話にならない。一人でやれることなど知れている。……加えて信頼関係を結び、俺の秘密をすべて明かせる協力者も見つける必要がある。
理想の相手は野々上幕僚長だ。権力者でもあり実力者でもある。彼を味方に付ければ未来が大きく変わり、対応策も練ることが可能になるだろう。
遅くても一年前から取りかからなければ間に合わない。ということは必然的に半年で野々上幕僚長の信頼を得る必要が出てくる。
「――というわけで、オーラの色によって能力が異なるのです」
おっと、思考の海に深く潜りすぎていた。静はオーラについての基礎知識を教えていたようだ。
既に知り尽くしているので今更聞く必要はないが、表向きは真面目な優等生を演じておきたい。その方が野々上幕僚長と接点も持てるだろうから。
ちなみに野々上幕僚長は訓練所の所長に任命されているので、今後接点を持つ可能性は高い。
「はい、ということで一時間目の授業はここまでです。二時間目は実技になるので、各自更衣室で運動着に着替えて、ドーム型運動場に集まってくださいね」
ほとんど授業内容を聞かずに終わってしまった。
次は実技か。仲間たちの実力を見極めるには絶好のチャンス。俺は全力を出さずにほどほどに手を抜いて様子見だ。
全員が白を基調とした運動着姿でドーム型運動場に集まった。
うん、すみれは何を着ても似合うな。
運動着姿でそわそわしている彼女を見つめ、大きく何度も頷く。
ここは本来、ドーム球場として作られ地元のプロ野球球団の本拠地になる予定だったのだが、急遽、国が買い取り覚醒者の訓練所の一つとなった。
余談だが、プロ野球チームのファンが反対運動をやって揉めに揉めたらしい。選手もファンも待望のドーム球場だったので気持ちはわかる。
野球場予定地だったドーム内は原形を留めていない。芝生も敷いてなければ、野球場の面影がない。土がむき出しの地面が一面に広がっているだけだ。
観客席の大半が取り除かれたが、バックネット裏の観客席は残っている。見物、視察、マスコミ対応の為に残しているそうだ。
「よーし、お前ら注目しろ」
大声を張り上げたのは黒の運動着で上着のジッパーを全開にして、隆起した胸筋を見せつけるかのように胸を張っている、野々上幕僚長だった。
隣には静が立っているが、この場はすべて野々上幕僚長に任している。
所長でありながら訓練担当の教官も兼任。ご苦労様です。
「実技は、わしが担当する。覚悟してついてこい!」
五十半ばとは思えない声量と迫力。体育教師のような格好が異様なまでに似合っている。
「まず、一番初めにやるのは……わしとの模擬戦だ」
ニヤリと笑い堂々と発表した内容に訓練生全員が唖然としている。
正直、俺も驚かされた。まさか、初っぱなの実技で模擬戦をする羽目になるとは。
「野々上先生! 質問してもいいでっか?」
勢いよく手を上げたのは、空気を読めないことでお馴染みの望。こういう場では切り込み隊長としてありがたい存在だ。
「おう、構わないが、野々上先生はやめろ。静と被っちまうだろ。わしのことは豪先生と呼ぶように。静は静先生と呼べ。呼び捨てなんかにしたらどうなるか、わかってるな?」
語尾を強くして睨みを利かしている。
流石、孫娘には激甘で過保護な野々上幕……豪先生だ。
見た目は若くなったが心は老人のままなので、心の中では静のことを呼び捨てにしていたが、間違えて呼ばないように心の中でも静先生にしておこう。
「お前らは自分が今、どれだけの力があるか、全力で振るったらどうなるか試してみたいと思っているだろ?」
豪先生の問いかけに対して過半数の訓練生が頷く。
未知の力を手に入れたのはいいが、どう扱っていいか持て余している人が大半だ。
「だから、恐れずに全力を出して、わしにかかってこい。こっちの心配は無用だ。【強固】という防御に特化した異能がある。おまけにオーラ量も半端ないからな」
自慢げに断言すると、豪先生はオーラを解放した。
真っ赤なオーラが間欠泉のように勢いよく湧き出た。
「な、なんや、このオーラの量は⁉ それに、豪先生って覚醒者やったんか!」
理想的なリアクションをする望の驚く声を聞いて、今更になって気付いた。
そういや、豪先生は覚醒者ということを明かしてなかったな。大侵攻があったときに前線で獅子奮迅の働きをしたのが、彼だ。
一度、その戦い振りを目の当たりにしたことがある。異世界人の中でも名の知れ渡っている猛者と一対一で戦い勝利したときは、わずかな希望を見いだしたのだが。
たった数年だが、日本が壊滅せずになんとか耐えられたのは豪先生の活躍があってこそ。……けれど奮闘虚しく、日本は滅び乗っ取られてしまった。
四十年も生きられたのは残党狩りに時間を取られたからだ。執拗なまでに人類を滅亡させようとしていた。
俺の知る限りでは日本で一番強い男は――野々上豪だ。
「どんな攻撃でもわしに傷を負わせることはできない。だから、遠慮無くかかってこい。青いオーラに目覚めた治療班も控えている。なので、怪我しても問題ない。さあ、誰からでもいいぞ」
と言われてもな。
この膨大なオーラを目の当たりにして怖じ気づいているのがほとんどだ。半グレリーダーも若干腰が引けている。
七節六巳ですら表面上は平静を装っているが、うっすらと冷や汗を浮かべているな。
仕方ない、まずは俺が行ってみるか。
「豪先――」
「ふっ、トップバッターが一番目立つ! わいの出番やな!」
俺の発言を遮るように一歩前に踏み出して名乗りを上げたのは、望。
まあ、うん、予想通りの展開ではある。
「紅蓮の炎に目覚めた、わいの秘められた力を見せつけるときが来てしまったようや」
前髪を書き上げるような仕草をしているが、短髪なので手が空を切っている。
「ほう、その意気込みは買おう。よっし、遠慮無くかかってこい。希望 望」
「余裕ぶっていられるのも今のうちやで! シュバババッ」
自分自身で擬音を口にしながら、大げさな動作で両腕を広げる望。
「右手に火、左手に火」
右と左の手の平から火が吹き出て、腕をまとうように炎が広がる。
あと、無駄にリズム良く口ずさむのをやめろ。
「二つ合わせて炎や!」
両手を前に突き出すポーズを取るが、炎が飛ぶわけでもなく、腕で燃え続けている。
「炎を出す異能か。見栄えはいいが、熱くないのか?」
「ぜーんぜん。自分の炎で火傷するほど間抜けちゃいまっせ」
「で、その炎は飛んだりはせんのか?」
「燃え上がるだけですわ」
望の一言で妙な沈黙が広がっていく。
だから、炎ではなく炎上なのか。炎を自由自在に操るのではなく、燃え上がる……炎上する能力。正直、微妙だな。
「よっし、ちょっとそれで殴ってみろ」
「いいんでっか? かなり熱いとちゃうんかな」
「いいから、やってみろ。火傷をしても怨みはしない」
「ほな、遠慮なく」
とことこと豪先生の前まで歩み寄ると、右腕を振り上げて殴りつけた。
その瞬間、右手にまとっていた炎が豪先生の体に移り、一気に全身が燃え広がる。
「えっ? ちょっ、ちょっ、待ってや! まさか、わい人殺しになったんとちゃうやろな!」
当人も驚く威力だったようで、望が顔面蒼白で慌てふためいている。
「心配するな」
炎が強風で吹き飛ばされると、爆心地には無傷で手を振るった状態の豪先生がいた。
「なるほど、触れた相手が燃え上がるのが炎上の力か。オーラのない相手にはかなり有効な攻撃手段だが」
自分の顎を撫でながら考察を始める豪先生。
余裕の態度で格の違いを見せつけてくれる。
「ふ、ふーん。ほんなら、手加減は無用ってことやな! なら、次からは本気出させてもらいまっせ!」
と大口を叩いてはいるが動揺が隠しきれていない。
頬が引きつっているし、腰も引けている。
「攻撃力についてはこれから検証が必要か。他には……確か黄色、素早さに特化したオーラだったな。じゃあ、今度はわしの番だ。避けてみろ」
「ちょっ、心の準備がまだ」
言い終わると同時に一気に間合いを詰める豪先生。なんとか反応して横に飛んだ望だったが、繰り出された拳が腹に激突。地面を三度ほどバウンドしながら吹っ飛んでいった。
「軽いな。わけえんだから、しっかり飯を食え。あと、口よりも体を動かすように」
豪先生がアドバイスを送っているが、治療班によって担架に乗せられている痙攣中の望には、残念ながら聞こえていない。




