八話
扉の近くで今も頭を捻りながら考え込んでいるすみれにそっと近づき、平静を装って話しかける。
「すみません、鑑定ってどんな感じでした」
「えっ、あっ、ええと、痛くも痒くもなくてあっという間でしたよ」
急に話しかけられて戸惑いながらも、微笑みながら律儀に答えてくれた。
安堵のあまり、ほっと胸をなで下ろす。
見た目は記憶とまるで違うが性格は同じようだ。ギャル口調で冷たくあしらわれたら、過去とのギャップで、その場に膝から崩れ落ちていた自信がある。
「異能持ちなんですね。凄いじゃないですか」
「いえいえ、そんなことないですよ。【譲渡】なんて言われてもどんな能力かわからないですし」
「異能の力は【譲渡】と言うのですか?」
しらばっくれて、初めて聞いたかのような反応を返す。
「あっ」
自分の失言に気付き慌てて口元を押さえているが時既に遅し。
「えっと、秘密にして下さいね」
困り顔で自分の口元に指を当てて「しーっ」と言う彼女の可愛らしさに、鼓動が大きく跳ねた。
くっ、惚れた女が若い姿でこんな仕草をしたら動揺するに決まってる。と、自分自身にフォローを入れておく。
「うわっ、こんな偶然あるのですね。実は俺も【譲渡】がありまして」
「えええ」
驚きのあまり大声を上げそうになる、すみれの口を慌てて手で塞ぐ。
「お静かに。実は政府関係者に知り合いがいまして、事前に異能を調べてもらったことがあるのですよ」
もちろん、嘘だが、すみれは目をまん丸に見開いて俺を凝視しながら何度も頷いている。
「発動方法は既に理解していますので、教えましょうか?」
「是非!」
一気に距離を詰めてくると、上目遣いでじっと見つめてくる。
ここでは初対面なのに簡単に他人を信用しすぎて心配になってくる。あの殺伐とした世界でも、人を疑わないお人好しで目が離せなかった。
「あ、あの、何か面白いこと言いました?」
「そんなことはないですよ」
「そうですか。凄く嬉しそうに笑っているので」
指摘されて初めて気付いた。彼女とのやり取りが嬉しくて思わず微笑んでいる自分に。
こうして再び彼女と言葉を交わせる。それがどれ程の奇跡で、どれ程の幸せか。
「っと、話を続けますね。【譲渡】とは――」
すみれとの会話を終えて列に並び直す。
最後尾になってしまったので順番はまだだが、残りは五名ほど。
半グレ連中はすべて【鑑定】済み。リーダーだけ異能持ちということが判明して、無駄に盛り上がっている。黒服に抑えつけられて以来、かなり落ち込んでいたようだが少し持ち直したようだ。
次の【鑑定】を受ける覚醒者には見覚えがない。この入所式は緊張と興奮のせいで記憶が曖昧なのだが、共に訓練所で学び競った相手は全員覚えている。
長身ですらっと伸びた手脚、若い芸能人に多い今流行の髪型。キリッとした顔立ちは見るからにイケメン。
この場に居る女性陣の大半の視線が彼を追っている。覚醒者だけではなく黒服までも。
格好はネクタイをしていないスーツの上下なのだが嫌みなほどに似合っている。というより、ベースがいいので何を着ても似合うのだろう。
これだけ目立つ人物なら忘れるはずがない。本来の歴史では警官に化けた異世界人に殺された、と見るべきか。
「七節 六巳さん。装置に触れて下さい」
「はい、よろしくお願いします。この状態でオーラを出せばいいんですね」
聞き取りやすい滑舌のいい話し方に澄んだ声。声にまでモテ要素がふんだんに詰まっているのか。
ふと、すみれの反応が気になり横目で確認をすると、口を半開きにした状態で感心している。惚れているとかではなく、純粋に驚いているように見えた。
何を呟いているのが気になるな。聞き耳を立ててみる。
「わー、あんな綺麗な男の人、初めて見たぁ。なんか、みんな格好が普通だよね。覚醒者は怖い人ばっかりだって友達から聞いてたのに。だから、負けないように無理して背伸びしてギャル風の格好をしたのに……失敗した?」
なるほど、彼女が何故あんな妙な格好をしているのかという疑問が氷解した。
大人しい性格だから場の空気に呑み込まれないように、彼女なりの対応策だったわけだ。……どこか抜けている彼女らしい。
「えっ、ええええええっ!」
突然、悲鳴に近い静の大声がホール中に響く。
今は鑑定中だったな。彼女に気を取られていて彼の存在を忘れていた。
全員が舞台の上に注目すると、そこには緑色のオーラを放つイケメン――七節六巳がいた。
「緑っ⁉」
初めて見るオーラの色。この世界で認知されている覚醒者のオーラは赤、青、黄、土の四種だけ。だというのに、あいつの体からは緑のオーラが。
「緑のオーラ……こんなの初めてですよ⁉」
「そうなんですか? 私にとってはこれが普通なので」
照れくさそうに頭を掻く七節六巳。
まさか、俺以外に異なる色のオーラを持つ者が現れるとは。これも前には存在しなかった現象だ。
確実に前回と変化している。これが良い変化であることを祈るしかない。
「それに、異能が三つもあるじゃないですか! す、凄いことですよこれは!」
興奮しっぱなしの静が早口でまくし立てている。
「おいおい、マジか」
色の違うオーラに加えて、三つの異能。
予想外の展開に戸惑うが、静かに深呼吸をして脳をクリアな状態に戻す。
意外すぎる状況だが……これは好機だ。悪目立ちを避けたい俺にとって、注目を浴びる存在が現れたのは囮として最高だ。
これで俺の存在も霞んでくれるはず。
今も興奮冷めやらぬ会場だが、次々と【鑑定】は行われていく。
注目の人物である七節六巳は鑑定済みの覚醒者に取り囲まれ、質問攻めに遭っていた。そんな彼を忌々しげに睨む、半グレ連中。
これは後で一悶着ありそうな雰囲気だ。
会場に居る黒服や政府関係者の大半も彼に意識が向いている。
期待の新人で見た目も申し分ない。広告塔として宣伝効果も抜群だからな。今頃頭の中でそろばんを弾いている広報担当もいるだろう。
「では、最後に石川 守人さん」
「はい」
俺の番になったが誰もこっちを見ていない。全員が七節六巳から目が離せないようだ……。いや、違うか。すみれと望だけは俺から目を逸らさずに手を振ってくれている。
「では、装置に手を置いてオーラを出して下さい」
「はい、わかりました」
言われるがままに装置に手を置き、オーラを発動する。
全身から紫色のオーラが徐々に湧き出ていく。
「うわっ、また色違いのオーラが! 今度は紫ですか!」
静が目を見開いて驚いてはいるが、七節六巳のときよりもリアクションが薄い。
それでも驚愕する声に反応して、多くの人が俺に注目している。
「オーラ量は多くも少なくもないですね。質はまあまあ。あと異能もありますよ」
既に何人も異能持ちが現れているので、異能がある程度では驚きもしないか。
「異能を公表しますか?」
「いえ、私にだけ教えて頂けますか」
こそっと耳打ちされたのは「【穴】という異能があります」それだけ。
よっし、上手くいった。
オーラの質と量の調整はお手の物。奴隷時代にオーラの調整技術は習得済み。異世界人の目を誤魔化して鍛えるには必須の技能だった。
今では放出する量もオーラの濃さも自在に操れる。
異能職については静の【鑑定】では見抜けないようだ。異能は鍛えれば鍛えるほど威力や精度が上がっていく。使い込むことでいずれは異能職も見抜けるようになるかもしれないが、今のところは大丈夫。
そして、最大の懸念材料だった異能の数。彼女は【穴】の異能しか見抜けなかった。これはミスでもなんでもなく、実際に【穴】の異能しか存在していない。
鑑定を終えて舞台から降りると、他の人と少し離れた場所で俺を待つすみれに駆け寄った。
「ありがとう、すみれさん。おかげで助かったよ」
「う、上手くいって良かったです」
役に立てたことを喜んでいるように見えるが、何故か俺と目を合わせようとしない。
なんか、焦っているというか戸惑っているようにも見える。
「預かってもらっていた異能を返してもらっても構いませんか?」
そう、俺は自分の【譲渡】を使って【穴】以外の異能をすべて彼女に渡した。既に【鑑定】を終えた彼女に渡せば周囲にばれることもない。それに、彼女が元々所有している【譲渡】と俺の渡した【譲渡】の力があれば、もう一度俺に戻すことも可能なはずだ。
加えて、すみれを信じて能力パネルのことも打ち明けている。他言無用と釘は刺して。
能力パネルで確認しなければ異能が渡されたことも理解できないだろうと考慮したからだ。
「そ、それはいいのですが。えっと」
「やり方は教えましたよね? もう一度レクチャーしましょうか?」
さっきから渡すことに躊躇しているように見える。もしかして、欲が出て異能を手放すのを惜しいと考えているのか?
……いや、それはないと信じている。すみれはそんな人じゃない。数十年共に過ごし、彼女のことは誰よりも把握している。他人の異能を奪おうなんて考えもしないはずだ。
「えっと、それは大丈夫なんですが。と、取りあえずお返ししますね」
彼女はそっと俺の腕に触れると目を閉じて意識を集中する。
触れた部分が少し熱くなり、何かが流れ込んでくる感覚がして全身に熱が行き渡った。
そっと、能力パネルを発動して確認すると、【地獄耳】【読心】【反射】が戻っている。普通に返してくれたな。じゃあ、さっきまでの対応はいったいなんだったんだ?
ふと彼女に視線を移すと、俺を下からじっと見つめる顔が少し怯えていて、冷や汗が大量に浮かんでいる。
……どういう感情なんだ、これ。
「えっと、すみれさん、どうかしましたか?」
「す、すみません。あの、その、【譲渡】だけ返せなくなりました……」
頭を何度も下げて謝罪する彼女の言葉を聞いて初めて気付いた。
言われてみれば【譲渡】が戻ってきていない⁉
「ど、どういうことですか」
彼女が意図的に盗んだなんて考えもしないので、疑問をそのまま口にする。
「そのですね、【譲渡】と【譲渡】がくっついちゃったみたいで……」
「くっついた?」
脳が咄嗟に理解できず、同じ言葉を繰り返してしまう。
「はい。能力パネルで確認したら二つあった【譲渡】が重なり合って一つになっちゃいました」




