七話
野々上 静。大人しい性格で誰にでも優しく、俺のような落ちこぼれにも親切に対応してくれた女性。
そんな彼女の所有する異能【鑑定】がかなり有能で希有な力であり、日本国が他国よりも有利に立てた点でもある。
【鑑定】は相手の体から出るオーラの量と質から、強さを数値として計測することが可能。更に厄介なのが異能までも見抜くことができてしまう。
このままでは【穴】や他に得た【譲渡】【地獄耳】【読心】【反射】の存在がバレる危険性がある。
覚醒者の中に複数の異能を所有している人物は他にもいたが、五つは前代未聞のはず。
今日まで、あれこれと対策を考えてはみたが、あの異能から逃れる術は……一つしか思い浮かばなかった。それも成功するとは限らない。
懸念点はまだある。まずバイオレットオーラだ。紫色のオーラを発動させた人類はいない。間違いなく驚かれ特別扱いされかねない。それよりも問題なのは注目を浴びてしまい、異世界人――アグリウスタル人に警戒されることだ。
日本に忍び込もうとしていた二体の異世界人は処理したが安心はできない。
各国の穴からも他の異世界人が現れ、人間に化けて潜んでいると考えるべきだろう。
なので、まだ目立ちたくないというのが本音だ。
そして、もう一つの懸念点。異能職【墓守】の存在。
俺の知る限り地球では異能職の存在が知られてなかった。異世界人の侵攻が始まるまで耳にしたことすらない。
野々上 静の【鑑定】は異能職の存在も暴けるのか……。見抜けないのであれば問題はない。だが、異能職まで伝わってしまうと、下手したら研究材料として隔離されかねないぞ。
「では、一番目に測定を受けたい方はいらっしゃいませんか」
静の問いかけに覚醒者たちがざわついている。
何が起こるのかわからない状態で名乗り出るのは勇気がいる。俺もできることなら後回しにしたい。遅らせることで何か別の対策が思い浮かぶ可能性がないとも言えない。
「はい、はーい。やっぱ、目立つならトップバッターやろ」
またも空気を読まずに手を上げてアピールしているのは望だ。
彼は前回には存在していなかった。正直に言えば興味はあるが期待値は……どうだろうか。見た目で他人の能力を判断する、ということはないのだが、ないのだが、どこからどう見ても強者には見えない。
へらへらと笑いながら舞台に上り、こちらを向いてへこへこと頭を下げている。
少し緊張しているようだが、ノリが軽い。
「では、この机に置いた装置に手を当てて下さい」
そう言って静が置いたのは、無数のコードが繋がったタブレットのような機器だった。
まあ、アレは【鑑定】の力を誤魔化すためのただのフェイク。彼女の貴重な異能が大衆に広まることを恐れての対策だ。
彼女の能力が知れ渡ってしまえば、多くの国が彼女を欲しがる。……どんな手段を使ってでも。
それは日本の損失にもなるし、厳つい顔をして孫に甘い幕僚長がそれを許すわけもない。
当時の噂では孫の異能の貴重さと重要性を理解した上で、自分の目の届くところに置いた方が安全だと判断して彼女をここで働かせていると、まことしやかに囁かれていた。
「ふぅー、なんかごっつう緊張するわ」
等と口で言いながらもおちゃらけた仕草で、装置に手を置く。
装置から目映い光が発せられるが、ただの演出。
「では、オーラを発動してください」
「ほな、きばるか。ほおおおおおう、ああああああっ」
妙な気合いを入れて踏ん張る望。
全身から黄色いオーラが噴き出す。量は悪くない、色の濃さから質も上々。
俺に【鑑定】はないが、長年の経験により目視で、ある程度は実力を見抜けるようになった。
「はい、そこまで。ありがとうございました。ええと、ふむふむ」
望に見えないように装置を覗き込み、なにやら呟く静。
こうやって改めて見ると芝居がそんなに上手くないな。当時は緊張と興奮で彼女にそれほど注目していなかったから見抜けなかったが。
「なるほど、なるほど。希望 望さんは黄色のオーラ。素早さに特化した能力ですね。それと……おおっ、異能持ちじゃないですか!」
驚きの声を上げる静と事の重大さが理解できずに戸惑う望。
「あのー、異能持ちってなんなん?」
「あっ、これは失礼しました。まだ説明していませんでしたね」
自分の失言に気付き慌てて口元を押さえる静は、ちらりと横目で野々上幕僚長を見ると、額に手を当てて大きなため息を吐いている。
頭を左右に振りながら、孫娘に歩み寄った幕僚長は軽く彼女の頭を小突くと、俺達へと向き直った。
「あー、すまない。これはまだ公表されていないのだが、オーラを発動した異能者の中には異能という特殊能力に目覚める者もいるのだ。異能とは……難しいことを省いて言うなら、アニメや漫画、SF映画で見たことのある超能力のようなものを想像してもらえばいい」
説明を聞いて覚醒者が大きく沸き立つ。
オーラという能力ですら持て余していたところに更なる力の存在。興奮するのもわかる。当時の自分もそうだったから。
「盛り上がっているところに水を差すようで悪いが、異能に目覚める者は滅多にいない。あまり期待をせぬように。では、続けてくれ」
説明を終えた幕僚長は後ろに下がり椅子に腰掛ける。
また興奮冷めやらぬ状態でざわついている状況で、大きく咳払いをする静に全員が注目した。
「はい、はい。お喋りはそこまでにしてくださいねー」
「そんで、わいの異能ってのは結局なんなん?」
「失礼しました、希望さん。ええとですね……あっ、ここで発表します? こっそりお伝えすることも可能ですが……」
今、眉間にしわが寄って何かを言い淀んだ。
異能を明かすのはメリットもあるがデメリットも存在する。ここには覚醒者だけではなく、政府関係者も集まっている。警戒心があり慎重な人物なら堂々と発表するようなまねはしないのだが。
静が発言を躊躇しているのが伝わってくるが、望は期待と興奮で空気が読めていない。
「おう、どうせならパーッと発表してや。わいの特別な力を!」
両腕を広げて舞台からこちらへ振り返った望は、見事なまでのドヤ顔を晒している。
承認欲求を満たす配信者としての血が騒ぐのか、いちいち動作が大袈裟だ。
希少な力を宿したことで、思いっきり調子に乗っているな。
「では、貴方の異能は……【炎上】です」
固唾を呑んで発表を待っていた覚醒者たちがざわついている。
正直、俺はかなり驚いている。【炎上】炎がつく名前からして、かなり強力な異能に思える。それこそ、物語の主人公やライバルキャラが所有していてもおかしくないイメージだ。
これは僻みでもなんでもないが、望のキャラには似合わない。
ただ、炎ではなく炎上なのが引っかかる。なにか違いはあるのだろうか?
「あれー、なんかよく聞こえんかったわ。みんなにも伝わるように、もう一回、大きな声でたのんます」
嘘吐け。思っていたよりも強そうな異能だったから、周囲に自慢したいだけだろ。
その証拠にニヤけ面が隠せていない。
「その、えっと【炎上】! です」
「な、なんやて⁉ 炎上! 配信者としてはあんま好きやない言葉やけど、つまり炎が使えるってこととちゃうんか!」
上半身を仰け反らして驚いた振りをしている。
やめろ、そのわざとらしいオーバーリアクション。
しかし、【炎上】か。火を操る能力者は異世界人にもいた。なので、あれと同じような力と考えていいのか?
超能力や魔法系で想像するような、火を飛ばして焼き尽くす能力だとしたら正統派だが。
「で、結局【炎上】ってどういう能力なん? 炎となんかちゃうん?」
「ええと、私は異能の名称がわかるだけでして、それがどういった能力なのかはおいおい一緒に調べていきましょう」
わざとらしく、大きく何度も頷く望。その説明で一応は納得したようだ。
壇上に上るときとは別人のように胸を張って、周囲にアピールするように大手を振って降りている。海外から来日した有名人にでもなったつもりか。
鑑定済みの人は黒服に誘導されて、壁際に並べられた椅子に座らされていく。
望は足を組んで、偉そうにふんぞり返っているな。これでもか、というぐらい調子に乗っているのがひしひしと伝わってきた。
「しかし、【炎上】か」
異能の力は当人の相性や心のありようによって目覚める内容が違ってくるらしい。心に大きく影響を与えた経験やトラウマ、強く望んだ想いが力になると言われている。
俺の【穴】も心と体に刻まれたトラウマや実体験により目覚めたものだ。
望に何があって異能に目覚めたのか今は知る術がない。おちゃらけてはいるが、俺のように何か辛い経験をして、それを切っ掛けに目覚めた可能性もある。
期待と不安がホールに充満していく中、次々と【鑑定】が行われていく。
自然と順番待ちの列ができていたので最後尾に並ぶと、後ろにのろのろと半グレ連中が並び始めた。
リーダーが先頭で続いて取り巻きが五人。総勢六名の半グレ集団。
鋭い目つきで周囲を威嚇するような態度を取ってはいるが、虚勢を張っているようにも見える。
じっと見ていた俺にガンを飛ばしてきたので、すっと視線を逸らして正面を向く。
「おい、てめえ、何見てんだ。ああっ」
予想通りというか取り巻きが絡んできた。
「てめえだ、てめえ。無視してんじゃねえぞ」
「…………」
素知らぬ顔をして無反応を貫く。
「てめえだって言ってんだろ、おい!」
取り巻きが俺の肩を掴んで強引に振り向かせようとしたが、その場に踏ん張って微動だにしない。
「な、なんだこいつ、動かねえぞ! おい、手を貸せ!」
ぴくりとも動かない俺に苛立った取り巻きが、意地になって数人で俺を振り向かせようとするが動かない。
本来なら体格差で抵抗できないのだが、長年の経験により相手にバレないようにオーラを操ることなど容易だ。体から放出せずに内部に巡らせることで、オーラの存在を悟らせない。
「くそっ、こいつ。くそが、オーラを出すぞ!」
「やめろ」
沈黙していたリーダーが見るに見かねたのか、取り巻きを注意した。
黒服に突っかかっていたときと比べて、かなり意気消沈しているのか黙って睨むだけだ。それだけで取り巻きたちは俺から離れると、列に並び直した。
半グレ共とそんなやり取りをしている間に、列がかなり進んでいる。
前回にいなかった覚醒者たちの能力を知りたかったが、邪魔が入ったせいで見逃してしまった。
あと十人ほどで俺の出番になる。
異能持ちが数名出ているな。今壇上に居るのは……以前はAクラス入りをした優秀な人材でマスコミにも取り上げられていた。今回も間違いなくAクラスだろう。
「おっと、すみれの番か」
すみれのオーラはほどほどで、俺と同じく遅咲きの落ちこぼれ。なので、この【鑑定】結果も期待はできない。
ただ、彼女は既に異能【譲渡】に目覚めていたはず。問題は使い道が判明せず、能力を活用できないまま異世界人の侵攻が始まってしまったことだ。
しかし、何度見ても服装と化粧に違和感を覚える。大好きだった黒髪が茶色に染まり、ナチュラルメイクだったのが塗りたくった濃い化粧。
それに丈の短い迷彩柄のスカート。正直、似合ってなくはないが、記憶の面影がまるでない。
そんなすみれが挙動不審でおどおどとしながら舞台に上り、震える手をそっと装置に乗せた。
体から溢れるのは色も薄い微弱な青いオーラ。
「はい、花蓮すみれさんは青のオーラですね。オーラ量は、まあ少なめですが。なるほ……どおおおっ? すみれさん、異能がありますよ!」
「本当ですか!」
うつむき気味で愁いを帯びていた、すみれの表情が一瞬にして明るくなる。
「異能を公表しますか? それとも、すみれさんだけに伝えますか?」
「ええと、こそっと教えて下さい」
静は小さく頷くと、すみれに耳打ちをする。
俺は【地獄耳】で「貴女の異能は【譲渡】です」と囁く声を捉えた。
異能を聞いたすみれの眉間にしわが寄る。まあ【譲渡】なんて名前だけを聞いてもピンとこないよな。
首を傾げた状態で舞台から降りるすみれ。
未だに偉そうな態度の望から少し離れた壁際に立った状態で、すみれはしかめ面で唸っている。
「譲渡って何? どういう力なの? 何か渡すの? お金?」
頭の中が ? で埋め尽くされているようだ。
そんな彼女を見て、一つの案を実行することにした。以前から考えていた対応策なのだが、ダメで元々やるだけやってみるか。
「すみません、緊張のしすぎでトイレに行きたくなって」
膀胱辺りを擦りながら列の脇にいた黒服の男に声をかける。
後ろで半グレ連中が鼻で笑っているが無視。
「行ってきていいですよ。そこの扉を出て左に行けばあります。戻ってきたら最後尾に並び直して下さい」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げると小走りで廊下に繋がる扉へ向かう。
扉から出てトイレに直行して、少し時間が経過してから会場に戻る。
次の次が半グレリーダーの番か。まだ十人以上残っているので焦る必要はない。
このタイミングならいけるか……。




