六話
「すみれ」
最後に見た姿とはまるで違うが、俺が見間違えることはない。
今でも目蓋を閉じれば、初めて会ったときの姿をありありと思い出せる。
そう、思い出と変わらぬ彼女の姿。
墨汁のような艶のある漆黒の長い黒髪――ん?
あれっ? 光の加減だろうか明るい茶髪に見える。
不純物の一切混ざっていない和紙のような白い肌――なんか、ファンデーション濃くない? 目の周りが青くてキラキラしているのはアイシャドウだよな。
肌の露出を抑えた服を好み、ロングスカートがとても似合って――スカート短いな。なんで迷彩柄? 黒タイツに包まれた長い足を見せつけるような格好だ。
「ん、んんんっ⁉」
「なんや、急に唸り初めて」
隣でツッコミを入れる……名前を聞いてなかったな。まあ、配信者でいいか。彼の言葉も気にならないぐらい、別人としか思えない格好をした、すみれを凝視している。
記憶の中の彼女とあまりにも違う見た目。でも、すみれであるのは間違いない。どんな姿になろうとも、俺が彼女を見分けられないわけがない。
ギャルっぽい服装にメイク。俺の知る彼女はあんなではなかった。四十年前とはいえ、そこの記憶違いはない……はずだ。ない、よな……?
彼女と初めて出会ったのは、この後のクラス分けで落ちこぼれのBクラスに入ることが決まり、二週間後にBクラスで授業を受けたとき、だった。
あ、いや、待てよ。おぼろげな記憶をたぐり寄せると、確か入所式の時にちょっと派手目な格好をした女性がいたような……。当時は緊張していて周りを見る余裕がほとんどなく、記憶が曖昧だが。
ということは、彼女は二週間の間にガラッとイメチェンしたのか? なんで?
現実を受け止められないまま、無意識のうちにすみれの姿を目で追っていた。
なんか、明るくノリの良さそうな外見の割に、壁際でおどおどしているな……。もしかして、無理してあんな格好をしているのか。大学デビューならぬ、訓練所デビュー?
「なあ、なあて。さっきからシカトされるのめっちゃキツいんやけど」
配信者がめげずに話しかけている。まったく聞いてなかったが。
「ああ、すまんな、配信者」
「配信者呼びはやめてくれや。ワイには希望 望という立派な名前があるんやで」
「それはすまなかったな、望」
言われたとおり名を呼んだだけなのに、糸のような細い目が見開かれた。
「いきなり、名前呼び捨てかい。あんさん、おもろいな」
何故か気に入られたようだ。
「こっちが名乗ったんやから、そっちも教えてえな」
「守人……守るに人とかく。フルネームは石川守人だ」
「ほな、よろしくな、守人」
「ああ、よろしく」
互いに自己紹介をしている間に時間が来たようだ。ホール全体を照らしていた灯りが消え、向かって正面にある少し高くなった壇上に立つ、スーツ姿の人物にスポットライトが当たる。
その姿を見た瞬間に会場から驚きの声が漏れた。
白髪交じりの髪を後ろに撫でつけ、柔和そうな顔をしているが目の奥が笑っていない。一見、人の良さそうな老人に見えるが、立ち姿に貫禄がある。
「あれって、総理大臣とちゃうんか」
流石に望でも知っていたか。あれは紛うことなき、日本の内閣の最高責任者だ。
当時は俺も驚きのあまり言葉を失っていたが、叩き上げられた精神力と二度目の経験なので驚くことすらない。
総理大臣が自ら話すほど、この訓練所の意義は大きい。かなり重要な国家プロジェクトの一部なのだから。
一度目は感動して演説を聴いていたが、二度目になるので興味すらない。
適当に聞き流しながら、周囲を観察する。
半グレ集団は俺と同じく演説を聴いていない。大あくびをして雑談をしている連中までいる。
参加者の大半は真剣な表情なのだが、見下した表情の者も少なくない。
「慢心しているな」
人を超える力を得たことで調子に乗り、他人を蔑む異能者が実は多い。
多くの人は何故ルールを守り、他人を傷つけないのか。性格や倫理観にも影響されるが、それだけじゃない。……罰や報復が怖いから。自分が傷つけられたくないから。
そんな考えの人間が他人より優れた力を得たらどうなるのか。罰や報復を恐れないですむ圧倒的な力を偶然、手に入れてしまったら……。
「おっさん、話が長いって。要点をまとめて話してくださーい」
半グレ連中の一人が総理大臣に向かってヤジを飛ばした。周囲の連中はゲラゲラ笑いながらバカにした態度で煽っている。
「おやおや、元気な若者だ。キミたちは何か勘違いをしているようだね。他者を蹂躙する力を突然得たことでうぬぼれてしまったのかな。愚かと言うしかない。知性を伴わない力はただの暴力。国の利益になるどころか害でしかない」
邪魔されたことを怒りもせずに微笑むと、半グレたちに語りかける総理大臣。
口調は穏やかだが、その内容は挑発しているようなものだ。
言葉の意味を理解した半グレたちが騒ぎ始めると、周囲の人々を押しのけて総理大臣へ向けて詰め寄っていく。
周りで護衛していた黒服連中が半グレ集団の前に立ち並び、総理大臣を守る壁となる。
黒服の数が多いな……。以前はこの半分もいなかったと記憶しているが。
「めっちゃヤバいんとちゃうんか⁉」
「心配無用だ」
隣で望が慌てふためいているが、俺は平然と構えて見守っている。
「総理大臣さんよ。今は権力図がガラッと代わったってことを理解してねえのか? 覚醒者と無能者。超えられねえ壁ができちまったんだよ。無能は黙って跪いて従え」
如何にもな悪役口調で話をしているのは半グレのリーダーだ。
身長は俺より高く、ボディビルダー並に鍛えた体をしているゴリマッチョなので見るからに強そうではある。
肩まで伸びた長髪に、腕の筋肉を見せつけるかのような袖の無い黒の革ジャン。脚の筋肉が浮かび上がって見えるピチピチの黒のジーンズ。一昔前の不良か悪役プロレスラーのようなファッションが痛々しい。
半グレリーダーがヘラヘラと笑いながら、遮るように立つ黒服の胸ぐらを掴んだ。
その瞬間、リーダーの体が反転して床に叩き付けられる。
体が浮き上がるほどの衝撃が床から伝わり、周囲の視線は地面に横たわり天井を見上げている半グレリーダーに注がれていた。
「なっ、なっ、なんだあああああっ⁉」
全身を覆う土色のオーラのおかげで無傷のようだが、現状が理解できずに雄叫びのような声を荒げている。
二人の黒服が瞬時にリーダーを押さえ込み、必死になって抵抗をしているようだがびくともしない。
「キミたちは確かに特別な力を得た。だけどね、それはキミたちだけの特権ではない。我々政府はいち早くこの力について調べ、既に何人も陣営に加えているのだよ。キミたちよりも優れた覚醒者をね」
落ち着き払った態度で話しかけてくる総理大臣に対し、さっきまでの態度から一変して尻込みする半グレたち。
過去に見た展開とほぼ同じだ。調子に乗った連中が力の差を見せつけられ大人しくなる。これがわかっていたので止める必要がなかった。
政府は多くの資金をつぎ込み、大穴に対しての研究が進んでいる。その際に穴からあふれ出る空気に触れた者が異能に目覚めることは既に突き止めている。
秘密裏に警察官や自衛隊員から優秀な人材を集め、非人道的な研究や実験を繰り返した結果、一般人よりも早く異能に目覚めた人々を生み出すことに成功。
その結果がこの黒服達の存在だ。
もう隠す必要はないとばかりに、黒服たちから一斉にオーラが立ち上る。
思わず仰け反りそうになるほどの圧に、この場に居る異能者たちが怯えきった表情を浮かべた。
今の今まで選ばれた存在だ、と信じていた連中の鼻っ柱を折るには最高のシチュエーション。
「では、改めてきちんと話を聞いてもらえるかな。ようこそ、覚醒者の皆さん」
さっきまでとは打って変わってほとんどの覚醒者が姿勢を正して、一言一句聞き逃すまいと集中している。
あれから総理大臣の話は滞りなく終わり、今度は帽子を被り、ほとんどしわのない制服を着こなす自衛官と入れ替わった。
帽子を外し、大きな目で俺達を睥睨している。
190cmを超える長身でピンと背筋が伸びた筋肉質の体。短く刈り揃えた黒髪と日焼けした顔に、もみあげから繋がった顎髭が目立つ。鋭い目つきに大きな口。目元に小じわはあるが五十を超える年齢には見えない。
帽章と制服に付けられた記章から、舞台に立つ男の階級がうかがい知れる。
「陸軍幕僚長、野々上だ」
野々上 豪。厳つい顔と全身からあふれ出る威圧感。改めて見ても中々の迫力だ。
「幕僚長ってなんや?」
隣で首を傾げる望。覚醒者の多くもよくわかってないようで、望と同じような表情をしているのをちらほら見かける。
「陸軍で一番偉い人だ。官僚」
「ほえー、そうなんや勉強になるわ」
俺も当時は知らなくて、後で凄く偉い人だと知った口なので偉そうなことは言えない。
「キミたちにはこれから能力検定を受けてもらう。能力の査定によって各自のクラス分けが決まる。クラスは一組十人前後とし、A~Eクラスまでとする。何か質問はあるかね?」
多くの異能力者は顔を見合わせているだけで、誰も質問を口にしない。
黒服の強さに恐縮しているのか。
「はい、はーい。あのークラス分けってやっぱ能力の優れたもんがAで、下にいくほど劣るってことでええんかな?」
俺の隣で勢いよく手を上げ、尻込みせずに口にしたのは望だ。
「Aクラスに優秀な者を集めるというのは間違っていない。だがB~Eに関してはオーラの色分けで割り振る予定だ。Bは赤色、Cは青色、Dは黄色、Eは土色といった具合に」
これも前回と違うな。前は二十人ぐらいだったのでクラスは二つしかなく、優秀な者がA。落ちこぼれがBだった。
少しずつ未来が変わっているのが吉と出るか凶と出るか、今の時点ではなんとも言えない。だが、未来は変えられるというのは希望に繋がる。
「では、他に質問もないようなので一人ずつ前にきて、オーラを発動してもらえるかな」
野々上幕僚長の隣にすっと歩み寄ったのは、真っ白な制服を着た女性。幕僚長が着ていた自衛隊の制服に似たデザインだが、あれは訓練所の制服だ。
やはり、彼女が担当するのか。
黒髪ポニーテールに黒縁の眼鏡。少し垂れ目気味なので柔らかい印象を受ける。
穏やかな気質でスタイルも顔も良く、訓練所の中でも人気のあった女性――野々上 静。そこにいる野々上幕僚長の孫だ。
マジマジと観察するが、やはり幕僚長とは血縁関係を一切感じさせない整った顔をしている。
「ここからは私が担当させて頂きます、野々上静です。全力でオーラを発動していただけたら、測定はすべてこちらで行いますので。痛いこともありませんし、変なこともしないから安心して下さいね」
優しい声を聞いて周囲の緊張が少し緩んだのを感じ取った。
場の空気を一瞬にして穏やかにする声と存在。だからこそ、能力を測定する人材に相応しいのだが、彼女が選ばれた最大の理由はそこじゃない。
彼女は既に異能に目覚めている。
所有している異能は――【鑑定】だ。




