五話
「本日の作業はここまで。各自後片付けを忘れるなよ」
「うぃーっす」
現場監督の大声に従い、作業員たちが一斉に手を止める。
俺は今、大穴周辺を取り囲むようにコンクリート製の壁を設置する工事現場で働いていた。
大学一年の休みに北海道旅行を満喫している最中だったが、大学は辞めて北海道にあるアパートに引っ越して住み着いている。
両親は過去に交通事故で亡くなり天涯孤独の身。親しい友人には「早まるな」と止められたが決断に迷いはなかった。
工事現場で働くことで怪しまれず大穴に近づけ、おまけに金も稼げる。一石二鳥とはこのことだ。
バイオレットオーラを発動すれば肉体労働も楽なのだが、あえて使わないようにしている。今はこの貧弱すぎる体を鍛えて、筋力と体力を上昇させる必要があるから。
かなりきつめの肉体労働だが、こんなもの四十年間の奴隷生活と比べたら苦でもなんでもない。
「兄ちゃん、めっちゃ働き者だな」
「ありがとうございます」
肩を強めにバンバンと叩くのは、二十歳年上の作業員。
労働で鍛え上げられた筋骨隆々の体が眩しく見える。
「文句の一つも言わずに頑張ってるな。今から飯を食いに行くんだが、一緒にどうだ?」
「ありがとうございます。でも、無駄遣いができない節約生活でして」
「そうか、そうか、苦労してんだな。奢ってやる……と言えれば格好も付くんだが。こっちも出稼ぎでここまで来た身でよ。ガキが多くて何かと物入りでな。また給料日にでも誘うとするか、お疲れさん」
そういって人懐っこい笑みを浮かべると大手を振って立ち去った。
俺は帰路につく作業員たちに紛れてプレハブ小屋の片隅に移動して、監視カメラの範囲から逃れる。
そこから地面に穴を掘る。すると予め掘っておいた横穴に繋がったので、縦穴は埋めておく。
トンネル状の穴を進んでいくと、視界の先が開ける。
そこは大穴の側面に空いた横穴だった。
首を伸ばして視線を上に向けると、百メートルぐらい先に大穴の縁が見える。下を覗き込むと吸い込まれそうな深淵。
俺は作業終了後に大穴を調べるために毎日通っていた。
一時期はこの穴からロープを垂らして降りていく手段も考えたのだが、もっと安全性があって確実な方法を思いつく。
穴の縁から少し距離を置いて、下り坂になるように【穴】を掘り進めて、スロープ状のトンネルを作ればいいのでは、と。
異能は使い込むことで威力が増し、発動時に消耗する精神力とオーラも減っていく。【穴】の鍛錬にもなるし、人の目につかずに降りることが可能なので見つかる心配もない。
もっとも大穴の周辺では電気機器は動かず、オーラのない人間は近づくことすら適わないので、いらぬ心配なのだが。念には念を入れて損はないはず。
工事現場で働くようになってから二ヶ月。
初めは簡易のフェンスを取り付けていたのだが、この穴からあふれ出る空気を遮断する必要があると国のお偉いさんたちが判断したようで、今は立派なコンクリート壁の建設作業が始まっている。
「二ヶ月か。長いようで短いな」
駆け足でトンネルを下りながら過去に戻ってからの生活を顧みる。
ほぼ毎日工事現場で働き、終わると穴を掘る。これの繰り返し。
奴隷時代と違い周囲は娯楽にあふれ、すべてが輝いて見えたが誘惑に負けることはない。……仕事の昼休みにやっているスマホゲーに課金するぐらいは許されるはずだ。
トンネルを下っている間は常に全身からバイオレットオーラを放出しながら【地獄耳】で周辺の音を探ることも忘れない。地道な努力の積み重ねが大きな力になることを俺は知っている。
新たに得た異能と言えば【読心】もある。この能力は便利なのだが使い勝手が悪い。まず、相手に一瞬触れた程度だと今考えていることを読める程度、長時間触れることで相手の記憶を読むことができるのだが、意識のある相手だと時間がかかる。
なので、異世界人の兄弟がしていたように相手を気絶させてから発動するのが最も効率の良い方法。
「おまけに死体からは何も読み取れないんだよな」
戦いが終わった後、二人の記憶を読み取り侵攻の計画を把握する予定だったのに、すべてが水泡に帰した。
それと異世界人兄との戦いで得た【反射】。戦いで活かせる能力なのは間違いないが、日常では使い道がない。それに一度発動すると、一分以上は間を置かなければ再使用できない。切り札としては有効なだけに、余程のことがない限り使わないようにしている。
トンネルの最下部に着くと、大穴の側面に繋がっている穴から現状を確認した。
大穴の底がもう見えている。あと少し掘れば底に降り立つことができそうだ。
「よっし、到着だ」
苦節二ヶ月。自力で大穴の底にたどり着いた。
大穴の直径より一回り小さく俺のバイオレットオーラと似ている色のモヤを吐き出す、異世界と繋がっている穴が目の前にある。
ここから異界の化け物が流れ出てくるのは、今から二年と九ヶ月後か。
改めて見てみると、異界と繋がる穴は俺があの時開いた【ワームホール】と酷似している。規模は比べるまでもないが、穴の中心が歪んで見えるところもそっくりだ。
「異世界から人や化け物を転送できる点も同じ。もしかして、これも【ワームホール】なのか?」
もしそうだとしたら、俺もいずれは自分の【ワームホール】で異世界と繋ぐことが可能になるかもしれない。淡い期待かも知れないが、可能性はゼロではないはずだ。
「防衛一方ではなく、いつか、こちらから攻める日も……強くなる理由が増えたな」
今はどうしようもない大穴の存在だが、自分の力を理解することでこの大穴への対抗手段がうまれるかもしれない。
「いずれ、必ず」
俺は異界へと繋がる穴から少し離れてあぐらを組んで、目蓋を閉じる。
精神集中をしながらバイオレットオーラを全力で発動させた。
やはり、この穴に近づけば近づくほどオーラと異能の威力が上がっているのを実感する。ここで鍛えれば地上より何倍もの効果が期待できる。
「少しでも強くなる……んっ、なんだ……?」
異世界と繋がっている穴からあふれ出す、紫色のモヤの一部が突然、穴から少し離れた場所に収縮すると、以前戦ったヘルハウンドと似た姿になった。
「新たにやってきたのか……。いや、違うな」
あくまでモヤが形を成しただけで、本体は存在しない。
「どういうことだ」
そのモヤは辺りをキョロキョロと見回し、俺の姿を発見すると問答無用で飛びかかってきた。
大人しく食われてやる義理はないので、オーラをまとった状態で拳を叩き付ける。
すると、モヤが崩れ霧状になって、俺のオーラに吸い込まれていった。
「オーラを吸収した? 異界への転移を失敗した魔物のオーラだけが、こちらにたどり着いて形を成す、ということなのか」
わからないことだらけだ。これは立証する必要があるな。
倒した相手のオーラを取り込めば強くなる、というのは異世界での常識。
なので、選抜隊のヤツらは地球人がオーラを所有していないことに失望していた。殺したところで強くなるメリットがないからだ。
侵攻するまで微量ながら穴から異世界の空気を漏れ出しているのは、第一に環境を自分たちの星に近づけ電気機器の不具合を発生させる。
第二に現地人を【オーラ】に目覚めさせ糧にする目的もあるらしい。
圧倒的な実力差がある故の傲慢さか。
「それが命取りになることも知らずに、な」
俺は前回の戦いで死体をすべて穴に埋めてしまったので、直接オーラを取り込めなかった。けれど、【穴】に埋めても同じ効果が得られるらしく、身体能力が向上していた。嬉しい誤算だ。
なんてことを考え込んでいる間に再びモヤが収縮し始めたので、側面に空けていた穴に跳び込み、覗き穴だけ空けた状態で塞いだ。
今度もヘルハウンドの形をしていて、同じように辺りを見回している。
しばらく穴の付近をうろうろしていたが上空を見上げ、穴の側面の凹凸に飛び移るようにして登り始めた。
「あれが地上に出たら大騒ぎになるぞ!」
放置しておくわけにもいかず、穴から飛び出して敵へと視線を向けると――ヘルハウンドの形をしたモヤが薄れて消えていった。
「ここから一定の距離を離れると、自然消滅するようだな」
これは……都合が良い。放置していても穴から出ることはできない。倒せば俺の糧になってくれる。
「ゲームで言うところの絶好の稼ぎ場だ」
それから、壁の工事期間が終わる九ヶ月もの間、休まず穴に降りてはモヤの討伐と鍛錬を続けた。
この世界に穴が空いて一年半が経過。
あの異世界人による侵攻が始まるまで、残り一年半。猶予期間の半分を鍛錬に消費した。そのおかげでオーラの総量、異能の強化が図れた。
今の実力なら大穴発生後に戦ったあの異世界人と二人同時に戦ったとしても、正面から打ち破れる自信がある。
でも、まだ、その程度だ。
異世界から迫り来る大群を相手にするには……実力が足りない。
「ここが――覚醒者訓練所か。こんなに立派だったか?」
十階建ての真新しいビルを見上げながら、感嘆の声を漏らす。
「確か、元々はホテルの予定だったはず」
四十年前の記憶よりも立派な建物に見える。ここ一帯は本来テーマパークにショッピングモールとホテルを隣接する予定だった場所なのだが、政府が一帯を買い取り急遽、覚醒者訓練所として再開発された。
目の前のビル以外にも、ドーム型運動施設、食堂、宿泊所、研究所等、充実した施設が整えられている。
未知の部分が多い異能を調べ、人類の発展に役立てるために作られた施設。これは日本に限った話ではなく各国でも同じような現状らしい。
「よっ、あんさんも覚醒者なんか? そうやんな? 誰もそれっぽい人がおらんから場所間違ったんかと思うたら、心細うて、心細うて」
能天気で陽気な声がしたので振り返ると、薄っぺらい笑みを浮かべて如何にも陽キャっぽい雰囲気の若者がいた。
赤く染めた短髪に加え耳にはピアス。目は糸のように細く、あれでちゃんと前が見えているのかは疑問だ。
服装は目に優しくないデザインのTシャツ。穴の空いているジーンズ――を見ると奴隷時代を思い出すが、これはオシャレの為にわざと開けているのだろう。
外見だけで判断するなら俺と同じぐらいの二十歳前後か。
キツネ目、お喋り、赤髪、大阪弁、陽キャ、属性を盛り過ぎだ。こういう濃い目のキャラはちょっと目立つだけのモブか、切れ者の実力者というのが物語では定番なのだが。
「一応は」
「ほんなら、お仲間やな。よっろしくぅー」
軽いノリで右手を差し出して握手を求めてくる。苦手なタイプなので曖昧に言葉を交わして逃げようとしたが、強引に手を取られるとしっかりと握手させられた。
妙に目立つモブの方か?
一応、【読心】で相手の考えを読んでおく。
(ボッチでこんなところに行くのはビビるしな。目つきは鋭いけど、ええ人っぽくて良かったわ)
……まあ、悪いやつではないようだから、適当に話を合わせよう。軽薄そうな若者だが彼も覚醒者か。
今から半年前、覚醒者と呼ばれるオーラに目覚めた者たちが次々と現れ始めた。人を超えた力を発動させる者たちを覚醒者と呼び、保護と訓練という名目で強制的に集められた者を見張るために作られた施設。それがここ、覚醒者訓練所だ。
ここに入る条件はオーラを発動できること。それのみ。
ちなみに正式名称が長いのでほとんどの人が訓練所と略して読んでいた。
訓練所と銘打っているが、ここに入ると国から多額の報酬が支払われる。それは力を持て余した覚醒者が犯罪に走らないようにする餌でもあり、本来の目的のためでもある。
「あんさんも金に釣られたんか?」
「それもあるが、この訳のわからない力の使い道も学びたかったのでな」
「いきなり噴き出してきたときは、めっちゃびっくりせんかった? 風呂で鼻歌口ずさんでいたら、急に体から変なん出てきたから、ヤバい病気かと思うたわ!」
大げさな身振り手振りを交えて話す姿は、口調も相まって漫才師のようだ。
「わいは動画の配信者やってたんやけど、大穴をネタにしたらめっちゃ再生数稼げるから北海道に移住して、なんやかんや頑張っててん」
なるほど、だから地元の住民でもないのにいち早くオーラに目覚めたのか。これだけお喋りなのも配信者なら頷ける。
それからビルに入って受付で場所を訊ねた。ホールへと向かう途中もずっと話し続けてくるので、適当に相づちだけを打っておく。
エレベーターの扉が開き、五階で降りた俺たちの前には《覚醒者の皆様はこちらへ》と書かれた看板があったので迷わず扉を開いた。
まず目に飛び込んできたのは巨大な空間。鳳凰の間、と呼ばれる元々は結婚式やパーティーに使われる予定だったホールらしい。
右手方向にある壇上には長机とパイプ椅子が四脚。そこに年も性別もバラバラな四人が座っている。
その人たちの対面には同じく性別年齢が異なる、五十人以上の人が。
「多いな」
正直な感想が漏れる。以前はここまで覚醒者はいなかった。二十名程度だったはず。だというのに、倍以上の訓練生候補が目の前に存在している。
何人かの顔に見覚えがある。同じクラスだった者だけではなく、有名人もちらほらいるな。当時、覚醒者として有能な者は話題になり、テレビなどでの露出も多かった。
ちなみに俺に話しかけてくる大阪弁の彼には見覚えがまったくない。
「……才能に恵まれなかったか」
「なんか言うた?」
「雨垂れ石を穿つ。精進するのだぞ」
「なんで今、励まされたん? あんさん、なんか落ち着き払ってて、爺ちゃんみたいなノリやな」
首を傾げている彼を無視して、改めて残りのメンバーを確認する。
やはり、覚醒者が増えている。何らかの原因で大きく未来が変わったの……か?
「あっ」
思い当たる節がある。というか、原因は俺か。
「ヤツらを倒したから」
警察官に化けた二人の異世界人。本来の歴史ではあいつらがいち早く覚醒者を見つけ、密かに処分していたのか。警察という立場と【読心】を使えば容易く行えたはずだ。
納得がいったので、今度は冷静に辺りを見回す。
「やはり、いるか」
その中に俺をいじめていた連中を発見。半グレ集団のトップとその仲間たち。ルールを守らず、大穴の近くでたむろしていたことで、何人かが覚醒者として目覚めた。かなり厄介な存在。
取り巻きの数が増えているのも、俺が未来を変化させた影響か。
当時はあの目つきとガラの悪い集団に怯えていたが、改めて見ると……何も感じない。それこそ、小学生に入ったばかりの悪ガキが、集団で戯れている程度にしか思えない。
今なら何かあったとしても、問題なく屈服させられる。
いじめられていた当時の記憶が微かに蘇るが、その後の奴隷生活の苦しみと比べるまでもない。当時はかなり苦しみ恨んでもいたが、四十年という月日と奴隷時代があいつらとの記憶を払拭した。
あいつらから目を逸らし、再び周囲を観察していると――体が硬直する。
とある女性を見つけた瞬間に目を奪われ、時が止まった。
思い焦がれ、この日を、この一瞬を、この再会を、待ち続けていた。
何度も、何度も、夢にまで見た彼女がそこに――
「すみれ」




