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墓守は異世界人の墓穴を掘る  作者: 昼熊
二章

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九話

「選抜隊のお二人から連絡が途絶えたから、なんぞあったんかと、えらい心配してましたんえ。うちらも警戒はしてたんやけど、まさか不意打ちとは。いけずなお人やわ」


 背骨が砕け、上半身が折れ曲がった状態で饒舌に話す、神無月。

 長い髪は地面に広がり、逆さの顔が微笑みながらこっちを見ている。まるでホラー映画のワンシーンのよう。

 実際、その姿を目の当たりにしている、すみれと望は顔面蒼白で小刻みに震えている。

 あの状態、動いてはいるが重傷であるのは間違いない。追撃を仕掛けるべきか?

 ……いや、あんな状態でも平然と動いている相手にとどめを刺せるのか? 謎が判明するまでは様子見が正しいのではないか?

 咄嗟に判断できずに躊躇してしまう。考えた末に口から出た言葉は……。


「一つ質問なんだが、なんで生きているんだ?」


 素朴な疑問だった。

 アグリウスタル人の身体は地球人と酷似している。筋肉、骨、内臓も同じように存在しているのは奴隷時代に確認済み。戦場には死体がいくらでも転がっていたから。

 なので、決して不死の生命体ではない。それは断言できる。


「生きてるのとは違うんですわ。元々、この体は死体やさかいに」

「死体?」

「うちら、アグリウスタル人は……あれま、正体明かしてもうたわ。まあ、よいか。この妙な言葉は使い辛くてならぬ。どうせ、我らの正体は既に看破しておるのだろう?」


 声は若い女性のままだというのに、話し方が老人のものへと変化した。京都弁の訛りも完全に消え失せている。


「それが、本来のお前か。侵略者、アグリウスタル人」

「うむ。この女子おなごに成り代わった、アグリウスタル人の一人じゃよ。名を教えるのも面倒なので、神無月のままでよいぞ」


 体が折れ曲がったまま、逆さまの顎を撫でている。

 言動は完全に老人のそれだが、見た目が若い女性で背骨が折れた状態という異様な状況なので、おぞましい感覚だけがずっと残っている。


「同じ質問を繰り返すが、何故生きて……いや、生きてはいないのか」


 【地獄耳】を発動して音を探ってみたが、神無月の体から心音が聞こえない。

 それどころか、折れまがった腰付近から血も一切流れていない。腹の皮膚は裂け、筋肉は断裂し、骨まで飛び出ているというのに。


「我らは異世界に侵略する際に、まずは相手を捕縛して記憶を読む。そして、道具により相手の姿に化けて潜む。異世界の情報を集め、我が星の空気を流し込み、環境を整えた後に侵略を開始するのがセオリーなのじゃよ」


 知っている。実際、その方法で地球は滅びたのだから。

 その点を指摘する必要もないので、黙って先を促す。


「だがな、わしは少し違っての、道具に頼らずともよい。異能の力により、原住民の体を奪う。この【憑依】の力で」

「【憑依】だと」


 初めて聞く異能だ。名前やヤツの説明からして、相手の体に憑依して意のままに操る能力か。


「欠点としては相手が死体でなければ使えぬこと。なまじ意識があると抵抗しよるからのう。ちなみに、こうやって力を解放すると……元の姿に近くはなる」


 頭から角が生え、瞳孔が赤く縦に伸びた。


「じゃあ、なんだ。お前は元から幽霊みたいな実態のない存在なのか」

「良い質問じゃ。元々は肉体もあったのじゃが、初めてこの異能を発動した日から、肉体の楔から解放されてのう。好きな体を取っ替え引っ替えで楽しんでおる。よっこらしょっと」


 そこまで話して満足したのか、折れ曲がっていた上半身を元に戻して、普通の体勢に戻った。

 想定以上に厄介な異能を所持している。【憑依】か。死体しか乗っ取れないのであれば、やりようはあるが。


「この体はもう使えんが、次はお主らから選ぶとしよう。久々に男の体を堪能するのも悪くなかろう」


 値踏みするように俺たちの顔を何度も見回していたが、すっと視線が俺で止まった。

 どうやら、俺が成り代わり候補のようだ。


「質問に答えてやったのじゃ、次はわしの番かのう。貴様らは何者だ。原住民のように見えるが、もしや穏健派か?」


 穏健派。同じアグリウスタル人の中にもわずかだが戦争反対を掲げている連中がいる。穏健派は侵略されている現地の人々を密かに匿い、保護することもあるそうだ。

 実際、奴隷時代に穏健派と出会い食料を分けてもらって、異能やオーラについて教えてもらったこともあった。


『どうかな』


 あえて、異世界の言葉で返す。


「ふむ、そこは明かしてくれぬか。まあ、よい。叩きのめした後に記憶を読めば済むこと。まずはこの現状を主に伝えるとするか」


 神無月はニヤリと笑い、天井へと視線を向ける。

 どうやら【通話】の異能で昼想に連絡を取ろうとしているようだ。


「おや、繋がらぬ。どういうことだ」


 訝しげに表情が歪むと、鋭い視線が俺へと向けられた。


「対策はしている、とだけ言っておく」


 そう、神無月の異能は不明だったが、連絡役であることは以前の戦いで相手が漏らしていた。おまけに【通話】の存在が明らかになっている。ならば、何も対策をしないなんて愚行を犯すわけがない。

 ヤツにネタばらしをする気はないが、どうやって【通話】を妨害しているのか。それは、ここまで案内してくれた黒服の異能だ。

 彼女は【遮断】という異能を所持している。電流、音、光、熱といったものを遮ることが可能。そしてそれは異能にも通用する。

 同時に複数の異能を防ぐことは叶わないが、一つに絞ればオーラと精神力が尽きるまで維持できる。


「まるで、我々の手の内を把握しているかのような対応。少々出来過ぎじゃのう。もしや、お主……【ワームホール】の所持者かっ!」


 目を大きく見開き、ギラついた視線を飛ばしてきた。

 こいつはどう見ても頭脳派。これだけ情報を提示されたら気付いて当然か。今更、否定する必要はない。


「そうだ」

「やはり。別世界の我々と戦い、能力の一端を見た。そう考えれば納得がいくわい。故に不意打ちも可能であったか。上向じょうこう、上向。【ワームホール】を確保できるとなれば、我々の地位は更に上がる。主も喜ぶじゃろうて」

「もう、勝ったつもりか? この人数差で」


 相手は一人、こちらは四人。正確には黒服を含めて五人だが、彼女には【遮断】に集中してもらっている。


「つもりも何も、少し力を得た程度の原住民が我々に適うとでも? 以前も惨敗して、尻尾を巻いて過去に逃げ戻ったのではないのかね?」

「こいつ……事実が人を傷つけることもあるんやで!」

「あの時はあなたとは戦ってないもん!」


 ずっと黙っていた二人が一歩踏み出すと、大声で反論を口にした。


「となると、主と戦ったのか。それはそれは……。手も足も出なかったであろう? わしも主相手ではどうしようもないからのう」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、俺たちを睥睨している。

 悔しいが、ここで何を言っても言い訳にしかならない。


「わしならば手が届くと考えたわけか。浅はか、と言うしかない。日輪ならまだしも、わしを原住民ごときが……片腹痛いわ!」


 激昂したヤツの周囲がすり鉢状に陥没すると、地面から幾つもの大きな土の塊が浮き上がる。

 それが一気に凝縮されると、野球ボール状の塊となった。

 その数は二十前後。

 土を操る系の異能か。もしくは重力や念動力のような超能力で物体を操っているのか。

 土の球は更に変化して、末端の尖ったラグビーボールのような形状へ。

 やはり、遠距離型か。日輪のように肉体で押し通す相手ではないとは踏んでいたが。


「穿て」


 土の塊が一斉に発射された。

 前方から押し寄せる無数の弾丸。オーラ全開で防御しきれるか?


「ここは任せてください! 大地よ力を貸してください!」


 俺たちの前に飛び出した七節が、地面に両手を突く。

 すると、土が盛り上がり巨大な壁となり、土の弾丸を防ぐ。

 衝突音が何度も聞こえるが、土壁を貫通することなくすべて防いでくれた。

 土壁が消滅すると唇を噛みしめ、苦々しげに睨むヤツと目が合う。


「手加減したとはいえ、原住民ごときが攻撃を防いだだと……」


 七節の異能【土】で生成された壁が想像以上の防御力だったようだな。

 俺たちは、この世界に戻ってから鍛錬に鍛練を重ねた。その中でも急成長を遂げたのが七節。

 元々の才能がずば抜けていたことに加え、彼は努力を惜しまなかった。結果、この威力だ。

 ヤツにとって予想外の展開なのだろう。攻撃の手を休め、こちらを観察している。右目は七節を左目は俺を捉えて放さない。

 顎に手を当て、熟考しているヤツの手と顎の間に突如、ハンカチが現れた。


「はっ? なんだこの布きれは」

「二人だけとちゃうで!」

「そうだよっ!」


 ハンカチを摘まみ上げ、眉をひそめるヤツの体が一気に燃え上がる。


「な、なんとぉぉぉっ⁉」


 発火点は言うまでもなくハンカチだ。

 これは、すみれの【譲渡】と望の【炎上】による合わせ技。

 燃えさかる炎の勢いも以前の比じゃない。七節には及ばないが二人の実力も相当上がっている。これぐらいできて当然だ。

 とはいえ、炎でヤツを倒しきれるとは考えていない。攻撃よりも視界を奪い、混乱させるのが目的。


「驚きはしたが、この程度の炎で燃やし尽くせると――」

「思ってなどいないっ! 開けっ!」


 ヤツの足下に直径五メートルはある穴が開き落ちていくが、穴の縁が肩に差し掛かったところで動きが止まった。

 炎が消え、着物から煙がくすぶった状態のヤツがピタリと静止している。


「わしの【念動力】を甘く見るでない」


 ドヤ顔で語るのは自由だが、ネタばらしをしてくれたのはありがたい。

 土を操り弾丸として発射したのは【念動力】か。触れずに物体を操る能力。それを自分の体にも施せば宙に浮くことも可能、と。


「ならば、これはどうでしょうね」


 七節が右手を伸ばした先には【土】の異能で生み出した巨大な土の塊。穴の直径とほぼ同じ大きさの。


「すみれさん、お願いします」

「はい、受け取ってください。譲渡」


 すみれが巨大な土の塊に手を触れると、瞬時に塊が消えた。

 と同時に塊が現れた場所は、ヤツの頭上。


「な、なにぃぃぃぃぃっ! ぐあああああっ!」


 悲鳴が徐々に小さくなっていく。穴に蓋をされた状態で底まで落ちたのだろう。

 同時に数は操れるようだが重量制限があったのか、あの塊は支えきれなかったようだ。

 俺たちは穴の縁まで駆け寄ると、中を覗き込む。

 かなり深く掘ったので底は見えない。ただ暗闇がそこにあるだけ。


「これで、倒せたのでしょうか。彼は実体がない存在なのですよね」

「でも、死体がないと憑依できへんのやから、もし倒せてなかったとしても一生土の中ちゃうんけ?」

「だよね。幽霊になって復活、みたいなことないよね?」


 普通なら倒した実感があるのだが、歪な存在だけに手応えと確信がまるでない。


「でも、これ以上はどないしょうもあらへんやろ。気持ち切り替えて、次は日輪の相手――」


 微妙な空気を払拭するように、望があえて明るい声で気持ちを切り替えさせてくれようとしていた発言の途中で、脳に直接声が響いた。


『これでわしを倒したつもりか。肉体は使い物にならなくなってしもうたが、我が本体に肉体は必要ない』


 声の出所は考察するまでもない、穴の底にいるヤツだ。

 全員が目を凝らして穴を覗き込むと、視線の先に青白い点が見えた。

 それが徐々に大きくなるにつれて、姿が明らかになる。

 しわだらけの顔に骨の浮き上がった体。半透明で細身の老人が徐々に浮かび上がってくる。その顔に満面の笑みを浮かべて。


「ひいいいいいっ! あのお爺ちゃんすっごく嬉しそうに笑ってるぅぅぅぅ」


 不気味な姿に怯えたすみれが、腰にしがみついてきた。


「あれで倒せないなんて、万事休すでは。【光】の異能でも浴びせてみましょうか?」

「幽霊は燃えへんよな……どないすんねん⁉」


 対応に悩んでいる間にも、その姿が徐々に大きく鮮明になっていく。

 勝ちを確信した表情。物理攻撃は通じないと考えるべき。ならば……。


「話してなかったことが一つあってな」

「なんや、こんな状況で。懺悔やったら後で頼むわ」

「望君、茶々を入れないの! 大切なお話中でしょ」


 すみれが取り乱している望を叱った後に、真剣な眼差しを俺に向けて小さく頷いてくれた。


「逆行したことでオーラや異能の能力が重なり強化された。だけど、強化されたのはそれだけじゃない。異能職も新たな力に目覚めたんだ」

「守人君の異能職って……」


 すみれが呟くと、ハッとした表情になる。


「そう、【墓守】。俺が新たに得た力は【穴】の派生【墓穴】だ」


 異能は経験や想いの強さから生み出される力。俺が墓穴でイメージしたのは――。

 穴の縁に両手を添えて強く願う。


「浄化しろ!」


 穴の中に光が充満し、ヤツを塗りつぶしていく。


『なんだこれは! ひっ、か、体が薄れていくっ⁉ 離れろ、離れろっ! わしを、俺を、僕を、私を侵食するなあああああっ! 体が削られて……やめろ、消えたくない! まだ、やり……た……』


 天に向かい懸命に手を伸ばす老人を、光が完全に覆い隠す。

 奴隷時代に掘らされ続けていた穴は、不浄の物を浄化するのが目的だと信じていた。

 アグリウスタル人の目論見が【ワームホール】を目覚めさせることだったとしても、俺はそれを知らずに掘り続けた。

 亡くなった人々が成仏しますように、と願いを込めて。

 何年も、何十年も。

 それが仇となり浄化の力を得るなんて、皮肉なものだ。


「墓穴を掘ったな、アグリウスタル人。安らかに眠……いや、後悔と無念を抱いたまま闇に落ちろ」


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そういえばそう、まさに死霊特効で草。
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