五話
「本日の作業はここまで。各自、後片付けを忘れるなよ」
「うぃーっす」
現場監督の大声に従い、作業員たちが一斉に手を止める。
「ふぃぃぃ。今日もめっちゃ働いたなぁ」
「いい汗流しました」
「うんうん、みんなお疲れ様です」
作業服姿の望が大きく伸びをすると、七節がタオルで自分の汗を拭い、すみれが俺の隣で微笑んでいる。
ここは深淵を取り囲むように建設されている、コンクリート製の――後に境界壁と呼ばれる壁を建造する工事現場だ。
前の世界では一人だったのだが、今回は四人で働いている。
ここは深淵から近いのでオーラの覚醒には絶好のポジションであり、おまけに賃金を得ることもできるという一石二鳥の現場。
「この後はパーッと酒でも飲んで、どんちゃん騒ぎしたいところやけど」
「ダメですよ。いつもの、あれが残っていますから」
「むしろ、ここからが本番だしね」
三人の表情が引き締まったのを確認して、小さく頷く。
「じゃあ、着替えていつもの場所で」
作業着から普段着に着替えた俺たちは、異界から漏れ出る空気の影響で監視カメラが作動しない一帯へ近づくと、そこから【穴】で真下に移動して、既に作っておいたお手製のトンネルへ降り立った。
工事現場で働くようになってから一ヶ月が経過。
前回と同じように工事現場で働いた後は、深淵の側面を沿うように作ったスロープ状のトンネルを潜って移動。それが日課となっている。
「うっし、わいの出番やな」
望が右手人差し指を立てると、指先に小さな火が。
真っ暗だったトンネル内部に光が広がっていく。
「火を操れるのって羨ましいな。ガスボンベ代が浮いて節約になりますからね」
「車中生活しとる七節に言われると、生々しすぎて反応に困るわ」
山奥で自給自足していた七節の住処も畑も今は土砂の中。事前に衣類や貴重品を持ち出して、軽キャンピングカーに押し込んだのはいいが、貯金は少ないそうだ。
なので、現在は俺の住むアパートの駐車場に軽キャンピングカーを停めて暮らしている。家賃は駐車場代。トイレ風呂は俺の部屋の物を使用。
「私も早く、皆さんのように異能の力が使えるようになりたいです」
「精進したまえ、七節君」
腕を組んで偉そうな態度の望。
この場でまだ異能どころかオーラにも目覚めていないのは七節だけだ。
俺たちは時間逆行をしているので、当然ながら1世界の能力がそのまま使える。まずは七節に覚醒してもらうのが先決。
「七節はここで待機してくれ。気分が悪くなったら即座に撤退するように」
「わかっていますよ。今日こそはオーラに目覚めてみせます」
意気込む七節はその場に座り込み、座禅を組んでいる。
ここから下は異世界の空気が濃くなっていく。
覚醒者の素質があるので、ある程度なら異世界の空気に触れても体に害を及ぼすことはない。だが、この先は濃度が濃すぎる。
トンネルの途中で七節と別れると、俺たちは下へ下へと進んでいく。
穴の底にたどり着いた俺たちは、深淵に近づきすぎないように距離を取り柔軟を始めた。
「今日も特訓頑張りまっせ」
「うん。いっち、にっ、さん、しぃー」
最近は仕事終わりに毎日、ここで鍛錬を続けている。
俺が前の世界でやっていた日課に二人も参加させているのだが、その効果は絶大だ。
二人のオーラ量、濃度が日に日に増していくのが目に見えてわかる。
「ほんなら、今日こそは一本取ったるでぇ!」
柔軟を終えた望が唐突に襲ってきたが、【炎上】で燃えている腕をあっさり掴んで、穴の壁面に投げ飛ばした。
「ぐへえっ! く、くっそぅ。わいらは前の1世界の能力のまま、こっちの2世界に来たのはわかるけど。守人だけめっちゃパワーアップしてるのが納得いかん」
壁面に大の字で埋まりながら文句を口にしている。
「前よりも、すっごく強くなってるよね」
「そうだな」
すみれの言葉に同意して頷く。
実際、時間逆行する前よりオーラ量はかなり増えて、異能の力も増している。
「時間を逆行することで、俺たちは遡った時点の自分へ融合するのだろう。肉体は当時のままだが」
「つまり、異能やオーラは内面に影響するもんやから、そのまま持ち越して、以前の自分の力に加算されるっちゅうことか」
「えとえと、この世界の私たちは、まだオーラにも異能にも目覚めていなかったから、前の世界の能力がそのまま移動しただけ。でも、守人君はこの時点で既にオーラも異能も所有していたから……」
「能力が融合して強化された、ということだろう」
俺が初めにいた……滅びた地球を0世界。一度目の時間逆行をした地球を1世界。そして、現在が2世界と仮定する、と以前も説明した。
俺は1世界の時点で、0世界の能力を持ち越していた。なので、今は0世界の力と1世界の時間跳躍直前の力が合わさった状態になっている。
「オーラが増えてんのは……まあ、わかるんやけど、異能の方はどうなるんや? 同じ能力が二つになってもしゃーないやろ」
「同じ異能は重なり融合して強化される。それは……すみれの【譲渡】で立証済みだ」
「うん。前に守人君に【譲渡】を渡されたらくっついちゃったもんね。それで、相手に物を渡すという能力が増えたんだよ」
以前の【譲渡】は自分の力を誰かに託すだけの能力だった。しかし、異能が重なることで新たな力に目覚めた。
「ほんなら、守人の異能は全部ダブったから、くっついて強化されたんか?」
「そうなる。だが、1世界への逆行直後は【穴】と【譲渡】しか所有していない。しかし、ヘルハウンドとアグリウスタル人を二人穴に埋めて、異能を吸収したので同じように異能が強化された」
ここが少しややこしいのだが、時間逆行をして異能が重なると強化される。そして、【穴】に埋めた相手から異能を奪い異能が重なると、同じような効果が得られる。
「ええと、ほんなら、どっちにしろ、異能がダブって強化されたってことに間違いはないんやな?」
「ああ、そうだ。今、所有している【穴】【地獄耳】【読心】【反射】は軒並み強化されている」
こちらに来てから何度か異能を確認しているが、どれも以前とは違っていた。
「マジか! どんな風に強うなったんや?」
「あっ、私も知りたい」
興味津々といった感じの望に続いて、すみれが勢いよく手を上げて顔を近づけてきた。
「隠す理由もない、か。まず、【地獄耳】は聞こえる範囲が倍近く広がった」
「なんや、面白味のない強化やな」
「えっ、二倍ってすっごいことだよ⁉」
あからさまにガッカリした様子の望を小突きたくなったが、すみれのフォローに免じて勘弁してやろう。
「【読心】は相手に触れなければ心の声を聞くことができなかったが、半径一メートル以内なら、触れずとも聞くことが可能となった」
「心の盗聴し放題やないか! はっ、わいの心も盗み聞きされまくってんとちゃうんか⁉」
怯えた顔で自分の体を抱きしめて距離を取る望。
「私は聞かれても大丈夫だよ」
対照的に微笑みながら距離を縮めてくる、すみれ。
信頼してくれているのは嬉しいのだが、何故か……すみれの言動に若干の凄みを感じる。
「安心してくれ。すみれの心を無断で覗くような真似は絶対にしないから」
すみれの手を取って真摯な眼差しを注ぐ。
そんな想いに応えるように、すみれは俺の目を見つめ返してくれた。
「なあ、わいの心は⁉」
「お前の心はフリーWi-Fiだから、やりたい放題無制限だ」
「無断で利用されまくっとる! 個人情報の漏洩や!」
「だいたい、心の声も喧しくて聞くに耐えん。おまけに裏表がないから、聞く価値がない」
実際のところ【読心】の練習として何度も使用しているが、心の声を聞いたところで新たに得られた情報も秘密も何もない。
「残りの【反射】は一度使うと、再び発動するのに一分のクールタイムが必要だったが、半分の三十秒で再発動できるようになった」
単純だがかなり嬉しい強化だ。これで使い勝手が良くなる。
「それと【穴】に関してだが……【穴】の派生で【ワームホール】が使えるのは既に知っているだろう。この【ワームホール】は深淵の直ぐ側でないと使えなかったのだが、離れていても発動可能となった」
「それってつまり、いつでも時間逆行が可能になったってこと?」
「いざという時の最終手段としては便利やけど、なんか期待外れやな」
二人の反応が微妙だ。でも、言いたいことはわかる。
「それが少し違ってな。発動は可能なのだが、大きさが……見た方が早いか」
いつものように地面に穴が空いたのだが、その直径は十センチ程しかない。
「ちっさ!」
「可愛らしい大きさだね」
「このように、この大きさが限界でな。体を通すのはまず無理だ。そもそも、この【ワームホール】は時間逆行を目的とした穴ではなく、こうやって」
小さな穴目がけて、足下の石を放り込む。
「あたっ⁉ なんや、なんで、下からケツに石が⁉」
俺の投げた石が、予め望の足下に設置しておいた穴から飛び出して命中した。
「穴と穴の時空を繋げるようになった」
「穴と穴をワープできるんだ!」
「なんや、またトリッキーな能力を覚えおったな」
使い勝手は未知数だが、戦力の幅が広がるのは間違いない。
【穴】についてはもう一つ、大きな変化があったのだが……。
「っと、雑談はここまでにしよう。お出ましだ」
俺がそう言うと、二人のまとう空気が変わった。適度の緊張感と引き締まった表情。
全員の視線が一点に集まる。
深淵から現れた実態のないオーラで形作られたヘルハウンドへと。
以前と同じように、深淵から現れるオーラ体を倒し、その力を吸収することで力を増す。ゲームで言うところの最高の狩り場で、二人をレベルアップさせるぞ。




