三話
「いやー、姿見て安心したわ……で。なんか、距離感バグってへんか?」
集合場所として望が指定したカラオケボックスの部屋に入ると、一瞬だけ満面の笑みを浮かべた望の眉間にしわが寄る。
「気にするな」
「気になるに決まっとるやろ! なんで、すみれちゃんが密着してんねん。なんや、その羨まけしからん手の繋ぎ方は!」
鼻息荒く憤っている望の視線が何処を向いているのかというと、家を出てからずっと指と指を絡ませるように繋いでいる、この手だ。
正直、俺も恥ずかしいのだが、かなり強く握ってきているので外すことができないでいる。
「ちょっと見ん間にラブラブになっとるやんか。まさか、あんたら……昨日の晩に……」
「変な妄想をするな。あの後、疲れ果てて昼前までぐっすり寝ていた」
「疲れ果てるぐらい……」
「やめろ」
完全に誤解している望が嫉妬漲る視線を飛ばしてくるのが鬱陶しいので、手で払ってから席に着く。
当然のように、すみれは隣に寄り添い体を密着してくる。
何か言うべきなのか迷うが、心から嬉しそうな笑顔を向けられると何も言えない。
「と、ともかく、何があったのかを話す」
「なるほど。守人は時間逆行後も大忙しやったんやな。わいのほうは気が付いたらPCの前で動画編集中やったわ。それも懐かしいボロアパートの一室でな」
「私は今から寝ようとしていたタイミングだったよ」
真面目な話をしているので空気を読んでくれたのか、すみれが少しだけ離れてくれた。
「全員が同じ時間への移動が成功した、と。転移したのは七月九日の深夜。深淵が現れた二日後で間違いない」
「そこなんやけど、時間逆行って前は深淵が開いたその時やったんよな。で、今回は二日後、このズレはどういうことなんや? こういうのは、前と同じ場所と時間に戻るってのが定番ちゃうんか」
「それは俺も疑問だった」
過去に戻るのは成功した。これは間違いない。望が指摘したように俺も一回目と同じ場所、時間に戻るものだと考えていた。
だが、実際は二日後。
「ランダム、ってことなのかな? それとも何かしらの法則がある、とか?」
すみれは部屋に運ばれてきたロイヤルミルクティーを飲みながら、首を傾げている。
「【ワームホール】は穴と穴を繋ぐ能力。一度目は深淵の近く、二度目は目の前に俺の開けた穴があった。そこから考察してみたのだが、おそらく……その世界で初めて空いた穴の近くに転移するのではないだろうか」
目覚めてからここに向かうまで、ずっとそのことを考えていた。
いくつかの可能性を模索した結果、たどり着いた推論がこれだ。
「ちょい待ってや。そんなら、一回目と同じ場所に転移せんとおかしないか?」
「うん、私もそう思う」
二人は同意見で疑問が拭えないのか、じっと俺の顔を見つめている。
「それなんだが。解説をすると、ちょっと長くなるぞ」
「五分ぐらいなら耐えられるで!」
「守人君の話すことなら一日中だって聴けるよ」
温度差が凄い。
目覚めてからの距離の詰め具合に圧倒されているが、これも記憶が戻った影響か。
相思相愛になれたのが嬉しい反面、こんなに積極的で情熱的だったのかと戸惑っている。
昔は互いに依存はしていたが、異世界人の目があるので表立っていちゃつくことはできなかった。むしろ、愛し合っているのが周囲にばれないよう偽装していた日々。
なので、すみれの反応が新鮮で気圧されている状況だ。
「何、急に遠い目してんねん。説明はまだでっかー」
望に急かされて咳き込む。
「今から話すのは俺の憶測で確証はない。それを踏まえたうえで聞いてくれ」
二人が同時に頷いたのを確認してから話を続ける。
「仮に俺が元いた初めの世界、異世界人に滅ぼされた世界を0世界とする。そして、二人と出会い三人同時に深淵に飛び込んだ世界を1世界とする。今いる、この世界は2世界としよう」
一旦話を止めて、二人の様子を観察する。
ちゃんと理解できているようで、黙って何度も頷いている。いい生徒だ。
「俺が1世界に時間逆行したときは、1世界に異能で作られた穴は深淵しかなかった。だから、たまたま深淵の近くにいた、当時の俺がいた場所に転移した」
「うんうん、深淵は守人君の【ワームホール】と同じような存在だからだよね?」
「そういうこと。あれも【穴】の異能から派生したものらしい。異世界人の言うことを信じるなら」
大きさはまるで違うが、俺もいずれは深淵と同規模の【ワームホール】を発生させられるようになるのだろう。今の実力では……想像もつかないが。
「肝心なのはここから。二度目の時間逆行は0世界から2世界への移動ではなく、1世界から2世界の移動だよな」
「そりゃそうやろ。わいらは1世界の住民なんやから」
「だよね」
ここまでは二人とも付いてきてくれている。
「では、1世界で初めて空いた穴はなんだと思う?」
「深淵やろ?」
そう答えて当然。
「それは既に空いていた穴だ。それに、今回は深淵が空いた瞬間には移動しなかった。ここで、いくつかの仮説が立てられる。まず、一度使った【ワームホール】は二度と使えない。もしくは分岐した世界で初めて開けた穴が移動先に登録される」
「そうなると、説明は付くよね」
「ああ、そこで、更にもう一つの仮説だ。同じ種類の【ワームホール】とはいえ、俺自身が開けた穴と他人が空けた穴。繋がりやすいのはどっちだと思う?」
「あー、なるほどな。前は他に穴が存在せんかったから、しゃーなしに深淵を利用したけど、今回は守人が空けた穴が存在する。ほんなら、そっちの穴と繋がるってことか」
「そう。俺が1世界で初めて空けた穴は、ヘルハウンドを埋めた穴だ。だから、深淵から二日後の世界に時間逆行をした……と考えられる。あくまで仮説だが」
いくつか考察してみたのだが、これが一番しっくりきた。
「なら、次にもし、また時間を逆行したら、この2世界で初めて空けた穴の時間帯に転移する可能性が高い、ってことだよね」
「俺の推測が当たっているなら、選抜隊の二人と話し合っている最中か」
ヤツらとの話し合いの最中に【穴】を発動させた。あのタイミングに戻る、ことになるのだろう。
「だが、できることなら逆行はもうしたくない」
「そう、だよね。私たちはこうして変わらない世界にいるから勘違いしそうになるけど、0世界も1世界も存在していて、1世界も0世界と同じように私たちがいなくなった後、異世界人に侵略されて……」
「ここでまた跳んでもうたら、2世界も同じ羽目になるってことやんな……」
天涯孤独の俺と違い、二人には家族や友達がいる。その人たちは1世界に置き去りにされたまま、破滅の未来を迎えることになる。
幸運なことに俺たち三人は助かり、やり直すことができる。再び世界を救うチャンスを与えられた。
だけど、ここは別の世界。この世界で異世界人を撃退したとしても、それは救いたかった世界を救ったことになるのか?
これを繰り返せば、いつか異世界人を容易く倒せる未来が来るかも知れない。何十、何百、何千もの平行世界を見殺しにしていいのであれば……。
「守人君!」
俯いて考え込んでいた俺の頬を温かい手の平が挟み込む。
顔を上げると至近距離で俺を見つめる、すみれと目が合う。
「やれるだけやってみようよ。全力でこの世界を救ってから、また考えたらいいじゃない。時間を遡るなんて、とんでもない力を手に入れたんだよ。頑張ったら、元の世界に移動する方法もわかるかもしれないし。守人君ならできるよ。だって、私の大好きな人なんだから」
なんの根拠もない、ただの希望的観測に過ぎない。それは、すみれも重々承知しているはずだ。
それでも目を逸らさずに、心から信じてくれている。その気持ちが痛い程に伝わってきた。
「せやせや。【ワームホール】なんて驚天動地のハチャメチャな力持ってるんやで。もうちょい踏ん張って、あれやこれやと強化したら、好きな時代や世界に転移すんのもやれるんとちゃうんか。もちろん、わいらも協力するで!」
「そう、だな。異能は使い込み強化することで、新たな力に目覚める。可能性はゼロじゃない」
【ワームホール】は【穴】から派生した能力。だとしたら、その先があっても不思議ではない。
深淵はそこから多くの人を運べるように進化したのだろう。ならば、別の方向性への進化も……。
可能性の問題じゃないな。
やるか、やらないか。
足掻くか、足掻かないか。
なら、答えは初めから決まっている。
「やろう。まずはこの2世界を救い、1と0世界に戻る力を手に入れよう」
「うん、きっとやれるよ。私も頑張るから!」
「わいも踏ん張るで!」




