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墓守は異世界人の墓穴を掘る  作者: 昼熊
一章

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二十四話

 闇を孕んだ手の平が徐々に迫る。

 目を瞑りそうになったが、あえて目を見開き相手の顔を凝視する。体が動かないのであれば、最後まで自分の覚悟を見せつけるしかない。

 それが、せめてもの抵抗だ。

 瞬きすらせずに睨みつけていると視界が突然、黒に染まった。

 ヤツの闇ではないソレは――着物の黒。

 なんの前触れもなく俺とヤツとの間に神無月が割り込んできた⁉

 何故、という疑問を口にするより早く、ヤツが反応する。


「なんの真似だ!」

「えっ、どないなってますの⁉」


 怒声と慌てふためく声が重なる。

 俺には驚きの展開だが、二人にとっても想定外の出来事なのか⁉

 互いが混乱中なら先に冷静になった者が得をする。つぶさに観察して状況を把握しろ!

 ヤツが伸ばした手は神無月にぶつかり、俺が見ているのは彼女の背中。……に、小さな火が見えた。


「発動や!」


 望の叫びが聞こえると、小さな火が炎となり神無月だけではなく、ヤツも包み込んだ。

 これは望の【炎上】か!


「守人君、離れて!」


 続けて聞こえてきた声に視線を向けると、縄から解放された望とすみれが二人並んで叫んでいる。二人の足下には焼け焦げた縄が。

 ――そうか。すべてを理解した。

 望が【炎上】を設置した神無月を、すみれが【譲渡】でヤツの元に運んだのか!


「うおおおおおおおっ!」


 炎の塊から声がするが、苦痛にあえぐというよりも……どこか楽しげに聞こえるのは気のせいじゃない。

 この【炎上】でヤツは倒せない。豪先生ですらオーラで吹き飛ばせた。それをヤツがやれないわけがない。

 だが、視界は炎で塞がれ隙を晒している。今なら、一撃加えられるのではないか。

 瞬時に考えを巡らせるが……即座に否定して俺は踵を返すと、炎に背を向けて仲間の二人がいる深淵の縁へと走る。

 二人の元に駆け寄ると「燃えろ燃えろっ!」極度の緊張からの解放でテンションが上がりすぎておかしくなっている望と、対照的に冷静に俺を見つめる、すみれ。


「二人とも見事だった、助かったよ」

「守人君が無事で良かった……」

「わいらのコンビネーションも中々のもんやろ」


 すみれは心から安堵してくれている。望は後ろに倒れそうなぐらい胸を張って自慢げだ。

 一番意外だったのは、すみれが神無月を盾にする選択をしたことだ。

 相手がアグリウスタル人で近い未来、地球を滅ぼす存在だと聞かされても、俺と違って実感が湧かないはずだ。あの未来を経験していないのだから。

 彼女はお人好しで誰にでも優しく優柔不断なところがある。なので、非情な決断を彼女が行ったことに衝撃を覚えている。

 そんな疑念が顔に出ていたのか、すみれはそっと俺の頬に手を伸ばすと優しく微笑んだ。


「毎晩、ずっと夢を見ていたの。始めて守人君とあったあの日から。瓦礫だらけの街で、ボロボロの服を着た私と守人君。角の生えた怖い人たちにこき使われて、酷い目に何度も遭わされて、それでも二人で支え合って生き延びている、そんな悲しくて満たされた夢を」


 そうか……そうだったのか。

 すべてに合点がいった。

 俺が穴に埋めた相手の記憶を夢に見たのは【譲渡】の力。

 彼女に【譲渡】を返したことで、共に過ごした掛け替えのない未来の記憶……【譲渡】で託された日々の記憶が彼女に戻ったんだ。

 結果、彼女は夢で俺との日々を体験した。だから、異世界人の存在も望よりも素直に受け止められ理解が早かった。

 異世界人の非道さを知っているからこそ、神無月を飛ばすことに躊躇わなかった、と。


「記憶が……」

「うん。まだ、霞がかかった曖昧なところがいっぱいあるけど……ただいま、守人君」

「おか……えり、すみれ」


 涙目で見つめる彼女を俺は強く抱きしめる。

 今までの苦労がすべて報われた気がした。この瞬間のために俺は過去へと遡ったのかもしれない。


「うーん、素晴らしい光景だとは思わないかね。これこそ、王道!」


 俺たちの邪魔をするパチパチという乾いた拍手の源は確認するまでもない。ヤツだ。

 炎は完全に消え去り、無傷で拍手をしているヤツと、隣で焦げた着物のチェックをしている神無月。

 やはり、【炎上】がまったく通じていない。


「主人公側の告白や大事なシーンは手を出さずに見守らなければならない。悪役の制約に従い見物させてもらったよ」


 だろうな。敵の前で隙を晒している俺たちの話に割り込むことが可能だったにもかかわらず、一切手を出してこなかった。

 ヤツが理想の悪役を演じているなら、放置するという確信があった。


「こういった場面では愛により新たな力に目覚めるのが定番なのだが、どうだい?」

「生憎、現実は厳しいようだ」


 肉体にも能力にも残念ながら変化はない。

 そうそう都合良く物事は運ばないのは重々承知している。

 何もせずにぼーっと口を開けて幸運が飛び込んでくるのをひたすらに待つ。そんな愚かな真似をする気はない。

 幸せが、理想の未来が欲しいなら、自ら動き、足掻き、掴み取るだけだ。


「それで、これからどうするのかな。三人が力を合わせたところで届かないと断言しよう。それに加えてアドバイスをしよう。自分は実力を隠している。本気を出していない」


 堂々の宣言に驚きすらない。俺の憶測が的中しただけに過ぎない。


「強敵は第二段階や第三段階の変身や、実力を隠しているものなのだろう?」

「それが定番ではあるな」

「だろう」


 肯定されたのが嬉しいのか、無邪気な笑みを見せている。

 ヤツにとってすべてが遊戯。俺たちを殺すのも娯楽の一環でしかない。


「な、なあ、逃げる言うたら、素直に逃がしてくれるんか?」


 怖ず怖ずと望が訊ねると、ヤツの笑みが深くなった。


「無理」

「即決かい! そこは大物らしさを演出して、今は見逃してやる。いずれ強くなって再び我が前に現れるがいい! とか返すべきとちゃうんけ!」

「その言動にも惹かれはするが、そこまで遊ぶと怒られそうなのでな」


 ヤツは肩をすくめて隣に視線を送る。

 神無月は横目で睨んだ後に大きく頷いた。


「冷や飯を食わされたいのなら、好きにすればよろしおす」

「上にちくる気、満々じゃないか」


 ヤツだけなら誘いに乗った可能性もあったが、神無月が許してくれそうにない。

 勝つ術はない。残酷な現実だが受け止めなければ。

 なら、どうすべきか。勝てなくともやれることは……まだ、あるはずだ。

 すみれと望を背後に庇いながら、深淵の縁をなぞるように左へと少しずつ移動していく。


「そんな動きじゃ逃げることもままならないぞ。いや、もしかして、何か悪巧みをしているのかな。最後の足掻きとしても、打つ手はもうないはずだが」


 ヤツの話を無視してじりじりと距離を稼ぐ。

 もう少し、あと少し左に移動すれば……。


「目が死んでないな。何かやらかすつもりのようだが、タイムリミットだ」

「これ以上焦らすようやったら、うちが手を出すところでしたえ」


 隣に立つ神無月が限界だったようだ。

 ヤツが大股でゆっくりと距離を詰めてくる。


「それでどういう手を打ってくるつもりだい? 大穴に飛び込んでも、【闇】を伸ばせば落ちる前に捕縛可能だが」


 はったりではなく、ただの事実。

 実際、今から大穴に飛び込んだところで、いとも容易く防がれてしまうだろう。

 俺が足を止めて観念したかのように両腕を掲げる。


「おっ、とうとうあきらめてしまったのか。残念だよ、もう少し楽しませてくれるかと期待していたのだが」

「期待には応えられずに、すまない……なっ!」


 俺は勢いよく両腕を振り下ろすと、ヤツの足下に【穴】を発動させた。


「なるほど、誘導するような動きをしていたのはこのためか。だが、さっきも通用しなかった手が通じるという願望はさすがに」


 ヤツの足下には【闇】が広がり足場となっている。

 ここまでは前回と同じ展開。

 後ろに軽く飛んで、背後に庇っていた、すみれと望みの間に立つと二人の腰に腕を回した。


「えっ、こんなところで」

「なんや、急に!」


 戸惑う二人を両腕に抱いた状態で、そのまま大穴へ跳んだ。


「はあああああああああっ⁉」

「ええええええええええっ⁉」


 驚愕の悲鳴に左右から挟み撃ちされる。

 正面に視線を向けると愉快そうに笑う、ヤツの顔があった。


「なるほど、一か八か三人同時に飛び込む算段か! 甘すぎる」


 跳躍した俺たち三人を掴む為に伸びてくる、触手のような闇。このままだと、落下する前に捕まる!

 取って置きの【反射】を使えば一度は防げるが、無数に迫り来る闇の触手すべてを弾くのは不可能。だがっ!


「そうくるよな!」


 俺が位置を調整していたのは、ヤツを穴に落とすためじゃない。本命はこっちだ!

 ヤツの足下の地面が隆起すると、そこから土まみれの日輪が飛び出す。

 日輪はこちらに向かって伸ばしていた闇を巻き込み、ついでに視線を完全に遮った。


「ぷはあああっ! しぬかとおも、えっ、リーダー‼」

「しまっ……‼」


 埋めたままだった日輪を穴から射出することで、相手の虚を突くことに成功した。

 俺たちの体が重力に従い落下していき、視界からヤツらの姿が消える直前、日輪をはね除けたヤツの悔しそうな顔が一瞬だけ見えた。


「じゃあな」


 一矢報いた、か。


「うひゃああああっ、落ちる、落ちるぅぅぅ! 紐なしバンジぃぃぃぃぃっ!」

「ひいいうううううぅぅぅ」


 落下中なのに喧しい望と、目をぎゅっと閉じて今にも消え入りそうな声のすみれ。

 このまま、穴の底まで落ちてギリギリで【ワームホール】を発動させる目論見だが。


「三人で過去に戻るつもりなんだよねっ‼」


 落下中の風切り音に負けないように、のぞみは涙目で大声を張り上げている。


「ああ、その予定だ!」

「なんや、それなら一安心やな!」


 逆さの状態でほっと胸をなで下ろす望。


「一人なら成功率は高いと思うが! 複数人は未経験だ! 上手くいくかどうかは博打だ!」

「なんで、そんなこと言うねん! そこは嘘でも大丈夫だ、って言う場面やろ! この状況で不安を煽ってどないすんねん!」


 落下中だというのに文句を言いながら、器用に俺の胸ぐらを掴んで揺らしてくる。


「私は! 私は守人君を信じてる!」


 ぎゅっと俺に抱きつく、すみれ。

 この温もりを、もう二度と離すつもりはない。

 落下点に視線を向けると、遠くに紫色の渦が見える。

 深淵の底にある巨大な【ワームホール】。

 俺のように異世界人に踊らされ利用された者がアレを作り出しているのか。憎むべき対象でしかなかった不気味な穴が、今は悲しい存在に思えてしまう。

 などと、感傷に浸っている場合じゃない。意識を強く持ち、集中しろ。

 一度は成功したが、二度目も上手くいくとは限らない。おまけに今回は乗員オーバーの三人乗りだ。


「二人とも覚悟を決めてくれ!」

「うん、ずっと一緒だよ!」

「ああもう、マジで頼むで!」


 二人を強く抱きしめながら、俺は【ワームホール】を発動させた。


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