二十三話
俺が一歩踏み出すと、昼想……ヤツも応じて一歩踏み出そうとした。
「リーダーがいくことないよ。ボクでじゅうぶん」
それを手で制したのは日輪。ニヤけ面で俺たちの間に割って入ろうとしている。
「こういうのって、まずは……こてしらべ? だっけ。そういうので、てしたがいくんだよ」
「なるほど、敵を甘く見た手下が返り討ちに遭う。これもまた定番の流れか、認めよう」
ヤツはあっさりと後方に下がると、日輪にその場を譲る。
「やられないけどね! ってことで、しょうぶだ! かんなづきもいっしょにやる?」
「結構です。うちは争い事が苦手やから」
「ねちねちした、じょうほうあつめがとくいだもんね!」
あっけらかんと口にする日輪を細まった目で睨む神無月。
俺の了承は一切得ず、対戦相手が変更されたようだ。
文句を言ったところで選択権がこちらにないのはわかっている。ならば、気持ちを切り替えて挑むのみ。
出来るだけ手の内を晒したくない。日輪を倒した後に本命のヤツが控えているから。
その場でリズムを取るかのように軽く飛び跳ねている日輪。全身から漂うオーラは黄色。スピード重視か。
「いっくよー」
右腕をぶんぶんと振り回しながら、正面から特攻してくる日輪。
フィジカルでねじ伏せる戦闘方法。
構えも何もあったものじゃないが砂埃を巻き上げながら、圧倒的な速度で一気に間合いを詰めてきた。
眼前に迫る日輪の顔は邪気を感じない満面の笑み。戦うことに純粋な喜びを見いだすタイプか。
「くらえー!」
振り回していた右腕の勢いを殺さずに、俺へ向けて伸ばす――が。
「開け」
既に仕込んでおいた【穴】が日輪の足下に開き、すっと視界から消えた。
地面を揺るがす振動と激突音。続いて「うごっ」というくぐもった声。
俺の能力を把握していたはずなのに、見事なまでに落とし穴にはまってくれた。
これでやれたと思うほど甘い考えはしていない。素早く穴を閉じて土の中に埋めるが、直ぐにでも飛び出してくるだろう。
…………。
…………飛び出して、こないな。
しばらく待っていたが、何の動きもない。こちらを油断させるつもりなのかと、仲間たちへ視線を向けると。
「ほんま、アホやなぁ。脳みその代わりに白味噌入ってはるんとちゃいますか」
「やはり、事前の話をまったく聞いていなかったか。予想通りではある、が」
二人とも心底呆れた表情で小さなため息を吐いていた。
納得はいかないが、どうやら、一人撃退できたようだ。
能力パネルで確認してみるが、異能の数が増えていない。つまり、日輪は穴に埋まっているが死んではいないということだ。止めを刺したいところだが、そんな余裕は与えてくれないか。
「前哨戦と呼ぶにはあまりにもお粗末だったが、本番といこうか」
リーダーであるヤツが指を鳴らしながら近づいてくる。
その姿が如何にも小悪党っぽく見えるのは、あえての演出なのだろう。
黒のオーラを噴き出すヤツと対峙して理解した。こいつは強い、と。
奴隷時代、相手の強さを見極めることは必須で、決して勝てない存在には機嫌を損ねないように配慮していた。それこそ、気分一つで命を取られる環境だったからこそ。
……今にして思えば、あれもすべて計画の内なら俺を生かさず殺さず、弄んでいただけだったのだろうが。
「これがキミの最後の足掻きとなる。負けた時点で、意思を奪い傀儡となる装置を付けさせてもらうよ。だから、懸命に足掻いてくれ」
なるほど。負けた後、どうする気か疑問だったが瓦解した。
両腕を広げて天を仰ぎ、見え見えの隙を晒すヤツに向かって、一気に跳び込む。
手が届く間合いに入ると同時に「開け」踏み込んだ足から地面に【穴】を発動。
ヤツの体が半分ほど地面に沈む。俺の腰当たりに顔面が移動したので、全力で前蹴りを叩き込んだ。
当たりはしたが足裏に伝わる衝撃に違和感がある。人や生物ではなく、堅めのクッションを蹴ったような感触。
「素晴らしい威力だ。訓練所でずっと隠蔽していたのか、本当の実力を」
足の先にあるのは黒い壁。黒のオーラが濃縮して光を一切通さない闇と化している。
「だけど、残念ながらその程度の攻撃力では、この闇を貫くことはできないよ」
緊張感がまるで感じられない余裕の態度。
防御力に圧倒的な自信があり、それが事実だと目の前で立証されている。
ならば。
闇に防がれた蹴り足を地面へ振り下ろして、次の攻撃への踏み込みとし、今度は右拳を相手の横っ面目がけて叩き付ける。
「これが本場の無駄な足掻きというやつか」
暢気に感想を口にしているが、その油断が命取りだ。
拳が闇に触れる直前に「開け」と呟く。
俺の攻撃を遮るはずだった闇の壁にぽっかりと穴が空き、邪魔されることなく穴を潜った拳がヤツの頬にめり込――まなかった。
直前で受け止められた拳。黒いオーラを漂わせている左手であっさりと掴み、横目で俺を睥睨している。
「キミの異能【穴】については調べ尽くしているのだよ。こういった芸当も可能だというのも把握済み。日輪になら通用しただろうがね。それとキミが穴を空けたのは黒のオーラではなく、【闇】という自分の異能だ。似ているから良く勘違いされるのだよ」
会話中も振りほどこうと懸命に力を入れていたが、びくともしなかった手をあっさりと離す。ネタばらしと言わんばかりに、全身から黒いオーラを出しながら、周囲に無数の黒い球を浮上させる。
「壁のようにして防御にも使え、こうやって攻撃用の球体にも変化させられる。結構便利で応用が利く」
形状が球から四角、鋭利な刃物状へと次々と変化していく。
黒のオーラに自由自在に操れる【闇】。まだ隠し種がありそうだ。
「キミの異能は【穴】【地獄耳】【読心】【反射】だったよね。ふむ、攻撃系に乏しいのが欠点か」
切り札である【反射】の存在も知られている。
これまでの動きで身体能力もヤツの方が優れていることが判明した。そして、こちらの能力はすべて筒抜け。
「絶体絶命とはこのことか」
「理解力は花丸をあげよう。そのうえで、足掻くのかい?」
「当たり前だ。俺は足掻くためにここにいる」
絶望の未来を覆すために、すみれを死なせないために、後悔を払拭するために、ここにいるんだ。
あきらめる、という言葉は未来に捨ててきた。
小さく鼻で笑うヤツの側面に回り込みながら、「開け」再びヤツの足下に穴を空ける。
今度は五メートル程の深さがある。落ちればそう簡単には登れないはず。
そんな俺の予想とは裏腹に、ヤツの体は落ちることなくその場に停滞していた。本来なら穴が空いているはずの地面に黒い蓋がされている。
「【闇】で覆ったか」
「便利だろ?」
いとも簡単に防がれてしまったが、それでも動きを止めるわけにはいかない。死角に回り込むと、体勢を低くしてヤツの足を払うように蹴りを放つ。
穴を覆っていた闇の一部が壁となり立ち塞がるが「開け」大きな穴を空けて、脚を滑り込ませた。
が、案の定、黒のオーラが邪魔をしてくる。
更に「開け」連続で【穴】を発動させて黒のオーラにも穴を空けるが、俺の蹴りは空を切った。
「異世界人ごときが、自分に回避させるとは大したものだ。素直に称賛しよう」
軽く飛び退き、優雅に着地したヤツは拍手をして俺を称賛している。すべてが嫌みったらしく芝居がかっているので不快感が増すだけだが。
「だが、それでネタは尽きたのかね。もう、手がないならお遊びはこれまでだ。少しは楽しませてくれたお礼に苦しまずに倒してあげよう。……如何にもな悪役っぽいと思わないかい?」
「はいはい、油断せんと、ちゃっちゃと倒してくださいね」
後方に振り返り、神無月に話しかけているが軽くあしらわれている。
圧倒的な実力差。異能、身体能力、そのすべてで完敗している。この拳が届きさえすれば、状況を覆すことが可能かも知れないが、その手段がない。手詰まり状態。
勝つのは……おそらく無理だ。
実際、この拳が届いたところで、一撃でヤツを倒せるかは疑問が残る。まだ、実力の片鱗しか見せていないのではないか。その疑念が戦闘中に頭を何度もよぎっていた。
奴隷生活で培った生存本能が命の危機を叫び続けている。
無理だ、勝てない、逃げろ。
一瞬だけヤツの後方に視線を向けた、そこには深淵が口を開いている。
あそこに飛び込み、【穴】を発動させれば、再び過去に戻れる可能性が高い。
そして過去でもう一度やり直し、今度こそは最良の未来を掴む。それが唯一の方法だとわかっている。わかっているが、ヤツの言葉が頭にこびりついて離れない。
『彼女たちを見捨てて、また過去に戻り、失敗したらまだ戻ってを繰り返すのかい? そうしていつか、何十、何百にも増えたパラレルワールドのたった一つだけ救って満足するのかい?』
俺は俺は……っ‼
「戦闘中に考え事とは余裕だね」
「しまっ――」
ヤツの右手の平が俺に向けて伸ばされている。掴まれたら終わるとわかっていても、体が反応しない。
いつの間にか縄状になった闇が全身に巻き付いている⁉
「チェックメイトだ。いや、日本なら王手と言うべきか」
どうでもいいことで悩む、ヤツの黒い渦状の闇を湛えた手が目の前に迫っていた。




