二十二話
「未来、から?」
「この状況で頭パンパンやのに、なんやねん、その突拍子もない追加設定は」
昼想から放たれた衝撃の暴露を聞いて、すみれと望の表情が複雑に変化した。眉根が寄って、眉尻と目元が垂れ、口元もへの字に歪んでいる。
「にわかには信じがたいか。しかし、この世界ではタイムリープものは浸透していると記憶しているのだが」
「漫画とか映画では一般的だけど……」
「異世界人にタイムリープって詰め込みすぎやろ」
驚きの展開に加えて、あまりにも現実味のない会話内容のせいで、二人の緊張感が緩んでいるのが目に見えてわかる。
状況のヤバさは理解しているようだが情報過多で、それを現実として受け止められないのか。無理もない。
「もう一度言うが……彼、石川守人は未来からタイムリープしてやってきたのだよ。おそらく、自分たちアグリウスタル人に支配され荒廃した未来から」
発言の一部に引っかかりを覚える。
ヤツは「おそらく」と口にした。ということは、俺がどういった経緯で未来から舞い戻ってきたのかを完全には理解していない、ということか。……と誘導させるために、あえて失言したのかもしれない。疑いだしたらきりがない。
「余計な推理をしているようだね。さっきも言っただろ、理想の悪役を演じていると。悪役は主人公を追い詰めたときに、べらべらと秘密を自慢げに暴露する決まりがあるのだよ」
「そんな決まりないやろ……」
小声でツッコミを入れる望の声を【地獄耳】が拾う。
「また、悪癖が……」
「いつもそれするよね、リーダーは!」
神無月が額に手を当てて大きなため息を吐き、日輪がゲラゲラと笑っている。
どうやら、馴染みの二人にとって定番の戯れのようだ。なら、こちらも利用させてもらう。
「何故、俺が未来から遡ってきたことを知っている?」
最大の疑問を口にした。
この能力だけは誰にも話していない。それこそ、俺の記憶を読むしか知る術はないはずだ。
俺があっさりと肯定したことで、すみれと望がギョッとした顔で俺を凝視する。
「ああ、それか。こんなシナリオじゃなかったかい? キミは奴隷として扱われ毎日毎日、穴を掘らされた。そんな生活が何十年も続き、最後の一人となる」
まるで見てきたかのように、俺の過去を話すヤツに得体の知れない恐怖を覚え、全身の血の気が引く。
「お前はいったい」
「質問はすべて話した後に受け付ける。一人になったキミは最後、大穴……深淵に放り込まれるか、自ら飛び込む。そして、大穴の最深部にぶつかる直前に【穴】の派生能力である【ワームホール】を開いて時間を遡った。どうだい、名推理だろ?」
大きく広げていた両腕を組み、したり顔でこちらを見る。
「何故、それを知っている……」
「ご名答か! 自分の推理力も捨てたものではないな、と言いたいところだが、すべては計画通りなのだよ」
「計画、通り?」
何を言っているんだ、ヤツは。いったい、何を。
「悲劇の主人公であるキミは追い詰められ、奇跡的に都合良く時間を戻す力を手に入れたヒーロー! とでも思っていたのではないかい?」
「…………」
その問いに無言で答える。
「奇跡は適わないから奇跡と言う。その【穴】は、こちらが意図的に目覚めさせた異能だ」
「嘘を……嘘を言うな!」
これは絶望にあえぐ俺が、必死に足掻き、異世界人に対抗するために手に入れた希望!
それを、俺の苦境を、嘆きを、努力を馬鹿にするような発言を許すわけにはいかない!
「怒り心頭といった顔だ。わかるよ、自分の数十年がすべて否定された気分は最悪だろ。憎むべき異世界人の手の平で踊らされ続けていた感想を是非聞かせて欲しい」
「ふざけるな! 仮に本当だとしたら、何故お前たちが自分たちの首を絞めるような存在を生み出す必要がある!」
殺気を乗せた俺の怒声に対して、満面の笑みを崩さず平然と受け止めている。ヤツだけでなく、神無月も日輪も笑みを浮かべたまま。
「それはね、異世界を繋ぐ異能が使える覚醒者の予備が欲しいからだよ。キミの能力はいずれこの大穴と同じ力を発動できるようになる。現在、この巨大なワームホールを生み出している者は、キミと同じく意図的に【穴】の異能を目覚めさせられた者だよ」
俺の発動させた【穴】と深淵は似ている、と思ってはいた。
いずれ、同じように異世界に通じる穴を空けられるのではないか、という淡い希望も抱いていた。故にヤツの言葉を完全には否定できない。
「幾つかの異能は既に発動方法が確立されている。【ワームホール】の発動条件は……一つ、穴を掘り続けさせ、穴に特別な感情を抱かせ【穴】の異能を習得させる。二つ、紫色のオーラに目覚めさせる。最後に絶望のどん底に叩き落とし、深淵に近づけさせることで覚醒させる。この三つだ」
「嘘だ、嘘だっ!」
膝から力が抜け地面に跪くと、頭を抱えてしまう。
ヤツらの穴を掘り不浄のゴミを捨てるという宗教じみた慣習も、穴を掘らせる行為も……すべてがすべてがっ‼
一つ目と最後の条件は辛うじて耐えられる。だが二つ目だけは、それだけはっ!
「俺が彼女に恋心を抱いたのも、彼女が死んで能力を譲渡したのも、すべて計画の内だったとでも言うのか! すみれへの、この気持ちが、想いが、愛が!」
すみれを見つめながら、思いの丈をぶちまけてしまう。
感情に身を任せた失言。それに気付いたが後の祭り。
恐る恐る、横目ですみれの様子を確認する。
突然の告白にすみれは脳が理解を拒んでいるのか、茫然自失といった感じだ。
「そうだ」
ヤツの簡潔な肯定の言葉。
その一言は心の奥にしまっていた大切な場所に――突き刺さった。
「キミを覚醒させて捕獲して閉じ込め、異世界と繋ぐワームホールを発動させる道具にするのが最終目標だ。時間を飛び越える能力は余計な副産物なのだが、一度それをしないと能力を覚醒しないのが困ったものだ」
つまり、ヤツらは俺を殺す気はないが、異世界を繋ぐ道具として一生飼い殺しにする、と。
「ある意味ではキミは選ばれた人間だよ。もっとも、世界中でキミと同じ待遇の実験体は存在しているけどね。実験体の数は多ければ多いほどいい。その中で目覚めたのがキミだった、それだけのことさ」
俺と同じ境遇に置かれた、哀れな人たちが他にも……。
「おっと、置いてけぼりの二人にもわかるように要約しようではないか。彼は数十年後の滅びた地球からタイムリープしてきた。そんな過酷な状況下で彼はキミ、花蓮すみれと恋人関係にあった。ここまではいいかな?」
嬉しそうに語るヤツの問いに対し、すみれと望は呆けた顔を向けるのみ。
「彼は花蓮すみれから【譲渡】の力で青のオーラを託される。赤のオーラと青のオーラを得て混じり合ったことで【ワームホール】の発動条件が満たされた。その力で未来から舞い戻ってきた、というわけだ。理解してくれたかな」
すみれは力なく頭を垂れるが、何かを呟いた後に勢いよく顔を上げると涙目でヤツを睨みつけた。
「じゃあ、未来の私は青のオーラを持っているから、守人君と恋人関係になるように誘導されたってことですか……」
「ああ、そうだ。理解が早くて助かる」
「そう、ですか。守人君から特別な感情を向けられている気はしてたんだ。私が自意識過剰なんじゃないかって疑って、素直に受け止められなかったけど」
そう言って俺に顔を向けたすみれは、少し恥ずかしそうに……笑っている。
「でも、話を聞いて納得したよ。今の私じゃなくて……過去に出会った……じゃなくて、未来に出会ったって言うべきなのかな。やっぱり、もう一人の私を見ていたんだね」
笑みが崩れると、目に大粒の涙を浮かべてぎゅっと歯を食いしばっている。
「違っ……」
否定の言葉が出かけたが、続きは声にならなかった。
俺は本当に今の彼女を見ていたのか? この世界の彼女を正面から捉えていたのか……。
「守人君……私たちはいいから逃げて! 未来を変えるために戻って来たんだよね! 私たちのせいで捕まったらすべてが無駄になる! 未来の私の決意も想いも‼」
「たち⁉ わいの意思はまるっきり無視⁉」
懸命に叫ぶすみれの隣で、望が何か言っているが聞かなかったことにする。
確かに逃げることは考えた。だが、すみれを目の前にすると非情な決断ができない。
ヤツから明かされた真実の衝撃に全身の力が抜け落ちそうになったが、崖っぷちで踏みとどまれたのはすべて……すみれの存在だ。
彼女を見ていると失われたはずの闘志が、力が、いくらでも湧き出てくる。
「おー、美しき友情ではないか。このような場面に遭遇できるとは悪役冥利に尽きる」
「楽しそうでおますな」
「リーダーうれしそう」
悦に浸っているヤツと呆れている神無月と日輪。
計画を暴露するだけで仕掛けてくる気配は未だにない。
「ちなみに今でもキミはこう考えているのではないか? もう一度、あの状況を再現して【ワームホール】を発動。そして、再び過去に戻りやり直せばいい、と」
ずばり言い当てられたが動揺はない。俺の能力を知っていれば、誰もがたどり着く答えだ。
「だとしたら?」
否定する必要もないので、認めた上で問いかける。
「それはオススメできない。キミが去った後、この世界はどうなると思う? 君が過去に戻ったら、一からやり直せると誤解しているようだが、それは違う。この世界はキミがいない状態で存在し続ける。彼女たちは殺され、地球は滅ぶ」
「嘘を吐くな」
「嘘じゃないさ。タイムリープには幾つか決まり事が存在しているのだよ。キミが過去に戻った瞬間に世界線は分岐する。この世界のタイムリープものでも使われている表現だと、平行世界、パラレルワールド……もう一つの世界が発生する。キミが新たにやり直す世界とキミが見捨てたこの世界。もっと言うなら、数十年前にキミがいた既に地球が滅んだ世界も存在したままだ」
嘘だと否定したかった。だけど、それと似た話を映画や漫画やアニメで観た記憶がある。
主人公が過去に戻る度にパラレルワールドが生み出されて、世界線が無数に分岐していく。最終的に幸せな世界を得たとしても、それは主人公だけであって無数のパラレルワールドが置き去りにされたまま不幸な世界は継続され放置される。
そんな後味の悪いエンディング。
「さて、キミはどうするのかな。彼女たちを見捨てて、また過去に戻り、失敗したらまた戻ってを繰り返すのかい? そうしていつか、何十、何百にも増えたパラレルワールドのたった一つだけ救って満足するのかい? あはははははっ! いいねっ! その苦悩がにじみ出ている表情! 主人公らしくて素晴らしい! そして、この高笑いも悪役っぽくて最高だろう⁉ ふーはははははははっ!」
うるさい、黙れ。
他者を見下してあざ笑う、あの横っ面を今すぐにでも張り倒したい。
ヤツはひとしきり笑って満足したのか、笑みが消えて真顔に戻る。何もかも芝居がかった男だ。
「ああ、そうだ。もう一つ選択肢を授けよう。飴と鞭という素晴らしい言葉がこの世界にはあるからね。キミが自らアグリウスタル人の陣営に加わるなら、友人二人とあと何人かは殺さないと誓おう」
「リーダー、えっぐうぅ」
「そんな口の利き方したらあかんよ」
舌を出して肩をすくめる日輪を神無月がたしなめている。
ヤツの仲間になれば少数だが救いたい人を救える。アグリウスタル人は外道だが滅多に嘘は吐かない。すべてを圧倒的な力でねじ伏せてきたので、弱者へ嘘を吐く必要がないからだ。
今回の計画も黙っていただけで、嘘を吐いていたわけではない。ただ、目の前のヤツはアグリウスタル人の中でもかなりの変わり者だ。今までの常識や認識が覆されても不思議ではない。
「追加でもう一つ提案がある。これが適えば理想的な結末を迎えられるはずだ。自分と戦って勝てば人質を解放して、側近の二人も撤退させよう」
「はああああぁぁ……。それは人質の意味がのうなってしまいませんか?」
「わかりやすくていいね!」
大きなため息を吐く神無月と、何故か喜んでいる日輪。
「侵略は娯楽。面白ければいい。それにここでの指揮は一任されている。現場判断というやつだ」
何も得にならない提案をしてきたヤツは二人を従えているだけあって、かなり地位が高いらしい。発言をすべて信じるなら、だが。
ヤツにとって所詮、すべてはゲームに過ぎないということか。
「慢心して相手を見下し、普通にやれば倒せるというのにわざわざチャンスを与える。これこそが、悪役の矜持だろう」
「もう、好きにすればいいですわ。一度痛い目に遭った方がいいんとちゃいますか」
「リーダーかっけー」
向こうに緊張感や危機感は存在しない。当人が口にしているように、これも遊びの一環なのだろう。
「わかった、その提案を受けよう」
俺の能力をすべて把握したうえで勝てると見込んでいる相手。挑むのは無謀かも知れない、だけど最悪の未来を回避するためには、これしかない。……ないんだ。




