二十一話
「今、なんて言った」
「おや、聞こえなかったのかい? キミの大切なお友だちが二人、境界壁の中で待っている、と言ったんだよ」
繰り返される説明を聞き、全身からオーラが噴き出す。
「ここでやるのは止めた方がいいな、殺気がだだ漏れだ。人質がいるのをもう忘れてしまったのかい?」
俺の伸ばした手が昼想――の姿をしたアグリウスタル人の首を掴む直前で止まる。
人質の二人は訊ねるまでもない。望と……すみれだ。
「このまま、境界壁の中まで付き合ってもらう」
「警備が厳重で簡単には入れないはずだが」
周辺の電気機器は使えないので監視カメラに意味はないが、黒服や警備で雇った覚醒者が常に見張っている。監視の目をかいくぐって中に入るのは至難の業だ。
「この程度の警備を欺く方法など、お手のものだ」
自信満々に答える昼想の後ろを、距離を保ちながら黙って付いていく。
境界壁の前にたどり着くと、頑丈な鉄扉の両脇で警備員が二人、地面に横たわっている。
耳を澄ますと呼吸音が聞こえた。気を失っているだけのようだ。
そんな警備員には目もくれず、巨大な門扉を片手で押し開ける昼想。
「さあ、中へ入ってくれ。詳しい話はお友だちと一緒にした方がいいだろう」
こちらに拒否権はないので促されるまま、境界壁内部へ入る。
真っ直ぐ深淵の淵に向かって歩く昼想。背を向けた状態の今なら容易く倒せそうだが、俺が手を出せないのを完全に理解している。
正直、望には悪いが彼だけなら見捨てるという選択肢もあった。だが、すみれも捕まっているとなると話は別だ。俺はこの世界と――すみれを救うために時間を遡ったのだから。
「目的地までに少し時間がかかるから、お喋りでもするかい? あの二人に聞かせたくない話題もあるだろう」
確かに。俺が秘密にしていることは山ほどあり、すみれたちに知られたくない情報も多い。とはいえ、どんな情報を所有していて、相手に何を求めているのかを知られるのは愚策。
まずは無難な初めに抱いた疑問を口にするか。
「どうやって俺の能力を見抜いた」
「異能の力だ。【鑑定】【読心】以外にも相手の能力を見抜く異能は存在する、とだけ言っておこう」
予想していた通りの答えが返ってきた。
奴隷生活で多くの異能を目撃してきたが、異能の力は千差万別。俺が知らない異能が存在して当然だ。
「お前は何処から来た」
「それは母星の話かい? それともこの地球での話かい?」
「母星とやらにも興味はあるが、地球の何処……どの深淵からやって来た」
母星についての情報はいずれ詳しく知る必要はあるが、今はさほど重要じゃない。もっと、聞くべき事がある。
「隣の大陸に開いた大穴からだ」
やはり、日本以外の大穴――別の深淵からも異世界人が潜り込んでいたか。
「仲間に選抜隊と連絡を取る術を持つ異能力者がいてな。そいつが日本という島国に送り込んだ連中と連絡が付かなくなった、と教えられて今に至る」
想定の範囲内の答え。予想の大半は当たっていた。
「何故、そんな秘密事項をべらべらと話す」
前を向いて黙々と歩いていた昼想が足を止めずにこちらに顔だけを向けた。
無表情だった顔が急に笑顔になると、嬉しそうにほころんだ口を開く。
「この世界の悪役はご丁寧に秘密や作戦を主人公に暴露するのが習わしなのだろう? この持ち主の記憶ではそうなっていたが」
自分の頭をコツコツと指で叩いている。
確かに悪役が悪事や悪巧みをバラすのは定番の展開だ。だが、それをアグリウスタル人であるヤツが真似る必要はない。
「余裕を見せているつもりか」
「違う違う、我々は侵略者だ。侵略する側に同情するような理由……例えば貧困にあえぐ同胞のため。例えば弱みを握られ無理矢理戦わされている、なんて事情があったとしても、蹂躙される側にはなんの関係もないだろ? 悪役は悪役然とした態度でいるべきだという考えなのだ。ならば、侵略される星の慣習に従い、理想の悪役を演じる。それが侵略する側のマナーだと考えている」
堂々と話す、あまりにも馬鹿げた内容を聞いて、思わず拳を握りしめる。
「なんだ、それは……。お前は、お前らは遊び感覚で他人を踏みつけているのかっ!」
抑えきれない感情が怒声になり爆発する。
そんな俺を涼しい目で睥睨している。
「そうだが、何か問題でも。アグリウスタル人は異世界に侵略することを国策としている。更に力でねじ伏せ侵略することを一種のゲームとして娯楽として興じている外道。だからこそ、踏み潰される側が何の躊躇いもなく、死に物狂いで抵抗するに相応しい悪でならなければ……ならない」
「それが、アグリウスタル人の総意か」
「いや、それは違う。理想の悪役を演じるのは自分のモットーに過ぎん。変わり者だと同胞からもよく言われるよ」
なんで、そんな言葉を口にしながら爽やかな笑みを浮かべられる。
「お前は……お前はっ!」
「おっと、もう少しお喋りを楽しみたかったが到着してしまった」
その言葉を聞いて我を取り戻す。
怒りに目が眩んで周りが見えていなかった。
足を止めたヤツが振り返ると、その背後には深淵が口を開けていて、その縁には捕らえられた望と、すみれ。そして、日輪希乃と神無月夜もいる。
すみれも望もロープで縛られてはいるが、暴力を振るわれた痕跡はない。二人は運動着姿か。
そのことに一先ず安堵の息が漏れた。
日輪と神無月は縛られているロープの先端を掴んでいて、日輪は何が楽しいのか笑顔を絶やさず、神無月は対照的に無表情だ。
こっちの二人は私服か。
日輪はショート丈のヘソ出しタンクトップに短パン。健康美を見せつけるような露出をしている。
神無月は露出を抑えた着物姿。漆黒をベースに黄色い月をあしらったデザイン。長い黒髪と相まって妖艶な美しさを醸し出している。
「守人君も連れてこられたの⁉ いい加減離してください。なんでこんなことをするんですか。お友だちになろうって話は?」
すみれは早口で言葉をまくし立て、隣に立つ神無月に詰め寄っている。
「あれは嘘ですわ。この状態でもまだ気付かないなんて、おめでたい頭してはりますな」
神無月の京都弁風の訛りを聞いて、望の顔が露骨に歪む。
「日輪、二人っきりで大事な相談事があるって話はどこいってん!」
怒り心頭といった感じで唾をまき散らしながら文句を言う望。
「そんなこといってない。くらいところではなしがしたい、っていったら、はなのしたをのばしてついてきた」
「期待してたのにっ、期待してたのにっ! ピュアな男心を弄びよって!」
「すきなかおじゃ、ない。うるさいおとこ、きらい」
日輪に否定された望の勢いがしぼみ、視線がすーっと逸らされる。
望は見捨てても構わないだろうか……。
「さて、役者は揃ったのでそろそろ暴露大会を始めようか。こういう場面で嬉々として目的や野望を話すのが悪役の流儀なのだろう?」
深淵の縁に立つと大げさに両腕を広げ、空を見上げながら朗々と話し出す昼想。
「こっわ。なんや、その芝居がかった演出は。リアルでそういうノリに遭遇すると引くわー」
「えとえと、お芝居の練習に付き合わされているのかな?」
すみれも望もこの状況をまだ把握し切れていない。それも当然か。昼想たちの正体を知らないのだから。
「まずは事情を知らない二人に自分たちの正体を明かそう。我々はアグリウスタル人。この地球を侵略しにやって来たっ」
大げさな身振り手振りを交えながら、芝居がかかった口調で語る昼想を、ぽかーんと口を開けて見つめる二人。
急にこんな話をされたら、あんな顔にもなるか。本当の話なのだが、常識が邪魔をして普通の人はそれを受け止められない。
「あんな、もうちょいギャグセンス磨いた方がいいと思うで。芝居にしても荒唐無稽過ぎるやろ。もっと前振りをちゃんとせな。プロットから練り直しや」
「あっ、えっと、私はちょっと面白かったよ?」
小馬鹿にする望と、気遣ってフォローするすみれ。
「ふむ、信じてもらえないか。ならば――」
昼想が勢いよく片手を挙げると、それを合図に三人の顔が変貌していく。
頭から角が伸びていき、口から鋭く尖った牙がはみ出し、瞳が赤く細く変化する。
アグリウスタル人の顔に変貌した三人を凝視する、すみれと望。限界まで開かれた目から放たれる視線は忙しなく三人の顔を行き来している。
驚きすぎて声も出ないようだ。
これで二人は異世界人の存在を知ってしまった。つまり、こいつらは俺たちを生かして返す気はない、ということか。
「これで信じてもらえたかい。自分たちは異世界から侵略者。そしてキミたちは狩られる側の人間だ」
二人を観察して満足そうに頷くヤツら。
「では、続けて目的も話そう。自分たちアグリウスタル人は異世界を滅ぼし、すべてを奪い尽くすことを国策としている。地球は運悪く、そのターゲットになってしまった。この大穴は自分たちとの世界を繋ぐ穴……ワームホール、ワープゲートと言った方がわかりやすいか」
簡潔に省略しているが言っていることは間違いじゃない。
「え、えっと、その、本当に異世界人なの……?」
これだけの現実を目の当たりにしても、すみれはまだ信じられない様子だ。
「紛れもない事実だ」
「ほな、侵略って戦争でもする気なんか?」
「そうだよ。その為の大穴だ。一年後に、ここから大量のアグリウスタル人が現れ、地球を蹂躙する。すべての地球人を殺し――すべてを奪う」
明るい声で答えていた昼想だったが、最後だけ心の奥底まで浸透するような低い声で伝えた。
同時に昼想の体からオーラが噴き出る。どす黒い、すべての光を消し去る漆黒のオーラが。
その迫力と気配に呑み込まれた望とすみれは顔面蒼白になり、ガタガタと身震いが止まらないようだ。
「黒のオーラか」
「こちらの世界でもかなり珍しいオーラの色なんだよ。キミの紫色のオーラぐらいにね」
オーラの色によって特徴があり、能力の判断が可能だ。しかし、黒なんて四十年の奴隷時代にもお目にかかったことがない。
どんな能力なのか、想像も付かない。
この流れは想定外。いつか、アグリウスタル人に遭遇するだろうとは考えていたが、仲間を人質に取られ、圧倒的に不利な状態で未知のオーラを所有する敵と相対している。
落ち着け。ここで冷静さを失ったら、完全に負けだ。
静かに深呼吸を繰り返し、新鮮な空気を肺と頭に送る。
逃げるべきだ。
幾分、冷静さを取り戻した脳がそう判断をした。
ここで俺が死んだら世界が終わる。逃げた結果二人が殺されたとしても――策はある。
心では決意を固めたつもりだったが、体が言う事を利かない。どれだけ踏ん張ろうとも、強く噛みしめた唇から血がぽとりと地面に落ちるだけ。
前方に俺以外の全員が固まっている。踵を返して全力で逃げれば、俺だけなら逃げ切れる可能性が高い。追ってきたとしても既に【穴】を地面に仕込んでおいたので、逃げる最中に無数の落とし穴を発生させられる。
あとは非情な決断を下すのみ。
意を決して正面を睨みつける、が……視界に怯えた表情のすみれが入り込む。
決意が穴の空いた風船のように急速にしぼんでいく。
俺は彼女を助けるために……ここにいる……。
「葛藤しているようだね。仲間を見捨てて逃げて再起を図る。悪くないのではないか」
俺の心を完全に読んだような発言。こいつは【読心】のような異能を所持しているのか。それとも俺の考えを推理して完全に見抜いただけか。
「一応言っておくが、キミが逃げたら人質は殺すよ。うん、如何にも悪役らしい良い台詞だ」
悦に浸っている昼想が言葉を続ける。
「自分はね、有言実行を旨にしている。一度でも嘘を吐いてしまうと信憑性は失われてしまう。やると言ったらやる。これがとても大切なんだ」
赤い瞳から放たれる殺気が俺を突き刺す。
こいつは躊躇いなく二人を殺すだろう。俺が見捨てたら二人の命はない。
だが、それを覚悟した上で打開策が存在する。俺だけが使える……秘策が。
可能性は低くないはずだ。
今は情を捨てて割り切れ。
最善の策を見いだせ。
「キミはこう考えているのではないかね。ここで一度二人を見捨てて逃げて、後で【穴】の能力の一つ【ワームホール】を発動して、再び過去に戻ればいいと」
あまりの衝撃に悪寒が全身を駆け巡り、体が震える。
こいつは今、なんと言った。
「おや、意外だったかな。キミの能力はすべて把握しているよ。その力を使ってキミは未来からやって来たことも」




