二十話
昼想 侵。
細いフレームの眼鏡にセンター分け。訓練所で支給されている運動着ではなく、パーカーとジーパンの私服姿。
これだけなら、よくある真面目キャラの印象。だが、身長は180を軽く超え、あのだぶついたパーカーの下には鍛え上げられた肉体が潜んでいるのを知っている。
加えて、あの眼鏡レンズの奥から突き刺してくる、鋭い眼光がただ者ではない感を演出していた。
向こうから声を掛けられたのは初めてだ。友人関係にあるらしい、同じAクラスの日輪と神無月以外は寄せ付けない男なのだが、珍しい。
「何か用かな、昼想君」
「キミと一度じっくり話がしたくてね」
そういって口元にぎこちない笑みを浮かべるが……目が笑っていない。
「それは光栄だ」
昼想、日輪、神無月。前回には存在しなかった覚醒者。その中でも一番警戒している存在が彼らだ。確証はないが異世界人――アグリウスタル人の可能性が高いと睨んでいる。
四十年もの間、ヤツらと暮らし、接触してきた自分だけが感じ取れる、ちょっとした違和感……いや、ただの勘か。それをこの三人から感じ取っていた。もちろん、そんな素振りはおくびにも出していないが。
「食堂でもいいが、なんなら俺の部屋で話すか? 茶菓子ぐらいは提供するぞ」
「それもいいのだが、もっと相応しい場所がある」
そう言うと俺の返事を待たずに背を向けて、迷いのない足取りで歩き始めた。
……付いてこい、ってことだよな。
警戒は解かず自然に振る舞いながら、隣に並んで廊下を進む。
何を考えている? すべてが俺の杞憂でクラスメイトが仲良くしたいと考えているだけ。それならば何も問題はない、が。
もし、考察が当たりでヤツが異世界人だとしたら、俺が倒した選抜隊の二人と同じく、有能な地球人の殺害が目的の可能性だってある。
あの時と違い、俺の強さはかなりのものだ。約一年、深淵の近くで異能を磨き、大穴から現れるオーラ体の化け物を倒して吸収してきた。
貧弱だった体も、肉体労働と訓練により無駄な脂肪が一切ない、磨き上げられた理想に近い肉体が完成しつつある。これにオーラとの相乗効果で常人を遙かに超える、いや、訓練生の中でも断トツの実力を手に入れている。
「さっきから表情が暗いようだが?」
隣から俺の顔をじっと見つめる昼想。心配しているような言葉だが声に起伏もなく無表情で、感情は一切感じられない。
「少し考え事を、な。かなり歩いているが、何処に向かっているんだ」
中庭を抜けて食堂の入っているビルも横切った。この先にあるのは……。
「境界壁に向かっている」
やはり、そうか。
「境界壁? 壁でも見学するのか。殺風景で見所はないと思うが」
「あのそり立つ壁は中々見事だとは思うが、それは別としても、あの周辺は人の目が届かない」
境界壁の近くは分厚く高いコンクリートで遮断しているとはいえ、異世界の空気の影響が及んでいて電気機器が使用できない。監視カメラも設置するだけ無駄なので、定期的に警備員が巡回している程度。
「人に聞かれたくない話、ということか」
「そうだ」
益々怪しくなってきた。これが女性であれば告白という甘酸っぱい流れの可能性もわずかにあるのかもしれないが、相手は無愛想で異質な気配を感じる男。
判断が難しい……な。
クラスメイトが人に話せない相談事を持ちかけている。本来なら一番あり得る展開だが、悩み事を相談されるほど親しい間柄ではない。
いや……前に、すみれに薦められて読まされた恋愛漫画に似たような展開があった。あれは、好きな女と親しい男に近づいて情報を提供してもらい、告白の手伝いもさせるという内容だったか。
まさか、すみれに告白をするつもりか⁉ そんなこと、俺が許さん!
「どうした、急に百面相を始めて」
「気にしないでくれ」
つい、余計な妄想で盛り上がってしまったが冷静になれ。警戒するに越したことはないが、その気配が相手に伝わってしまうのは論外だ。
この悩みを一掃する手っ取り早い方法はある。ヤツの体に触れて【読心】を発動すればいい。
短時間で気絶をしていない相手だから、現在考えていることを読むので精一杯だ。それでも心配事の大半は判別できるはず。
直接肌に触れた方が読みやすいが、何度も使用して精度と威力が上がっている今なら服の上からでも通用する。
……ちなみに接点のあるクラスメイトや豪先生、静香先生の思考は何度か読んでいる。特に望には何度も実験体になってもらっているので、あいつは異世界人ではないと確信が持てている。
すみれに対しては心を読むという無粋な真似はしたくないので、一度も発動していない。ちなみにだが望に関しては躊躇いがまったくなかった。あと、心の声も喧しい。
再び考える振りをして、少し歩幅を縮めて足取りを遅くする。そうすることで、隣に並んでいた昼相が少し前に出る。
「ちょっと、待ってくれ」
そう言うと同時に俺は手をヤツの肩に伸ばし掴む。そして【読心】を発動。
『石川守人。声はよく聞こえるかい? かなり警戒しているようだが』
全身が総毛立ち、背筋に悪寒が走る。
慌てて手を離して飛び退いて距離を取り、相手の顔を凝視する。
そこでヤツは初めて感情を見せた。
頬が避けたのではないかと目を疑うほどに口角を吊り上げ、心の底から楽しそうに……嗤っていた。
「どうした、【読心】はもう使わないのか?」
「何故、知っている」
俺の異能は【穴】しかないと公式のデータに記載されているはずだ。クラスメイト全員の異能は公表されていて、誰でも知ることができるようになっている。
だが、実際の異能を知っているのは豪先生、静先生、すみれだけ。ヤツが知る術はない。
「異能を隠しているのはキミだけではない、ってことだよ。隠す術はいくらでもあるからね」
「お前は何者だ」
「昼想侵だよ。この姿の人間は、ね。そして――」
その言葉を聞いて無意識の内に構えていた。続く言葉を聞くまでもない。
「キミの想像通り。自分たちは異世界、アグリウスタル人だよ」
こいつ、こんなにもあっさりと正体を暴露した……だと⁉ 何が狙いだ。
予想が的中した驚きと納得をかみ殺し、表面上は何も知らない振りをするべきだと判断する。
「……アグリウスタル人?」
初めて聞いたような反応を試みる。こういった芝居は奴隷生活で培ってきたのでお手の物だが。
「しらばっくれないでいいよ。キミは知っているのだろ? 自分たちの正体も目的も。大穴……深淵だったか。あれが何なのかも」
全身から冷や汗が噴き出して止まらない。
それを知っているのは豪先生、静先生、それと二人が見込んだ一部の協力者のみ。そこから情報が漏れたのか?
「人間から情報聞き出し、覗き見する異能なんて他にもいくらでもある。自分たちは何百年もの間、他の異世界を侵略してきたんだよ? そういった能力に長けているのは当然だとは思わないかな」
知っているよ。アグリウスタル人が多種多様な異能を所持し、それを活用して他の世界を滅ぼしてきたことも事実。
間抜けとしか言いようがない。あの辛く過酷な日々を忘れていないつもりだった。希望の未来を取り戻すために、常に警戒をして死力を尽くしている……つもりだった。
だけど、俺は気付かないうちに平和な日本の空気に馴染み、危機感が、警戒心が、薄れてしまっていたんだ。万全に万全を期している。そう思いこんでいたが認識が甘すぎた。
「キミが誰にも打ち明けず単独で行動していれば、自分たちも気付かなかったかもしれないが。脇が甘かったね。とはいえ、選抜隊の二人が倒されたのは予想外すぎたけど」
誰にも頼らず自分一人で事を成すべきだったのか……。
ヤツの言葉から察するに、俺の思考や記憶を読まれたのではなく豪先生たちとの話し合いで伝えた情報を知った、ということか。
なら、まだ望みはある。俺が未来から戻ってきたことは知られていない、はずだ。
ヤツはそれだけ話すと再び背を向けて歩き出す。
「おい、何をしている」
「境界壁に向かっていると伝えたはずだが」
さも当然かのように語る昼想――に化けたアグリウスタル人。
「正体を明かされて、のこのこと付いていく愚か者にでも見えるか?」
「見えないね。だが、境界壁の内側でキミのお友だちが待っている、と言ったら」
足を止めずにヤツは衝撃の言葉を口にした。




