十九話
「うごおおおおっ! 銭のためならどんな努力も労力も惜しまんで!」
欲望をむき出しにしてルームランナーの最高速で走り続けているのは、望だ。
俺たちは訓練所内のトレーニングルームにいるのだが、クラスメイトの大半が目の色を変えて鍛錬中。優勝賞金150億円が手に入るとなれば、そりゃこうもなるか。
最高級のトレーニング器具を揃えているので、多数のマッチョを生み出しているジムよりも設備は潤沢だ。
「ふぅー。総合で一位を取れたとしても日本代表のメンバーで割るんだよね? 参加人数が十人だから……それでも十億を軽く超えるんだ、すっごいね!」
すみれは、十キロのダンベルを床に置いて指折り数えると、算出された金額に目を見開いている。
今日はいつもの運動着なのだが、上半身がタンクトップか。少し露出が多いので他の連中の目が気になるが……可愛いな。
老いてしわが刻まれていく彼女も魅力的だったが、若い頃の彼女は愛らしさが際立つ。俺の心が老人だからなのか、時折、孫を見るような目線になってしまう。
彼女は筋肉の殆ど付いていない華奢な体だというのに、十キロのダンベルを軽々扱っている。回復メインの青オーラですら、身体能力の向上率は凄まじい。
すみれが一度オーラを切ってダンベルを持ち上げようとしたことがあるのだが、両手でギリギリなんとか持ち上げられる程度の筋力しかなかった。
オーラで強化されているとはいえ、身体能力の向上率に関しては、赤、土、黄、青の順。すみれが肉体を使用する系の種目に参加することはないだろう。
そして、例外として俺のバイオレットオーラと七節のグリーンオーラが存在する。
俺は赤と青の特性があるので身体能力と回復能力に優れ、七節は黄と青なので素早さと回復力に特化しているそうだ。
「しっかし、ハアハア。代表者は十名しかアカンの、か。ふうううぅ。国の代表やから訓練生だけやのうて、黒服からも参加すんのかな」
ルームランナーから降りた望が勢いよくスポーツドリンクを飲み干した。
「そうなるだろう。訓練生からは最低三名は参加させると言っていた。狭き門ではあるな。まず、豪先生は確定か」
黒服も含めた覚醒者全員の戦力アップが目的なので、彼らの参加は当然の権利だ。
「あー、そうか。豪先生も参加すんのか。一枠埋まってもうたやん」
「でも、訓練生枠じゃないよね、先生たちは。それに肉体がメインの競技ばかりじゃないって言っていたから、静先生も選ばれてたり?」
「おそらくは」
覚醒者としての能力は静先生も高い。加えて【鑑定】も所持しているので対応力もある。選ばれて当然な人選か。
「ほんなら、残り八枠かー。ほんでもって、黒服が五人追加で……やっぱ、学生枠狙いの残り三枠を奪い合うしかないんか」
「だとしたら、一人は七節君でもう一人は……」
そこで口を噤むとじっと俺の顔に熱い視線を注ぐ、すみれ。
おや、もう惚れてくれたのか。……にしては、視線に熱いものは感じるが愛情とは異なるようだ。ついでに望も俺を睨むように注視している。
「守人君だよね」
「そうやな」
二人が納得した表情で大きく頷いている。
「だといいな」
その予想は間違っていない。実力からして俺が選ばれるのは妥当であり、既に豪先生から代表者入りの打診を密かに受けていた。
それがなくとも普通に考えるなら訓練生から選ばれるのは七節と俺。残り一名と考えた方がいい。
残念ながら、すみれも望も選ばれる可能性はかなり低い。異能持ちではあるが、総合力が低く、他の相手が悪すぎる。
「七節は総合力が断トツ一位やから間違いあらへん。守人は境界壁内での活躍が認められとるし、最近は実技でも成績ええしな。紫色のオーラなんてずるや、いかさまや、チートや!」
ベンチプレス台に寝転びながら批難してくる望に、200キロのダンベルをプレゼントしておく。
「ふぐうあああああ! ぐおおおおおっ! ぺしゃんこに潰れるぅぅっ⁉」
悲鳴を上げながらも黄色のオーラを噴き出して、なんとか支えている。
「えっと、じゃあ、残りは一人だけなんだね。私は無理だろうけど、選ばれるとしたら誰かな?」
すみれは自分の能力を冷静に見極めていて偉いな。大丈夫、可愛げならナンバーワンだ。無謀にも果敢に挑んでいる望も、ある意味偉くはあるが。
「成績なら、本命は昼想 侵か」
横目でやつの姿を確認すると、無表情で懸垂を続けていた。
背中に盛り上がっている見事な僧帽筋。そこだけではなく、全身に鍛え上げられた筋肉が浮かび上がっている。
「だよね。成績は七節君と殆ど変わらないし」
「ただ、うちのAクラスだけじゃないからな。BからEクラスも忘れてはならない」
「あっ、確かに! 他のクラスのこと全然知らないもんね」
すみれは手を打ち鳴らして何度も頷いている。
話している内容はアレだが、二人での会話というのは心が弾む。
近くから懸命にダンベルを持ち上げようとする望の唸り声が聞こえている気はするが、環境音とでも思っておこう。
パンパン、と手を打ち鳴らす音がしたので視線を向けると、上半身裸で見事な逆三角形の肉体美を晒している豪先生が居た。
「そのままでいいから聞いてくれ。二ヶ月後に代表者を決める選抜試験をする。内容はトーナメント戦だ。つまり勝ち抜けばいい。一位から三位までが訓練生の代表者となる」
話を聞いて思わず息を呑む訓練生たち。
俺は事前にすべて聞いていた……というか、豪先生たちと相談して決めたことなので驚く内容ではないのだが、少しだけ動揺したようなリアクションはしておく。
「先生、それって、今までの成績、は、関係、ないって、ことでっか‼」
律儀にバーベルを上げ下げしながら、目を見開き質問を口にする望。
「そうだ。選抜試験での結果がすべて。名誉と……賞金が欲しければトーナメント戦で勝てばいい。単純でわかりやすいだろ?」
豪先生はニヤリと笑うと、意外と茶目っ気のあるウィンクをした。
その瞬間、トレーニングルームが一気に活気づく。
自分たちにも望みがあるとわかった途端にやる気へと繋がったのだろう。さっきよりも鍛錬に身が入っているのが見て取れる。
「ふぬぐおおおおっしゃあああ! 負けへんでえええっ!」
その中でも一際気合いが入っているのが望だ。
おー、さっきまでは維持するのが精一杯だったバーベルを高速で持ち上げている。恐るべき欲望の力。
目論見は上手く言ったと考えていい、か。国際大会で勝つことを目的に掲げてはいるが、本命はそこじゃない。覚醒者たちの能力の底上げをして、来たるべき侵略の日に備える。
これが真の狙い。
なので、奮起して頑張ってもらわなければならない。その原動力として一番わかりやすいのが金。
侵略が開始されたら金なんて何の価値もなくなるのだが……知らぬが仏とはこのことか。
「どうしたの、守人君。したり顔で頷いているけど」
「そんな顔してた?」
「うん、してやったり、みたいな表情がもろに出てたよ」
そうか。すみれが言うなら間違いない。
見つめられている状態で自分の頬を両手でもみほぐすと、すみれがくすりと笑った。
個人的には選抜試験で俺や七節を超えるような逸材が現れることを期待している。強者が多いに越したことはない。優秀な人材は何人いても困らない。
俺がやるべきことは自分と覚醒者の能力強化。潜んでいる……かもしれない異世界人の捜査。大きくはこの二つ。
異世界人に関しては境界壁への一件で疑いが増している。あれはヤツらが引き起こした事件だと疑っているが……他の可能性も排除できない。
覚醒者が自分の力を試したいが為に巻き起こした事件、という線もある。
豪先生から聞いた話によると、覚醒者の中に動物を操ったり混乱させるような異能所持者はいないのだが、静先生の【鑑定】から逃れる手段や異能が存在していてもおかしくない。
それに【鑑定】では異能職を感知できない。俺の【墓守】のように特殊な力を得ている人物がいたとしたら……。
「今度はしかめっ面をしてどうしたの?」
「あー、いや、なんでもない」
考え事は一人の時にするとしよう。すみれにいらぬ心配をさせたくはないから。
「選ばれるには身体能力を鍛えるよりも、異能に託した方がいいのではないか」
異能はそれぞれに特色があり、【穴】のように上手く活用できれば格上にも通用する。
「もちのろん、異能も磨いてるで。わいの【炎上】は火力の大きさと発動タイミングを任意で操作できるようになったし」
「私の【譲渡】も飛ばせる距離がかなり伸びたよ」
二人とも同時に胸を張って自慢げだ。俺の知らないところで努力しているようだ。
トレーニングを終え、シャワールームで汗を流してから室内着に袖を通す。といっても、訓練生に支給されている運動着だが。
訓練生には運動着と公式の場で着る軍服のような制服は与えられているが、私服も許されているので敷地内では私服と運動着の割合が半々といったところか。
訓練所の敷地から出るときは私服を着るが、俺は基本的に運動着を愛用している。……楽だから。
今日の受けるべき授業も訓練も終えた。ここから自由時間になる。
「さて、どうするか」
望は自主的にトレーニングルームで鍛錬を続けるそうで、すみれは買い物で外出するらしい。
今いる中庭で日光を全身に浴びてまったり過ごすのもありだが、貴重な時間を無駄には使えないか。やるべきことは山積みだ。
「豪先生に許可をもらって境界壁の内部調査をしたいところだが」
犯行の痕跡が残っている可能性は少ないが、何もなかったとしても深淵に近い場所で鍛錬した方が能力アップを見込める。できることなら深淵の底まで降りたいが……許されないか。
これからどうすべきか頭を悩ませていると、背後から近づいてくる気配を感じ取った。
男が一人。足音も立てずに忍び寄ってきているが、殺気はない。
考え事をしている振りを続けながら、徐々に距離を詰めてくる相手への警戒を高める。
あと、二歩で手が届く間合いか。振り返るべきか、相手の対応を待つべきか。
そんな俺の悩みを一掃したのは、掛けられた声だった。
「石川守人だな」
男の声。それも聞き覚えがある。
「そうだが」
不意に掛けられた声に少し驚いた素振りを見せながら振り返ると、そこには眼鏡を掛けた私服姿の昼想がいた。




