十八話
鉄製の扉を軽く数回ノックする。
「石川守人です」
「おう、待っていたぞ。とっとと入れ」
所長室の扉を開けると、書類整理をしている豪先生がこちらに目を向けずに手招きしている。
珍しく眼鏡を掛けて仕事中のようだ。
部屋の中には所長用のデスクがあり、パソコンが鎮座していて、デスクの端には紙の書類が山積み。
「資源の無駄だから、紙に印刷しないでPCで確認してよ、お爺ちゃん」
「すまんすまん。昔からPCは苦手でな。紙でないと落ち着かんのだ」
苦言を呈しながらも所長を手伝っているのは静先生。
静先生は職員室に自分のデスクがあるのだが、所長室で豪先生と居ることが多い。今回は俺が頼んで呼んでおいてもらった。
「大事な話があるのだったな。突っ立ってるのもなんだ、そこに座ってくれ」
言われるがままに接客用のソファーに腰を下ろす。
豪先生は立ち上がると大きく伸びをして、腰の柔軟をしている。
そして、机を挟んだ俺の対面に置かれているソファーに、勢いよく座った。
その隣に静先生がすっと音も立てずに座る。
「で、話とはなんだ?」
表情は薄く笑っているように見えるのだが、その目は真剣だ。俺の心を見透かそうとするかのような鋭い眼光が突き刺さる。
境界壁での騒動の後、俺は意を決して豪先生に相談を持ちかけた。想定外のことが立て続けに起こっていることに焦りを覚えたからだ。
悠長に信頼関係の構築をしている場合ではない、と判断した。
「深淵についてです」
俺の発言が予想外だったのか「ほう」と小さく息を吐いた。
「何か気付いたことでもあるのか?」
「深淵の秘密について知っていることをすべてお話しします――」
「にわかには信じがたいが……」
「うん。でも、【鑑定】をやり直したら石川君の言う通り、異能の数が増えていたよ」
内容が衝撃的すぎたのか、豪先生は髪を豪快に掻き、背もたれに体を預けて天井を睨みつけている。
静先生は俺の再鑑定結果を未だに信じられないのか、何度も能力を見直しては俺の顔を見る、を繰り返していた。
二人に暴露したのは隠していた俺の異能と、倒した異世界人について。そして、穴に埋めたことで相手の記憶を夢で見た内容。その他諸々の情報だ。
ただし、異能職【墓守】と俺がタイムリープをしたことは話さなかった。二人を信じていないわけではないが、この能力だけは間違っても異世界人に知られてはならない。
情報は何処から漏れるか予想も付かない。細心の注意を払うべきだ。
「お前が密偵らしき異世界人を二人、不意打ちで倒した……か。不意打ちに加えて油断していたところに、お前の能力が刺さった、と」
「確かに【穴】の異能と他の異能を組み合わせたら不可能ではない、と思うけど」
異世界人の存在や穴の秘密については信じてくれているようだが、俺が異世界人を倒したことについては半信半疑といったところか。
「地球人を取るに足らない存在だと、甘く見ていましたから。運が良かった」
嘘を吐く場合は真実を織り交ぜた方がいい。信憑性が増すからだ。
深淵についての情報は異世界人から【読心】で得た、ということにしているが、四十年もの奴隷生活で見聞きした情報も足している。
「深淵は異世界人、アグ……なんだっけか?」
「アグリウスタル人よ、お爺ちゃん」
「それだそれ。そいつらが開けた異世界へと繋ぐ穴ってことか。そんでもって、そこから兵士を送り込み異世界を侵略するのが目的だと」
「異世界の空気を流し込み、自分達が住みやすい環境にして、情報を得てから侵略を開始する。それも……今から一年後に」
「はい」
二人の視線が俺に向いたので、肯定の言葉を発して大きく頷く。
「荒唐無稽な作り話に思えるが、色々と辻褄が合っちまうんだよなぁ」
「研究者たちが疑問に思っていたことの殆どに答えられるよね」
二人が揃って腕を組んで、同じタイミングで首を傾げて唸っている。
「信じられないのは当然だと思います。俺も未だに、ただの夢だったんじゃないかと思っていますから」
と言ってみる。もちろん、真剣な表情で。
「これが残り一年ではなく、もっと十年先の未来なら打ち明けたりはしなかったのですが」
「話してくれたことには感謝している。一年しか残されていないのであれば、対策を始めるにしても遅いぐらいだ」
そう言って勢いよく膝に手を置くと、深々と頭を下げる豪先生。
「でも、どうしよう。少なくとも総理には打ち明けないとダメだよね」
「そうだな。他のお偉いさんや無能な政治家連中には黙っておいた方がいいだろうが、総理にだけは話をして判断を仰ぐべきか。各国への情報提供の問題もある。今から対策を練らねえと世界が滅びかねん」
それから三人で話し合い「また詳しい事情を聞くために何度か呼び出すことになる」との説明を受けてから解放された。
一人で廊下を歩きながら、今日の決断と話し合いを思い返す。
「吉と出るか凶と出るか」
これで確実に未来が大きく変わる。俺の決断が正しかったかどうかの判決は一年後に下される。
もう、後戻りはできない。
あれから、一週間は大忙しだった。
訓練生としての授業を受けつつ、昼からは豪先生と静先生、それと二人が信頼の置ける人物として連れてきた研究者を一人加えて、深淵や異世界についての説明。
ちなみに、その研究者というのは明るい茶髪のショートボブで茶色い縁の眼鏡をかけて、女性用スーツの上から白衣を着た、漫画やアニメ……あとAVで見たことのある色っぽい保健室の先生のような格好をしていた。
四人での話し合いが夜遅くまで続いていたが、四日目に俺は総理官邸に呼ばれ、詳しい事情を他の三人と一緒に語ることになる。
説明の大半を三人が引き受けてくれたので相づちと、要所要所で説明を加える程度で済んだのは幸運だった。
「なんや、お疲れさんみたいやな。夜にハッスルしてたんちゃうん」
「あー、そうだな」
教室の机に上半身を預けて、窓の外をぼーっと眺めていると、視界に望の薄ら笑いが飛び込んできた。
面倒なので適当に返事をする。
「ノリ悪いなぁ。ほんまにお疲れみたいや」
「体調でも悪いの?」
隣から俺の体を気遣う声がしたので、上半身を戻して背筋を伸ばしてから、すみれに向き直る。
「大丈夫だ。今、元気が出た」
「守人、お前な……」
「本当に? 無理してない?」
「ああ、問題ない」
俺の目をじっと見て話す彼女を見つめ返す。視界の隅にジト目の望が見えるが無視。
くっ、すみれは今日も可愛いな。あまりの愛おしさに今すぐにでも抱きしめてしまいたくなるが、ぐっと堪える。
今の関係はまだ仲の良いクラスメイト止まり。侵略対策は早急に手を打たなければならないが、すみれとの関係は焦らず構築していく必要がある。
こちらから積極的なアプローチはしていないつもりなのだが、日に日に彼女の対応が親しげになってきている気がする。過去というか未来、何十年も共に暮らしていく内に、向けられるようになった愛情を時折、視線から感じるときが……それはさすがに自信過剰か。
彼女は人当たりが良く、お人好しではあったが、人見知りでもあるという矛盾を抱えている。友人には直ぐになれるのだが、そこから更に親しくなるまでには時間を有した。
なのに、今回は距離感の詰め方が以前とは違うような……。
いや、慢心するな。じっくり育めばいい。俺にとっては侵略対策と同じぐらい重要性の高いミッションだから。
「お前らぁ、おはようー、ふああああぁ」
俺たちが見つめ合っている間に、教卓の前まで移動していた豪先生が、気怠さを隠そうともせずに挨拶をしている。
「豪先生、お疲れのようですね」
「まあ、色々あってな」
七節の問いかけに軽く手を振って応えている。
「急な話になるが、お前たちに通達しておく案件がある。三ヶ月後に世界中の覚醒者を集めて、世界大会をやることになった」
その言葉を聞いてざわつくクラスメイト。
俺も驚きはしたが表情には出さない。
以前の訓練所の行事に世界大会なんて存在していなかった。つまり、俺が打ち明けたことで、新たに発生したイベントということか。
「世界大会って何すんだよ?」
半グレリーダーの吉田が訝しそうに豪先生を眺めながら、質問を口にする。
いや、今はもう半グレリーダーではないか。何故か吉田は半グレの仲間と連むのをやめて、真面目に授業を受けるようになった。どんな心境の変化があったのか知る術はないが、悪い変化ではないので放っておく。
「大、良い質問だ。各国の覚醒者が得意分野で能力を競い合う。運動だけではなく、頭を使ったり、技能が必要な競技もあるぞ」
「覚醒者だらけのオリンピックって感じなん?」
「そんな感じだ。優秀な成績を収めた者には賞金が出るぞ。総合で一位を取れば、なんと一億だ」
「「「「一億⁉」」」」
賞金の金額が予想の遙か上だったことに、俺も含めたクラスメイトの驚きの叫びが重なる。
これは覚醒者のやる気を出させるための餌だというのは理解できるが、一億か。これは想定外だった。
「先生! それって円やんな?」
「いいや、ドルだ」
豪先生の発言に時が止まったのかと錯覚するぐらい、全員の動きが止まった。
日本円に換算したら150億円を超えるのか……。
「ということで、これから三ヶ月、みっちりオーラや異能を鍛えることになる。国の名誉のために全力を振り絞れ、なんてことは言わん。だが、賞金のためなら頑張れるだろ?」
「「「「はいっ!」」」」
目の色が完全に変わったクラスメイトの返事の勢いで教室が震える。
俺は黙った状態で豪先生に視線を飛ばす。
すると、口角を上げてニヤリと笑い返した。
なるほど。この世界大会は豪先生が「俺に考えがある」と言っていた対策の一つか。
異世界からの脅威に対抗するために急遽、戦力アップを図る必要がある。その為に単純だが効果的な方法……金でやる気を底上げ。
総理大臣が各国のリーダーに話を通してくれたのだろう。
これでオーラや異能を鍛える名目ができて、訓練にも身が入る。
だらだらと授業を受けていた昨日までと今日からでは、訓練への意気込みも能力の伸びも変わってくるはずだ。




