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墓守は異世界人の墓穴を掘る  作者: 昼熊
一章

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17/45

十七話

「206、207起きろ! 楽しい、楽しい、訓練の時間だ!」


 忌々しい教官の声で叩き起こされ、気分は最悪だ。

 昨日も遅くまで訓練という名の拷問に付き合わされたので、心も体も疲労が抜けていない。

 だが、刃向かうことは許されない。戦争孤児の俺たちには。

 薄い毛布をはね除け、ギシギシと軋むベッドから立ち上がる。

 眠気は残っているが意識を素早く覚醒させる。隣に並ぶベッドを確認すると、同部屋の図体だけはデカいこいつは暢気にまだ夢の中か。

 放っておくと連帯責任を負わされるので起こしてやる。毎度のことだが。


「起きろ、207」


 声を掛けてから軽く蹴りを入れる。


「うごっ⁉ はっ⁉ あ、朝か。もうちょい優しく起こしてくれよ」

「こうでもしないと起きないだろうが。早く支度しろ、飯抜きは勘弁してくれ」


 ここでの訓練をメシ抜きでこなすのは無理がある。ろくでもない食事内容だが、少しでも栄養とカロリーを摂取しなければ。

 飯のことに触れると207は慌てて寝間着を脱ぎ捨て、訓練着に着替えている。

 俺は既に着替えが終わっているので部屋の扉……鉄格子を開けた。

 元々は刑務所だった場所をリフォームした施設らしく、ここで飼われている……訓練させられている戦争孤児たちは犯罪者のように檻の中で暮らしている。


 基本二人部屋で古びたベッドと古びた机と椅子があるだけ。前面が檻なのでプライバシーも何もない。

 実際、廊下を挟んだ対面で着替えている他の孤児たちの様子をつぶさに観察できる。

 痩せこけた顔に骨が浮き出ている手脚。視線を落として自分の体を確認すると……似たようなものか。

 一つ違う点を挙げるとすれば、あいつらのように死んだ目はしていない。すべてをあきらめ生気の消えた黒く濁った瞳。

 俺たちは違う。まだ、あきらめていない。


「今日こそは能力を発現させよう、兄貴」

「そうだな。今日こそは」


 俺を兄貴と呼ぶ俺より頭一つデカい男。

 血の繋がりなど全くないが、連帯責任を逃れるために何度が手助けをして庇ってやった結果、妙に懐かれて勝手に「兄貴」と呼ぶようになった。

 こちらの指図に従うのであれば問題ないので、好きに呼ばせている。

 薄暗い廊下の冷たい石畳の上を素足で進んでいく。

 他の牢屋からも孤児たちがのろのろと出てくる。半年前はすべての牢屋に人が居たのだが、今は半分以上が空き部屋だ。


 無駄に長い廊下を進み終わると、無駄に重厚な鉄扉の前に武装した見張りが立っている。

 見張りが鉄扉をゆっくりと押し開けると、目が眩むほどの眩しい光が差し込んできた。

 俺たちの居た牢屋とは真逆の清潔で、眩い光に溢れている通路が見える。

 そこを俺たちは黙々と進む。突き当たりの扉の前にも見張りがいて、忌々しそうに俺たちを睥睨しながら扉を開けると、そこは食堂。

 長机の両端に丸い質素な椅子が並び、等間隔で器に入った餌――食事が置かれている。


 穀物をドロドロになるまで炊いた液体と四角い固形が三つ。この四角いのは栄養素を固めた物らしく、これだけ摂取すれば一日の栄養が補えるそうだ。

 一日の食事はこれだけ。味は不味くも美味しくもない。だけど、食べなければ。

 一分もかからずにすべてを平らげる。隣に座った207は空っぽになった器を恨めしそうに見つめている。それだけ体がデカいんだ足りるわけがない。

 他の連中は……俯いたまま動かない。それどころか飯を残している者も多い。

 ここに長く滞在すると生きる気力と欲が徐々に失われていく。性欲、睡眠欲、食欲。すべての欲を無くしたとき死が訪れる。


「餌は食い終わったか。この後は異能発現訓練を始める。各部屋に二人組で移動しろ」


 同部屋の二人で組むことが決まりなので、俺は207と共に食堂を出ていつもの部屋に入る。

 そこは牢屋の部屋よりか一回り大きく清潔だ。真っ白な壁と天井と床。塵もなければ家具もない殺風景な部屋。

 その中心に向き合って座り込む。


『206、207訓練を開始しろ』


 部屋に響く声。姿は見えないが、天井に埋め込まれているスピーカーから毎回指示が飛ぶ。

 互いに目を閉じて握手をする。そして、精神を集中させて強く念じる。


 ――心の声よ聞こえろ。


 ここは異能を発現させるための施設。

 侵略戦争に参加した両親が戦死すると、孤児たちは国に引き取られ兵士として育てられる。

 優秀な戦績を残した親の子であれば、孤児であろうと待遇は良い。だが、ろくな戦績もなく戦場で野垂れ死んだ兵士の子への扱いは……これだ。

 集められた孤児たちは様々な施設に送られ、過酷な訓練を受けて兵士となる。

 アグリウスタル人の八割は兵士。異世界への侵略を国策としている野蛮な人種。俺もその一名だが。


「死にたくない、死にたくない、死にたくない」

『207私語を止めろ』

「す、すみません!」


 恐縮して身を縮ませる207。

 ここの訓練で声を出すのは禁止だ。相手の心を読む異能【読心】を得る為の訓練なのだから当たり前だが。

 【読心】は異能の中でも珍しい能力ではあるが、どうすればその能力に目覚められるのかは立証されている。

 そもそも、異能は強い願望や想い、心の傷や体験が引き金となり発動される。

 発動条件が不明な特異な能力も存在するが、いくつかの異能は研究の結果、方法や手段が確立されている。


 【読心】は極限まで体と心を追い詰め、神経が研ぎ澄まされた状態で相手の心を読みたいと強く願う。

 ただ、異能に目覚めるかどうかは才能も必要らしく、同じ訓練をしたところで才能がない者には無意味だ。

 207は明るく振る舞っているが限界が近い。

 俺よりも体が大きいというのに食事量はほぼ変わらない。時折、見るに見かねて俺の食事を分け与えることもあるが、自分が死んでは元も子もないのでそれにも限界はある。


『今回の訓練で何かしらの成果がなければ処分も考えている』


 崖っぷちの俺たちを更に追い詰める、スピーカーからの冷酷な宣言。

 207の顔面に脂汗が浮かび、目を閉じているのに今にも泣き出しそうなのが伝わってくる。

 なんの成果も得られなかったら死ぬかもしれないのか。

 自分も窮地に陥っているというのに、他人事としか思えない。

 目の前の207は生きるために必死だ。こんな環境でも生きたいと強く願っている。

 なんで、そんな風に思える?

 どうせ、生き残ったところで過酷な戦場に連れて行かれて、弾除け代わりの先陣として危険な突撃を命じられるのがオチだ。


 だというのに、207は何を考えている?

 何が生きる原動力なんだ? 理解不能だ。

 くそっ、空腹と疲労で頭がぼーっとしてきた。

 正面には必死の形相で懇願している207。

 俺はそこまで生きたいとは思っていない。ただ、死にたくはない。でも、未来に希望を抱いてもいない。

 こんな環境下でも懸命に足掻く207が異質な存在に見えた。

 ぼやけてきた視界に映る、祈るようなポーズのこいつは何を考えているんだ?

 ……どうせ、死ぬなら207ともっと会話をしておくべきだったか。今更だが。

 もし、心が読めれば、こいつの考えが――


『異能に目覚めて、出世して、腹一杯、飯が食いたい!』


 えっ?

 不意に頭の中に声が響いた。

 今のは……。


『絶対に生き延びて美味しい物を食ってやる! 異世界の食い物はどんな味がするんだろう。絶対に食べてやる!』


 207の心の声が聞こえる。

 はっ、なんて幼稚な考えだ。


「ふっ」


 思わず鼻で笑ってしまった。異能に目覚めた喜びよりも、欲望に忠実な207の心の声が面白くて。

 そんな俺を目の当たりにして、207の目が大きく見開かれた。


「206が笑ってる」


 そうか、こいつの前で笑ったことなんてなかったな。それどころか、この施設に来てから初めて笑った気がする。


「何がそんなに面白いんだ?」

「気になるなら心を読んでみろ、コツは――」


 この日、俺と弟は【読心】に目覚めた。





「ようやく初陣だな!」

「ああ、我々の力を見せつけてやろう」


 俺と弟は新たな侵略国の密偵としての任務を受けた。

 既に三つの異世界を攻略中なのだが、別の異世界へのルートを見つけたらしい。

 まずは密偵を送って異世界を調べ、奪うに値する国であれば侵略を開始する。

 密偵はかなり重要な役目だ。情報を記録する媒体と姿を変化させる貴重な魔道具も与えられた。


「俺たちの行く異世界ってどんなところなんだ?」

「さあな。それを調べるための先兵が我々だ」

「なあ、異世界に送られていきなり死ぬってないよな?」

「あり得ない……とは言えないぞ。まあ、穴からこの世界の空気を送り込んでいるので即死というのはないだろう」


 少なくとも穴の近くにいれば呼吸は可能なはず。

 異世界とこちらの世界を繋ぐ穴がどういう仕組みなのかは、俺たちのような下っ端に知る術はない。

 ただ、穴は異世界で強い生命力が密集している場所に現れる可能性が高いらしい。結果、それなりに発展している世界なら人口の多い都市部に。

 どうなるかは行ってみなければわからない。かなり危険な任務だからこそ、任務をこなせば出世が期待できる。


「旨いものが山ほどあると最高なんだが」

「ふっ……そうだな」


 207――弟が口にした願望を聞いて、過去の思い出が蘇る。

 異能に目覚めた切っ掛けも、こいつの食への渇望だった。


「でもよ、侵略される世界のヤツらは何も悪いことはしてねえんだよな」

「おい、迂闊なことを口にするな」


 俺が注意を促すと、慌てて口を塞いでいる。


「命令をこなすことだけを考えろ」


 見た目と図体の割に弟は根が優しい。こんな世界でなければ他者に危害を加えることなんて考えもしなかっただろう。

 だが、これは侵略戦争。一方的な殺戮者側に所属しているのだ。


「さあ、そろそろ行くぞ。俺たちは侵略者だ。冷酷に任務を果たす」


 正義の味方でもなんでもない。ただの侵略者。

 そして、俺たちはただの兵士。そこに個人の考えや主張は必要ない。

 ただの駒として任務を果たす。冷酷に冷静に……生きるために。





「はあっ、はあっ、ふうううぅぅぅ」


 寝汗で髪が頭皮に張り付いている。

 また、あいつの夢を見た。

 戦い殺して穴に埋めた、アグリウスタル人。

 毎日ではないが、かなりの頻度であいつの夢を見る。

 あまりにも鮮明で実際に自分が体験したかのように感じてしまう……明晰夢。


「また、ヤツの記憶か……」


 穴に埋めたことが原因なのは間違いない。

 いつもは206だが、数日前は207視点の夢を見た。

 穴に埋めた死体から【譲渡】の力で得たのは力だけではなく、記憶までも……。

 もし、この考察が当たっているとするなら……。


「これから、俺は、穴に埋める度に、殺した相手の夢を見ることになる……のか」


 殺した相手の過去を知る。これにより異世界人の詳しい情報が手に入ることはありがたい。

 だが、異世界人にも事情や日常が存在し、知りたくもない見たくもない葛藤や苦悩、家族構成を見せつけられてしまう。

 後悔はない。殺らなければ殺られていた。すみれを、日本を、世界を、救うためには侵略者を撃退するしか術はない。

 穴に埋めた者の力を奪える優れた異能。

 これからも活用していくつもりだが、大きな落とし穴が潜んでいたようだ。


「キツいな……」


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― 新着の感想 ―
途中から、あの二人かなと思ったんですけども。これはきついですね。
まさかの出落ちした敵を掘り下げるの? そしたらこういうオチか。
穴の異能には落とし穴が… 異能に目覚めていなければ、「えっ 今日はカレーライス食っていいのか!!」からの、突然の死が待っていそうな207。
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