十三話
「内側はこんなことになっていたのか」
「はっ、なんだこりゃ。SF映画かよ」
「おおっ、見たことも触れたこともない植物だらけじゃないですか。農作物がよく育ちそうな土壌だ」
Aクラスの面々が辺りを見回して、感嘆の声を漏らしている。
ちなみに後半の二人は半グレリーダー……吉田大と、七節だ。
七節とは食堂で何度か会話したことがあるのだが、土いじりが趣味で自宅に自分専用の畑を所有しているらしい。将来の夢は完全な自給自足生活。
何故、そんなAクラスの面々と一緒に境界壁の内部にいるのか。
これは訓練の一環でオーラや異能を鍛えるために、覚醒者のみが立ち入ることを許可されている。
「お前ら、はしゃぐのはそこまでにしろ。はぐれるとヤバいからな」
生徒たちを引率しているのは豪先生のみ。
自然体のように見えるが、周囲への警戒は怠っていない。それほど、ここ一帯がかなり危険だということだ。
俺は過去に来たことがあるので大体は把握している。が、初見の振りをして物珍しそうに周囲を観察しておこう。
「授業でも話したが、境界壁と深淵の間は約一キロある。ここには深淵から流れ漏れる気体が充満しているので、オーラがない者が立ち入ると一瞬で気を失う」
最後の一言を聞いて、浮ついていた訓練生たちが大人しくなった。
「深淵から常に放出されている気体に長時間触れると、順応力があればオーラに目覚め、なければ体調を崩し、最悪死に至る」
これは授業で何度も触れられているので、この説明を聞いても今更誰も驚きはしない。
「でだ、人間はオーラに目覚めるが、動植物はどうなるのかという疑問の答えがここってわけだ」
歪にねじれた幹を持つ木があるかと思えば、異様なまでに枝が生えたウニのような見た目の木まである。
草はどれもこれも見たことのない形状で、ここは本当に地球なのかと疑ってしまいたくなる景色だ。
ただ、草木の数は少ない。ぽつりぽつりと点在している程度。遠くの方には森のように木々が茂っている場所もあるようだが。
「植物も適応できなければ枯れるだけだからな」
そんな俺の心の声に答えるようなタイミングで豪先生が説明を加えた。
「豪先生。結局、わいらはここで何したらええん?」
勢いよく手を上げて質問する望を豪先生は一瞥する。
「三から五人一組になって周囲を探検してこい。深淵の縁には近づくなよ」
おっと、予想外の一言が出たな。
「探検って、ここって危なくないんでっか?」
「そうですよ。あの変な形の植物とか不気味じゃないですか」
「なんか、化け物がいてもおかしくはねえ雰囲気だが」
「危ないことはしたくないんだけど」
望の質問は皆が思っていたことらしく、すみれや他の訓練生たちが矢継ぎ早に質問や不満を口にしている。
「危険はあるぞ、当然。ここには植物だけじゃなく動物も放されたからな。でまあ、生き残った個体はどうなったかというと……丁度いい。あれを見ろ」
豪先生が気怠げに指す方向に、訓練生の視線が集中する。
その先にいたのは、全身に赤いオーラをまとった四足歩行の犬のような外見をしている何か。
体長が豪先生ぐらいあって目が真っ赤で、牙と爪が異様なまでに長く伸び、全身の筋肉がはち切れんばかりに膨張していることを除けば犬に見える。
「な、なんなのあれ……」
「ば、化け物っ……」
数人の訓練生たちは怯えて腰が引けている。
あんな異形の姿を目の当たりにしたら、慣れていない者はこういう反応になって当然か。
すみれと望は俺の背後にさっと隠れて、そっと両脇から覗き見をしている。すみれの怯えた顔も可愛いし、何があっても守るが……望は余計だ。
「殺処分予定だった犬だ。ありゃ、元はチワワか」
「「「「「チワワ⁉」」」」」
驚きの声がハモった。
外見は闘犬といった感じなので、あのチワワとは似ても似つかない。
「せ、先生! 外見があんなに変わるっちゅうことは、わいらもいずれは……あんな、化け物みたいな姿になるんでっか⁉」
望の叫ぶような問いかけを聞いて、訓練生たちがハッとした表情になる。
「安心しろ。動植物は一週間前後で姿に変化が生じた。だが、人間は一年以上も浴びているがまったく変化はない。それに成分の研究はある程度進んでいて、人間の外見に作用することはない、と研究結果が出ている。というかだな、人間にも危険なら、わしがこの場にいるわけがないだろ」
自信ありげに断言する豪先生の言葉を聞いて、大半の訓練生は納得したようだ。一部、疑いの眼差しを向けているが。
豪先生の説明は半分本当で半分嘘だ。
人間の外見に変化が生じないというのは本当だ。実際、四十年浴び続けた俺が証人。
異世界人のように角が生えることも、歯が牙になるような症状もなかった。
嘘の部分は研究結果、という点。確かに研究は今も進んでいるが、人間に害のない成分だと判明したのは静先生の【鑑定】結果。
【鑑定】の異能は覚醒者の能力を見抜くだけではなく、有りと有らゆるものを鑑定する力がある。
静先生のおかげで日本は深淵についての研究に関して、他国より一歩も二歩もリードしている。
「豪先生、悠長に説明している場合ではないように見えるのですが」
七節が肩をすくめて、異形チワワを指差す。
異形チワワは口から涎を垂れ流し、脚を曲げて姿勢を低くして地面を掘るような動作をしながら、今にも飛びかかろうとしている。
「おっと、すまん。じゃあ、わしが見本を見せてやろう」
無造作に大股で異形チワワに歩み寄っていく、豪先生。
訓練生たちが固唾を呑んで見守っている中、異形チワワは牙をむき出しにして跳びかかった。
迫り来る巨体を前に豪先生は避けるではなく、一歩踏み込んで相手の腹の下に潜り込むと、拳を突き上げた。
「ギャワンッ‼」
外見に反して少し高めの鳴き声を上げて、異形チワワが吹き飛ばされる。
地面で三度バウンドしてから、よろよろと立ち上がると慌てて逃げていく。
「襲われたら、こんな感じで撃退してくれ」
「「「「「できるかーっ‼」」」」」
クラスの団結を感じる、見事なツッコミだ。
叫ぶことで吹っ切れたのか、空気が一変した。
今の一件で危険性を把握した訓練生たちの表情が変わり、警戒心をむき出しにした真剣な眼差しで辺りを注意している。
愛犬家でもある豪先生の目論見が上手くいった、と言うべきか。
ちなみにあのチワワ、見た目はあんな感じだが頭がかなり良い。これも異世界から流れ出る空気の影響なのかもしれない。人の言葉をほとんど理解でき、命令に従順な名犬。
いつもは見張りを担当していて、不審者が近づかないか、ここの一帯でもめ事がないか、境界壁内部のリーダー的存在だったりする。
そんな性格なので、ここの職員に懐いている。特に豪先生のことが大好きらしく、先生のいうことならなんでも従う。名前は……ポチ助だ。
あの殴られた瞬間、寸止めされた拳は届いておらず、ポチ助は自ら後方へと跳んだ。派手にやられた振りをしながら。
つまり、あれはやらせ。力に酔って慢心している節のある訓練生たちに、緊張感を持たせるための演出。
「グループで動くことの重要性が理解できたな? 単独だと、あっという間に食われちまうかもしんねえぞ。まあ、冗談だがな。あっはっはっはっ」
そう言って意地の悪い笑みを浮かべ、豪快に笑う豪先生。
必要以上に効果が出たようで、訓練生たちがあわててメンバーを探し始めている。
さて、俺はどうするか。まずは――
「守人! わいと組んでや、マブダチやん! こういう場面で取り残されて、一人寂しくボッチになるのは悲しいよな」
「わ、私も仲間に入れてぇぇぇ」
駆け寄ってくる二人は望とすみれ。
「わいの命は託した!」
「守人君なら絶対に守ってくれるよね」
二人同時に上目遣いでこびを売ってきた。
考える間もなく、一瞬で三人組ができあがってしまう。
すみれは元から誘うつもりだったが、もう一人追加するなら落ち着きもなく喧しいが、最近何かと絡んでくる望が妥当か。気を遣わないで済むのが楽だ。
一足先にグループが完成したので、暢気に周囲の様子を眺めていると、七節に訓練生が集まっている。
期待されている有望株だ。誰もが彼を仲間に引き入れようとして当然か。
他には……あそこも三人でまとまっているな。
「ほう、元トップ3か」
その面子を見て納得する。俺が死んで戻る前の世界では訓練生の中で、将来を有望視されていた優等生三名。成績二位と三位は入れ替わりが激しかったが、一位は不動だった。
「あっちも三人組できたみたいだね。男性一人に女性二人なんだ」
「おうおう、ハーレム構成でおますか。さすが、人気者は違いはりますなぁ」
僻みをふんだんに盛り込んだ望の言い回し。今のは大阪弁じゃなくて京都弁だろ。
「えっと、確か……野々街 財流さんと、大田句 美得さんと、金切 雪菜さんだよね」
「そうだな」
「野々街かー。大人しくて見た目もパッとせえへんのに、なんかモテるのが納得いかんわ」
野々街 財流――年齢は二十五だったか。中肉中背、前髪が長く目にかかっていて、何故か常にスーツ姿。今はさすがに全員運動着だが。見た目はパッとせず外見だけなら目立つ要素はない。
元はしがないサラリーマンだったが、オーラに目覚めてから人生が一変した。オーラの質や量が優秀で、更に異能も所持。
前回の世界では不動の一位で、その地位が揺らぐことはなかった。
周囲からもてはやされた弊害で承認欲求が満たされた結果、当初は大人しくておどおどしていた性格が徐々に変化してしまう。最終的には傲慢で鼻持ちならないヤツになっていたな。
現状はまだ性格がこじれる前なので、挙動不審で猫背気味なだけ。……若干、怪しく見えるが。
前の世界では才能を褒められて自信が付く度に、背筋の角度が上がっていき、最終的には胸を張って肩で風を切って歩くようになっていた。
なので、背筋の曲がり具合で調子に乗っている度合いが測れる。今は猫背気味なので、態度と性格が悪化する前だ。
「美得ちゃんとは結構仲良しなんだよ、同い年だし。アニメの推しが一緒でオタ活の話で盛り上がったんだ」
すみれと仲の良い、大田句 美得。
身長がすみれよりも少し低く小柄なのだが肉付きが良い。胸部の膨らみは彼女が圧倒的に勝っている。俺は、すみれのように控えめな方が好みだが。
髪はぼさぼさで長く、くせっ毛。眼鏡をかけていて、化粧はせずにすっぴん。ぶかぶかでヨレヨレのTシャツにジーパン姿以外、見たことがない。
なので、運動着姿がレアだったりする。いつもと違い体にフィットするサイズなので、体型が見て取れる。胸が大きく腰もくびれている。
オシャレには無頓着で、アニメとプラモデル好きらしい。
「んで、もう一人が金切かー。わい、苦手やねん、あの子」
誰とでも仲良くなれる、人懐っこさが売りの望が忌避感を抱く対象、金切 雪菜。
年齢は十五歳、最年少だ。
この訓練所の工事を一手に引き受けた、KANAKIRI建設会長の孫で、我が儘を言って立ち入り禁止の深淵付近を何度も見学したことで覚醒者となった。
年齢の割に背が高く、隣に立つ大田句を軽く超えている。
母親がアメリカ人で有名なモデルらしい。その遺伝で金髪碧眼、スタイルも抜群。
性格は高飛車で直ぐにキレる。SNSでは金持ち自慢ばかりをして、ちょくちょく炎上。権力を振りかざし、常に威張っているイメージなのだが、野々街には従順なのが謎でしかない。
服装は常にブランドで固めていて、ファッション雑誌に載ってそうな服を着ている。毎日、違う服を着ていて同じ格好を見たことがない。
服装に関しては大田句と真逆と言っていいだろう。
今も俺たちと同じ運動着姿……ではなく、見るからに材質もデザインも違う。間違いなく特注品だ。
そんな一癖も二癖もある三人組。全員が異能持ちで能力も優秀。
各々が俺たちよりも、かなり濃いキャラをしている。
「あの濃さに辛うじて抵抗できそうなのが、望だけか」
「なんの話や?」
「気にしないでくれ」
心の声が漏れてしまった。
十一名中、六人が埋まった。残り五名だが、そうこうしている内にまた三名一組が。
この三人、前回には存在していなかった新規の三人がまとまったのか。
となると、残りは……七節と吉田。
優等生と半グレリーダーが残るとは。吉田の方は予想通りだが、まさか七節が売れ残るなんて。
他の人からの誘いを丁寧に断っていたのは見ていたが、よりにもよって吉田を選んだのか。
「頑張ろうね、吉田君」
「足を引っ張るなよ」
にこやかに笑う七節と目もくれない吉田。お世辞にも仲良しには見えないが、互いに能力は高いからなんとかなるだろう。
「一組だけ二名になってしまったが、七節がいるなら大丈夫だろう。それじゃ、さっさと探索に行ってこい。あんまり遠くまでは行くなよ」




