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墓守は異世界人の墓穴を掘る  作者: 昼熊


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一話


 穴を掘っている。

 

 俺以外の生存者が存在しない廃墟で、化け物に指示をされて穴を掘っている。

 かれこれ、もう四十年こうして穴を掘り続けている。

 齢六十を超えたというのに細身ではあるが筋肉の付いた引き締まった体なのは、毎日飽きもせずに穴を掘らされ続けてきたおかげ……いや、おかげなんて感謝の言葉は死んでも使いたくない。

 辺りを見回して目に入るのは廃墟と荒れ果てた大地。過去の面影は何処にもなく、生命の息吹を感じることもない。


『最後の穴は掘れたか。おい、いつものようにゴミを捨てろ』


 いつ聞いても耳障りで不快な言葉だ。異世界人の使う言葉は日本語でもなく地球上の言語とも異なっていたが、四十年も共に過ごせば嫌でも覚える。

 穴の縁に手を掛け、六十とは思えない身軽な動作で穴から出る。

 ソレがゴミと呼んだのは同胞――地球人の死体だ。共にあの日、異世界人に捕まり穴掘り用の奴隷として片時も離れず側にいた、親愛なる人。

 出会った頃は艶のあった黒髪はボサボサで白く変色し、顔中には深いしわが刻まれている。透き通るように白かった肌も、日焼けと外気に晒され続けた結果、黒ずみかさついていた。

 そんな彼女の頬に手を当て優しく撫でる。


「すみれ、お疲れ様」


 俺がこんな逆境で生き延びてこられたのは彼女がいたから。だけど、その彼女は息を引き取ってしまった。

 常に寄り添い、励まし合い、愛を育んできた、彼女。

 誰よりも、自分よりも大切な人を失ったことで、心に大きな大きな――穴が空いてしまった。

 もう、生きる意味はない。


『ゴミ同士で、何やってんだ! さっさとそのゴミを捨てろ!』


 頭に血が上るのを感じた。だが、ソレを睨みつけることも刃向かうこともしない。

 小さく頷くと、彼女の脇に腕を入れて後ろから抱えて、そっと穴の底へと横たわらせた。

 土を被せて小さく息を吐く。


 胸の奥がズキリと痛む。まだ、そんな感情が残っていたのか……。


 ソレ――異世界人とやらにとって穴は神聖なゴミ箱のようなものらしく、不浄な物は穴に落とすことで浄化される、という宗教じみた教えがある。

 地球の墓穴と似た考えなのかと思っていたが、ヤツらは自分たちの死体は燃やして灰をばら撒くのが一般的で、地球人の死体は不浄だからゴミのように穴に放り込む、という発想らしい。


『ここら一帯の人間はこれで狩り尽くしたな。もう、この世界に人間はお前だけかもよ』


 そこで初めて顔を上げて、あざ笑う異世界人の横顔をぼーっと眺める。

 異世界人――外見は人と似てはいるが頭から生えた歪な角が、自ら異形の化け物だと語っている。角と細長い瞳に肉食獣のような鋭い歯。それ以外が人間と酷似しているのが心底……忌々しい。

 着ている服は異世界の軍服らしく、地球の軍服と学ランを掛け合わせたようなデザインをしている。


『なんだ、その目は! 地球人ごときが生意気なんだよ!』


 異世界人が右腕を振り上げると、その拳を俺に叩き付けた。

 肩を殴られた俺は数メートル吹っ飛ばされ、地面をバウンドしながら勢いが消えるまで転がり続ける。

 トラックに激突されたかのような衝撃。普通の人間なら即死間違いなしの一撃を受けた俺は、気怠そうに立ち上がる。

 全身を包む、薄く半透明の赤い膜のおかげで今日も命拾いをした。


『はっ、相変わらず無駄に頑丈な体をしてやがる。クソ生意気に俺たちと同じ力に目覚めやがって。だがな、調子に乗るなよ。てめえの力は俺たちの足下にも及ばない、所詮真似ごとの力だってことをな!』

 

 そう言って腕を曲げると、隆起した力こぶを見せつけてくる。


『おう、悔しいのか? なら、お前の愛用している、そのボロっちいシャベルで殴ってみろよ。ほら、遠慮しなくて良いんだぜ?』


 頬を突き出し、ここを殴れと指差す。

 ここで殴っても殴らなくてもお仕置きと称した、いつもの暴行が始まる未来は変わらない。なら、少しでも気が紛れる方を選ぶ。

 振り上げたシャベルを横っ面に叩き付けるが、容易く弾かれてしまう。俺の一撃は相手の頬に届くことすらなく、全身を覆っている薄い赤色の膜に防がれてしまった。


 地球の武器を無効化した、完全防御の異世界人がまとう、通称――オーラ。


 こいつも赤色か。オーラの色は当人の資質によって異なる。俺は赤、恋人のすみれは青。

 色ごとに得られる能力が変わり、赤は身体能力の強化、青は回復、黄は素早さ、土は守り、といった具合に。


『どうだ、満足したか。貴様ら人間ごときがオーラを破ることなど不可能なんだよ』


 そういって邪悪な笑みを浮かべると、再び振り上げた拳を俺に叩き付けた。

 殴られた頬を庇うことなく、相手をじっと見つめる。

 オーラとオーラが激突した場合、色の相性やオーラの総量でダメージが決まる。今の状態だと俺の方が上回っているようで、痛みは全くない。


『クソ生意気な目で見るんじゃねえ! 少しぐらいオーラが使えるからといって粋がるな!』


 異世界人が大地を踏みしめ、三度、右腕を大きく振り上げて力み始める。

 すると右腕が徐々に膨張していき、通常時の二倍に膨れ上がった。


『これが俺の異能、【豪腕】だっ』


 知ってるよ。何度も見せつけられてきたからな。

 異世界人が使える特別な異界の力――異能。様々な能力が存在するが、その能力は本人の適性と心のありようによって発動する。

 ただし、地球人も稀にオーラや異能に目覚める存在がいて覚醒者と呼ばれていたな。

 その一人が俺なのだが、オーラの発動は早かったのに異能には一向に目覚めず、覚醒者訓練所では落ちこぼれ扱いをされていた。

 能力の高い者に見下されて扱いも酷く、苛烈ないじめもあった。当時は本当に辛かったが、今の境遇に比べれば……児戯に等しい。


 なんて、昔を懐かしんでいる間に異世界人の右腕の巨大化が終わったようだ。

 身体が強化される赤色のオーラと【豪腕】の組み合わせの威力は桁外れ。さすがにあれをもろに喰らうと命の危険に晒されてしまう。

 無駄に足掻かず死ぬのもありか。もう生きている理由なんて……。


『死ね、ゴミが!』


 巨大な拳が顔面に触れる直前に脳裏に浮かんだのは、すみれの笑顔と最後の言葉だった。


 ――生きて。


 俺は思わず「開け」と呟いてしまう。

 異世界人は急に体が揺らぐと、拳が鼻先をかすめて空を切る。


『くそっ、地面が緩くて足が沈みやがった』


 ヤツは気付いてない。足下の地面が少しだけ凹んでいることを。

 ヤツは知らない。咄嗟に俺が発動した異能の力、【穴】で地面が陥没したことを。

 異世界人には隠し通しているが、俺にも異能が存在する。【穴】という穴を掘る能力が。

 攻撃を外した異世界人を冷めた目で見つめ、思わずクスッと鼻で笑う。

 そんな俺を見て激怒した異世界人の左拳が腹に突き刺さった。





 お仕置きという名の暴行中に意識を手放した俺が目を覚ますと、周囲には無数の異世界人と異界の化け物がいた。

 辺りを見回すと目の前には巨大な穴。俺はその穴の縁にいる。


「ここは……始まりの大穴――深淵か」


 四十年以上前。突如世界の各地に現れた巨大な穴は、ドーム球場がすっぽり入る大きさを有していた。

日本では北海道の中心部に現れた穴。それが――これだ。

 ここから無数の異世界の化け物や異世界人が飛び出してきて、世界が滅んだ。忌まわしい穴。

 そっと覗き込んでみるが……深くて何も見えない。吸い込まれそうな闇が覗いているだけだ。

 当時のニュースでは深さが2㎞以上あるとか言っていた気がする。遠い過去の記憶だからうろ覚えだが。

 当初は大穴と呼称されていたが、いつの間にか深淵という呼び名が定着していた。

 こんな場所に今更連れてきて、どうしようというのだろうか。


『懐かしいだろ。地球人が滅ぶ切っ掛けになった、我らの世界と繋ぐ穴だ』


 偉そうに語っているが、そんなのは言われるまでもなく知っている。


『まだ、わかってないようだな。お前をここに連れてきた意味が。もう、世界に人間は存在しないんだよ。お前を除いて』


 俺が最後の――地球人。それが本当か嘘か知る術はないが、事実だとしても不思議ではない。それぐらい、地球人と異世界人の戦力差は圧倒的。

 あらゆる攻撃を防ぐオーラに加え、異世界人が使える異能を前に地球人は無力だった。

 こいつらは異世界を繋ぐ穴を作り出し、他の世界を侵略しては資源を奪い尽くし、また別の異世界へと移動する。バッタやイナゴのような存在。


『つまり、お前はこの世界に残った最後のゴミ。我々種族は他の世界を滅ぼした際に、最後のゴミはこの聖なる穴へ放り込み、世界の浄化を完了する』


 つまり、俺を大穴に落として世界征服を完遂する、と。

 背中を蹴られ、俺はよろよろと大穴の縁まで歩いて行く。


『人類最後の人間として言い残すことはあるか?』


 俺は振り返り集まった異世界人たちを見回すと、大きく息を吐いた後に……鼻で笑って見せた。


「ふっ、最後に、か」


 今までの苦境を振り返り、有りと有らゆる憎悪と罵詈雑言が頭を埋め尽くすが、口から出たのは別のものだった。


「あはっ、あははははははははっ!」


 顔を右手で覆い、上半身を仰け反らせ、天に向かって哄笑する。


『はっ、とうとう狂いやがったぞ』

『むしろ、今までよく精神が持った方だろ』


 異世界人共が引きつった笑みを浮かべ、冷めた目で俺を見物している。

 ああ、その目だ。他者を見下し、蹂躙し、あざ笑う顔を……忘れるな、決して忘れるな! 

ヤツらがやった悪行の数々を。その怨みを滾る復讐心を!

 志半ばで散っていた人々の顔を思い出せ!


『次はお前らが墓穴に落ちる番だ!』


 俺はヤツらに指を突きつけ憎悪を込めて睨む。


『待っていろ! 必ずお前らの墓穴を掘り……闇へと墜とす』


 宣言後にニヤリと笑い、自ら縁を蹴って大穴へと頭から落下していく。

 一瞬だけ感じた浮遊感だったが、重力に応じて俺の体が真っ逆さまに落ちていく。

 これで空虚な日々から開放される。ようやく、自由になれる。

 俺は穴の底をじっと見つめると、そこに佇む闇も俺をじっと見つめているような錯覚を感じた。

 大穴の底に近づくにつれ全身を覆うオーラが濃くなっていき、力が増すのを実感する。


「やはり、そうか」


 異能の力の発生源は異界へと繋がる穴で間違いなかった。地球人は大穴――深淵が現れてからオーラや異能に目覚めた。この力の根源はここにある、というのが世間の常識にもなっていた。

 底が近づくにつれ力が増していくのを肌で感じている。

 このまま最深部に到達すれば死が待つだけだというのに、俺は思わず微笑んでしまう。


 終わりが近い。


 視線の先に紫色の得体の知れない何かを噴き出し続けている、異界と繋がる穴が見えた。


「これが異世界と地球を繋いだ……根源の穴、か」


 ずっと、考えていた。だけど、ずっと割り切れずに、踏み込めずにいた。

 でも、俺にはもう生きる理由も希望もない。だから、どれだけ確率が低かろうが、机上の空論であろうが、一か八かの賭けに出ない理由はないっ!

 大穴の底に充満している濃度の濃い、異世界の空気を巻き込み吸収して発動させる!


「今なら使える筈だ!」


 大きく息を吸い込み、穴の底に激突する瞬間に「開け!【ワームホール】」と叫ぶ。

 全身全霊を込めて――自分に残された生命力さえ使い切る覚悟で、一度も成功したことのない【穴】に秘められた力の一つを発動した。

 落下する大穴の底に穴が空き、穴の中心は時空が歪んで見える。


「頼む! 上手くいってくれ!」


 もう祈るしかない俺は、自分で開けた時空の穴へと…………落ちた。





 熱湯に満たされた容器に放り込まれ、激しくシェイクされたかのような痛みと不快感と気持ち悪さ。

 胃からせり上がってきた逆流物が喉元まで届くが、ギリギリでなんとか堪える。視界が真っ暗なのは目を閉じているから、か。

 天国か地獄か、はたまた……それ以外か。

 揺れが収まったので意を決してゆっくりと目蓋を開くと、目も眩むような明るい日の光が注いでいる。


 そこは――町だった。


 ずっと見てきた廃墟となった町ではなく、雑居ビルや枯れていない草木が存在している。

俺以外は死滅したはずの人々が行き交い、子供たちがはしゃいで駆け回り、人々が集まり談笑している――失われたはずの、ただの平和な日常。

 熱いものが胸にこみ上げ、涙が頬を伝い流れ落ちる。


「ああっ……戻ってきた! 戻ってきたんだ!」


 時間跳躍が成功したことへの歓喜に体が震える。

 道ばたで両手を振り上げて全身で喜びを表現している俺を、道行く人々が怪訝な目で見ているが、そんなことは気にもならない。

 無謀にも思える賭けに、俺は、俺は勝った!

 ずっと墓穴を掘り続け目覚めた俺の異能は皮肉なことに、ただ穴を開けるだけの力。

 初めは地面に穴を開ける、それしかできなかったが、数十年間やつらの目を盗みながら使い込むことで能力は進化し、新たな力に目覚めた。


 その派生した能力の一つに【ワームホール】がある。これは二つの穴を違う場所に発生させ、穴を通ることで行き来を可能にする、ワープのような使い方もできる――らしい。

 らしいという曖昧な表現なのは、一度も成功したことがなかったから。

 とある方法を使うと目の前に透明な板が浮かび、そこから能力の確認や発動方法を確認できるのだが【ワームホール】の説明には妙なことが書かれていた。


(時空と時空を繋ぐ穴。設置した穴をくぐることで瞬時に行き来できる。それは空間だけではなく時間すらも飛び越えることが可能。ただし、時空を超える際には膨大な異能の力が必要となる)と


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新作キターっ! 地球最後の男が始める復讐譚。 いかにして侵略者の墓穴を掘るのか、期待が高まります!
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