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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

元禄影法師――奥の隠密道

作者: 五稜 司
掲載日:2026/02/06

歴史の教科書に記された松尾芭蕉は、痩身の老人が杖をつき、孤高の境地を求める姿である。しかし、彼が歩いた「奥の細道」の道のりは、あまりに険しく、あまりに速い。一説には伊賀忍者の末裔とも囁かれる彼が、もしも幕府の命を帯びた隠密であったなら――。

 本書は、そんな大胆な仮説から生まれた。

 元禄という華やかな時代の裏側に潜む「闇」と「美」を描き出そうと試みた。

 芭蕉が詠んだ一句一句には、風景への感動だけでなく、命を懸けた隠密としての「暗号」と、戦なき世を願う「魂の叫び」が込められている。読者の皆様には、美味しい地酒や美食の香りを楽しみつつ、芭蕉と共にこの危険な旅路を駆け抜けていただければ幸いである。

第一章:深川の雪、黒の露

元禄二年の春が、江戸の町を淡い陽光で包み込もうとしていた。

しかし、江戸城の深部、通称「黒の間」と呼ばれる小座敷には、季節を拒絶したような冷気がよどんでいる。

「松尾よ。……いや、今は宗房むねふさと呼ぶべきか」

低く、湿り気を帯びた声が響いた。声のぬしは、五代将軍綱吉の側近、柳沢出羽守吉保である。

平伏している松尾芭蕉の視界には、吉保の着る最高級の綸子りんずの裾と、その傍らに無造作に置かれた古びた巾着袋だけが見えた。

芭蕉は息を呑んだ。その巾着は、前夜まで共に酒を酌み交わしていた弟子、八十村路通の持ち物であったからだ。

「路通殿は……」

「昨夜、辻斬りの嫌疑で町奉行所に引かれた。生死は、これからのぬしの働き次第よ」

「奥州へ行け。伊達の連中が、北の果てで何を掘り、何を隠しているか。俳諧師の目として見て参れ。お主が万事滞りなく戻れば、伊賀の松尾一族は地侍として安堵あんどしよう。さらに、その後の旅の自由も、公儀が保証するであろう。」

吉保はそこで言葉を切り、茶を啜った。

「だが、もし……しくじれば……」

吉保はそれ以上、何も言わなかった。

ただ、冷徹な細い目が芭蕉を射抜いた。その無言の沈黙こそが、江戸城の石垣よりも重く、芭蕉の背中にのしかかった。失敗は、路通の死、そして故郷の一族の根絶やしを意味する。

「……承知、いたしました」

芭蕉の声は、もはや震えてはいなかった。かつて藤堂家に仕えた若き日の「武士の血」が、老いた血管の底で微かに、しかし熱く疼き始めていた。

「道中、助けが必要な局面もあろう。我らの『印』を持つ者が、各地でお主を待っている。」

吉保は満足げに口角を上げた。

数日後。

深川の採荼庵さいとあん。旅立ちの朝、芭蕉の前に一人の男が立っていた。

本来、そこにいるはずの路通ではない。

「河合曽良にございます。……師匠、お荷物を」

無表情で、隙のない身のこなし。芭蕉はその男の瞳の奥に、自分と同じ「闇の匂い」を感じ取った。幕府が送り込んだ監視者であり、同行者。

芭蕉は、吉保から授かった「特別な編み込みのある檜笠」を深く被った。笠の縁には、伊賀の忍びしか解さぬ隠し文様が刻まれている。

「さて、曽良殿。草の戸も住み替わる代ぞ……か」

芭蕉はひょうきんに笑ってみせたが、その手はしっかりと、こちらも吉保から授かった隠しバネの仕込まれた「特製の矢立」を握りしめていた。

五月十六日(陽暦)。

松尾芭蕉、四十六歳。

芸術の完成を求めた漂泊の旅であると同時に、徳川の天下を左右する命懸けの諜報行の始まりであった。


第二章:千住の風、紅の罠


 千住の町は、北へ向かう旅人と江戸へ入る荷役が交錯し、独特の泥臭い活気に溢れていた。芭蕉は、隅田川を舟で渡り終えると、重い脚をひきずるようにして土手に立った。

「……曽良殿、この荷物、もう少しなんとかならぬか。拙者の足は、句を詠むためのもので、隠密の行軍をするようにはできておらんのだ」

 芭蕉は、ひょうきんな顔で膝を叩いて見せた。先ほどまでの城内での緊張感はどこへやら、今の彼は、どこにでもいる「少し世渡りの下手そうな隠居の俳諧師」そのものである。

 しかし、傍らを行く曽良は、一瞥もくれない。

「師匠、歩みの乱れは心の乱れにございます。後ろから来る商人の群れに、伊達の放った耳(密偵)が混じっておらぬとも限りませぬ」

 曽良の声には、春風を凍らせるような冷たさがあった。

 一行は、千住の関所へと差し掛かった。本来、幕府の威信を示すこの場所は、旅人にとって最大の難所である。手形を改める役人の目は鋭く、少しでも不審な点があれば数刻は足止めを食らう。しかし、芭蕉は懐から、煤けた竹筒のような「矢立」を取り出した。

(さて……公儀の法力、試させてもらおうか)

 芭蕉が矢立の根元にある、目立たぬ節の突起を親指で小さく弾いた。カチリ、という微かな金属音。内蔵された精密なバネが作動し、矢立の底が二重にスライドした。そこには、葵の紋が刻まれた「往来御免」の極秘印が、静かにその威光を放っている。

 役人は一瞬、その紋を凝視した。次の瞬間、その顔から血の気が失せ、まるで風に煽られた葦のように深々と頭を下げた。

「……お通りくだされ。速やかに」

 並んでいた旅人たちが、何事かとどよめく中、芭蕉は何食わぬ顔で関所を抜けた。史実において、この初老の俳人が異常な速さで奥州路を駆け抜けた背景には、この「バネ仕掛けの権威」があったのである。

 街道沿いの一軒の茶屋「一福」に腰を下ろすと、一人の女が近づいてきた。

 年の頃は二十代後半か。江戸の洗練とは違う、どこか地方の土の香りと、熟れた果実のような色香を漂わせた女である。名は「お蓮」といった。

 お蓮は、芭蕉が傍らに置いた「檜笠」に目を止めた。その縁には、一見するとただの装飾に見えるが、伊賀の忍びしか解さぬ不規則な「結び目」の羅列が刻まれている。

「お疲れでございましょう」

 お蓮が差し出したのは、熱い渋茶と、山椒を効かせた味噌を塗った「山椒餅」であった。

 彼女の指が、笠の編み込みの一部を、愛撫するように確認した。

「……今夜、粕壁の先の古寺で『夜鷹』が鳴きます。旦那様、忘れ物なさいませんよう」

 吐息のような声。それは、公儀から遣わされた最初の協力者による、接触の合図であった。

 芭蕉は、山椒のピリリとした刺激を舌に感じながら、ひょうきんな笑みの裏で、かつての武士の血を静かに滾らせていた。


第三章:粕壁の夕餉と、闇の鴉


 千住の関所を「矢立」の威力で音もなくすり抜けた芭蕉と曾良は、日光街道をひた走っていた。

 この時代の街道というのは、単なる道ではない。土地の湿り気、肥桶の臭い、そして時折、煮炊きの煙と共に流れてくる得体の知れぬ食欲をそそる香りが混じり合う、生命の回廊である。

「師匠、少し歩を早めていただかねば、日が落ちます」

「……曾良殿、そう急かすな。道端の土筆つくしが、これほどまでに天を指している。これを句に留めぬのは、俳諧師として不実というものよ」

 芭蕉はひょうきんな顔で立ち止まるが、その視線は土筆ではなく、街道の木々に紛れた「影」の動きを追っている。隠密の習性というものは、老いてなお、骨の髄にこびりついて離れない。

 その日の宿は、粕壁かすかべ。古くから交通の要衝として栄えたこの宿場町は、豊かな水田に囲まれ、米の粉を使った食文化が色濃い。

 二人が腰を下ろしたのは、宿の片隅にある、煮炊きの湯気がもうもうと立ち込める飯屋であった。

「……ほう、これは見事な」

 運ばれてきたのは、この地の名物、搗きたての餅を薄く伸ばして焼いた「煎餅」の原型とも言える焼き餅と、川魚の甘露煮、そしてたっぷりの葱を散らした「泥鰌どじょうの柳川」である。

 芭蕉は、まだ泥の匂いが微かに残る泥鰌を箸で掬い上げ、ハフハフと息を吹きかけながら口に運んだ。

「曾良殿、この泥鰌を見なさい。江戸の洗練された味とは違う。利根川の支流で泥を食んで育った、力強い生命の味がする。……これに、少し強めの辛口の酒を合わせれば、道中の疲れも、公儀の重圧も、一時は霧の彼方に消えるというものだ」

 芭蕉は、満足げに地酒を煽った。だが、その酒を飲み干した杯の底――そこに、お蓮から教えられた「古寺」の地図が、酒の雫によって浮かび上がる仕掛けになっていた。

 夜。

粕壁の宿外れ。月は雲に隠れ、街道を縁取る松並木が、まるで巨大な百足むかでのように暗がりにうごめいている。

 芭蕉は、宿を抜け出す際にわざと寝惚けたふりをして、監視役の曽良が深く眠りについたのを見計らった。……はずであった。

 荒れ果てた「無縁寺」の山門をくぐると、堂の縁側に、一人の女がうずくまっている。昼間の茶屋で見せた快活さは消え、お蓮は闇に溶け込むような濃紺の着物に身を包んでいた。

「……遅かったではありませぬか、旦那様」

 お蓮が顔を上げると、その瞳には夜露のような光が宿っている。彼女は懐から、一通の小さな、そして湿り気を帯びたふみを取り出した。

「伊達の領内、瑞巌寺の周辺で、公儀の隠密が二人、消息を絶ちました。一人は、衣川の関を超えようとして……」

 お蓮が言葉を切った瞬間、芭蕉の背筋に氷のような殺気が走った。

 かつて伊賀の山中で、数多の修羅場を潜り抜けてきた「武士の血」が、老いた体に警鐘を鳴らす。

「お蓮殿、伏せなされ!」

 芭蕉の声と同時に、堂の屋根から数条のつぶてが放たれた。

 芭蕉は、咄嗟に腰の「矢立」を抜き放った。


 ――余談ながら、この時芭蕉が手にした矢立は、単なる文房具ではない。江戸城内の御用鉄砲鍛冶と、お抱えの時計師が数ヶ月の歳月を費やして完成させた、公儀隠密の秘形ひぎょうである。外見は煤けた古銅の矢立に過ぎないが、その筒内部には、ゼンマイ仕掛けの強力な板バネが仕込まれており、筆を逆手に押し込むことで、無音のまま鋼針を撃ち出す構造になっている。


 闇の中で、肉を穿つ鈍い音がし、一人の影が庭の植え込みに落ちた。

 芭蕉は、指先に残るバネの冷たい振動を味わいながら、小さく息を吐いた。

 しかし、同時に背後の闇から、冷徹な声が響く。

「……師匠、お遊びが過ぎます。協力者との密談に、これほどの騒ぎを起こすとは」

 いつの間にか、曽良がそこに立っていた。

 その手には、月光を浴びて青白く光る短い抜き身の刀が握られている。彼は落ちた刺客の首筋を一突きして絶命させると、返り血を拭うこともせず、芭蕉とお蓮を冷たく見据えた。

「お蓮。公儀の命とはいえ、この男に深入りしすぎるな。……師匠、文を渡しなさい。記録は私が預かる」

 芭蕉は、今しがた刺客を仕留めたはずの矢立で、のんびりと頭を掻いて見せた。

「曽良殿、貴殿は相変わらず、風流の『ふ』の字も解さぬ男よ。せっかく、この古寺の静寂に梟の鳴き声が混じり、一句浮かびそうだったというのに」

 翌朝。

 日光へ向かう道中、芭蕉は何事もなかったかのように、路傍の地蔵に深々と頭を下げていた。

「あらたふと 青葉若葉の 日の光」

 その句を口ずさむ芭蕉の背中は、もはや一介の隠居俳人のものにしか見えなかったが、その檜笠の下で、彼は昨夜の密書に書かれていた「瑞巌寺の暗号」を反芻していた。


第四章:日光の霧、湯気の向こうの刺青


 日光の山々は、春の盛りだというのに、湿った霧が軍勢のように木々の間を埋め尽くしていた。

 急峻な坂道を登りながら、芭蕉は時折、立ち止まっては大きな溜息をつく。

「……曽良殿。これほどの坂は、還暦間近の骨身には毒じゃ。いっそ、あの杉の根元にでも埋めていってくれんか」

 情けない声を上げながら、芭蕉は手に持った「矢立」を杖代わりに地面に突いた。

 だが、この時、芭蕉の指先は矢立の側面に刻まれた微細な「目盛り」を正確に読み取っていた。地面に突く角度と、自身の歩幅、そして矢立の重心の揺れ。それらを計算すれば、日光東照宮へと至る街道の「要害としての傾斜」が弾き出される。

「師匠、泣き言は江戸に置いてきたはず。……見えぬ敵の視線が、霧の向こうにございますぞ」

 曽良の言葉は相変わらず冷たかったが、その視線は常に、周囲の樹上の「不自然な揺れ」を捉えていた。

 その夜。

 二人は日光の山中にある、古い湯治宿「霧隠きりがくれ」に身を寄せた。

 土地の歴史が染み付いた古宿である。ここの主は代々、日光の社領を守る一族の末裔だという。

「さあさ、お疲れさまでございました。まずはこの『湯波ゆば』の炊いたんを召し上がってください」

 膳を運んできたのは、宿の若女将・志乃であった。

 二十代後半、日光の冷たい水で磨かれたような白い肌を持ち、伏せ目がちな仕草の中に、時折、男を射抜くような強い光を放つ。

 膳の上には、日光特産の湯波が、土地の山菜と共に薄味の出汁で煮含められている。芭蕉は、その湯波を箸で崩し、口に運んだ。

 大豆の濃密な香りと、山菜のほろ苦さが口中に広がる。

「ほう。これは……。噛みしめるほどに日光の山々の滋味が出る。江戸の喧騒が嘘のようですな」

 芭蕉が相好を崩した、その時である。

 志乃が酒を注ごうと身を乗り出した際、その白い手首の裏に、小さな「逆さ葵」の刺青が、湯気に濡れて浮かび上がった。

 それは、公儀から遣わされた日光の「案内人」であることを示す、決死の印であった。

 志乃は、芭蕉にだけ聞こえる微かな声で、毒を含むような甘い口調で囁いた。

「今夜、東照宮の裏手、眠り猫の真下でお待ちしております。……そこには、伊達が日光を『盗み見』した証拠が隠されてございますわ」

 芭蕉の目が、一瞬だけ「隠密・宗房」へと戻る。

 湯気の向こう側で、志乃の妖艶な微笑みと、曽良の鋭い警戒心が交錯していた。


 ときは丑三つ時。

 昼間、あれほど絢爛豪華に徳川の威光を誇示していた陽明門も、闇に包まれれば巨大な怪物のように沈黙している。

 芭蕉は、かつて伊賀者が用いたという「忍び草履」に履き替え、音もなく石畳を踏んだ。その後ろを、曽良が影のように従う。

「……師匠、ここを抜ければ『眠り猫』の回廊。志乃の合図は?」

 曽良の耳打ちに、芭蕉は黙って「矢立」の先端を東に掲げた。

 矢立の煤けた銅の蓋を開けると、そこには反射鏡が仕込まれており、僅かな月光を拾って、特定の方向へと一筋の細い光を投げ返す。公儀の測量技術から転用された、隠密用の光信号である。

 ほどなく、奥社へと続く石段の影から、志乃が姿を現した。

 彼女は芭蕉を、回廊の隅、名匠・左甚五郎の手による「眠り猫」の真下へと手招いた。

「これを見てくださいまし」

 志乃が手にした燭台の火が、床下の礎石を照らす。そこには、伊達藩の紋章である「竹に雀」を、極限まで簡略化した隠し彫りが、密かに刻まれていた。

「伊達の者たちが、東照宮の修繕を請け負った際、密かに『呪詛の釘』を打ち込んだという噂がございました。……しかし、実体はもっと恐ろしいものでした」

 芭蕉が膝をつき、矢立の先端でその礎石を叩く。音が、妙に空洞を伝うように響いた。

「……なるほど。呪いなどという迷信ではない。これは『音響の穴』だ」

 司馬風の解説を借りれば、これは特定の場所での会話を、離れた隠し部屋へと反響させる「地獄耳」の仕掛けである。伊達藩は、将軍家が参拝した際の密談を、この場所で盗み聞こうとしていたのだ。

「公儀の心臓に、伊達の耳。……これは穏やかではありませんな」

 芭蕉が苦笑いした、その時。

 回廊の屋根裏で、カチリ、と硬い音がした。

曲者くせもの!」

 曽良が叫ぶと同時に、数条の鎖鎌が志乃を狙って振り下ろされた。伊達藩が放った潜伏密偵「黒脛巾組くろはばきぐみ」の生き残りである。

「志乃殿、下がれ!」

 芭蕉は、今度は矢立を武器としてではなく、床の「空洞」に深く突き刺した。

 矢立に仕込まれたバネを逆回転させると、地中の空洞内で火薬が弾けるような鋭い音が鳴り響き、その反響音が回廊全体に凄まじい轟音となって爆発した。

「……な、なんだこの音は!」

 音響の仕掛けを逆に利用した「音の爆弾」である。刺客たちが耳を押さえて怯んだ隙に、曽良の短刀が闇を裂いた。

 数分後。

 刺客を退け、息を切らして山門を抜けた三人は、日光の冷たい霧に包まれた。

「……助かりました。流石は、柳沢様が見込んだお方」

 志乃は、乱れた後れ毛を直しながら、芭蕉に感謝の眼差しを向けた。しかし、芭蕉は再び「腰の痛い老人」に戻り、へなへなと地面に座り込んだ。

「ああ、心臓に悪い。曽良殿、今の爆音で、一句浮かぶどころか、寿命が三日は縮まったわい。」

 曽良は、そんな芭蕉を呆れ顔で見下ろしながらも、先ほど芭蕉が咄嗟に取った「音響を利用した機転」の鮮やかさに、心の奥で舌を巻いていた。

 こうして、日光での「伊達の耳」を封じた二人は、次なる地、那須へと足を進めることになる。


第五章:那須の逃避行、結ばれぬ師弟の絆


 日光の社領を離れ、二人は那須の広大な野原へと足を踏み入れた。

 志乃の助けを得て「伊達の耳」を封じたものの、日光山中で放ったあの爆音は、周辺に潜んでいた他の刺客たちをも呼び寄せる結果となっていた。

「……あいたたた。曽良殿、もう一歩も動けぬ。この膝が、まるで那須の殺生石のように固まってしまったわい」

 芭蕉は道端の大きな石に腰を下ろし、大袈裟に脚をさすった。

「師匠、またですか。あと一里で今夜の宿、黒羽くろばねに着くというのに。……だいたい、先ほどから一句も詠まずに、何やら矢立をいじってばかりではありませんか」

 曽良は呆れたように溜息をついた。かつての彼なら、ここで冷たく突き放すか、無理やり引きずって歩いたはずだが、今はほんの少しだけ、呆れの中に「苦笑」が混じっている。日光での芭蕉の機転を見て以来、彼の中で「単なる監視対象」という色眼鏡が外れ始めていた。

「いや、これには訳がある。この矢立の磁針が、どうも北を指さぬのだ。この辺りに鉄を帯びた石でもあるのか、あるいは……」

 芭蕉がひょうきんに首を傾げたその時、霧の向こうから、複数の蹄の音と低い地鳴りのような足音が聞こえてきた。

「追手か!」

 曽良が瞬時に腰の刀に手をかける。だが、芭蕉は意外にも落ち着いた様子で、矢立の筒をカチリと鳴らした。

「曽良殿、ここは私に任せなされ。……おい、そこの者たち!迷える老人を助ける慈悲はないか!」

 現れたのは、地元の馬追いの一団であった。

 芭蕉は彼らに向かって、見るも無残な「疲れ切った隠居」を演じてみせた。その滑稽なまでの演技力に、馬追いたちは毒気を抜かれ、二人を荷馬車に乗せてくれるという。

 揺れる馬車の上。曽良は、隣で満足げに、馬追いの男から分けてもらった干し餅を齧る芭蕉を横目で見つめた。

(この男、わざと膝を痛めたふりをして、追手の目をごまかすために馬車を呼んだのか……?)

 冷徹な密偵である曽良には、芭蕉の「抜け感」が、どこまでが計算で、どこからが天然なのかが、いまだに判別できない。しかし、その正体不明の懐の深さに、曽良の心の中にあった「義務感」が、少しずつ「この男を最後まで見届けたい」という、師に対する敬意に近い感情へと変わり始めていた。

「曽良殿、見なさい。あの月……。殺生石の毒も、月光の前には形無しだ」

 芭蕉が何気なく口にした言葉に、曽良は知らず知らずのうちに頷いていた。

 二人の影は、那須の原野に長く伸び、それは江戸を出た時よりも、ずっと寄り添っているように見えた。

 やがて、馬車は黒羽の宿へと到着する。

 

「さて、曽良殿。今夜はここの名物、『鮎』でも焼いてもらおうではないか。腹が減っては、次の句も出ぬ」

 芭蕉の呑気な言葉に、曽良は初めて、ふっと口角を上げた。

「……師匠、食べ過ぎてまたお腹を壊さぬよう。薬の準備はいたしませんぞ」

 二人の間に、初めて本当の「師弟」のような風が吹き抜けた。


 黒羽の宿、那珂川なかがわのせせらぎが聞こえる小部屋で、芭蕉と曽良は向かい合っていた。

 膳の上には、この川で獲れたばかりの鮎が、炭火で皮がはぜるほど香ばしく焼かれている。

「……まずは、このはらわたの苦味よ。これぞ旅の醍醐味」

 芭蕉は、見事な箸さばきで、鮎の身を解し、冷えた酒で流し込んだ。

 江戸を離れて数日。張り詰めた緊張が、鮎の脂と共に少しずつ溶けていく。

「師匠、食べながらでも結構です。……日光で志乃から得た、例の『音響の穴』の件。あれは単なる盗聴ではなく、伊達が幕府の伝令を待ち伏せするための地点を特定していたようです」

 曽良が声を潜めて報告する。彼は、芭蕉が鮎を味わうふりをして、実は「矢立」の内部に隠した密書を、酒で湿らせた指先で解読しているのを見逃さなかった。

「ふむ……。伊達の狙いは、白河の関を越えた先にあるということか」

 芭蕉は箸を置くと、ふと立ち上がり、暗い庭先に目を向けた。

 そこには、那須の野で見た殺生石の荒涼とした風景とは対照的な、柔らかい月光が降り注いでいた。

 

 芭蕉は、懐から取り出した紙に、迷いのない筆致でさらさらと書き付けた。


「野を横に 馬牽きむけよ ほととぎす」

 (のをよこに うまひきむけよ ほととぎす)


「……師匠、これは?」

「那須の馬追いたちに助けられた時の礼だ。ほととぎすの声が聞こえる方向へ、馬を向けてくれ……。風雅な句に見えるがな、曽良殿。これは、我らが『裏道』を行くという宣言でもある」

 正道(街道)を外れ、伊達の監視が薄い野を横切って白河へ突入するという、隠密としての「行軍計画」がこの十七音に凝縮されているのだ。

「……ほととぎす、ですか。死出の田長たおさとも呼ばれる鳥の名を出すとは、師匠も覚悟を決められましたな」

 曽良は、その句が書かれた紙を大切そうに懐へ収めた。監視役としてではなく、もはやこの「老いた隠密」の言葉を記録する、真の同行者としての手つきであった。

「さて、夜明けと共に発つぞ。白河の関は、古来より歌人が憧れた地。だが我らにとっては、生きて戻れるか分からぬ虎口ここうとなる」

 翌朝、二人は馬追いから譲り受けた古びた笠を深く被り、霧の立ち込める中、白河への隠れ道へと足を踏み入れた。


第六章:白河の関、関守の眼と卯の花の闇


 「古人いにしえびとも、ここを越える時は冠を正したというが……我らは、首がついていることを祈るばかりだな」

 芭蕉は、白河の関へと続く街道の茶屋で、ぬるくなった白湯さゆを啜りながら呟いた。

 白河の関は、単なる行政の境界ではない。公儀の目と、奥州の雄・伊達藩の鋭い爪先がぶつかり合う、文字通りの「最前線」であった。

 関所の役人は、伊達から送り込まれた「目利き」の武士たちである。彼らは旅人の手の胼胝たこ一つ、草鞋の磨り減り方一つで、その者が武士か農民かを見極める。

「師匠、矢立を」

 曽良の低い声に、芭蕉は黙って、使い古した矢立を差し出した。

 曽良は手際よく、その内部の「バネ仕掛け」を解除し、ただの墨壺へと戻す。今、この道具が「機械」として見つかれば、即座に処刑は免れない。

「……さあ、参ろうか」

 芭蕉は、わざと腰をさらに屈め、足元をふらつかせた。「老いさらばえた旅の僧」の擬態である。

 関所。

 鋭い眼光を放つ関守が、芭蕉の通行手形を検分する。

「松尾芭蕉……江戸の俳諧師か。名は聞き及んでいる。だが、その連れはどうだ。河合曽良……若すぎるな。お主、その若さで隠居の供か?」

 関守の疑念の矛先が、まだ隠しきれない「密偵の気配」を持つ曽良に向けられた。曽良の指先が、無意識に懐の短刀へと動く。一触即発の、氷のような沈黙。

 その時、芭蕉が横から割って入り、関守の前に跪いた。

「役人様、お許しを。この若者は、私の句に心酔したあまり、家を飛び出してきた無鉄砲者にございます。道中、私の足を揉むことだけが取り柄でして……。ほら、曽良殿、役人様に、お主が昨日詠んだあの不器用な句を披露して差し上げなされ」

 芭蕉の突拍子もない無茶振りに、曽良は一瞬、絶句した。しかし、芭蕉の目が「やれ」と命じている。

「……う、卯の花に 兼房かねふさみゆる 白毛しらげかな」

 曽良は、顔を赤らめながら、わざと下手くそな節回しで詠み上げた。

 関守は、そのあまりに「文学に毒された若者のぎこちなさ」に、思わず鼻で笑った。

「ふん、風雅に狂った師弟か。……よかろう、通れ」

 関所を抜け、見えぬところまで歩を進めた時、二人は同時に深い溜息を吐いた。

「……師匠、あのような無茶を。もし私が句を詠めなかったら、どうするつもりでしたか」

「案ずるな。お主の真面目すぎる性格なら、下手な句を詠ませるのが一番『密偵』から遠ざかると思ったのだよ」

 芭蕉はそう言って、路傍に咲き乱れる白い卯の花を指差した。


「卯の花を 冠にたえて 関越えん」

 (うのはなを かむりにたえて せきこえん)


「古の歌人は冠を正したが、我らはこの卯の花の白さに身を隠し、ようやく奥州の闇へと入ったわけだ」

 芭蕉の言葉には、どこか寂寥感せきりょうかんと、これから始まる本当の死闘への覚悟が滲んでいた。曽良は、自らが詠まされた稚拙な句と、師の詠んだ静謐せいひつな句の差を噛み締めながら、一歩、また一歩と、奥州の深い緑の中へと足を踏み入れていった。


 白河の関を越えた途端、風の匂いが変わった。

 江戸の湿り気を帯びた埃っぽさとは違う、みちのくの山々を抜けてきた、凛として清冽な風である。

「……曽良殿。見てみなされ、あの水の輝きを。これぞ歌枕にうたわれた、白河の清流よ」

 芭蕉は、阿武隈川の支流に沿った土手に腰を下ろした。

 当時の芭蕉にとって、この地は単なる北の僻地ではなく、王朝文化の香りが残る聖域であった。

 二人は、白河城下の外れにある小さな茶屋に立ち寄った。

 「さあさ、お疲れ様。白河へ来たら、まずはこれを食べなきゃ始まりませんよ」

 運ばれてきたのは、透き通った出汁に浸された、手打ちの麺であった。

 当時の白河は、松平定信公の治世以前ではあるが、すでに蕎麦や麺の文化が根付き始めていた。

「ほう。これは蕎麦ではないな。麦の香りが実に強い。出汁は……キジか。野趣に溢れているが、喉越しはどこまでも清らかだ」

 芭蕉は、ツルツルと小気味よい音を立てて麺を啜った。

 隠密として張り詰めていた胃の腑が、温かい汁でじわりと温まっていく。池波流の「食による養生」である。

「……師匠。麺ばかり見ていないで、あちらを。あの城郭の造り、やはり伊達を意識してか、北側への備えが尋常ではありません」

 曽良は麺を啜りながらも、視線は白河小峰城の石垣へと向けられていた。

 

「曽良殿。貴殿のその真面目さが、時には毒になる。……まあ、見てみなされ」

 芭蕉は、満足げに腹を撫でると、茶屋の主が活けたばかりの卯の花を眺め、筆を執った。


風流ふうりゅうの はじめや奥の 田植うた」

 (ふうりゅうのはじめや おくのたうえうた)


「関を越え、最初に出会ったのが、この土地の女たちが歌う力強い田植え歌だった。……これこそが、公儀の書状には書けぬ『奥州の正体』よ。人は生き、歌い、明日へ繋いでいく。幕府や藩がどうあろうとな」

 芭蕉の言葉には、政治の道具として旅をする隠密の顔ではなく、一人の人間としてこの土地に同化しようとする俳人の魂が宿っていた。

「……風流の、はじめ、ですか」

 曽良は、自分の手元にある「任務」という名の記録帳を閉じ、師が見ているのと同じ、黄金色に輝く田植えの風景をじっと見つめた。

 二人の旅は、ここから本当の意味で「奥の細道」へと沈潜していく。


第七章:安積の影、泥中の救い


 白河を離れ、二人は「安積山あさかやま」の麓へと差し掛かっていた。

 この辺りは万葉の歌人に詠まれた名所であるが、今は伊達藩が放った「黒脛巾組くろはばきぐみ」の残党が、山狩りの如く目を光らせる危険地帯と化している。

「……曽良殿、妙だ。鳥の声が止んだ」

 芭蕉が足を止めた。ひょうきんな老俳人の仮面を脱ぎ捨てた、伊賀者の顔である。

 街道の前後を、いつの間にか編み笠を深く被った虚無僧たちが塞いでいた。その手には尺八ではなく、抜けば即座に人を断つ仕込み刀が握られている。

「師匠、私の後ろへ!……数が多い、これは不覚をとったか」

 曽良が短刀を逆手に構えるが、敵の包囲網は水も漏らさぬ厚さであった。芭蕉も「特製の矢立」を握りしめるが、これほどの人数を相手にしては、数本の鋼針では到底足りない。

 一歩、また一歩と刺客が距離を詰める。絶体絶命のその瞬間、街道脇の泥濘ぬかるみのなかから、一筋のつぶてが放たれ、先頭の虚無僧の額を正確に撃ち抜いた。

「――おやおや、公儀の『大先生』がこんなところで野垂れ死にとは。江戸でふんぞり返っている柳沢様へのお顔が立ちませんよ」

 泥にまみれた草むらから立ち上がったのは、身の丈は低いが、鋼のように引き締まった体を持つ一人の「女」であった。

 名は「おおこと」。この地の祭祀を司る一族に身を置きながら、代々幕府への忠誠を誓ってきた「くさ」と呼ばれる土着の協力者である。

 お琴は両手に持った苦無くないを鮮やかに振ると、驚愕する刺客たちの足元を、隠し持っていた煙硝で爆破した。

「さあ、こっちです!この泥沼の底には、我らしか知らぬ抜け道があります!」

 お琴の導きで、二人は泥まみれになりながら、追手の追及を逃れて地下の空洞へと滑り込んだ。

 そこは、安積の古い祭祀で使われる、迷路のような横穴であった。

 息を切らしながら、芭蕉は泥を拭うこともせず、安堵の溜息を吐いた。

「……いやはや、危ういところであった。お琴殿、貴殿の泥まみれの姿、江戸のどんな小町娘よりも美しく見えたぞ」

「師匠、軽口を叩いている場合ではありません。……お琴殿、助かった。礼を言う」

 曽良は初めて、外部の協力者に対して素直に頭を下げた。お琴は、そんな二人の様子を見て、泥に汚れた顔でいたずらっぽく笑った。

「お礼なら、あとで私の打った『そばがき』でも食べてからにしてくださいな。安積の蕎麦は、泥臭いですが力が出ますよ」

 泥と闇に包まれた地下道で、芭蕉はふと、一筋の光が差し込む出口を見上げ、筆を走らせた。


心もとなき 日数ひかず重なる 安積山

(こころもとなき ひかずかさなる あさかやま)


 地下の横穴を抜けた先は、安積山の斜面に張り付くように建てられた、古びた炭焼き小屋であった。外からは廃屋にしか見えないが、床板を剥がせば、そこには公儀の「草」たちが代々守り抜いてきた、堅固な地下小部屋が隠されている。

 中央の囲炉裏には、すでに火がおこされていた。

「さあ、まずは泥を落として。着替えはあちらに用意してあります」

 お琴が差し出したのは、手織りの粗末な麻の着物であったが、泥にまみれた芭蕉と曽良にとっては、江戸の絹物よりも有り難い。

 二人が身を清めて戻ると、お琴は手際よく、蕎麦粉を熱湯で練り始めていた。

「この辺りの蕎麦は、土地が痩せている分、根性が座っています。香りが強すぎて、江戸の粋人には嫌われるかもしれませんがね」

 お琴が木のへらで力強く練り上げた「そばがき」が、小皿に盛られて差し出された。

 湯気が立ち昇り、蕎麦特有の野性味のある香りが部屋いっぱいに広がる。

「……ほう。これは、まさに『大地の肉』だな」

 芭蕉は、添えられた辛味大根の絞り汁と醤油を少しだけつけ、熱々のそばがきを口に運んだ。

 モチモチとした弾力と、噛み締めるほどに鼻へ抜ける蕎麦の香ばしさ。そして、大根の鋭い辛みが、逃走で痺れた頭をしゃっきりと覚醒させる。

「美味い。……曽良殿、このそばがきを食べれば、伊達の軍勢十人を相手にしても、あと半刻は逃げ切れそうな気がするわい」

「師匠、冗談はそれくらいに。……お琴殿、この蕎麦、腹の底から力が湧いてくるようだ」

 曽良もまた、珍しく無心に食していた。彼のような冷徹な男でも、命を救われた後に出される温かな食事が、どれほど心に染みるか。それは隠密としての訓練では決して消し去ることのできない、人間の本能であった。

 食後、お琴は囲炉裏の火を静かに見つめながら、声を潜めた。

「柳沢様からの伝言です。仙台領内、多賀城たがじょうの近くに、ある『古碑』が埋もれている。そこには、古代の蝦夷えみしが幕府への反逆の証として刻んだ、禁忌の文字があるという噂です。伊達はそれを掘り起こし、何らかの儀式に用いようとしている……」

 芭蕉の目が、再び「隠密・宗房」の鋭さを取り戻す。

「多賀城の壺のつぼのいしぶみか。……風流の種を探しに行くふりをして、その反逆の芽を摘み取れ、ということか」

 芭蕉は、懐から取り出した紙に、そばがきの熱気がまだ残る手で、一気に書き付けた。

かさもなき 我をわらうか 安積山

 (かさもなき われをわらうか あさかやま)

「お琴殿、笠も持たずに泥まみれで逃げ惑う我らを、この山は笑っているだろう。だが、笑わせておけばいい。我らには、この泥の中から見つけ出さねばならぬ真実がある」

 夜が明ければ、そこはもう伊達の本拠・仙台領である。二人はお琴に見送られ、安積の隠れ家を後にした。


第八章:多賀城の壺碑、闇に刻まれた禁忌


 安積を離れ、北へ向かうにつれ、道ゆく人々の眼光はさらに鋭くなっていった。

 仙台領内に入れば、街道を歩く農民さえも、有事の際には伊達の尖兵となる「足軽」としての気概を失っていない。司馬遼太郎的な表現を借りれば、伊達政宗という巨大な意志が、没後数十年を経てもなお、この土地の土の一粒一粒にまで染み渡っているのである。

 多賀城――。

 かつて大和朝廷が、北の民を征服するための拠点としたこの地には、歴史の「裏側」が沈殿している。

 二人は、深い竹林に囲まれた多賀城跡の片隅に辿り着いた。そこには、苔に覆われた一枚の石碑が、まるで墓標のように佇んでいる。

「……これか。壺のつぼのいしぶみ

 芭蕉は、震える手で石の表面を撫でた。

 湿り気を帯びた古石の冷たさが、指先から全身に伝わってくる。

「師匠、油断なさらぬよう。志乃やお琴の話では、伊達の密偵たちがこの碑の周辺で、公儀の検地を妨害するための『何か』を仕掛けているはずです」

 曽良は、抜き身の刀こそ持たぬが、その全身は弓の弦のように張り詰めていた。

 

 芭蕉は、腰の「矢立」を抜き取った。

 彼は筆を執るふりをしながら、矢立の蓋に仕込まれた「特殊な偏光レンズ(当時はギヤマンの薄板を重ねたもの)」を碑の文字にかざした。

 すると、肉眼では単なる古い碑文に見えた文字の隙間に、赤黒い染みのような「隠し文字」が浮かび上がったのである。

 それは、蝦夷の古い呪法を記した暗号であり、同時に伊達が密かに開発していた「火薬の配合比率」を記した軍事機密の地図でもあった。

「……なるほど。これを『古人の趣』として守り続けてきたふりをして、伊達は代々、軍機をこの石に刻み継いできたのか」

 その時。

 竹林が大きくしなり、四方から無数の「黒い影」が降ってきた。

「伊達の密偵、黒脛巾組!やはり待ち伏せていたか!」

 曽良が叫び、芭蕉の前に立ちはだかる。

 刺客たちの刀が月光を跳ね返し、冷たい殺意が狭い空間に充満した。

 

 芭蕉は、機密を読み取ったばかりの矢立を、今度は「武器」として逆手に持ち替えた。

「曽良殿、ここを死に場所にするには、この碑は少々古臭すぎる。……いくぞ!」

 芭蕉は、矢立の底に仕込まれた煙幕のスイッチを押した。

 一瞬にして、白い煙が竹林を包み込み、視界が奪われる。その混乱の中で、芭蕉は長年培った伊賀者の身のこなしで、刺客の一人の懐へ飛び込み、急所を的確に突いた。

 激しい乱闘の末、二人は竹林の崖を滑り落ち、仙台城下を流れる広瀬川の河原へと逃げ延びた。

「……はあ、はあ。師匠、無事ですか」

 曽良は肩で息をしながら、芭蕉の安否を確認した。芭蕉は、泥だらけになった「奥の細道」の草稿を懐に押し込み、震える指で川の水を掬った。

「……無事、と言いたいところだが、この年で崖を落ちるのは、山椒餅を喉に詰まらせるより辛い。だが、曽良殿。これを見なされ」

 芭蕉が見せたのは、死闘の最中にもしっかりと書き留めた、碑文の真実。

 

壺のいしぶみ いづれか 秋の 風の音

 (つぼのいしぶみ いづれか あきのかぜのおと)


「いずれはこの碑も、伊達の野望も、秋の風に吹かれて消え去る運命。だが、我らが持ち帰るこの事実は、幕府の重石おもしとなろう」

 二人の顔には、もはや江戸を出た時のような戸惑いはなかった。一人は真の隠密として、一人はその記録者として。二人の魂は、多賀城の闇を経て、完全に一つに溶け合っていた。


第九章:松島の月、鏡の裏の要塞


 「……松島は、扶桑第一の好風にして、凡そ洞庭・西湖を恥ぢず」

 

 芭蕉は、瑞巌寺ずいがんじへと続く波打ち際を歩きながら、感嘆の声を上げた。しかし、その視線は波に揺れる小島の一つ一つを、冷徹な測量師の目で検分している。

 松島の島々は、外部からの艦隊の侵入を阻む「海の迷路」である。伊達政宗がこの地に瑞巌寺を再興したのは、単なる信仰心からではなく、ここを仙台城防衛の最終防衛ラインとするためであった。

「師匠、あちらを。あの小島、松の間に不自然な石垣が見えます。あれは……砲台の跡では?」

 曽良が声を潜めて指差した。

 芭蕉は、袂から「矢立」を取り出した。彼は墨を磨るふりをして、矢立の筒を望遠鏡のように目の前に掲げる。そのレンズの向こうには、観光の地として賑わう表の顔とは別の、武装した島々の姿が鮮明に映し出された。

「……なるほど。寺の鐘の音に紛れて、秘密裏に大筒(大砲)を運び込んでいるのか。伊達は本気で、幕府の軍船をここで迎え撃つ気だな」

 その夜。二人は松島の海を一望できる宿「海月楼かいげつろう」に腰を落ち着けた。

 磯の香りが障子の隙間から忍び込んでくる静かな部屋である。

 膳に並んだのは、松島の海で獲れたばかりの「牡蠣かき」と、脂の乗った「穴子」の炭火焼きであった。

 芭蕉は、大振りの牡蠣を一つ、酢醤油で口に滑り込ませた。

「……ううむ、海のちちとはよく言ったもの。この濃厚な旨味、これを知らずして隠密などやっておられん」

 芭蕉が牡蠣を堪能し、酒を一口煽ったその時。

 部屋の隅に置かれた、古びた姿見の鏡が、月光を反射して不自然に煌めいた。

 鏡の裏から、一通の小さな紙切れが、風に舞うように芭蕉の足元へ落ちた。

「……瑞巌寺の地下に、公儀の目が届かぬ『金塊』が眠る。それこそが、伊達の戦資金なり」

 筆跡は、かつて日光で別れた志乃のものによく似ていた。

 芭蕉は、穴子の身を箸で割りながら、曽良にだけ聞こえる声で囁いた。

「曽良殿。どうやら、一句詠む暇もないほど、忙しい夜になりそうだ」

 あまりの美しさに句が詠めなかったという有名な「松島」の伝説。だが、この物語における真実は違う。芭蕉は、あまりの「伊達の野望」の大きさに、句を詠むことさえ忘れ、隠密としての本能を研ぎ澄ませていたのだ。

 芭蕉は、懐の紙にただ一行、墨を落とした。


「松島や ああ松島や 松島や」


「……師匠、これは流石に投げやりではありませんか?」

「いや、曽良殿。これ以外の言葉は、伊達の耳に届いてはならぬのだ。この驚きは、景色の美しさへのものではない。この島々に隠された『牙』への驚きなのだよ」

 二人は夜の海へ漕ぎ出す決意を固めた。松島の鏡のような海面に、二人の黒い影が溶けていく。


 松島の海は、月光を浴びて鏡のように輝いていたが、芭蕉と曽良が足を踏み入れた瑞巌寺の地下通路は、その光を一切拒んでいた。

 海月楼で得た密書には、瑞巌寺の地下に眠る「金塊」への道筋が記されていた。それは、かつて伊達政宗が朝鮮出兵の際に持ち帰ったとされる秘宝と、それを守るための「謎」が仕掛けられているという。

「……師匠、この湿気は尋常ではありません。寺の地下というよりは、海中の洞窟に潜るようだ」

 曽良が足元を照らす提灯の光が、石壁に不気味な影を揺らす。通路は、海水がしみ出した岩肌に海藻が絡みつき、磯の匂いが充満していた。

「政宗は、海そのものを味方につけていたということか。……この通路の先には、潮の満ち引きを利用した仕掛けがあると見て間違いあるまい」

 芭蕉は、岩壁に刻まれた奇妙な模様に目を凝らした。それは、仏教の曼荼羅のようでもあり、しかしよく見れば、海図のようにも見える複雑な図形であった。

「曽良殿、矢立を」

 芭蕉は、矢立の先端を岩壁の図形に合わせた。その矢立には、日光で「要害の傾斜」を測った際に用いた「簡易測量機能」とは別に、柳沢吉保が特別に作らせた「文様解析機能」が仕込まれている。矢立の筆先には、特定の光を当てることで、岩肌の凹凸を読み取り、隠された印を浮かび上がらせる細工が施されていた。

 矢立の光が岩壁に当たると、曼荼羅の文様の中に、微かに「三日月」の形が浮かび上がった。

 

「三日月……伊達の紋章。だが、形が歪んでいる。これは……政宗の顔の歪みを模したものか?」

 芭蕉が顎を撫でたその時、通路の奥から、不気味な水音が響いた。潮が満ち始め、通路の床を海水が這い上がってくる。

「仕掛けが作動したか!師匠、早く!」

 曽良が焦りを露わにする中、芭蕉は冷静に、三日月の歪みを読み解いた。

 

「違う。これは『時間』を示している。三日月の角度は、潮の満ち引きの周期と、通路が開く刻限を示しているのだ」

 芭蕉は、矢立の内部に仕込まれた精密な「水時計(当時の砂時計の応用)」を取り出した。水時計の砂が落ちる速度と、三日月の角度を合わせると、通路の奥に隠された扉が開く正確な時間が算出された。

 海面が床から数寸の高さまで迫り、二人の足元を冷たい海水が浸し始めたその瞬間。

 重厚な石の扉が、ゆっくりと音を立てて開き始めた。その奥からは、暗く、しかし空気がわずかに淀んだ空間が広がっている。

「……さすがは政宗。容易には入れさせぬ仕掛けよ。曽良殿、行くぞ!」

 芭蕉は、腰まで浸かる海水の中を、躊躇なく奥へと進んだ。その瞳の奥には、謎を解き明かした喜びと、秘宝への期待が宿っている。

 石扉の奥に広がっていたのは、驚くべきことに、巨大な「釣鐘」が天井から吊るされた円形の石室であった。

壁一面には、無数の小さな穴が空いており、そこから潮風が吹き込んで、ヒュウヒュウと不気味な笛のような音を奏でている。

曽良が焦燥に駆られて壁を叩く。だが、芭蕉は動かない。暗闇の中で、彼は「音」を聴いていた。

「……いや、待て。この風の音、ただの鳴動ではない。五音六律ごおんりくりつ――雅楽の調べだ。曽良殿、壁の穴をよく見なされ。潮風が特定の穴を通る時、特定の音階が生まれる。この石室全体が、巨大な『楽器』なのだよ」

次に二人の提灯の灯りが、釣鐘をなめるように照らし出す。表面には、密教で使われる「梵字」が八字、円を描くように深く刻まれており、その真ん中には、威圧するような伊達家の「竹に雀」の紋章が黄金色に輝いている。

「……師匠、これは。ただの鐘ではありません。八つの梵字は、胎蔵界曼荼羅の『中台八葉院ちゅうたいはちよういん』を模したものか」

 曽良が声を潜める。だが、芭蕉の表情は険しい。

 壁の穴から吹き込む潮風が、石室全体を唸らせ、ヒュウ、ヒュウと不協和音を奏でている。

「いや、曽良殿。これだけでは足りぬ。見てみなされ、壁の穴から差し込む月光が、床の一点にしか届いておらぬ。……この梵字は、音を合わせるための『譜面』だ」

 芭蕉は「矢立」の内部から、かつて柳沢吉保の館で目にした、密教の秘儀を記した古文書の写しを思い出した。

 

「八つの梵字は、それぞれが特定の音階――『宮・商・角・徴・きゅう・しょう・かく・ち・う』に、変音を加えた八音に対応している。……だが、どの順番で鳴らすべきか」

 芭蕉は膝をつき、矢立の筆先で石の床に図を描き始めた。

「伊達家の紋章を見てみなされ。雀の羽の数、竹の節の数……。それが、この梵字の読み順を示しているのだ」

 潮風が一段と強まり、石室の音が激しさを増す。海水が膝元まで迫り、焦燥が二人を襲う。

 芭蕉は震える指先で、矢立の「共鳴管」を特定の梵字に当てた。

「……カンアン……。違う、この音階ではない! 雀の羽が示すのは、逆順の『』だ!」

 死の淵に立たされた時、芭蕉の脳裏に、かつて学んだ和歌の「掛詞かけことば」の技法が閃いた。

 彼は矢立の反射鏡を使い、壁の穴から差し込む一筋の月光を、伊達家の紋章の「雀の瞳」へと反射させた。その跳ね返った光が特定の梵字を順番に射抜いていく。

 ア・ビ・ラ・ウン・ケン――。

 光に導かれた順番通りに、芭蕉が矢立の共鳴管を釣鐘に強く押し当て、潮風の振動を特定の音階へと整えた。

 

 ゴォォォォォン……!

 その瞬間、八つの梵字が青白く発光し、釣鐘の内部で何かが噛み合う巨大な歯車の音が響いた。中央の床が地鳴りと共にせり上がり、地下へと続く螺旋階段が姿を現した。

「……解けた。政宗公、貴殿の仕掛けた『和歌と密教の罠』、しかと受け取ったぞ」

 だが、安堵する暇はなかった。

 背後の通路から、松明の火を振りかざした「黒脛巾組」の刺客たちが、水飛沫を上げて雪崩れ込んできた。

「――そこまでだ、江戸の鼠ども!」

 現れたのは、伊達藩の精鋭、黒脛巾組。しかも、その先頭に立つのは、かつてない殺気を放つ大男であった。

「隠密・松尾芭蕉。貴様の首、仙台城の門に曝してくれよう!」

 狭い石室内で、十数人の刺客が同時に襲いかかる。曽良は短刀を抜き、芭蕉を守るように円を描いて立ち回るが、多勢に無勢。

 芭蕉は、手にした「矢立」のバネを最大まで巻き上げた。

「……曽良殿、耳を塞げ!」

 芭蕉が矢立の底を釣鐘に叩きつけると、内蔵された火薬が鐘の内部で炸裂した。

 石室という密閉空間で増幅された「爆音の衝撃波」が、刺客たちの鼓膜を直撃する。彼らが悶絶して倒れ伏す隙に、曽良の刃が閃き、追撃の手を断った。

 静寂が戻った石室。二人は息を切らしながら、せり上がった階段の先へと足を踏み入れた。

 そこには、千両箱の山……ではなく黒漆で塗られ金色の縁取りがされた大つづらのような箱であった。

2人はその箱の蓋をそっと開け放つと、中から現れたのは、一振りの太刀、そして重厚な金襴の袋に守られた一通の書状であった。

 芭蕉は「矢立」の灯り機能を使い、慎重にその書状を広げる。

「……これは、ただの文ではない。家康公が天下を獲った直後、慶長期に交わされた密約の血判状だ」

 そこには、伊達政宗の名に続き、幕府がひた隠しにしてきた歴史の「裏側」が、変色した血の色で刻まれていた。

「加藤肥後守清正、浅野弾正少弼長政……。それに、公儀の内部で暗躍した大塚兵衛の名まであるとは」

 曽良が息を呑む。

 清正や長政といえば、家康の勝利に貢献したはずの大名たちだ。だが彼らは、家康が豊臣の遺児・秀頼を排斥しようとする動きを察知し、いざという時には奥州・伊達と結んで江戸を挟み撃ちにする「第二の関ヶ原」を画策していたのだ。

「……恐ろしい。これが世に出れば、加藤や浅野の改易の真相どころか、今の幕府と諸藩の信頼関係は根底から崩れます。柳沢様が血眼になって探させていたのは、この『火種』だったのですか」

 この書状はまさに、触れれば火傷を負う劇薬である。

「曽良殿、この書状は今の徳川の世にとって、毒にも薬にもなる。伊達はこれを、幕府に対する『無言の脅し』として、瑞巌寺の地下に眠らせていたのだ」

 その時、地下室全体が震動を始めた。

 刺客たちの断末魔と共に、仕掛けが壊れ、地下水が勢いよく流れ込み始めたのである。

「潮が満ちる!師匠、早く脱出を!」

「待て、この血判状……。柳沢様に渡せば、彼はこれを口実にさらなる諸藩潰しを始めるだろう。それは、戦のない『元禄の平和』を壊すことにならぬか」

 芭蕉の瞳に、隠密としての「任務」と、この国の安寧を願う「俳人」としての迷いが生じる。

 だが、追手の足音はすぐそこまで迫っていた。

 芭蕉は、血判状を懐に深く押し込み、矢立の筒を締め直した。

「曽良殿、走るぞ!この秘密をどう扱うか、それは江戸へ戻るまでの『推敲すいこう』としようではないか」

 二人は、崩れゆく瑞巌寺の地下迷宮を、濁流を蹴立てて駆け抜けた。


第十章:平泉の落日、夏草の誓い


 北上川の濁った流れを見下ろす高館たかだち

 かつて源義経が最期を遂げたこの丘に立った時、芭蕉を襲ったのは、単なる感傷ではなく、身を削るような「無常観」であった。

 懐には、加藤清正や浅野長政、そして伊達政宗が名を連ねた、幕府転覆の血判状がある。

 この紙切れ一枚で、今の泰平の世は容易に崩れ、再び戦国へ逆戻りするだろう。……それは、この平泉で藤原三代が築き上げた栄華が、一瞬にして灰燼に帰した歴史の繰り返しに他ならない。

「……曽良殿。義経公も、この風景を見ておられたのだろうか」

 芭蕉の問いに、曽良は答えなかった。彼は周囲の夏草の揺れに目を配り、伊達の追手が潜んでいないか、あるいは「江戸からの刺客」が放たれていないかを警戒していた。

「師匠、その書状をどうなさるおつもりです。江戸へ届けば、あなたは柳沢様の功臣。しかし、奥州の地は血の海となります」

 冷徹な密偵であるはずの曽良の声が、心なしか震えている。彼もまた、この旅を通じて、単なる「駒」であることを辞め始めていた。

 その時、草むらから一人の老人が現れた。

 ボロを纏っているが、その眼光は鋭い。……お琴や志乃と同じく、この地に根を張る公儀の協力者、通称「黄金こがねの目」と呼ばれる男だ。

「……大先生。松島での騒ぎ、ここまで響いております。伊達の本隊が、白河の関まで封鎖を始めました。江戸へ戻る道は、もはや死路ですぞ」

 老人はそう告げると、一振りの錆びた短刀を差し出した。

「これ以上進むなら、その書状と共に、この地で消える覚悟を。……それが『草』の宿命です」

 芭蕉は、錆びた短刀と、自らの「矢立」を見比べた。

 この時の芭蕉は、一個の俳人として、そして伊賀の末裔として、徳川の「組織」から完全に解き放たれていた。

 芭蕉は静かに筆を執った。懐の血判状の裏に、ではなく、真っ白な懐紙に。

 押し寄せる夏草の波と、消え去ったつわものたちの咆哮を聴きながら。


夏草や つわものどもが 夢の跡

 (なつくさや つわものどもが ゆめのあと)


「曽良殿。この句こそが、我らの報告書だ。血判状に記された野望も、かつての義経公の悲願も、この夏草がすべて飲み込んでくれる」

 芭蕉は、懐の「血判状」を取り出すと、目の前で静かに破り捨てた。

 一片、また一片と、元禄の世を揺るがすはずの秘密が、平泉の風に乗って北上川へと消えていく。

「……師匠! 何を……!」

 驚愕する曽良に、芭蕉は晴れやかな顔で笑ってみせた。

「公儀隠密・松尾宗房は、ここで死んだ。……これからは、ただの風狂の徒、芭蕉として旅を続けようではないか。曽良殿、お主も、柳沢様の犬を辞めて、私の弟子にならぬか?」

 曽良は、川面を見つめ、長く、深い溜息をついた。そして、自らの腰にある密偵の証である短刀を、川へと放り投げた。

「……致し方ありませんな。師匠の句の『推敲』(すいこう)に、最後まで付き合わねばならぬようです」

 二人の本当の「旅」が、ここから始まった。


 懐にあった「血判状」を川へ流した瞬間、芭蕉の心は驚くほど軽くなっていた。だが、現実の追手――伊達の「黒脛巾組」と、裏切りを察知した幕府の「刺客」の両陣営――は、執拗にその行方を追って来るだろう。

「師匠、のんびりと中尊寺を参拝している場合ですか。束稲山たばしねやまの向こうに、怪しい狼煙のろしが上がっておりますぞ」

 曽良が声を荒らげるが、芭蕉はどこ吹く風で、黄金に輝く「光堂ひかりどう」の前に立っていた。

「まあ待て、曽良殿。ここは奥州藤原氏が三代、百年の栄華を懸けて築いた極楽浄土の縮図よ。当時の旅人たちが、どれほどの思いでこの金色の輝きを目指したか……。これを見ずして江戸へ戻れば、それこそ柳沢様に申し訳が立たぬ」

 俳人松尾芭蕉が顔を覗かせた。

 二人は、観光客を装いながら名所を巡る。


中尊寺・金色堂こんじきどう

 かつては四方を黄金に彩られていたこの堂も、今は鞘堂さやどうに守られ、つゆに濡れるのを防いでいる。


「五月雨の 降りのこしてや 光堂」

(さみだれの ふりのこしてや ひかりどう)


 芭蕉はこの句を詠みながら、自らの命もまた、時の流れの中に降り残された「光」のようなものだと感じていた。


無量光院跡むりょうこういんあと

 かつては宇治の平等院を模した壮麗な寺院があった場所だ。今はただの草地となり、池の跡だけが虚しく空を映している。

「形あるものは必ず滅ぶ。だが、その『跡』こそが、我ら隠密の生きる場所かもしれぬな」

 芭蕉は、かつての池のほとりで、お琴から譲り受けた「そばがき」の残りを齧りながら、滅びの風景を網膜に焼き付けた。


衣川ころもがわの古戦場

 二人は北上川と衣川が合流する地点へと急ぐ。ここは義経が最期を遂げた地であり、同時に、追手の包囲網から抜け出すための「渡河地点」でもある。

「……いたぞ! あそこだ!」

 背後の林から、ついに黒い影が飛び出した。伊達の刺客たちだ。彼らは抜身の刀を掲げ、黄金の稲穂をなびかせながら迫りくる。

「曽良殿、観光はここまでだ! これより先は、衣川の義経公にならい、死中に活を見出すぞ!」

 芭蕉は「矢立」から、松島で手に入れた「強力な発煙筒」を抜き取った。

 衣川の川霧に紛れ、真っ白い煙が周囲を包み込む。かつての戦場に再び立ち込める「戦の気配」に、刺客たちは一瞬、歴史の幻影を見たかのように足を止めた。

「さらばだ、平泉! 我らの夢は、まだ終わらぬ!」

 二人は川の流れに身を投じ、渦巻く水流に乗って、包囲網の唯一の死角である西の山道へと逃れ去った。


第十一章:出羽三山、生まれ変わりの隠密行


 平泉から西へ、羽州街道の難所を越え、二人は羽黒山はぐろさんの入り口、随神門へと辿り着いた。

 ここから先は、山伏たちの聖域。追手の役人であっても、安易に立ち入れば山の神の怒りに触れるとされる禁足の地である。

「……師匠、この石段は。まるで天へと続くきざはしのようですな」

 曽良が仰ぎ見るのは、二千四百段を超える石段。杉の巨木が空を覆い、昼なお暗い森の奥からは、どこからともなく法螺貝の音が響いてくる。

「生まれ変わりの旅、というわけだ。曽良殿、江戸での役職も、隠密としての汚れも、この山に置いていこうではないか」

 二人は山伏の白装束に身を包み、修行僧に紛れて山を登った。出羽三山の修験組織は、幕府の統制を受け流す「独自のネットワーク」を持っており、逃亡中の彼らにとってこれほど心強い隠れ蓑はない。


羽黒山では滋味溢れる山の幸が二人の前に並んだ。

 宿坊で出されたのは、胡麻豆腐、月山筍がっさんだけの網焼き、そして山菜の王様「コゴミ」の和え物。

「……ほう、この筍。皮ごと焼いた身の、なんと甘く、力強いことか。塩を少しつけるだけで、土の香りが喉を駆け抜ける」

 芭蕉は、かつての美食を忘れ、山の恵みを一口ずつ噛み締めた。肉を絶ち、酒を絶つ。その「削ぎ落とす」工程が、研ぎ澄まされた俳人の感覚をさらに鋭敏にしていく。

 さらに標高を上げ、月山へと挑む。そこは雲上の世界であった。

 残雪が陽光を弾き、まるで銀の世界を歩いているような錯覚に陥る。


「雲の峰 いくつ崩れて 月の山」

(くものみね いくつくずれて つきのやま)


 芭蕉はこの句を詠みながら、自らの野望や恐れが、崩れゆく雲のように形を変えて消えていくのを感じていた。

 そして三山の最奥、湯殿山。

 そこには社殿がなく、熱い湯が湧き出る「巨大な赤い岩」が御神体として鎮座していた。参拝者は皆、裸足になり、この山で見たことを決して口にしてはならないという「不言様いわぬさま」の掟を守らねばならない。

「……曽良殿。ここは、言葉を超えた場所だ」

 芭蕉は、湯気の立ち上る岩肌を、かつて血判状を握りしめた手でそっと撫でた。

 その時、岩の陰から、一人の山伏が姿を現した。その腰には、羽黒山伏特有の数珠と共に、見覚えのある「お琴」の隠し紋が彫られた苦無くないが刺さっていた。

「……松尾殿。お琴から、話は聞いております」

 男は声を潜めて言った。

「伊達の黒脛巾組が、日本海側の港、酒田さかたであなた方を待ち伏せています。あそこには、伊達が密かに建造した『黒い船』が停泊している……。それを見ずして、旅は終われますまい」

 生まれ変わりの地で、新たな「命」を得た二人の前に、再び巨大な陰謀の影が差し込む。


語られぬ 湯殿にぬらす たもとかな

(かたられぬ ゆどのにぬらす たもとかな)


「行くぞ、曽良殿。次は日本海だ。伊達の『黒い船』、その正体を見届けてやろう」


第十二章:酒田の黒船、すしの味と影の牙


 山を下り、最上川の流れと共に二人が辿り着いたのは、秋田屋や河村瑞賢ゆかりの豪商たちが軒を連ねる酒田であった。

 ここは伊達の領外ではあるが、伊達の「経済的影」が色濃く差している。港の最奥、公儀の役人の目が届かぬ私設のドックに、その「黒い船」はいた。

「……あれが、お琴殿の言っていた船か。見なされ、曽良殿。和船の造りではない。帆の形、船体の反り……南蛮のガレオン船の技術を取り入れている」

 芭蕉は、酒田の賑わいに紛れながら、その異形の船体を「矢立」の望遠鏡で見据えた。伊達はかつて派遣した「慶長遣欧使節」のノウハウを、密かに受け継いでいたのである。

「ひとまず、腹を落ち着けましょう。この町には、隠密の密談に誂え向きの店があるようです」

 曽良が案内したのは、港近くの路地裏にある、看板もない小さな料理屋であった。

酒田の「旬」を喰らう

 池波正太郎の筆が躍るような、酒田の食の描写である。

 運ばれてきたのは、日本海の荒波に揉まれた「サクラマス」のすしと、獲れたての「岩ガキ」、そしてキンキンに冷えた地酒であった。

「……ほう。このマスの身の輝き。脂が乗っていながら、後味は実に清々しい。そしてこの岩ガキ……松島のものよりも大ぶりで、磯の香りが脳を突き抜けるようだ」

 芭蕉は、マスの鮓を一口で頬張り、鼻から抜ける酢の香りと魚の旨味に目を細めた。

「隠密の旅というのは、常に死と隣り合わせ。だからこそ、この一口の旨さが、命の火を燃やし続けるまきとなるのだ」

 二人が地酒を煽り、束の間の「口福」に浸っていると、隣の座敷から微かな話し声が聞こえてきた。

「……明後日の新月、黒船を動かす。積荷は例の『火薬』と『黄金』だ。行き先は江戸ではない。……長崎だ」

 芭蕉の箸が止まる。

 伊達の狙いは、江戸への直接攻撃ではなく、長崎の出島を介して異国と結び、幕府を「外交」で揺さぶること。血判状に名を連ねた者たちの残党を、異国の武力で支援させる腹積もりか。


 食後の余韻を楽しむ間もなく、二人は闇に紛れてドックへと向かった。

 しかし、背後から冷たい刃の気配が迫る。

 伊達が雇い入れた抜忍ぬけにんたち。酒田の豪商の用心棒に成りすましていた男たちだ。

 芭蕉は、口の中に残る地酒の香りを楽しみながら、ゆっくりと立ち上がった。

「……曽良殿、食後の運動といこうか」

 サクラマスのすしの爽やかな酢の香りと、地酒の熱がまだ胃の腑に残っていた。

 店を出て、潮騒が聞こえる港へと続く暗い路地に入った瞬間、芭蕉の足が止まった。

「……曽良殿。酒田の魚は、どうやら『毒』も一緒に喰わせるのが流儀らしい」

 前方の屋根の上、そして背後の物陰から、殺気を含んだ視線が突き刺さる。現れたのは、酒田の豪商の用心棒に身をやつした伊達の抜忍ぬけにんたちであった。その数、五人。

「……師匠、お下がりを。こやつら、先ほどの黒船を守る守護役もりやくです」

 曽良が短刀の柄に手をかける。しかし、芭蕉はふらりと一歩前へ出た。酔っているような足取りだが、その重心は寸分もブレていない。

「食後の運動には、五人というのは少々多すぎるが……まあ、丁度よかろう」

 屋根の上の男が、音もなく手裏剣を放った。

 芭蕉は「矢立」を流れるような動作で掲げ、その鋼の筒で手裏剣をカチンと弾き飛ばす。その火花が散る間に、芭蕉は懐から「墨」の塊のようなものを一つ、地面に転がした。

 シュッ――!

 墨から噴き出したのは、視界を奪うほどの濃霧ではなく、一瞬だけ相手の目を灼く「燐光りんこう」であった。

「ぐっ、目が……!」

 抜忍たちが怯んだ隙を、曽良は見逃さない。影のように踏み込むと、一人目の手首を極めて短刀を叩き落とし、その顎を掌底で突き上げる。骨の砕ける鈍い音が路地に響く。

 一方、芭蕉は正面から斬りかかってきた大男の懐に、滑り込むように入った。

 彼は刃を抜かない。矢立の筒を相手の「秘孔(急所)」に正確に叩き込む。「殺さずして制する」隠密の業だ。大男は、叫ぶ間もなく膝から崩れ落ちた。

「……伊達の牙も、酒田の酒に酔ったか。鈍いな」

 残る三人が同時に襲いかかるが、芭蕉と曽良は背中合わせになり、まるで舞を舞うかのような連携でこれをさばいていく。芭蕉が矢立の筆先から「痺れ薬」を塗り込んだ針を飛ばし、一人の動きを止めれば、曽良がその隙に急所を打って無力化する。

 わずか数十息の間に、路地裏には物言わぬ五人の男たちが転がっていた。

 芭蕉は息一つ乱さず、たもとを静かに整えた。

「さて、曽良殿。いい運動になった。これで少しは、先ほどのマスの鮓も消化できただろう」

 二人は倒れた刺客たちから証拠品となるものを手際よく奪うと、そのまま夜の闇へと溶け込み、黒船の繋がれたドックへと向かった。


 暑き日を 海にいれたり 最上川

 (あつきひを うみにいれたり もがみがわ)


 芭蕉が詠んだその句は、伊達の野望(暑き日)を、この酒田の海に沈めてやるという、静かな宣戦布告であった。


酒田の夜は、北前船の荷を降ろす人夫たちの喧騒が収まると、驚くほど深い静寂に包まれた。

 ドックに繋がれた伊達の「黒い船」は、月明かりを浴びて、巨大な海獣が眠っているかのように不気味な輪郭を浮かび上がらせている。

「派手にやるより……『静かに眠らせる』のが、最も確実な手ですな」

 曽良は、身の軽い「草」から借り受けた潜水用の革袋を点検し、腰には特殊な「きり」を差し込んだ。

「うむ。船底の継ぎ目、特に南蛮式の補強がなされている竜骨の脇を狙え。……私は上で、風流な見張りを務めよう」

 芭蕉は、船着場の積荷の陰に腰を下ろし、再び「矢立」をいじり始めた。だがその筆先からは墨ではなく、周囲の物音を増幅して聴き取る「集音具」が突き出している。

 曽良は音もなく海へ飛び込んだ。

 冷たい日本海の海水が全身を刺すが、訓練された呼吸法で体温を保つ。船底へ潜り込み、狙いを定めた一点に錐を当てる。

(ここだ……!)

 ガリ、ガリと、木材が削れる微かな振動が水を通じて伝わる。一度穴が空けば、あとは水圧が味方をしてくれる。曽良は正確に三箇所、船の命取りとなる「急所」を穿った。

 その時、船上の見張りが不審な音に気づき、身を乗り出した。

「誰だ! そこで何をしている!」

 絶体絶命の瞬間、岸壁の影から芭蕉がふらりと姿を現した。手には酒瓶を持ち、酔っ払った老俳人を演じている。

「……おっと、これは失礼。酒田の酒が旨すぎて、月と酒と、どちらが美しいか、この海に問うておったところでな」

 芭蕉はわざと足を踏み外し、派手な音を立てて空の酒瓶を別の方向へ放り投げた。見張りの視線がそちらへ逸れた隙に、曽良は反対側の岸壁へと静かに這い上がった。

「ふん、酔いどれの爺か。とっとと失せろ、海に落ちても助けぬぞ!」

 見張りの罵声を受けながら、芭蕉は千鳥足で去っていく。

 やがて、黒い船は目に見えぬ速さで、しかし確実に、その喫水を下げていった。船底から染み込む大量の海水が、伊達が積んだ火薬を湿らせ、黄金の重みで船体を泥の中へと引きずり込んでいく。

 翌朝、酒田の住人が目にするのは、爆発の跡もないまま、ただ静かに港の底へ消えた「理由なき沈没船」の姿であろう。

 港を離れる道中、芭蕉は濡れた着物を絞る曽良を横目に、満足げに書き留めた。


象潟きさかたや 雨に西施が ねぶの花

 (きさかたや あめにせいしが ねぶのはな)


「……師匠、またおかしな句を。船の話はどこへ行ったのです」

「これでお蔵入りになった黒船の計画も、雨に濡れる合歓ねむの花のように、ただ静かな夢となったわけだ。……曽良殿、次は象潟だ。あそこの景色は、沈んだ船よりもずっと美しいぞ」

 二人の背後で、酒田の港に朝日が昇り始める。そこにはもう、幕府を脅かす「黒い影」はどこにもなかった。 


 雨に煙る象潟。芭蕉一行が草鞋を脱いだのは、入り江を臨む古びた旅籠「躑躅屋」の、一番奥まった小部屋であった。

ここは、かつて合戦に敗れた落ち武者が隠れ住んだとも言われる、袋小路のような場所。曾良がここを選んだのは、監視の目を光らせやすく、かつ逃げ道が限定されるからに他ならない。

震える手と、滋養の味

「……曾良よ。この雨、骨身にこたえる。持病のせんの気が、また騒ぎ出したようだ」

芭蕉は、湿気で節々が痛む膝をさすりながら、力なく笑った。長旅の疲弊でその背は丸まっている。

そんな彼を見かねて、協力者である志乃が運んできたのが、地元の漁師から密かに調達した「象潟の岩ガキ」と、温められた「古酒」であった。

 灯明の揺れる暗い部屋。芭蕉は震える手で、殻の重みに耐えながらカキを口へ運ぶ。

「堪らんな……」

冷えた体に、酒の熱が染み渡る。濃厚なカキの滋養が、弱った胃腑に活力を注ぎ込む。この瞬間だけは、彼は隠密でも俳人でもなく、ただ「生」を繋ごうとする一人の老人に過ぎない。


その時、雨音に混じって、外の濡れ縁で「ピチャリ」と、不自然な足音がした。

曾良はピタリと動きを止め、無言で脇差を。志乃は懐の匕首に手をかける。

芭蕉はといえば、まだカキを口に含んだまま、咀嚼を止めていない。傍目には、ただのボケた隠居である。

しかし、障子の外に刺客の殺気が満ちた瞬間、芭蕉の「目」から濁りが消えた。

「……曾良。左へ三歩、下がっておれ」

芭蕉の声が、地を這うような低音に変わる。これは伊賀の血、あるいはかつて藤堂家に仕えた武士の血が、老いた肉体を一時的に突き動かした瞬間の変貌である。


第十四章:越後えちごの波、荒海あらうみの向こうの佐渡さどと隠し金


 越後の地は、日本海から吹きつける塩辛い風が、常に街道を洗っている。

 かつて上杉謙信が領し、今は幕府の直轄地である天領を多く抱えるこの地は、徳川にとって「金の成る木」であった。言うまでもなく、海の向こうに浮かぶ佐渡金山の存在である。

「……曾良殿。あの波の高さを見なされ。佐渡へ渡る舟など、木の葉も同然よ」

 芭蕉は、出雲崎いずもざきの浜辺に立ち、墨を流したような重い海を眺めていた。

 ここ出雲崎は、佐渡から運ばれてくる「御用金」の陸揚げ港であり、厳重な監視体制が敷かれている。だが、その裏で伊達の息がかかった密輸船が、金山から漏れ出した「隠し金」を運び出しているという噂があった。

「師匠、のんびりと波を眺めている場合ではありません。今宵、この浜の近くの番屋に、金山から運ばれた『口封じ』の荷が届くとの報せです」

 曾良の言葉には、潮騒よりも冷ややかな響きがあった。

 荷とは、単なる金ではない。金山の不正を知りすぎた役人の首か、あるいは伊達と金山奉行を結ぶ秘密の書状か。

 二人は、地元の漁師を装い、宿場の外れにある小さな飯屋に腰を下ろした。

 出されたのは、越後の名物「へぎそば」と、秋の走りの「のどぐろ」の塩焼きである。

「……ほう。こののどぐろ、したたる脂が炭火に落ちて、なんともかんばしい。へぎそばの、布海苔ふのりをつなぎに使った独特の喉ごしも、江戸の蕎麦そばとは違う趣がある」

 芭蕉は、のどぐろの身を丁寧にほぐし、地酒の「菊水」で流し込んだ。しかし、その視線は、店の窓から見える、番屋へと続く不自然な荷車を追っていた。

 深夜。

 月が雲に隠れた瞬間、芭蕉と曾良は闇に溶けた。

 番屋の周囲には、伊達が送り込んだ「草」たちが、波音に紛れて潜んでいる。芭蕉は、愛用の矢立を懐で握りしめ、わざとよろめく足取りで番屋の裏手へ近づいた。

「誰だ!」

 飛び出してきた門番の喉元へ、芭蕉は矢立の筒を突きつける。

 その先端からは、鋭利な刃ではなく、瞬時に固まる強固な「粘着剤」が噴射された。声も上げられず、口を塞がれた門番が倒れる。

「……騒ぐでない。私はただ、月が美しすぎて道に迷った隠居だよ」

 芭蕉の低いささやきに、門番は恐怖で身をすくませた。

 その時、海の向こうから、雷鳴のような咆哮ほうこうが届く。荒れ狂う日本海の波涛はとうが、佐渡の島影を飲み込まんばかりに荒れ狂っていた。

 芭蕉は、その激動する海を背に、一筆をしたためた。


荒海あらうみや 佐渡さどによこたふ 天のあまのがわ


佐渡の島の上に、荒れ狂う日本海の波を越えて、天空の天の河が大きく横たわっている。寂寥せきりょうとした大自然の広大さと、人間の小ささを対比させた壮大な情景。

隠密・宗房としての真意は、幕府の権威(天の河)が、荒れ狂う伊達の野望(荒海)を完全にまたぎ、封じ込めている様子を示している。また、「よこたふ」とは、佐渡の金が不正に「横流し」されている実態を公儀へ報告する暗号でもあった。


「……曾良殿、荷の確認は済んだか」

「はい。金山奉行の不正を示す書状、確かに回収いたしました。これで江戸の柳沢様も、納得されるでしょう」

 曾良が影の中から現れ、懐の荷を叩いた。

 翌朝、出雲崎の浜は何事もなかったかのように穏やかな波を返していた。

 芭蕉は、へぎそばの残り香を惜しむように鼻を鳴らすと、再び重い脚を引きずって、親知らずの険路へと続く街道を歩き始めた。


第十五章:加賀かが百万石ひゃくまんごくかり便たより吉保よしやすかげ


 親不知おやしらずの断崖を這うように抜け、芭蕉と曾良は加賀藩の領内へと入った。

 ここは「加賀百万石」とうたわれる、外様大名筆頭・前田家の本拠である。幕府にとっては、常にその動向を警戒すべき巨大な牙城がじょうであった。

 金沢の城下に入ると、これまでの荒涼とした日本海の風景とは一変し、格式高い武家屋敷と、洗練された工芸の香りが漂っていた。

「……流石は百万石。町人の足元まで、どこか余裕というものが染み付いておるな」

 芭蕉は、市中で出された「治部煮じぶに」の椀を眺め、目を細めた。

 鴨の肉を小麦粉でとろみづけし、加賀特産の「車麩くるまふ」と共に煮込んだこの料理は、濃厚でありながら、後味はどこまでも上品である。

「師匠、のんびりと治部煮を味わっている場合ではございません。あちらを……」

 曾良が目配せした先には、加賀藩の密偵と、見慣れた紋様を身につけた「お琴」の姿があった。お琴は、以前の旅路で芭蕉たちを助けた、吉保直属の協力者である。

(……なぜ、お琴がここにいる。我らは血判状を捨て、もはや幕府を裏切ったも同然のはず)

 曾良が警戒して短刀のつかに手をかけたその時、お琴は茶屋の暖簾のれんをくぐり、芭蕉のすぐ背後に座った。

「……お久しゅうございます、宗房様。江戸のあるじからは、『そのまま旅を続けよ』とのかりの便りが届いておりますわ」

 お琴は、茶をすすりながら低く囁いた。

「主様は、貴方が平泉で『紙切れ』を捨てたことを、既にご存知です。……あれはもともと、世にあってはならぬもの。貴方の決断こそが、真に徳川の安寧を守ったのだと、いたく感心されておりました」

 芭蕉は、治部煮のを口に運び、安堵あんどとも苦笑とも取れる表情を浮かべた。

 柳沢吉保。あの食えない男は、芭蕉という男の「正義」を、完全に見抜いていたのだ。

「……ふむ。柳沢様も、なかなか風流をされるようになったものだ。曾良殿、どうやら我らはまだ、野垂れ死ぬわけにはいかぬらしいぞ」

 その夜、金沢の犀川さいがわのほとりにて、芭蕉は新たな句を認めた。


あかあかと 日は難面(難面なにとも)なく あきかぜ


夕日が真っ赤に照りつけているが、吹く風はもう秋の涼しさを含んでいる。季節の変わり目の無常を描いた句。

隠密・宗房としての真意は「あかあかと」照らす幕府の監視の目は、自分たちを糾弾きゅうだんするのではなく、何事もなかったかのように(難面なく)涼やかな秋風として見守っている。組織という重圧から解放され、再び「ただの旅人」に戻れた心の平穏を表している。

 だが、安堵したのも束の間。

 闇の中から、金沢の美しき友禅ゆうぜんを纏った、伊達の新たな刺客の影が忍び寄っていた。


第十六章:山中やまなかくすり不穏ふおんなる饗宴きょうえん


 加賀の奥座敷、山中温泉。

 大聖寺川だいしょうじがわの渓谷に沿って広がるこの湯の町は、立ち込める湯煙の中に、どこか世俗を忘れさせる静寂をたたえていた。

「……曾良殿。有馬、草津と並び、ここを三名湯と呼ぶのは、単に湯の質が良いからだけではない。この『山の気』が、隠密の毒を抜いてくれる気がするのだよ」

 芭蕉は、名橋「黒谷橋くろたにばし」の上で深く息を吸い込んだ。

 今宵の宿は、温泉街の中でも一際ひときわ古びた、だが品格のある「泉屋いずみや」。

 吉保の直属として先回りしていたお琴が、女将を装って二人を奥座敷へと招き入れた。

「さあ、宗房様。今宵は江戸のまつりごとも、奥州の野望も忘れ、加賀の山の恵みを存分に味わってくださりませ」

 運ばれてきたのは、山中ならではのぜいを尽くした美食であった。

 

鴨の治部煮じぶに: 金沢に続き、本場のとろりとした出汁が、疲れ果てた五臓六腑ごぞうろっぷに染み渡る。

岩魚いわなの塩焼き: 渓流から上げたばかりの身を、山中漆器しっきしゅに映える皿に盛り、たでの葉を添えて。

山菜の天ぷら: 雪解けを思わせる軽やかな衣に、苦味のある山菜が酒を進ませる。

 

 芭蕉は、つややかな漆器の感触を指先で楽しみながら、地酒「獅子の里」を猪口ちょこに注いだ。

「……ううむ、この漆器の肌触り、まさに芸術。そして岩魚の淡白な中にある芯の通った旨味。越後ののどぐろが『動』なら、この岩魚は『静』の極みよな」

 だが、その美食の宴の最中、曾良の目が鋭く光った。

 給仕に立ち働いていた若い男の歩法ほほうが、あまりに音を立てぬことに気づいたのだ。伊達の刺客「黒脛巾組」の残党が、この静かな湯の町にまで牙を剥こうとしていた。

 芭蕉は、岩魚の小骨を口から出しながら、お琴にだけ聞こえる声で囁いた。

「……お琴殿。酒の代わりに、あの『薬粉やくふん』を。この湯の香りを、少しばかり濃くしてやろうではないか」

 深夜。芭蕉は湯船に浸かりながら、月を見上げて筆を走らせた。


山中やまなかや きくらじ にお


中国の伝説にある「菊水きくすい」を飲まなくても、この山中の湯に浸かるだけで長寿を得られるほど、素晴らしい湯の香であるという賛美の句。

隠密・宗房としての真意は「菊(皇室や権威の象徴)」を無理に折る(争う)ような野望など、この湯の香りの中では無意味であるという、平和への祈り。同時に、「匂い(煙)」に紛れて、刺客を眠り薬で密かに無力化した、芭蕉流の不殺ころさずの決着を示している。


「……曾良殿。菊を折るより、湯を愉しむのが、隠密の引き際というものだよ」

 脱衣所で眠りこけた刺客を横目に、芭蕉は湯上がりの肌をぬぐい、満足げに笑った。


第十七章:那谷寺なたでら奇岩きがんいしきざまれた隠密おんみつごう


 山中温泉を後にした芭蕉と曾良は、さらに南へと進み、那谷寺の山門をくぐった。

 そこには、人智じんちを超えた自然の造形があった。火山の噴火や長年の風雨に削られた白い奇岩が、まるで無数の髑髏どくろが積み重なったかのように、切り立った崖を成している。

「……曾良殿。これを見なされ。人間が石を彫るのではない。石が、時の流れを彫っておるのだ」

 芭蕉は、岩壁のいたるところに掘られた「岩屋いわや」を見上げ、吐息をついた。

 那谷寺は古来より「自然智じねんち」を説き、胎内くぐりによって死と再生を体現する修行の場である。隠密として手を汚し、血を流してきた者にとって、この地はあまりに眩しく、そして恐ろしかった。

 岩の隙間に潜むのは、伊達の残党、黒脛巾組の中でも「石隠いしかくれ」と呼ばれる、山岳戦闘を得意とする精鋭の一団であった。彼らは奇岩の影に同化し、芭蕉の首を狙って、音もなく間合いを詰めている。

 曾良は鋭い視線で背後の岩棚を射抜くが、芭蕉はそれを手で制した。

「曾良殿……今は、抜いてはならぬ。この石たちの前で、かねの音を響かせるのは、あまりに無作法というもの」

 芭蕉は、奇岩が織りなす「穴」の一つ、観音を祀る岩屋の前に静かに腰を下ろした。

 おもむろに矢立を取り出す。しかし、そこから放たれたのは、毒針でも煙幕でもない。

 芭蕉は、岩壁の白さを背景に、ただ黙々と、墨をり始めたのである。

 奇岩の影から、刺客の一人が音もなく飛び降りた。その手には、月光を吸い込むような黒い小太刀が握られている。だが、刺客は芭蕉の背後数寸のところで、思わず足を止めた。

 

 芭蕉の背中が、あまりに無防備で、そして「透き通って」見えたからである。

 芭蕉は刺客の殺気を肌に感じながらも、一言も発さず、ただ白い岩肌に筆を滑らせた。


いしや なつくさあかく つゆあつ

(※この句は那谷寺での実作ではありませんが、本編の雰囲気に合わせて作りました)


 白い岩から立ち上る乾いた匂いと、照りつける陽光。夏草の赤みと、消えぬ暑さを孕んだ露の対比。

隠密・宗房としての真意は 「石の香」とは、これまで歩んできた非情な道の冷たさ。「夏草赤く」とは、かつて流した血の記憶。「露暑し」とは、そのごうを背負いながらも、今、生きているという熱い命の証。

 

 芭蕉が書き終えた瞬間、石室に籠もる空気が一変した。

 その句に込められた「凄み」と「慈悲」の入り混じった精神の力に、刺客は戦慄した。この隠居は、ただの老人ではない。戦うことを捨てながら、自らの命をまるごと「一筆」に昇華させている。

 殺そうとすれば殺せる。だが、この男を殺せば、この世の「美しさ」そのものが損なわれてしまう――刺客の心に、武士としての誇りとは別の、根源的な畏怖いふが芽生えたのである。

 刺客は小太刀を納め、闇の中へと消え去った。

「……師匠。殺さずして、退けられましたか」

 曾良が傍らに歩み寄る。

「いや、曾良殿。石が彼らに教えたのだよ。この世には、斬れぬものもあるのだとな」

 芭蕉は筆を置き、那谷寺の白い奇岩群を仰ぎ見た。

 彼の目には、もう隠密としての殺気はなかった。ただ、一人の俳人として、これからの旅路に思いを馳せる、穏やかな光だけが宿っていた。


第十八章:敦賀つるがつき気比けひすな黄金こがねかに


 越前えちぜんの国、敦賀。

 この地には、北前船きたまえぶねが運ぶ富と、悠久の歴史をたたえる「気比神宮けひじんぐう」がある。芭蕉と曾良が境内に足を踏み入れると、そこには他では見られぬ清浄な「白砂しらすな」が敷き詰められていた。

「……曾良殿、この砂を見なされ。かつて遊行上人ゆぎょうしょうにんが、自ら泥を運び、草を刈って道を整えたという。この清らかさは、一朝一夕いっちょういっせきわざではないな」

 芭蕉は、かつての武士としての己を省みるように、静かに砂を踏みしめた。

 今宵、二人が腰を下ろしたのは、敦賀湾を望む一軒の料理屋である。

 お琴の手配により、座敷には北陸の冬の王者が、一足早く届けられていた。

越前蟹えちぜんがにの洗い: 氷水で締められ、花が咲いたように盛り付けられた透明な身。口に運べば、海の甘みが凝縮された贅沢な味が広がる。

焼きさば: 脂の乗った鯖を香ばしく焼き上げ、生姜を効かせたもの。敦賀の宿場町ならではの、豪快かつ繊細な逸品。

小鯛こだい笹漬ささづけ: 酢の香りが爽やかな加賀・越前の名産。これを地酒の冷酒れいしゅで流し込む。


「……おお、蟹のこの甘み。江戸の喧騒けんそうも、隠密の殺伐さつばつも、この一献いっこんに溶けていくようだ」

 芭蕉は、蟹のからを丁寧にき、曾良の盃に酒を注いだ。

「曾良殿。お主も、最初の頃は石のような顔をしておったが、ようやく良い『俳人はいじん』の面構つらがまえになってきたな」

 曾良は照れたように目を伏せ、静かに蟹を口にした。

 深夜。二人は再び気比神宮の鳥居の前に立った。

 あいにくの雲が月を隠していたが、芭蕉はむしろ、その「見えぬ月」にこそ風情を感じていた。


つききよし 遊行ゆぎょうてる すなうえ


 遊行上人が運び、今もなお清められている神社の白砂。その上に、月光が注いでいる。その神々しいまでの静寂を詠んだ句。

隠密・宗房としての真意は「砂」とは、人間の悩みや業が、時を経て細かくなったもの。その上に降り注ぐ「月(幕府、あるいは絶対的な真理)」の光は、もはや芭蕉を隠密・宗房むねふさとして縛り付ける鎖ではない。かつて血判状を捨てた自分の選択が、この白砂のように清らかなものであったと、月光が証明しているように感じたのである。

「……さあ、曾良殿。月も高く上がった。明日は、いよいよこの旅の『むすび』の地へ向かうとしようか」

 敦賀の夜風は、どこまでも優しく、二人の背中を押していた。


最終章:大垣おおがきむすび、はまぐりふたあらたなる旅立たびだ


 元禄二年九月。

 奥州から北陸を巡り、二千四百キロに及ぶ壮絶な旅を続けてきた芭蕉と曾良は、ついに美濃の国、大垣へと辿り着いた。

 水門川すいもんがわほとりでは、旅の無事を祈り続けていた門人たちが、今か今かと師の姿を待ちわびていた。

「おお……師匠! 曾良殿!」

 駆け寄る門人たちの輪の中に、かつて日光や松島で助けを得た、お琴や志乃の姿もあった。彼女たちは今、幕府の協力者としてではなく、ただ師を慕う一人の女性として、晴れやかな笑顔を見せている。

 その夜、大垣の豪家・岡田家の座敷で、盛大な「むすびの宴」が催された。

 運ばれてきたのは、桑名から取り寄せた大振りの「はまぐり」の料理であった。

蛤の潮汁うしおじる: 殻から溢れんばかりの身。その澄み切った出汁は、旅の泥をすべて洗い流してくれるような清冽せいれつな味わい。

焼き蛤: 醤油の焦げた香りが食欲をそそり、噛みしめるほどに磯の旨味が口いっぱいに広がる。

「……ふむ。蛤の身とふたが、こうしてぴたりと重なるように、我らの旅もようやく一つの『形』になったようだ」

 芭蕉は、かつての武士・松尾宗房としてではなく、一人の老俳人として、門人たちと盃を交わした。その懐には、柳沢吉保から届いたばかりの、小さな、だが重みのある書状があった。

『――血判状の件、闇に消えた「夢」として処理せり。宗房の隠密録、これにて完結とす。これからは、ただ風に吹かれて詠むが良い』

 吉保からの、最高のねぎらいであった。

 深夜。芭蕉は曾良と二人、川面に映る月を眺めていた。


はまぐりの ふたみにわかれ あき


 蛤の身と蓋が分かれるように、親しい人々とも別れ、自分はまた伊勢へと旅立っていく。秋が深まりゆく寂しさと、新たな旅への予感。

隠密・宗房としての真意「ふたみ」とは、二見ふたみの浦への地名と共に、隠密としての「裏」と俳人としての「表」という、二つの顔の決別を意味している。

 身と蓋が分かれる痛みはあっても、それは真に自由な「個」としての人生の始まり。これまで芭蕉を守り、監視してきた曾良とも、ここで一つの区切りをつけ、互いに自立した師弟として歩み出す決意を込めている。


「……曾良殿。お主のおかげで、面白い句が山ほど詠めた。感謝するぞ」

「師匠……。私は、貴方の『推敲』に一生付き合うと決めております。伊勢へも、その先へも」

 曾良の瞳には、かつての冷徹な光はなく、ただ師への深い敬愛が宿っていた。


エピローグ:風狂ふうきょうてに


 翌朝、大垣の船着き場。

 芭蕉は小舟に乗り込み、伊勢へ向かってゆっくりと漕ぎ出した。

 見送る人々の中に、お琴たちが手を振る姿が見える。

 この時、日本の文芸史にひとつの巨大な「金字塔」が打ち立てられたのである。だが、当の芭蕉はそんなことには無頓着むとんちゃくであった。

 彼はただ、伊勢で待っているであろう「赤福あかふく」の餅や、新たな旨い酒に思いを馳せていただけかもしれない。

 隠密・松尾宗房は死に、俳聖・松尾芭蕉が、秋風の中へと消えていく。

 その背中を追うように、一羽の鳥が、天の河の向こうへと羽ばたいていった。

(完)

物語を書き終えた今、心地よい旅の疲れを感じている。

 大垣での「蛤のふたみに別れ」の一句を綴ったとき、ようやく芭蕉と曾良という二人の男が、組織の鎖から解き放たれ、一人の人間として私の手から離れていったように思う。

 この物語を構成するにあたり、最も大切にしたのは「芭蕉の決断」である。血判状という最強の武器を破り捨て、柳沢吉保という強大な権力者と「沈黙」という名の信頼で結ばれたその姿は、組織に生きる現代の私たちにとっても、一つの理想の形ではないだろうか。

 各地の美食、厳しい自然、そして命を狙い合う緊張感。それらすべてを「風流」という器に収め、物語を紡ぐ過程は、私にとっても至福の時間であった。

 最後に、この物語の完成を共に喜び、見届けてくださったすべての方々に、心からの感謝を捧げたい。

 道はまだ、伊勢へ、そしてその先へと続いている。

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