旅立ち
第四話:瓦礫の街を抜けると、風の匂いが変わった。
死の匂いはまだ残っているが、どこか乾いた土の匂いが混ざっている。
英世は歩きながら、ポケットからスマホを取り出した。
画面は点く。バッテリーも残っている。
しかし——。
「……やっぱりダメだな」
英世はため息をついた。
「カメラとライト以外、全部死んでる。
ネットもGPSも、何一つ繋がらん」
隣を歩くイザナギが、無音のまま口を開く。
「通信衛星とのリンクが完全に断たれています。
原因は“転移”です」
「転移……?」
「はい。
地球そのものが、衛星の通信範囲から外れたと推測します」
英世は思わず笑った。
「世界ごと動かされたってことかよ」
「肯定します。
神の干渉による空間座標の移動。
ネメシス計画のデータバンクに記録があります」
イザナギは続ける。
「事件直前、衛星地図に異常がありました。
複数の新しい大陸が出現しています」
英世は足を止めた。
「……大陸?」
「はい。
既存の地球地図とは一致しません。
神の干渉による“地理情報の上書き”の可能性が高いです」
英世は空を見上げた。
割れた天蓋の向こうに、別の世界が覗いているような気がした。
(記憶の改変……
蓮のことを思い出した時の、あの妙な感覚……
あれも“上書き”の一種だったのか)
胸の奥がわずかにざわつく。
だが蓮の顔を思い浮かべると、
それはすぐに“普通の記憶”として馴染んでしまう。
英世は歩みを止め、イザナギに向き直った。
「……イザナギ」
「はい、マスター」
「明人蓮のことだ。
お前のデータで調べろ。
戸籍でも、計画の記録でも……何でもいい。
“本当にいたのか”確かめたい」
イザナギの瞳が淡く光る。
「照会を開始します」
数秒の沈黙。
「報告します」
英世は息を呑む。
「まず、戸籍情報について」
「明人蓮の戸籍は“完全に正常”です。
出生記録、学籍、医療記録、行政データ……
全て“昔から存在していた”と整合しています」
英世は眉をひそめた。
「……全部、か」
「はい。
不自然な点は一つも検出されません」
イザナギは続ける。
「次に、ネメシス計画の内部記録を照会しました」
英世の心臓がわずかに跳ねた。
「蓮の名前は……あったのか?」
「ありません。
計画関連の資料に“明人蓮”という名前は一度も登場しません」
英世の背筋が冷えた。
「……どういうことだ」
「推測を述べます。
蓮は“世界側の記録”には存在し、
“計画側の記録”には存在しない。
これは——」
「“後から追加された存在”ってことか」
「肯定します」
英世は拳を握った。
「……クソが」
胸の奥のざわつきは、
もう“違和感”ではなく“怒り”に変わっていた。
「……物資を確保するぞ。
近くにコンビニがあったはずだ」
「了解しました」
◆ コンビニ
郊外のコンビニは、半壊していた。
ガラスは割れ、看板は斜めに折れ曲がり、店内は薄暗い。
英世が足を踏み入れようとした瞬間——
「やめろッ!来んなって!!」
「お兄ちゃん逃げてってば!!」
悲鳴が聞こえた。
英世は反射的に店内へ駆け込む。
イザナギは音もなく続いた。
店内では、二人の少年少女がモンスターに追い詰められていた。
「伏せろ!」
二人が床に倒れ込む。
次の瞬間、イザナギがモンスターの背後に回り込んでいた。
「排除します」
その声と同時に、モンスターの首が宙を舞った。
英世は銃を下ろし、二人に近づいた。
「怪我は?」
少年が震えながら答えた。
「だ、大丈夫……っす……!」
少女は兄の袖を掴んだまま、涙目で震えている。
少年が息を整え、名乗った。
「俺……明人 良空です……
こっちは妹の美怜です……」
英世は自然に頷いた。
「ああ……蓮の弟と妹か」
良空は驚いたように目を見開いた。
「えっ……英世さん、蓮のこと知ってるんですか?」
「同じクラスだったからな」
美怜が震える声で言った。
「……蓮お兄ちゃんが、迎えに来るはずだったのに……」
英世は静かに答えた。
「蓮なら……大丈夫だ。
あいつ、しぶといからな」
◆ 同行
良空は英世に向き直った。
「お願いです……
一緒に行かせてください……
俺たち、もう一人じゃ……」
英世は少し迷ったが、結局頷いた。
「……好きにしろ」
美怜は涙を拭きながら、小さく笑った。
「ありがとう……」
イザナギは英世の横に立ち、静かに言う。
「マスター。
明人家の同行は、危険要素を含みます」
「分かってる。
でも……放っておけないだろ」
良空と美怜は、英世とイザナギの後ろに続いた。
英世は空を見上げた。
赤黒い空。
割れた天蓋。
神の亀裂。
「……新しい大陸。
そこに何があるのか確かめるしかないな」
良空は不安げに呟いた。
「蓮……絶対、無事だよな……」
英世は答えた。
「……あいつなら、生きてる」
胸の奥のざわつきは、まだ消えなかった。
第四話:完




