少年
はじめまして、「箱庭のネメシスは恋を知る」を読んでくれてありがとうございます!
この物語は毎日更新していく予定です。
気軽に感想やコメントを書いてくれると、めちゃくちゃ励みになります!
それでは、ネメシスの冒険、どうぞお楽しみください。
第二話:始まりは、あまりに些細な「違和感」だった
始まりは、本当に些細な違和感だった。
コーヒーの香り。
初夏の陽射し。
テレビから流れる退屈な経済ニュース。
永田町、議員会館の一室。
世界が終わるには、あまりにも平和すぎる朝。
国守英世は、そのすべてを覚えている。
忘れられるはずがない。
——『完全記憶』だからだ。
◆
カップを置く、硬質な音。
コトリ。
その瞬間。
視界の端で、何かが“ズレた”。
「……?」
窓の外。
二百メートル級の高層ビル。
その上半分が、ぐにゃりと歪んだ。
崩れたんじゃない。
消えたんでもない。
空間の中に、別の何かが“割り込んできた”。
巨大な樹木の根。
山みたいな質量。
あり得ない物体が、東京のど真ん中に突き刺さっている。
「……幻覚か?」
次の瞬間。
床が浮いた。
違う。
建物ごと、傾いている。
重力が狂う。
窓の外では、
ビルの隙間に山脈が現れ、
道路の先に海が湧き、
空がガラスみたいにヒビ割れていた。
世界が、無理やり縫い合わされていく。
物理法則が、書き換えられていく。
◆
そして。
頭の奥に、直接「それ」が響いた。
『——ああ、素晴らしい』
声じゃない。
思考の侵入。
意識を無理やり掴まれる感覚。
『接続は成功だ』
傲慢。
退屈。
命を数としか見ていない視線。
——格が違う。
『天罰だ』
『全ての命よ、殺し合え』
『最後に生き残った百匹だけ、飼ってやる』
軽い。
あまりにも軽い口調。
人類滅亡が、ただの娯楽みたいに。
◆
次の瞬間。
地獄が始まった。
【助けて】
【嫌だ】
【死にたくない】
【嘘だろ】
感情。
濁った奔流。
議員会館、官邸、霞が関。
半径数キロ圏内にいる人間たちの絶望が、
一斉に英世の脳へ流れ込む。
——『共感覚的読心』。
制御不能。
遮断不能。
「……ッ、が……!」
膝が崩れる。
頭が焼ける。
他人の恐怖が、自分の恐怖になる。
警官が一般人に銃を向ける。
官僚が部下を突き飛ばして逃げる。
親が子の手を振り払う。
理性が剥がれ落ち、
本音だけがむき出しになる。
醜悪で。
滑稽で。
そして、あまりにもリアル。
「……黙れ……」
だが、記憶は消えない。
全部、残る。
永遠に。
◆
「英世」
低い声。
顔を上げる。
父——国守総理だった。
世界が崩れているのに、その目は異様に冷静だった。
「政府はこれより極秘施設へ移動する」
「……俺は?」
「来い」
「国民は?」
一瞬の沈黙。
「圧倒的な力の前では、選別しかない」
その心が、読めてしまった。
恐怖。
保身。
そして——計算。
(ああ)
理解する。
この人はもう、“百匹”に入る算段をしている。
国民じゃない。
自分が生き残るための計算。
「ネメシスを解凍しろ」
父は側近に命じる。
「対神決戦兵器——イザナギを起動する」
「待てよ、父さん!」
呼び止める。
振り返らない。
ただ背中だけが遠ざかる。
その瞬間、悟った。
自分は。
父にとっても。
神にとっても。
ただの駒だ。
消耗品だ。
◆
「……ふざけるな」
唇を噛む。
血の味。
この日の光景。
この日の匂い。
この日の絶望。
全部、記憶に刻む。
絶対に忘れない。
いつか叩き返すために。
◆
それから数時間。
永田町は、地獄になった。
兵器は通じない。
怪物が街を喰う。
人が人を裏切る。
英世は一人、彷徨った。
心が読めるから分かる。
誰が自分を囮にするか。
誰が裏切るか。
だから、先に切り捨てる。
冷徹に。
機械みたいに。
生き残るためだけに。
心が、削れていく。
人間でいる意味が、分からなくなる。
◆
——そして。
閃光。
怪物が、まとめて消えた。
音もなく。
跡形もなく。
土煙の中。
一人の少女が立っていた。
白銀の髪。
無機質な瞳。
そして。
(……静かだ)
何も聞こえない。
感情が、存在しない。
世界で初めて出会った“無音”。
地獄の中の、唯一の静寂。
英世は思った。
ただ、純粋に。
——美しい、と。
(第二話 完)
第二話を読んでくれてありがとうございました!
次回もさらに世界の異変が加速していきます。
感想や応援コメント、ぜひ気軽に書いてください✨




