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箱庭のネメシスは恋を知る  作者: 白鷺凛
旅立ちの日
2/7

少年

はじめまして、「箱庭のネメシスは恋を知る」を読んでくれてありがとうございます!

この物語は毎日更新していく予定です。

気軽に感想やコメントを書いてくれると、めちゃくちゃ励みになります!

それでは、ネメシスの冒険、どうぞお楽しみください。

第二話:始まりは、あまりに些細な「違和感」だった


 始まりは、本当に些細な違和感だった。


 コーヒーの香り。

 初夏の陽射し。

 テレビから流れる退屈な経済ニュース。


 永田町、議員会館の一室。


 世界が終わるには、あまりにも平和すぎる朝。


 国守英世は、そのすべてを覚えている。


 忘れられるはずがない。


 ——『完全記憶』だからだ。


     ◆


 カップを置く、硬質な音。


 コトリ。


 その瞬間。


 視界の端で、何かが“ズレた”。


「……?」


 窓の外。


 二百メートル級の高層ビル。


 その上半分が、ぐにゃりと歪んだ。


 崩れたんじゃない。

 消えたんでもない。


 空間の中に、別の何かが“割り込んできた”。


 巨大な樹木の根。

 山みたいな質量。


 あり得ない物体が、東京のど真ん中に突き刺さっている。


「……幻覚か?」


 次の瞬間。


 床が浮いた。


 違う。

 建物ごと、傾いている。


 重力が狂う。


 窓の外では、


 ビルの隙間に山脈が現れ、

 道路の先に海が湧き、

 空がガラスみたいにヒビ割れていた。


 世界が、無理やり縫い合わされていく。


 物理法則が、書き換えられていく。


     ◆


 そして。


 頭の奥に、直接「それ」が響いた。


『——ああ、素晴らしい』


 声じゃない。


 思考の侵入。


 意識を無理やり掴まれる感覚。


『接続は成功だ』


 傲慢。

 退屈。

 命を数としか見ていない視線。


 ——格が違う。


『天罰だ』


『全ての命よ、殺し合え』


『最後に生き残った百匹だけ、飼ってやる』


 軽い。


 あまりにも軽い口調。


 人類滅亡が、ただの娯楽みたいに。


     ◆


 次の瞬間。


 地獄が始まった。


【助けて】

【嫌だ】

【死にたくない】

【嘘だろ】


 感情。


 濁った奔流。


 議員会館、官邸、霞が関。

 半径数キロ圏内にいる人間たちの絶望が、

 一斉に英世の脳へ流れ込む。


 ——『共感覚的読心』。


 制御不能。

 遮断不能。


「……ッ、が……!」


 膝が崩れる。


 頭が焼ける。


 他人の恐怖が、自分の恐怖になる。


 警官が一般人に銃を向ける。

 官僚が部下を突き飛ばして逃げる。

 親が子の手を振り払う。


 理性が剥がれ落ち、

 本音だけがむき出しになる。


 醜悪で。

 滑稽で。

 そして、あまりにもリアル。


「……黙れ……」


 だが、記憶は消えない。


 全部、残る。


 永遠に。


     ◆


「英世」


 低い声。


 顔を上げる。


 父——国守総理だった。


 世界が崩れているのに、その目は異様に冷静だった。


「政府はこれより極秘施設へ移動する」


「……俺は?」


「来い」


「国民は?」


 一瞬の沈黙。


「圧倒的な力の前では、選別しかない」


 その心が、読めてしまった。


 恐怖。

 保身。

 そして——計算。


(ああ)


 理解する。


 この人はもう、“百匹”に入る算段をしている。


 国民じゃない。

 自分が生き残るための計算。


「ネメシスを解凍しろ」


 父は側近に命じる。


対神決戦兵器ネメシス——イザナギを起動する」


「待てよ、父さん!」


 呼び止める。


 振り返らない。


 ただ背中だけが遠ざかる。


 その瞬間、悟った。


 自分は。


 父にとっても。

 神にとっても。


 ただの駒だ。

 消耗品だ。


     ◆


「……ふざけるな」


 唇を噛む。


 血の味。


 この日の光景。

 この日の匂い。

 この日の絶望。


 全部、記憶に刻む。


 絶対に忘れない。


 いつか叩き返すために。


     ◆


 それから数時間。


 永田町は、地獄になった。


 兵器は通じない。

 怪物が街を喰う。

 人が人を裏切る。


 英世は一人、彷徨った。


 心が読めるから分かる。


 誰が自分を囮にするか。

 誰が裏切るか。


 だから、先に切り捨てる。


 冷徹に。

 機械みたいに。

 生き残るためだけに。


 心が、削れていく。


 人間でいる意味が、分からなくなる。


     ◆


 ——そして。


 閃光。


 怪物が、まとめて消えた。


 音もなく。

 跡形もなく。


 土煙の中。


 一人の少女が立っていた。


 白銀の髪。

 無機質な瞳。


 そして。


(……静かだ)


 何も聞こえない。


 感情が、存在しない。


 世界で初めて出会った“無音”。


 地獄の中の、唯一の静寂。


 英世は思った。


 ただ、純粋に。


 ——美しい、と。


(第二話 完)

第二話を読んでくれてありがとうございました!

次回もさらに世界の異変が加速していきます。

感想や応援コメント、ぜひ気軽に書いてください✨

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