天罰と邂逅
はじめまして、「箱庭のネメシスは恋を知る」を読んでくれてありがとうございます!
この物語は毎日更新していく予定です。
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それでは、ネメシスの冒険、どうぞお楽しみください。
第一話:空は、『あの日』死んだ。
それだけで十分だった。
理由なんて、あとからどうでもよくなる。
ただ、青かったはずの天蓋は、熟れすぎた果実みたいに赤黒く濁り、ガラスのような亀裂が無数に走っていた。
そして。
割れ目の奥から、何かが落ちてくる。
人ではない。
獣でもない。
説明不能の異形。
——モンスター。
神が地上に放った「掃除係」。
後に人々がそう呼ぶことになる存在だ。
そいつらは、文明を、歴史を、日常を、紙屑みたいに踏み潰していった。
◆
「……うるさい」
国守英世は、瓦礫の山となった旧永田町の中心で耳を塞いだ。
爆発音がうるさいわけじゃない。
悲鳴がうるさいわけでもない。
もっと内側。
脳の奥。
直接、掻き回されている。
【死にたくない】
【助けて】
【痛い】
【なんで私が】
感情。
他人の感情。
それが濁流みたいに流れ込んでくる。
黒い泥の奔流。
英世の特異体質——『共感覚的読心』。
周囲の人間の心が、強制的に聞こえる。
切ることも、閉じることもできない。
「黙れ……」
頭が割れそうだ。
しかも最悪なのは、それだけじゃない。
『完全記憶』。
一度見たもの、聞いた声、嗅いだ臭い。
全部、消えない。
永遠に残る。
つまり。
この地獄は、一生再生され続ける。
「……はは」
乾いた笑いが漏れた。
拷問かよ。
◆
視界の先。
避難民の集団が霧の向こうに希望を見つけたように顔を上げる。
『おーい! 助けてくれ!』
『こっちだ、早く!』
救助の声。
人間の声。
だが英世には分かる。
色が違う。
感情がない。
あるのは、ただ一色。
——飢餓。
「騙されるな! そいつは人間じゃない!」
叫ぶ。
誰も止まらない。
次の瞬間。
霧の中から現れたモンスターが、人々に飛びかかった。
悲鳴。
混乱。
逃げ惑う足音。
地獄絵図。
英世は動かない。
助けない。
ただ観察する。
(覚えろ)
どうせ忘れられない。
なら全部データにしろ。
生き残るための材料に変えろ。
それが彼の生存戦略だった。
◆
「……父上」
瓦礫の向こうに、かつての記憶がよぎる。
官邸の庭。
薔薇を愛でる男の背中。
現職総理大臣。
そして自分は、その隠し子。
表に出せない存在。
便利な駒。
「あなたが守ろうとした日本は、もう終わりましたよ」
世界が壊れた日。
空が割れた日。
あの“神”は言った。
『天罰だ。殺し合え。最後の百匹だけ飼ってやる』
宣告。
遊び。
人類はただの娯楽。
(ああ、なるほど)
妙に納得してしまった自分がいた。
この世界は最初から、誰かの箱庭だったのだ。
◆
その時。
不意に。
——静寂が訪れた。
「……え?」
ノイズが消えた。
頭の中が、空っぽになる。
感情が一切流れ込んでこない。
初めての無音。
初めての静寂。
風の音が、こんなに優しかったなんて知らなかった。
そして。
轟音。
空から何かが落ちてきた。
衝撃波が瓦礫を吹き飛ばす。
土煙の中心。
銀色の閃光。
そこに立っていたのは——
一人の少女だった。
白銀の長い髪。
無機質な軍服。
ガラスみたいな瞳。
そして。
(……聞こえない)
何も。
怒りも。
恐怖も。
殺意も。
感情が、存在しない。
人間なのに。
空白。
完璧な無。
英世にとって、それは世界で唯一の救いだった。
少女が口を開く。
「……生存を確認。国守英世を識別」
機械的な声。
「ネメシス計画所属、対神決戦兵器個体名イザナギ。あなたを暫定マスターとして認証します」
「……は?」
理解が追いつかない。
だが。
モンスターの群れが迫る。
少女は片手を向けた。
「——排除」
瞬間。
空間が歪んだ。
音もなく。
光もなく。
ただ。
モンスターの群れが、存在ごと消えた。
跡形もなく。
まるで最初からいなかったみたいに。
「……なんだよ、お前」
「兵器です」
少女は膝をつく。
「指示を、マスター」
その姿を見た瞬間。
英世の中で、何かが決まった。
総理の息子でも。
捨てられた子供でもない。
もういい。
「……手を貸せ」
「了解」
差し出された手は、冷たかった。
人の体温じゃない。
なのに。
不思議と、安心した。
「神様」
赤黒い空を睨む。
「お前の箱庭、壊してやるよ」
少女の手を握り返す。
「イザナギ。君には感情はあるのか?」
「不要です。私は兵器です」
「……そっか」
英世は小さく笑った。
「じゃあ、僕が教えてやる」
絶望も。
痛みも。
そして。
「——神を殺す奇跡も」
天罰の炎が降る世界で。
少年と兵器は歩き出す。
復讐のために。
この世界を書き換えるために。
ネメシスは、まだ恋を知らない。
(第一話 完)
今日の話を読んでくれてありがとうございました!
ネメシスの世界、少しは楽しんでもらえましたか?
次回もどんどん展開していく予定なので、ぜひまた遊びに来てください!
感想や応援コメントも待ってます✨




