63曲目 異世界と現実世界のはざまで
「ふぅ~……。怖かったぁ……」
私は目を覚ます。
私の体はまだ震えている。なんといっても、あれだけの数のブラックウルフを相手にしたんだもの。
窓の外からは太陽の光が差し込み、鳥のさえずりが聞こえてくる。部屋の中を見回すと、私は現実世界に戻ってきたんだと安心する。
「いや、いくら足の速い交通手段が必要だからって、魔物を手懐けようと考えるあたり、兄さんたちは何を考えているのよ」
すっかり目の覚めた私は、頭を抱えて文句を言ってしまう。
兄さんたちが今いる世界じゃないから、聞かれる心配はないだろうけど、リリアとして寝言を発していたらどうしようとは考えちゃうかな。
次の瞬間、私のお腹が鳴って、改めて現実へと引き戻される。
「はあ、とりあえず朝食にしましょう」
布団から出た私は、顔を洗って歯磨きをすると、朝食の支度にかかった。
今日も一限から講義があるので、とにかく急がないとね。
余裕をもって起きたとはいっても、途中で何があるか分かったものじゃないからね。
朝食を食べながら、私は改めてスマートフォンを確認する。だけど、これといった情報はない。
正月から行方不明になった兄さんたちの情報は、こちらの世界ではまったく見つからない。まるで最初からいなかったんじゃないかっていうくらいに、何の情報も出てこない。
ただ、私や関係者たちの記憶にはしっかりあるので、いたのは間違いない話なんだけど、捜索してもまったく情報が出てこないからなぁ……。
「とりあえず、私だけが持っている情報なのよね、兄さんたちがまさか異世界に飛ばされたっていうのは」
私は眉間にしわを寄せながら、もぐもぐと朝食を食べ続ける。
大きくため息をついて、私は片付けにかかる。ゆっくりしてられないんだもの。
「行ってきます」
一人暮らしで誰もいないアパートの部屋に挨拶をすると、私は大学に向けてアパートを後にした。
そうして、昼休みを迎える。
いつものように蓮美と一緒に、大学の構内で食事を食べる。
「どうしたのよ、由利。なんだか元気なさそうだけど」
「うん、なんでもないわよ」
急に心配そうにのぞき込んでくる蓮美の姿に、私はついびっくりしちゃったわ。まったく、妙なところで鋭いんだから。
私はあんまり悟られないようにと、呼吸をゆっくり整えていく。
「変な由利」
蓮美には首を傾げられちゃったけど、とりあえず大丈夫かな、うん。
昼食を再開させたけれど、蓮美には再び声をかけられてしまう。
「ねえ、由利」
「なあに、蓮美」
「なんで急に、姉さんのバンドの楽譜を貸してとか言ってきたのよ。私がコピーを持っていたからすぐに貸せたけど、理由を聞かせてもらってもいい?」
「うぐっ!」
遠慮のない蓮美の質問に、私は思わずのどに詰まらせそうになってしまう。
「きゃあ、由利。大丈夫?!」
むせっかえる私の背中をトントンと叩きながら、蓮美が心配してくれている。
いや、驚く質問をしてくるから、本当に大変なことになっちゃったわ。
どうにか私は無事に生還する。
「ふぅ……」
「もう、びっくりさせないでよね」
「ごめん」
蓮美には一応ちゃんと謝っておくわ。心配かけちゃったのは事実だからね。
もう一度飲み物を口に含み、私は気持ちを落ち着ける。
「それで、姉さんのバンドの楽譜はどうして必要だったの?」
「うん、ちょっと音楽を勉強してみようかなって思ってね。それで、兄さん以外で身近なところからってことで、蓮美に声をかけたの」
「ふ~ん? まあ、興味あるのなら姉さんに声をかけるわよ? メンバーはいつでも募集しているからね」
「あはは、い、一応考えておくわ」
蓮美の言葉にちょっと怖さを感じながらも、私はとりあえず笑ってごまかしておいた。
そう、私が兄さんたちに渡した楽譜は、蓮美のお姉さんのバンドの楽譜だったのよね。いや、まさかマイク同様に向こうの世界に持ち込めるとは思ってもみなかったわ。
方法は実にシンプルなものだった。
私がただ持っているだけじゃダメだった。マイクに接触させるような形で持っていることで、向こうの世界に持っていけることが分かった。
これなら、兄さんたちの未発表の楽曲も、もしかしたら向こうの世界で完成させることができるかも知れない。
私はそう考えた。
あっ、ちなみにだけどこっちの世界に持って帰るのも、私のマイクに接触させて握っていることでできたわよ。まったく、なんなのかしらね、このマイクは。
ここまで来ると、こっちと向こうの世界をつなぐ媒体としか思えなくなってくる。そんな不思議なことなんてあるんだろうかな。
「ちょっと、由利。さっきから一人の世界に入らないでよ」
「あっ、ごめん、蓮美」
いけないいけない。まだお昼休みの真っ最中だったわ。
いろいろと考え込むのは、家に戻って一人になってからにしよう。
目の前の友人を放っておくのは言語道断と、私は自分の頭をこつんと叩いておいた。
「本当に、最近の由利は変よ。悩みがあるんだったら相談してよね」
「うん、ありがとう」
心配してくれる友人に対して、私は心からお礼を言っておく。
現実世界と異世界を行ったり来たりするというへんてこな生活は、まだ当分続きそうだわね。
いつまでこうやって気を揉まなきゃいけないのかしら……。
改めて、私は兄さんたちについていって、魔王を倒すお手伝いを続けることを決意したわ。




