56曲目 由利の悩み
「まったく、どうしてこういうことになってるのよ……」
私は暮軽由利。
リリアとして眠ると、現実世界の自分が目を覚ますという謎の現象に見舞われているわ。
ここまで一週間以上が経っているんだけど、この謎現象を他の誰にも相談できなくて困っているわ。おかげで、ちょっと寝不足になりがち。講義もバイトも危うくなりそうで怖いわ。
「私がゴブリンのリリアとして異世界で生活していて、兄さんたちが楽器となって美少女たちに使われているって、どこの三文小説みたいな展開なのよ」
目が覚めた私は、とにかく頭を抱えている。
だけど、私はこれを現実として受け入れないといけなかった。というのも、夢の中の私が持っているハンドマイクを、私も所持しているという現実があるからよ。これさえなければ、夢だよねで笑い飛ばせるのに……。はあ。
ハンドマイクという現実が目の前にある時点で、とても頭が痛い話だった。
「それにしても、魔王討伐かぁ……。音楽しか取り合えのない兄さんたちで、はたして打ち倒せるのかしら。分からなくて困るわね」
リリアとしての自覚も生まれてからというもの、私もあっちの世界に関わることになってしまったので、リリアが眠っている間も私はずっと頭を悩ませてしまう。
「とりあえず、休み時間とかを使って向こうの地理を書き出すことにしましょうか。小説とかである展開なら、魔王を倒すまで兄さんたちはこっちに戻ってこれないのは間違いないはず。ならば、私の頭を使ってそれを少しでも早く実現できるように頑張らなくちゃ」
起きて大学に行く準備をしながら、私は私としてできることをただ考えることにした。
だけど、本当にこれを誰にも相談できないというのはつらいものがある。相談したところで、頭がおかしくなったとしか思われないだろうからね。
兄さんが行方不明になった現状なら、なおさらというものだわ。インディーズバンドの暮軽利威度が私の兄だっていうのは、知ってる人は知っている話だから。
大きなため息をつきながら、私は朝食を食べ始める。
余計なことは考えないでおこう。そう考えながら、私は朝食を食べ終えたのだった。
電車を乗り継いで、私は大学へとやってくる。
相変わらず、東京の街中の混み具合といったら地獄のようなものだわ。
(これを思うと、異世界の街って人がまばらでいいわよね)
リリアとしての体験とつい比べてしまう。
「どうしたのよ、由利。ため息なんかついちゃってさ」
「わっ! 急に背中を叩かないでよ」
「ごめんごめん」
急に現れたのは、同じ学科に通う獅子谷蓮美。身内がインディーズバンドをしているという共通点で仲良くなった、とにかく気さくな人よ。当然ながら、私の兄さんのこともよく知っている。
「お兄さんが行方不明になって大変よね。結局見つかってないんでしょ?」
「うん。車で山道を走っていることまでは分かっているんだけど、車自体が発見されていないからね」
「どこに行っちゃったのかしらね。あたしの双子の妹もライバルがいなくて退屈とか言ってるのよ。あの子の相手も大変だから、さっさと戻ってきてもらいたいものだけどね」
蓮美は腰に手を当てながら、大きなため息をついているようだった。
どうやら、兄さんたちの行方不明は業界にもいろいろと影響を与えているみたいだわね。
「ねえ、蓮美」
「なにかしら、由利」
心配してくれる蓮美だからと思って、私は思い切って話をしてみようと決意した。
このまま自分一人で抱えるの限界なのよ。誰かに話して、少しは楽になりたいわ。
「お昼休みに話があるんだけど、ちょっといいかな?」
「いいわよ。最近の由利ってばずっと考えごとをしているみたいだからね。あたしでよければ相談に乗るわ」
蓮美はこう言ってくれたので、私の気持ちはちょっと楽になった。
午前中はみっちり講義が入っているし、他の人たちの目もあるのでとにかく話せない。だから、他の人と距離が取れる昼食まで待つしかなかったのよ。
「で、どうしたのよ」
昼食を購入した私たちは、人の来なさそうな場所を選んで二人っきりになる。
菓子パンをひと口かじった蓮美は、私に改めて話しかけてくる。
だけど、私はなかなか話を切り出す踏ん切りがつかない。やっぱり頭がおかしいと思われちゃ困るので、そこで躊躇してしまうというわけなのよ。
「まったく、黙ってちゃ分からないわ。親友とまではいかなくても、友人なんだから話してちょうだいよ」
蓮美がこういうので、私は少し気持ちが楽になる。
やっぱり、持つものは友人なんだって思わされるというものだわ。
となると、あとは私が勇気を出して相談を持ち掛けるだけか。蓮美の態度で決心がついたし、私は思い切って、今抱えている悩みを蓮美に打ち明かすことにした。
はっきりいって、どんな風に思われるかは分からないけれど、ここ十日間の間に起きた内容をすべて話していく。
当然だけど、蓮美は引いていたわね。
「なるほど……。見つからないのは異世界に吹き飛ばされたからってわけか」
「信じてくれるの?」
「いや、信じるわけじゃないけれど、その方がいろいろとつじつまが合う気がしてね。あたしでよければいくらでも相談してちょうだい」
「ありがとう、蓮美」
私は目の前の友人にものすごく感謝をした。
食事を終えた私は、兄さんたちのいる世界の地図をノートに描いて、蓮美と時間の許す限り話をしたのだった。




