51曲目 暮軽由利
「はあ、すごい夢を見たわ……」
私は目を覚ましていた。
えっと、私は暮軽由利よ。暮軽って変だと思うかもしれないけれど、私の苗字なんだからね。おかげで結構覚えてもらえるわ。
っと、誰に向かって私は話をしているのよ。
「変な夢だったわね。私がゴブリンで、兄さんがリードギターとか……。普通に誰かに話したら、頭がおかしくなったとか言われそうだわ」
体を起こした私は、額に手を当てながら夢の感想をつぶやいていた。
でも、私は夢と思いつつも、夢とは思えない感じを覚えている。
というのも、夢の中でリリアが眠ったと思ったら、私が目を覚ました。となると、私はこっちの自分とリリアの体を意識が行ったり来たりしているということになるのかもしれない。
ただ、今まではそれを認識していなかっただけで、盗賊のアジトで見つけたあのハンドマイクのせいで……。
「えっ?!」
そう考えた次の瞬間、私は驚いていた。
というのも、夢の中でリリアが手に持っていたハンドマイクが、なぜか私の右側に転がっているのだから。
ちょっと待ってよ。これは一体どういうことなのかしら。
「なんでこれがここにあるのよ。これはリリアが持っていたもので、向こうの世界にあるべきものでしょう?」
私の意識が完全に覚醒するくらいの驚きだった。
私はあたふたと慌てている。
落ち着くのよ、私。こういう時こそ素数でも……、って、んなわけあるかーいっ!
「と、とりあえず、時計を確認しましょう」
私は近くのテーブルの上に乗せているスマートフォンを確認する。
時間はまだ朝の七時過ぎ。これなら、一コマ目は余裕で間に合いそうだわ。
「あっ、ずいぶんとメッセージも来てるわね……」
私は服を着替えて、朝食を準備しながらメッセージを確認している。
そこには友人やいとこが心配する内容のことがたくさん書かれていたわ。
そりゃまあ、私の大好きな兄さんが正月早々行方不明になったんだものね。今日でもうひと月は経とうとしているのかぁ、早いなぁ……。
警察も捜索を頑張ってくれているけれど、場所が場所ゆえになかなか捜索に入れなかったみたい。
最近になってようやく現場に入れたようだけど、車が落ちたような形跡はなかったみたい。そのために、捜索は打ち切れることになったみたいだわ。
「まったく、兄さんたちが見つかっていないっていうのに……。でも、車の影の形もないんじゃ、仕方ないかなぁ……」
私はもやもやとした気持ちを抱えながら朝食を食べ終える。
「考えていても仕方ないや。とにかく生活だけはどうにかしないよね」
私は食器を片付けて、大学へと向かう。
素行の悪さから学校に通えずに音楽の世界に飛び込んだ兄さんだけど、私にとってはたった一人の兄だもの。だから、私は決して諦めない。
「リリアの時に出会ったのが本当に兄さんなら、兄さんたちは崖から落ちて別の世界へと迷い込んだっていうことなのかしらね。だとしたら、もうこっちでできることは何もできなくもないのかしら……」
講義を聞きながら、私は夢で見たことをあれこれと思い返してしまう。
ああ、あんな夢を見ちゃったせいで、大学の講義に身が入らないよ。もう後期末試験だっていうのに、こんな調子でどうするの。
夢の内容が、現実の私の意識をかなり蝕んでいるみたいだわ。
いろいろと頭を悩ませながら、私は午前中の講義をどうにか乗り切る。来週はどの講義もテストだから、気持ちを切り替えないとね。
とはいえ、現状では私だけが兄さんのバンドの現状を知っている状態だ。ここからどう動くべきなのか、私は頭が痛くなってきてしまう。
せめて、兄さんのバンド仲間の家族と情報を共有できないかなとは思う。
ただ、これを行うにも問題がある。
私は兄さんのバンドのメンバーとは顔を合わせたことはある。でも、その家族についてはまったく知らない。そう、情報がまったくないのよ。これではまったく動きようがない。
それに、インディーズバンドだから、企業アイドルのようにマネージャーがいるわけでもない。
「ダメだ。完全に手詰まりだわ……」
昼食を食べながら、私は頭を抱えてしまった。
「はあ、しょうがない。リリアとして兄さんたちと同行できるから、私が近くで見守るしかないか。でも、お兄ちゃんたちに私のことをいつ明かそう……。ゴブリンとしてか見てくれなさそうだし、あの兄さんの性格上、絶対笑い飛ばされちゃうわ」
悩みはまったく尽きないというものね。
その日の私は頭を悩ませながら、夜までバイトをして過ごした。体を動かしてもまったく気持ちが楽にならないあたり、あの夢は私には強い印象を残してくれたみたいね。
疲れて帰ってきた私は、お風呂に入って遅い夕食を食べる。
服を着替えて眠ることになるんだけど、強いた布団の近くにはあのハンドマイクが転がっている。
これだけが、私と異世界をつなぐ唯一の証拠というわけよね。
「よし、向こうのことは向こうで考えましょう」
私はそう心に決めて、ハンドマイクを枕元に置いて布団へと潜り込む。
ごちゃついた頭の中だけど、その日の私は不思議なくらいにすんなりと眠りへと落ちていくことができた。
私はまた、目が覚めたらゴブリンになっているのかしらね。
妙な期待感を感じながら、私の意識はすっと消えていったのだった。




