6話 : 二重性
リゼリアでの「合格」以来、俺は咲良への感謝と、それ以上に「正解を知りたい」という知識欲に突き動かされていた。
次はいつ、どこで練習すべきか。俺はまずネットの海に潜り、『スマートなデートの誘い方』を検索した。
「なるほど、日程は自分から具体的に提示するのがセオリーか。相手に考えさせるコストを減らす……。合理的じゃないか」
俺はカレンダーを確認し、満を持してメッセージを送信した。
『またファミレスでお話ししたいんだけど、5月12日は空いてる?』
よし、完璧だ。これで返信を待つだけ。……と思っていた矢先、スマホが震えた。メッセージではない。まさかの「着信」だ。相手は、咲良。
「……もしもし?」
『あんた、ちょっと調子に乗りすぎじゃない?』
開口一番、鼓膜に突き刺さるような冷たい声。
「え? 何が……」
『私はあんたの友達の彼女なの。そんなデートみたいな誘い方を安易に送ってこないで。約束なら直接会った時に言いなさいよ。だいたい、日程提示も最低。やり直し』
「……すみません」
完全に教育実習生と鬼教官の構図だ。もはや俺の中で彼女は「咲良大先生」に昇格した。もっとも、「大先生」なんて呼称、大抵は皮肉を込めた揶揄でしかないが。
『それにね。候補を一択しか出さないって何様? 私がその日空いてなかったら、また会話のラリーが発生するでしょ。対して仲良くもないのにメッセージのやり取りを増やすのは、相手の時間を奪う「ギルティ」なの。最低でも三つは日程を出しなさい。……まぁ、あんたに常識を期待した私がバカだったわ』
「一理ある……」
ぐうの音も出ない。ネットの知識より、実戦経験豊富なリボルバーの言葉の方が重い。
女の子をデートに誘うためには、自分のスケジュール帳に三つの「空席」を用意しておかなければならないということか。まあ余裕で用意できるんですけど。
『泰斗くんの頼みだから、しょうがなく引き受けてるだけなんだからね。本当はこんな面倒なこと、一秒だってやりたくないんだから』
「……泰斗には、今度牛丼でも奢っておくよ」
『5月13日は空いてるから、その日にしなさい。異論は認めないから』
「……俺の都合はフル無視かよ」
『どうせ暇でしょ?』
「……暇です」
うん。暇です。大正解。
「じゃあ13日の放課後に……」
俺が言いかけたその時、通話の向こう側から、聞き慣れた声が混じった。
『……咲良、もういいだろ。いつまでアイツと話してんだよ』
泰斗の声だ。
その瞬間、電話越しの空気が一変した。
『あ、泰斗くーん! ごめんねぇ、すぐ切るからぁ〜♡』
「……は?」
俺の耳を疑った。今のは誰だ。
さっきまで俺をボロ雑巾のように罵倒していた毒舌女はどこへ行った。鼓膜を撫でるような、とろけるほど甘い、聞いたこともないような声。
あいつ、二重人格か? それともこれが「彼女」としての咲良なのか?
ブチッ、と非情な音を立てて通話が切れた。
スマホを握りしめたまま、俺は自分の部屋で呆然と立ち尽くした。
「……泰斗と、同じ部屋にいたのか?」
今さら、あいつらは「付き合っている」という事実が、鉄の塊のような重さで俺の胃のあたりに沈み込んできた。
俺が「練習」している相手は、親友が本気で愛し、愛されている女なのだ。
さっきの甘い声が耳にこびりついて離れない。
……あんな声、俺には一生出さないんだろうな。まあ聞きたくもないけどな。
「......どっちが本当の咲良なんだ?」




