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練愛  作者: 竹子


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5話 : 条件

俺は前回の猛省を活かし、自転車を使って待ち合わせの駅前のリゼリアへと向かった。家から学校まで、長時間かけて自転車で来たのだ。

これで「歩きだから遅い」と怒られることはない。っていうか、今さら思ったんだが、前回は連絡さえ取り合っていればあんな入れ違いは起きなかったんじゃないか?

まあいい。今回は完璧だ。そう確信して到着したが、そこに咲良の姿はなかった。

ふん、自転車を飛ばしてきた俺の方が早いのは自明の理か。……だが、待てど暮らせど彼女は現れない。おかしい。まさかバックれたのか?

しばらくして、咲良は悠長に歩いてやってきた。

「先についてたんだ」

「……え? 今日は自転車じゃないのか?」

怒りはない。純粋な疑問だ。

「だって今日、雨降るよ」

「マジかよ……」

俺はこれから、雨の中を自転車で帰らなきゃいけないのか。後々のことを考えると憂鬱極まりないが、一旦思考のゴミ箱に捨てて店に入った。

幸い、夕食どきには少し早く、店はスカスカだった。俺は迷わず奥のソファー席に陣取った。ふと見ると、咲良が少し眉間に皺を寄せていた気がしたが、俺は注文用のQRコードを読み取るのに必死だった。

スマホで自分と彼女の分を注文し終えると、俺は無意識にそのまま画面を見続けていた。沈黙。無言。デジタルな静寂。

それを破ったのは、机を叩く激しい音だった。

「あんた、やる気あるの!?」

咲良は本気で怒っていた。

「え? ごめん、マジで何に対して怒ってるのか分からない」

「……いい。今から言うこと、全部覚えなさい」

咲良による「地獄の説教(講義)」が始まった。

「あんた、席につくなり自分だけソファー側に座るわ、水は持ってこないわ、注文が終わったらスマホに逃げて話しかけないわ。やる気がないっていうか、デリカシーが絶滅してるわよ! 普通は何か話しかけるでしょ!」

言われてみれば、ぐうの音も出ない。

ソファーは客側の特権。水はセルフサービスの基本。スマホは会話の拒絶。

「……気をつけます」

完全に上下関係が固定された。これからは咲良先生と呼ぶべきかもしれない。

「で、本題。どうしてあんたは彼女が欲しいの?」

核心を突かれた。なぜだろう。漠然と「いないとマズい」と思っていたが、いざ問われると言葉に詰まる。

「……できたことがないから、どんな感じか知りたい」

「なるほどね。好きな人とかいたことないの?」

「いないな。タイプだなって思う人はいても、それ以上が分からない」

俺の正直すぎる回答に、咲良は意外にも「悪くないと思うよ。そういう人がいてもおかしくない」と肯定した。彼女に認められたのは、これが初めてかもしれない。

料理が運ばれてくると、彼女はパスタを巻きながら続けた。

「けどさ。もしあんたが『他人の基準』に合わせて、自分を無理に矯正しようとしてるなら、私は無理に彼女なんて作る必要ないと思う」

予想外だった。他人と同じになろうとする。それは俺が最も嫌う概念だ。

俺が彼女を作りたいのは、50%の純粋な好奇心と、50%の将来への不安。決して他人と比べているわけではない。

「……無言になるのは、色々考えてるからだ。思考を巡らせて言葉を選んでると、どうしても遅くなる」

「考えるのはいいけどさ、思ったことは素直に口に出した方がいいよ。あんた、考えすぎて顔が怖くなってるから」

適切なアドバイスだ。思考を巡らせるあまり、俺の表情は常にフリーズして、相手には威圧感を与えていたのかもしれない。

すると、咲良はパスタを巻く手を止め、不意に真剣な目でこちらを見てきた。

「……一応確認しておくんだけど。あなた、私のこと好き?」

心臓が少しだけ跳ねた。だが、俺の思考回路は瞬時に答えを導き出す。

「好きじゃない。なんなら性格は、嫌いな方かもしれない」

嘘偽りない本心だ。初対面でのあの傲慢さ、男を消費するような姿勢。どれをとっても俺の価値観とは対極にある。これが俺なりの誠意だと思って正直に答えた。

「……あはは! 安心した。"拓実くん"、最高に失礼だね」

咲良は今日一番の満面の笑みを浮かべた。

「いいよ、合格。これからも教えてあげる」

どうやら、お互いに恋愛感情がないこと。それがこの「練習台(練愛)」を継続するための、絶対的な契約条件だったらしい。

会計の際、俺はせめてもの月謝代わりに彼女の分も支払った。

「ありがとね」と素直に礼を言う彼女だったが、店を出るとすぐに財布からお金を取り出し、俺に差し出してきた。

「はい、これ私の分」

「いや、いい。今日は相談に乗ってもらったんだし、奢らせてくれ」

「貸しは作りたくないの。受け取って」

無理やり渡そうとする彼女の手をすり抜け、俺は自転車に跨った。

「今日はありがとう! また明日!」

彼女が何か言い返す前に、俺はペダルを全力で漕いで逃走した。ちょうど降り始めた雨が、熱を持った頬を打つ。

「ファミレスデート。ソファーは譲る。水を持ってくる。スマホは見ない……」

雨に濡れながら、俺は今日の復習を頭の中で繰り返した。

場数は踏んだ。知識も増えた。だが、必死に自転車を漕ぎながら俺が考えていたのは、次に彼女と会う時の口実についてだった。

性格は嫌いなはずなのに。

それなのに、俺の頭からは、さっき見た彼女の「合格」という笑顔が離れなくなっていた。

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