4話 : トラタヌ
ラーメンを食べ終えた帰り道、電車に揺られながら反省した。流石に泰斗に悪いことをした。喧嘩なんてするつもりじゃなかったんだ。
それにしても、あんな癇癪持ちの彼女を抱える泰斗も大変だな。あいつらもいつもあんな風にやり合っているのだろうか。
正直、一瞬だけ「彼女なんて本当はいらないんじゃないか」という思考が脳をよぎった。あんな面倒なことが起こるくらいなら、一人でいるか、男友達と馬鹿をやっている方がよほど気楽だ。
……とは思いつつも、今後の練習(と自分の将来)のために謝罪することにした。
『さっきはごめん。遅刻したのに逆ギレして、本当に申し訳ない』
送信。返信は秒速だった。
『許してほしいから謝ってるだけだよね。練習相手になってほしいから、打算的に謝ってるだけだよね』
「打算的」という言葉が胸に刺さった。
打算的に謝る。じゃあ、逆に打算的じゃない謝罪ってなんだ? 相手を傷つけた自覚があるから謝る。謝る以上は許しを乞う。これからも関係を良好に保ちたいから、頭を下げる。それ以外に何があるっていうんだ。
『本当に悪いと思ってる。打算的と言われても仕方ないけど、教えてほしいのは本心だから』
食い下がると、今度は少し間を置いて返ってきた。
『わかった。私も悪かった。明日の放課後、駅前のリゼリアに来て』
素直に謝ったら許してくれた。この「許してくれた」という事実すら打算に思えてくるから、恋愛というやつは難解だ。俺は思考を切り上げ、『了解』とだけ返した。
翌日。教室に入ると咲良と目が合ったが、お互いに挨拶もしなかった。
昼休み、泰斗に「ちょっとこっち来てくれ」と呼び出された。一階の自販機前。あえて流星と辰巳を連れてこなかったのは、余計な火種を広げたくないという俺たちの共通認識だ。
「昨日、どうだった?」
泰斗は何も聞かされていないようだった。
「あー、そのことなんだけど。……辻さんのこと、怒らせちゃって」
「えっ!? あの咲良を怒らせるって、一体何したんだ?」
泰斗の驚き方を見るに、彼女が怒るのは彼にとっても意外なことらしい。
「遅刻しちゃってさ。でも仲直りできたから大丈夫」
「なら良かった。戻ろうぜ」
泰斗は安心したように笑ったが、教室の扉を開ける直前、鋭い声で釘を刺した。
「……くれぐれも、手を出すなよ」
俺は無言で頷いた。不安で仕方ないだろうし、実際、あいつには頭が上がらない。
だが安心してほしい。俺はこれまで彼女が一度もできたことがない男だ。友達の彼女を略奪するなんて高等技術、できるわけがない。まさに「取らぬ狸の皮算用」だ。
略して「トラタヌ」。ふと思ったが、『トラタヌ』っていうアニメがあったら流行りそうだよな。4文字カタカナのタイトルは大体ヒットする法則がある。……なんてどうでもいい現実逃避をしながら、4人で弁当を囲んだ。
泰斗は自分の彼女のことなど微塵も出さず、器用に会話を回す。多分、他の二人は泰斗に同じクラスの中に彼女がいることも、ましてや俺がその彼女に「恋愛の練習台」を頼んでいることも知らない。
「そういえば昨日、拓実と辻さんが駅前の屋根系ラーメン屋の前にいるの見たんだけど」
不意に流星が爆弾を放った。
「あー、それはたまたま。同じクラスだし、少し話してただけだよ」
冷や汗を抑えて言い訳する。泰斗は相変わらずポーカーフェイスだ。こいつ、冷静すぎだろ。
「えー。でも拓実、辻さんに殴られてなかった?」
飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。こいつ、一部始終見てたんじゃねえか。なんでそんな特大ネタを今の今まで温めておけるんだよ。俺なら朝イチで本人に聞くわ。
「人違いでしょ。俺は少し喋っただけだよ。通りすがりの誰かを殴ったんじゃない?」
無理のある言い訳を被せると、辰巳が「バイオレンスなところあるんだね、辻さん」と苦笑いした。
その瞬間、ポケットのスマホが振動した。
画面を見ると、メッセージは咲良からだった。
『許さない』
顔を上げると、数メートル先の席で女友達とご飯を食べていた咲良が、氷のような視線で俺を射抜いていた。




