3話 : 屋根系ラーメン屋に集合
俺は咲良からの友達追加を許可した。すると、すぐに一通のメッセージが届いた。
『恋愛の練習をしたいって本当?』
最初は何が起きたのか分からなかったが、どうやら泰斗が気を利かせて(あるいは呆れて)、俺の無礼なメッセージを彼女に転送したらしい。あいつは昔からお節介なほど友達想いなのだ。
深夜特有の変なテンションも手伝って、俺は指を動かした。
『お願いだ。俺に恋愛のやり方を教えてくれ』
即座に返信が来る。
『明日放課後、駅前の屋根系ラーメンの店集合』
続いて「もう寝る」という拒絶のメッセージ。
翌日。学校では、泰斗に加えて二年生から仲良くなった流星と辰巳を交えた4人で過ごしたが、咲良の話は出なかった。泰斗は自分の彼女の話をしたがらない。同じクラスという狭いコミュニティで、変な噂が広まるのを避けているのだろう。
ホームルームが終わり、4人で帰ろうとすると、泰斗がこっそり耳打ちしてきた。
「拓実、お前は先に行け」
その気遣いに無言で頷き、俺は早歩きで「屋根系」へと向かった。確かに、4人で駅まで歩いてから、俺だけが咲良の待つ店に入るのはどう考えても不自然すぎる。
見えてきた看板。その前には、既に咲良の姿があった。
「お待たせ。わざわざありがとね。ていうか、来るの早すぎない?」
俺が軽口を叩いた、その瞬間だった。
彼女の満面の笑みが、地平線に沈む夕日のような速度で消えた。
「いつまで待たせるのよ!!!」
駅前に響き渡る怒声。俺は頭が真っ白になった。
小学生の頃、ホワイトボードから落として壊したタイマーを「タイマーが壊れました」と正直に報告したら、「『壊れました』じゃねえだろ! お前が壊したんだろ!」と担任に絶叫された時以来の衝撃だ。あれは俺が悪いのか?
「俺なりに急いだつもりだったんだけど……ごめんなさい」
「私が自転車通学なの知ってるでしょ? あんたが歩いてきたらタイムラグが出るの、計算できないわけ?」
「……あ」
そういえばこいつはチャリ通だった。だから泰斗は急げと言ったのか。
「恋愛の練習だかなんだか知らないけど、そんなんだからモテないのよ! その上、遅れてきた上に主人公気取りで人を待たせるなんて信じられない!」
……カチンときた。
「俺だってモテたいんだよ! 彼女が欲しいんだよ! 経験ゼロの人間に『モテない』って言って何が面白いんだ。それは弱いものいじめだろ! そういうディスは、モテる奴ら同士のクローズドな環境でやってくれ。マルコフニコフ則を知らないのか!」
「……何言ってんの? 引くんだけど。マルコフニコフ則とか、覚えたての言葉を使って楽しい?」
痛いところを突かれた。こいつ、化学の応用語彙にまで対応できるのか。偏差値64の我が校に、これを知る者が現れるとは。本来は高3の後期で習う内容だろ?
「咲良様みたいに男を取っ替え引っ替えしてる人には分からないですよね、非モテの絶望なんて! 容姿端麗で気づいたら男がホイホイ寄ってくる咲良様には、この苦労なんて無縁でしょうから!」
精一杯の皮肉を投げつけた。すると――。
「……なんですって」
鈍い衝撃。気がつくと、俺は地面に手をついていた。
……殴られた? 友達の彼女に、グーで?
見上げると、咲良の肩が震えていた。
「私はモテるわよ。すごくモテるわ。……でも、私のことを見た目だけで判断して近寄ってくる男しかいないの! 私の本当の中身を好きになってくれた人なんて、今まで一人も……!」
彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。予想外の展開に固まる俺の前に、店長がヌッと顔を出した。
「……あの、店の前にいるなら食券買ってください」
「……すみません、すぐ買います」
店員に応対し、ほんの数秒、目を離した隙だった。
咲良は既に自転車に跨り、夕闇の中へと消えていた。
後に残されたのは、俺と、屋根系ラーメンの濃厚な醤油の香りだけ。
俺は一人で店に入り、海苔を追加し、たっぷりのニンニクを投入してラーメンを啜った。
「……一人なら、ニンニク入れ放題だしな」
自分にそう言い聞かせながら、酢を大量にぶっかけた。
米をおかわりし、胃袋の隙間を炭水化物で埋めていく。
涙の理由も、恋愛の練習の行方も、今の俺にはこの脂ぎったスープ以上に理解しがたいものだった。




