最終話 「奴隷少女」はもう一人じゃない
今晩はいつもと比べて騒がしかった。
こういう日は大抵、外から大量に使えなくなった人間がアジトに持ち込まれる。
そしてそれを奴隷たちに解剖させ、再利用する。
だが今、奴隷は自分だけ。
あの量の死体の解剖を一人でと言われたら……あまりに荷が重すぎる。
でも、やらないと。
じゃないと、ごうもん。
きず、ふえちゃう。
それだと「しょうひん」、うれない。
じぶんのかち……さげたくない。
自分は床に力なく寝そべりながら惨めに彼らの帰りを待っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
彼らがアジトを発ってから数時間後。
彼らはまだ帰って来ていなかった。
いつもだったらもう帰って来ているはずなのに……。
「まったく、いくらあそこに腕の立つ奴らが居るからって言っても……さすがに時間をかけすぎだろ」
一人、アジトの警備のために残った男が愚痴を吐き捨てる。
たしかに、おそい。
その時だった。
「あ? 何だ、てめーら? 何でここに……」
キーン!!
深淵よりも深い殺意が乗った鋭い音を皮切りに男の声が途切れる。
そしてその殺意は自分の本能を大きく刺激する。
自分は初めて感じる絶対悪の感情を前にし、体が完全な恐怖に支配に侵される。
こわい……。
いや……こないで……。
自分はあまりの恐怖に四肢につながれている鎖を必死に引っ張る。
だが鎖はジャリンジャリンと音を鳴らすだけでびくともしない。
おねがい……はずれて。
はやく、はやくしないと……。
自分は手足がもげるのを承知で力いっぱい引っ張る。
手足からバチバチという音が体の中で響く。
それでも鎖は自分を離そうとしない。
ガシャン。ギィー。
独房の扉が開く音。
それと同時に後ろから感じる二つの気配。
片方は人間と化け物が混ざった気配。
もう片方は闇そのもの。
そこで自分は理解した。
もうここからは逃げられない、と。
闇の足音がだんだん大きくなる。
それに合わせて自分の心臓の制御が効かなくなる。
いや……こ、こないで!
自分は部屋の隅で体を縮める。
それでも闇は自分に近づいてくる。
体の震え。
冷や汗と涙。
そして今にでも口から飛び出しそうな心臓。
すると闇が自分の前でしゃがみ込みこっちに向けて手を伸ばす。
恐怖が限界に達する。
いや!!
自分は覚悟した。
さっきの斬撃が来ると思って……。
だが闇の手は意外なことに自分の目に巻き付けられている包帯を外すだけだった。
え……?
あまりのことで自分は固まってしまう。
そして何故だかわからないが闇も自分と同じように固まっていた。
すると、
「お前、名前は?」
と聞かれる。
自分に名前はない。
普通だったらすぐにそう答えられていた。
だが自分は状況が呑み込めていなかったせいで口をパクパクさせることしかできなかった。
「名前、ないんだな?」
どうやら闇は自分の心境に気付いたらしい。
そこで自分はコクっと頷く。
すると闇の手が自分に向かってくる。
殴られると思い反射で体を縮める。
だが闇は自分の頭で手を左右に動かしているだけで痛いことはしてこなかった。
そしてこれが結構心地よかった。
「大変、だったんだな……」
彼のその言葉には優しさと理解の感情が込められていた。
このひと……おなじ。
まえきいた……あのへんなこえとおなじ。
自分の未来に日光が差し込み、青い草原が広がる。
この人なら自分をわかってくれる。
この人なら自分に痛いことをしない。
この人なら……自分を助けてくれる。
「た、す……けて」
自分は数年ぶりに声を出すせいでうまくしゃべれなかった。
だが男はそんな自分に、
「わかった。お前がそう言うのなら、助けてやる」
と言って自分を鎖から解放する。
自分はそこで立ち上がろうとするとバランスを崩し男の方に倒れそうになる。
「おっと、あぶない」
男はそう言って自分を抱きしめるようにして支える。
この時、自分は初めて人に抱きしめられた。
たとえそれが倒れそうになっている自分を受け止めただけだとしても。
自分はこう感じた。
あたたかい……。
きっとシーちゃんもこんな気持ちを抱いていたのだろう。
そう思うと一気に涙が溢れ出る。
そんな自分の涙を男はそっとぬぐってくれるのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私はこの後、彼から名前を貰う。
そんな私は彼とその仲間と共に暮らし、外の世界の美しさを教えられ、生きる意味を与えてくれた。
そんな「奴隷少女」はもう一人じゃなかった。
まあ、彼といろいろな冒険を経験するのだが……それはまた別の話ということで。
これはかつて孤独で空っぽだった「奴隷少女」が「彼」と出会うまでに歩んだ悲劇の物語。
ー「奴隷少女」に名前はないー <<完>>
これで外伝は完結となります。今後ももしかしたら外伝を書くかもしれないので……その時はまた読みに来てください!!




