第五章
地獄のような夕飯の後は風呂だった。風呂と言っても、温かい湯につかって体を洗うものではなかった。狭い庭に穴を掘ってビニールシートを敷き、そこに水をためたものだった。水であって温かくない。狗吼村の気温は、多美の故郷である星車町に比べると温暖だったが、それでも冬に真水は冷たかった。その水も、清潔なものではなく、赤さびと泥が混じったものだった。猫瀉汁は全て洗い落としたが、体中、真坂の家族に殴られてあざや傷だらけであり、けふ子に負わされた左額の火傷もじくじく痛んだ。月明りも星明りもない暗闇の中で、家の中からかすかに漏れてくる明かりだけを頼りに、お世辞にも清潔とは言えない真水に漬かり、寒さと痛みに震えながら、多美は故郷の温かい風呂を思った。優亜と二人で孝之の背中をボディソープで洗い、シャワーで流してあげたことを思い出して、涙がしみだしてきた。あの時、気持ちいい、ありがとう、と父は言った。
(私、とんでもないところに来ちゃったよ…帰りたいよ…)
どれほど心の中で訴えても、その家族はもうこの世にいない。母のおいしい手料理を食べることもできないし、父や妹の笑顔を見ることもできない。担任の小森先生や、友達のひとみちゃんやほのかちゃんに会うこともできない。携帯機器が捨てられてしまったので、メールの交換すらも。そして、故郷の満天の星空や流星雨、美しい夕日を見ることもできない。何もかも狂ったこの村で、真坂の家族として暮らすことになった今、すべてがもうかなわぬ望みだった。
夜は数多と同じ部屋で寝ることになった。布団などない、黴臭い、毛布だけだった。数多の方は、カバーが擦り切れて綿がむき出しになった布団だったが、それでも敷き布団が用意されていた。多美は体中の痛みと毛布の黴臭さと苦しさで眠ることはできなかった。声を出したり音を出したりすると、数多が起きて暴力をふるうので、毛布の中で片腕をかみ、暗闇の中で痛みに耐えていた。
その頃、真坂とその妻のけふ子は、多美と数多の隣の部屋で、やはり擦り切れた、粗末な布団の中で裸体を重ねながら、何かを話していた。
「あんた、なんであんなメスガキなんか引き取ってきちまったんだい?料理も作れない、手伝いもまともにできない、さっぱり役に立たないガキじゃないか。」
けふ子が真坂からの性欲を、体で受け入れながら尋ねる。
「もちろんそういうのも大事だがね、俺の目的はそうじゃないんだ。わかってんだろう、けふ子姉さん。」
真坂がけふ子の耳元で、鼻息荒く言った。
「この村は外界からは閉ざされ、別次元にあるから、他地域の人間との交流がほとんどない。そのため近親婚が当たり前になっている。俺たちだって双子として生まれたけど、夫婦になったんだろう。だがね、そういうのを続けていくと奇形児だって生まれてくる。幸い、数多は奇形児じゃなかったけど、狗吼小学校の葛田という教師の妹は、首にもう一つ顔があると聞いてるぞ。それも近親婚の風習のせいだ。」
「じゃあ、もうこんなことはよした方がいいんじゃないのかい?何回もやっていると、そのうち化け物みたいなガキも生まれるよ。」
けふ子は少しあきれた表情で言う。
「頭では理解していてもね、体が求めちまうんだ。男っていうのは、こういう生き物なんだ。わかってよ、姉さん。」
真坂は弟らしく甘えた声で言った。それを聞いて、けふ子はふん、と鼻を鳴らし、
「しょうのない弟だね、あんたは。で、だいぶ話がそれたね。あのメスガキを他人婚に使うのかい?まともな人間を生ませるための。」
と尋ねた。
「ああ、そのうちにな。まだほんのガキだけど、外界から連れてきた材料としては生かせそうだ。無理だったら、あの病院に送り込んで生体改良、強制交配させればいい…」
妻でもあり、双子の姉でもあるけふ子の肩を抱きながら、真坂が目に怪しい欲望の色を宿らせた。