第四章
多美の火傷は、頭の左上の髪の毛が焼け焦げ、さらに皮膚もケロイドになってただれていた。手当は水で冷やし、さらに苔をすりつぶしたものを塗って終わりだった。病院に連れていくこともしない。真坂は、そのような仕打ちを加えた妻をとがめることもしなかった。
調理台の横の、段ボールを四つばかりつなげて作ったテーブルで家族は食事を始めた。椅子もないうえに土間なので、しゃがんだ格好で食べなければならなかった。
食事の内容は多美が食べたこともない、奇妙で不快感を覚えるものばかりだった。黄色くなって硬くなった飯、ネズミの内臓の燻製、カビと苔を混ぜて酢醤油のようなものであえたもの、蛇の糞から作ったとされる茶――そして、極めつけは、あの猫の胃の内容物から作った「猫瀉汁」という汁物だった。猫の胃の中で半分消化されたものを煮詰めたものだから、独特の悪臭と酷い味がした。なぜこんなものを食べなければならないのか。この家族、この村の人たちはこういうものをなぜ平気で食べれるのか。そのような疑いが頭の中を駆け巡り、よく母が作ってくれた、大根おろしをかけたハンバーグと炊き立ての米飯、豚肉と里芋と小松菜が入った味噌汁、キュウリと沢庵の漬物が無性に恋しくなった。何よりも多美たちの家族は、立派な木のテーブルでちゃんと椅子に座って食べていた。それなのに、なぜ今は段ボール箱の上で椅子もなく、土間でしゃがんだ格好で食事をしなければならないのだろう。
「しかし、不味いな」
真坂家の長男、数多が不機嫌につぶやいた。
「おい、不味いって言ってるぞ。」
真坂がじろりと多美を睨みつけた。
「え、最終的に作ったのは私ではなく…」
けふ子さんです、と言おうとした時、顔面に猫瀉汁の入った瀬戸物の碗が直撃した。
「おかんのせいにするな!全部お前が作ったんだろ。不味いんだよ、こんなもん、誰が食えるかっての!」
視界はその瞬間、遮断されたので何が起こったかわからなかったが、次に数多の罵声とともに、碗が激突した痛み、猫瀉汁の悪臭と悪味、そして額の火傷に汁が染みた激痛が襲い、すべてを悟った。さらに、碗部分の一部が欠け、唇を切ったらしく、ジクジクと痛みだした。
「次こんな不味いの作ったら殺してやる!」
数多はそう吐き捨てると立ち上がり、靴を脱いで奥の部屋に立ち去った。
あまりにも凄惨な仕打ちを立て続けにされるので、ついに気持ちがついていけなくなったようだ。多美は、顔に張り付いた猫瀉汁の碗を外した。まだその顔には猫瀉汁がべっとりついており、テーブルや床にこぼれたものもあった。
「あたしの作った汁が食べれないというのかい?」
いきり立ちさらに虐待を加えようとするけふ子を、真坂が制した。
「何やってんだ、ちゃんと食べなさい。」
真坂は立ち上がり、多美の前に来ると、その頭を押さえて猫瀉汁の碗に押し付けた。あまりの悪臭と火傷にしみる痛みに、多美はのけぞって抵抗した。だが大人の男である真坂の力はそれよりも強く、 再び顔を猫瀉汁の中に沈められた。
「ほら、これも。」
真坂は次に多美の髪をわしづかみにし、テーブルと床にこぼれた汁に顔を押し付けた。あまりにも凄惨な拷問に、多美は自分の感覚を一切シャットアウトしようと試みたが、悪臭と激痛はどこまでも多美の体の芯に流れ込んできた。