第十七章
台の上に乗せられたそれは、未だに動かず静止していた。本体から無数に生えた触手と、ゲル状に広がった下半身の肉が台に納まりきれず、不気味に垂れていた。真坂に麻酔はかけなくても構わないと言われたので、そのまま施術することにした。
だが、どこからメスを入れようか?ただでさえ、見るだけで不快になるというのに、触るというのは体の芯まで、正視に堪えぬこの腐れ肉に侵されそうになる気がした。だが、大金を受け取ったのだから今更やめるわけにはいかない。薮井は胃液が逆流する思いをこらえながら、とりあえず体の前部の触手を切り落とそうと、そこにメスを入れた――
「ギィィエエエエエエエエエエエエッ!」
肉塊の化け物が身の毛もよだつ叫び声をあげながら息を吹き返した。そして、体右側の触手で薮井をとらえにかかった。薮井は一瞬ひるんだが、そのまま無抵抗に終わらず、二の腕に巻き付いてきた触手に切りつけた。また、怪物が耳を覆いたくなるような絶叫をあげながらその場に崩れ落ちた。一瞬の隙をついて薮井は怪物に近づき、その腹にあたる部分をメスで切り裂いた。途端に、粘膜で覆われた臓器のような、蛇の頭のようなものが飛び出し、薮井を襲った。内臓まで異形化しているのだ。
(信じられん…!)
薮井はメスを握り直し、また怪物につきかかっていこうとした。だが、異変に気付いた。左腕が消失しており、断面から赤い肉と骨がのぞいていた。床にもおびただしい量の血の池ができていた。あの怪物の腹から飛び出した、蛇の頭のようなものに食いちぎられてしまったのだ。それに気づいてから、ようやく激痛が全身を貫いた。
痛みをこらえ、出血に意識を失いかけながら、薮井は残された片手でメスを握り、応戦しようとした。だが、彼の左腕をあのおぞましい触手がとらえにかかった。すさまじい力で右手を捻じ曲げられた。ベキッと嫌な音がして薮井は右手首に激痛を感じた。そして、次に彼は見てしまった。右手首がありえない角度に曲がり、肌を折れた白い骨が突き破っているのを。それが薮井が見た最期の光景だったかもしれない。次の瞬間、彼は喉にぐさりとメスを突き立てられ、絶命した。
薮井の息を止めた怪物は、切り裂かれた腹から異形化した内臓を半ばはみ出せながら、手術室を這いずり回ったのち、扉を壊して廊下に出た。手術室の床は先程の患者の女と薮井の血、そして怪物の緑色の体液が混ざり合い、恐ろしい色の水溜まりができていた。
それは、病室や職員室を回りながら、職員や医師、患者を次々と餌食にしていった。獲物が屠られるたびに断末魔の絶叫が上がった。もはや誰もそれを止められない。まさに阿鼻叫喚の地獄であった。