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Shoggoth  作者: 小芽我
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第十六章

 薄暗い一室で、チカチカする電灯の下、腹部が膨らんだ一人の全裸女が灰色の台に横たえられていた。猿轡のようなものをかませられ、おびえ切った顔をしている。手足は鉄の枷に固定されていた。その前に、緑色のゴム製の服を着た一人の男がやってきた。胸に「(やぶ)()」と書かれた粗末な名札を付け、手に小型のチェーンソーを持っていた。

「さて、始めるか。痛いだろうが、ここに麻酔なんてものはない。それにあんたは百二十年前、外界から来た者の末裔と聞いている。生粋の狗吼村民ではないはずだ。どんな扱いしてもよかろう。」

 その男、薮井が言うと、女は激しくかぶりを振って拒否した。悲痛な声が、猿轡をかませられた口から洩れた。

 ここは、狗吼村に唯一あるといわれている「病院」だった。病院といっても、怪我や病気を治療する普通の施設ではなく、近親交配による奇形児誕生をなるべく避けるために、外界との通路が開ける数十年から数百年に一回、外から迷い込んだ、あるいは誘拐してきた人間、あるいはその子孫と狗吼村の者を強制交配させ、健常児を誕生させる人間の飼育施設であった。ただ交配についても、すべてが成功するわけではない。そういうケースは、麻酔なしで堕胎手術が施される。この女性もその一人であった。

 「医師」の役割をする薮井は、小型のチェーンソーのスイッチを入れた。キュイーンという音が鳴る。台の上の女はますます顔を恐怖にゆがめ、体をよじって逃げようとした。だが、手と足が枷にがっしり固定されているので、逃れることなど到底できなかった。薮井は、女のみぞおちのあたりをしっかり押さえると、その下に小型のチェーンソーの刃を立てた。

 猿轡の下から洩れる女の悲痛な叫び声とともに、大量の血しぶきが辺りに飛び散る。薮井は構わず、女の下腹部にチェーンソーを走らせた。女の身体がビクンビクンと痙攣する。痙攣に合わせて、大量の液体が周囲にまき散らされた。

「悪いな、奥さん。こうするしかないんだ。」

 薮井は激しく痙攣する女の腹の割れ目に手を突っ込み、中から何かを掴み出した。もうすぐ人間の形になるかと思われるそれは、男の手の中でいとも簡単に握りつぶされた。台の上では女が想像を絶する、断末魔の激痛にのたうち、残りの内臓をぶちまけている。

 その時、激しくトタン戸をたたく者がいた。

「誰だ?」

 薮井は自分で始末したものを、その場にあったバケツに放り込むとややめんどくさそうに、扉の前に歩み寄った。

「二丁目の真坂だ。今すぐここを開けてくれ。」

 扉の向こうから男の怒鳴り声が聞こえる。

「今、施術中だ。入室は遠慮願いたい。」薮井はそう答えた。

「急患なんだ、今すぐ手術しないと手遅れになってしまう。」

「そうはいってもね、急には受け入れられないんだよ。」

 薮井が言い張っても、真坂はひかなかった。

「今すぐ元の姿に戻してもらいたい。さもないと、危険だ。あんたにも危害が及ぶぞ。いや、もう手遅れかもしれん。」

 真坂はさらに声を荒げて戸を壊さんばかりにたたく。その剣幕に負け、薮井は扉の引手に触りかけた。

「何、そんなにひどい患者なのか?」

 薮井は台の上の女をちらりと見た。出血がひどく、大部分の内臓が床に流れ落ち、痙攣が弱くなってきている。息絶えるのもまもなくだろう。彼は女のそばに歩み寄り、手かせと足かせを外すと、そのまま床の上に放るように置いた。女は頭を激しく床に打ち付けると、がくんと首を左に倒し、動かなくなった。

「とりあえず、診よう。連れて来い。」

 ぶっきらぼうに言うと、扉の引手を両側に引いた。

 一人の男に続いて、自分の視界に飛び込んできたものを見た薮井は思わず顔を覆った。生身の人間の腹を麻酔もせずに切り開き、胎児や内臓を眉一つ動かさずに素手で取り出してきた彼さえ、不快感情を露わにせずにはおられなかった。突き付けられた「患者」は、それぐらいおぞましく怪奇的なものだった。巨大な網に入れられたそれは、ドス黒いヤニ状の、汚物のような、腐肉の塊のようなもので、上半身がかろうじて人間をかたどっているが、おびただしい数の触手が生えていた。下半身はドロドロに溶けたゲル状のもので、何よりも不快感を与えるのは、その肉が腐ったような臭いと、その肉塊にできた無数の目と、蛇のような口だった。

「な、なんだこれは。生きているのか?」

 薮井が恐怖感と嫌悪感を隠せず、一歩下がって尋ねる。

「ああ、気絶しているだけだ。手術で元の人間に戻せるか?」

 真坂の言葉を聞くと、薮井は驚愕した。

「なんだと、じゃあもとは人間だったというのか、こいつは?」

「そうだ。この娘だ。」

 真坂はそう言って懐から一枚の写真を取り出した。どこにでもいそうな愛らしい、十歳前後の少女が映っていた。薮井は信じられないという表情で、そのどろどろの肉塊を眺めた。こみあげてきた吐き気を抑えるように、口を手で覆う。

「金はいくらでも払う。これでどうだ?」

 真坂はさらに、錆びた鉄の箱をその場にたたきつけるように置いた。反動で蓋が開き、中から大量の一万円の札束がこぼれ出た。それを見た薮井は渋りながらも、

「さすがにそれぐらいの金をもらったら引き受けないわけにはいかんな。とりあえず、そいつを台の上に乗せろ。」

 とぶっきらぼうに言った。


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