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13.忘れてしまった王子様

「紫苑、弱くてごめんね」


 これはお母さんの口癖だった。でも、俺はそんなこと思わなかった。お母さんは女手一つで俺を育てようとしていたのだ。親族などいない。頼れる存在も全然いない中で、未婚で俺を産んだ。


「お前、父ちゃんいないんだろ」

「男女の癖にこっちに来るなよ」

「貧乏が移るだろ」

「売春婦の子供のくせに」


 些細ないじめ。保育園とかでもお母さんはやっぱり浮いていた。若いのに未婚で子供ができているというのは閉鎖的な地方にとっては異質で、噂の標的だったのだろう。俺が1回やり返したことがある。その時、お母さんがほかの人に頭を下げていた。保育園の先生からもお母さんが怒られていた。なにも悪くないのに。俺がカっとなっていじめてきた優斗くんを押したのだ。それも、階段から。

 幸い2段だけの段差だった。でも、お友達を押して怪我をさせた。どんなに、向こうがひどいことを言ってきても怪我をさせたらいけないことだというのをこの時は知らなかった。


「ねえ、紫苑。どうして、お友達を押しちゃったの?」


 優しいお母さんが俺に、優しく問いかけてくる。いつだって優しく笑うお母さんがこの時だけは悲しそうな顔で俺を見ていた。


「だって、だって、優斗くんがね、お母さんのこと悪く言うの。意味はね、分からないけど売春婦って言ってきたの。これって、よくない言葉でしょ?」


 その言葉を聞いたお母さんは、すごく傷ついた顔をして俺を抱きしめて謝っていた。


「ごめんね、お母さんが弱いから。パパがいたら変わってたと思うの。でも、会えないの。紫苑はパパに会いたい?」


 こんなことを聞かれた。俺はお母さんが好きだったから。


「ママと一緒がいい。あ!お母さんと一緒がいいの」

「ふふ、甘えていいのよ。まだまだ、かわいい私の坊やなんだから。早く大人になろうなんて思わないで」

「ほんと?なら、今日一緒にお布団はいって絵本読んでくれる?」

「ええ、もちろんよ」


 嫌なことがあったけど、お母さんと一緒にお布団に入って絵本を読んでもらえた。俺が大好きな王子様がお姫様を助けるお話。もし、王子様がいるならママを助けてほしい。それで、嫌いな優斗くんやほかのお友達に紹介するんだ。この人が僕のパパだ!って。そうすれば、ママも悲しい顔をしないし、毎日夜遅くまで家に帰ってこないこともなくなると思うんだ。

 だって、優斗くんの家はママとお風呂入るときもあればパパとお風呂に入るときもあるって言っていた。それに、夏と冬には東京に行くんだって。それで、テーマパークに行くって言ってた。遊園地とかは電車にいっぱい乗ると行けるけれど、テーマパークはそんなのと比べ物にならないって優斗くんは言ってた。


「ママ、俺ね。王子様が来てほしいな」

「どうして?」

「だって、ママはお姫様みたいでしょ?だからね、王子様がママを助けてね幸せに暮らしましたってなるの」

「紫苑が王子様になってくれないの?」

「ママの王子様になりたいけど、俺じゃまだ修行不足だから」

「あら、私にはかわいい王子さまよ」


 ぎゅっと、お母さんが俺を布団の中で抱いてくれる。そして、頭にキスを落としてくれたのだ。お母さんの胸に耳が当たって心地よいリズムが入ってくる。そうすれば、俺は夢に誘われるのだ。

 朝なんか来ないでずっとこのままだったらいいのに。そんな妄想を夢見ているけれど、かなうことはなく朝が来る。すでに冷たくなった布団。すでにいない母親。たぶん、朝一の仕事に行ったのだ。昨日、俺が問題をおこしたから途中で抜けてきた穴埋めをしているのだろう。


「いい子になればお母さんも喜んでくれるかな?」


 そんな淡い妄想を抱いていた。けれど、そんな想像とは裏腹に幸せな時間はすぐに崩れていく。


 保育園の帰りに知らない車からきれいなおばあさんが出てきた。そして、俺とお母さんをみて手を挙げたのだ。そして、お母さんの頬を叩いた。口を開いて出た言葉はあまりにも衝撃的で忘れられない内容だった。


「この誘拐犯。柊月の子を勝手に身ごもって産むなんて。これだから、生まれが卑しい人は嫌だったのよ。それから、その子は神矢が育てますから」

「な、そんなこと許すわけないじゃないですか。この子は、私の子です。私がしっかりと育てます。それに、柊月さんとあなたのお気に入りの娘さんとの間にも息子さんがいらっしゃるのでしょう?なら、紫苑は関係ないじゃないですか」

「そうね、あの子を気に入っていたけれど別の子を産むなんて思ってもなかったわ。けど、この子は神矢の特徴である瞳をしています。神矢の子を勝手に連れ出すなんて言語両断です」

「追い出したのはそちらでしょう。それに、この子は私が立派に育てています」

「あら、それなら昨日のお友達を怪我させた件はどう筋が通るのかしら?」


 昨日の件は、俺が悪いのにまたお母さんに矛先が向いてしまった。こんな時に、王子様ならさっそうと現れて助けるのだ。けど、これは現実で王子様なんて存在しない。だけど、お母さんが言ってたじゃないか。俺がお母さんにとっての王子様だって。


「お母さんをいじめるな」


 おばあさんとお母さんの間に割って入った。その瞬間、おばあさんは俺をみてにやりと不敵な笑みを浮かべたのだ。何か傍にいた黒い服の男に告げると「今日はで一回帰ります。坊や、お母さんとお別れをしっかりとしておきなさいね」そう言って帰ってしまった。

 俺は、初めてお母さんをいじめる悪い奴を退治できたと思っていた。けど、そんなのは思い込みなんだとすぐに思い知らされることとなった。


 おばあさんが来たのは1回だけだったけれど、お母さんは不安そうに俺を抱き寄せることが増えた。そして、毎回いうのだ。


「紫苑、お母さん弱くてごめんね」


って。どこか悲しそうに言うのだ。だんだんと元気が無くなる母さんと俺は冬を迎えることはできなかった。知らない男が現れて、お母さんと俺を大きな家に連れて行ったのだ。そして、お母さんに合うことはかなわなくなった。それどころか、その家はお母さんをいじめたおばあさんがいたのだ。そして、俺をみて微笑みを浮かべる。


「紫苑は、あの女のことを忘れるのよ」


 呪いかのように俺に告げる。それでも、どうしても会いたくて隠れて会いに行こうとしていたのだ。そこで、見たのは俺とお母さんを大きな家に連れて来た男が母に対してずっと何かを話しているところだった。


「朱美、こっちをみてくれ」


 お母さんは窓の外を眺めている。こっちも見てくれるのかわからないけど、男の人がどこかに行ったときに部屋に入った。


「お母さん、今日ねお外で遊んだんだよ。それで、きれいなお花あったからお母さんにもあげるね」

「紫苑。ごめんね。お母さん、弱くて。紫苑のことずっと見守ってるよ」


 なぜか、悲しそうな顔をしながら俺の頭にキスをした。二人でお布団に入った時と同じで、優しい手つきで俺を撫でて「もう、ここに来ちゃだめだよ。お母さん、もう限界だから」ってよくわからないことを言っていた。


 それから、数日後男が自分の父親であることを明かしたのだ。そして、お母さんが死んだことも伝えられた。何かの間違いだと思っていたがそんなことはなく、気が付いたら葬儀がひっそりと俺と父親との間だけで執り行われることになった。そして、いつの間にか知らない男の子と女の人が大きな家にいたのだ。

 女の人は父と結婚をした本妻であることを俺に向かって言っていた。そして、神矢を継ぐのはその人の息子であるとかわめいていたのだ。神矢なんて知らない。俺の苗字は楽で、お母さんと2人で幸せに暮らしていたはずだったのだ。


「朱美の子か。瞳以外は朱美と同じだな。母さんがなんで連れてきていいって言っていたのか理解したよ。でも、私は君を愛さないし認めもしない。朱美がいなくなった原因に君が関係しているだろうから」


 はじめて言葉を交わしたのはその言葉だった。それからは、俺をみればお母さんの名前を呼ぶ。けど、俺がお母さんじゃないと気が付けば気にしないふりをする。


 それが地獄だった。けれど、お母さんが俺のことを見守ってくれていると思ったから頑張っていたのだ。


「紫苑、ほら目を開けないと。早くしないと大変なことになるわよ」


 なぜか、そんなん声が聞こえた。そして、目を開ければなぜか景色が変わっていたのだ。


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