王女が呪ったその後で
ご都合主義たっぷりかつ若干の下ネタ要素有。軽いノリで書こうとした話に限って文字数増えるのなんでなんで???
レミット国の第一王子が婚約をしたのは王子が十歳の時だった。
婚約者は海を越えた大陸の、メルフォア国の第一王女だ。彼女が八歳の時に婚約は結ばれた。
海を挟んでいるものの、交易などでそれなりに関わりはあったため、二人の婚約は二国間の関係をより強固にするためにも打ってつけであった。
二人の仲は、特に悪くもなく。
いずれこの国に嫁ぐのですから、と王女がレミット国へやってきてからは、少しでも早くこの国に馴染もうと様々なことを学んでいたし、その姿は健気で周囲の大人たちから見ても微笑ましいものだった。
王子と王女の仲はそうして育まれていったのだが。
横やりが入ったのが王子が十五歳の時だ。
王族や貴族は成人前に学園に通う、なんていうのはほかの国でもある事だが、レミット国もそうであった。
そして王子は学園に通う年齢になってしまったのである。
王女はまだ学園に通う年齢ではなかった。
そして、更に他の国から密かにお忍びで留学していた王女がいた。王子はその王女に惚れられてしまったのである。
他国の王女が横恋慕しただけ。
しかしその『横恋慕しただけ』がとんでもない事になってしまった。
モルゴーレ国はレミット国から二つ程国を挟んだ場所に位置しているが、それなりの大国であり、下手に敵に回すととても厄介な国でもあったのである。
王子――名をルドウィンという――は、学園で知り合った挙句自分にやたらぐいぐい来る女性がモルゴーレ国の王女だとは把握していなかった。
ここで自分には婚約者が、ときっぱり断れるだけのものがあれば良かったのだが、ルドウィンはモルゴーレ国の王女、レミリアに靡いてしまったのだ。
王女だとは知らなくとも、靡いてしまった結果モルゴーレ国から正式に婚約を結ぼうという話が来てしまえば、適当な返事もできない。
学園で仲良くしてもらっている、とこの時にルドウィンはレミリアがモルゴーレ国の王女であるという事を遅れて知ったのである。
ルドウィンがレミリアに靡いた理由をいくつか聞かせてもらえば、まぁどれも言い訳でしかないのだが、まず最初に。
レミリアが同年代であった事。
ルドウィンの婚約者であるメルフォア国の王女――ブリジールは二つ年下だ。成長すれば二歳差というのは些細なものではあるけれど、若い頃の二歳差というのは大きく感じられることもある。
この国に嫁ぐつもりで色々と勉強しているのは確かだが、それでもふとした瞬間のこどもっぽさが、ルドウィンには短所として映ってしまっていた。実際まだ子供なのだからそう見える事があったって何も問題はないというのに。だがしかしルドウィンは自分と同じくらいのものを求めたのである。
傍から見れば自分だってまだ子供だというのに。
次に見た目。
ブリジールはまだ幼さが残る愛らしい見た目ではあるが、レミリアはそうではない。たった二つしか違わないというのに、既に大人の色香を漂わせているといってもいいくらいに妖艶な美女であった。
あどけなく幼さの残るブリジールは見た目もお子様体型であるが、レミリアは誰が見ても抜群のプロポーションであると言える。
最後に。
エミリアがモルゴーレ国の王女だというのなら、そしてそんな国の王女が婚姻をと望むのなら、大国に下手に逆らうのは得策ではない――ルドウィンがあれこれ言い訳を重ねていた中で、一番それらしい理由になっているように聞こえたのはこれだけだった。
確かにブリジールの故郷でもあるメルフォア国とは長年貿易などで良好な関係を築いてはいた。
だが、海を挟んでいるのでいざという時にすぐ移動ができるわけでもない。
だがモルゴーレ国は。
レミット国とは陸続きである。
下手にレミット国が睨まれた場合、間に挟まっている国はモルゴーレ国の従属国でもあるので戦争などに発展した場合あっという間にレミット国など歴史からも地図からもその姿を消すだろう。
メルフォア国がレミット国の味方をしたところで、軍を差し向けられた場合すぐさま救援にこれるかとなるとそれは難しい話だった。
いくら万全の状態で出発したところで、最悪海が荒れればたどり着けない可能性すら出てくる。
自国の安全を思うのならば、モルゴーレ国との縁を強めた方がレミット国としても旨味があったのだ。
レミリアも第一王女であるけれど、しかしあの国には既に後継ぎがいる。故に彼女がこちらの国に嫁いでくることには何の問題もない。
国王も、国の重鎮たちも慎重に話し合った結果、メルフォア国ではなくモルゴーレ国を選んだ。
ルドウィンがそれでもブリジールを愛しているというのならそうはならなかったかもしれないが、ルドウィンが選んだのはレミリアで、また政治的な観点から下手に開戦などされてもたまったものではないとなったが故に。
ルドウィンとブリジールとの婚約はなかった事にされたのだ。
とはいうものの、これが自国の貴族であるならまだしも、ブリジールはメルフォア国の王女である。
確かに国の事を考えて安全をとりたいというその気持ちはわからないでもないけれど、であればその話し合いにはせめてブリジールの親――つまりはメルフォア国の王や王妃も同席させるべきだった。いくら二人が海の向こうの国にいるとなっても。
こちらの国でブリジールの後見人となっている者に一方的に決定した話だと伝えて、さっさと国に帰れ、なんて態度は間違ってもとってはいけなかったのに。
大国と縁が結ばれるとなって、レミット国は気が大きくなっていたのかもしれない。
仮にメルフォア国が何か言ってきたとしても、ではモルゴーレ国をどうにかしてほしい、などと返しても国力的な面を見るとメルフォア国よりもモルゴーレ国の方が圧倒的なので。
弱小国が大国の横暴に屈する未来しか見えなかったのだ。
それにしてもレミット国の態度はどうかと思うし、後になってからメルフォア国が抗議をしても、モルゴーレ国と結びついた以上下手に戦争を仕掛けたとして、そうなればモルゴーレ国からも兵は出るだろう。
従属国からも出兵してきたのであれば、尚の事メルフォア国に勝ち目などない。海を挟んでいる分、レミットとモルゴーレ両国が手を組んでメルフォアに侵略に来る可能性も低いので、メルフォアから仕掛けなければ余計な犠牲は出ないと思われる。
大国の方からわざわざ縁を結びたいと言ってきたのだ。であれば、下手に敵に回るような事をするよりもその言い分を呑んだ方がレミット国にとってメリットが大きい。結果、メルフォア国が敵に回るような事になったとしても。
話し合いに当事者を交える事もなくさっさと決定した事を告げられて、ブリジールとて流石に何も思わないわけではなかった。
せめて勝手に決めてしまって済まないだとか、殊勝な態度に出てくれていればよかった。
いや、ブリジールの内心は全然良くはないのだけれど、それでもまだ、そういう態度であったならまぁそちらの国の存続がかかっていると思える案件なので、仕方がない……と無理にでも自分を納得させるつもりではあったのだけれど。
お前との婚約はなかった事になった。だからもう、さっさと国に帰っていいぞ。
と、まるで野良犬を追い払うみたいな態度で言われたのだ。
ブチ切れてぶん殴っても許される所業であるとブリジールは思っている。
婚約を結んで五年間。
婚約の話が出る前は、お互い拙い文字でもって文通などをしていたので付き合い自体はもう少し長いのだけれど、それでも婚約が決まって故郷を出てレミット国に来たブリジールの五年間を、一体何だと思っているのか。
自分が好きで旅行にやってきました、とかであるならまだしも、将来はこの国の王妃となってルドウィンを支えていこうと思ったがために、幼い頃から様々な分野を学んできたのに。
決して一度だってお客様扱いなどされていなかった。
それもあったから、自分はこの国の一員なのだと思うようになっていたのに……
淑女としての教育も勿論されていたけれど、それでもブリジールは怒り心頭だった。恐らく、人生で初めてここまで怒ったのではないかというくらいに。
「まだ若いとはいえそれでも女性の五年間を棒に振ったのです。
お覚悟なさいませ! こうなったらルドウィン様の事、呪って呪って呪いつくしてやりますわ!」
「ははは、威勢だけはいいな。呪い、ね。好きにすればいい。
こちらに直接被害を及ぼすようなら無事に帰れたかも疑わしいが、そんな気概もなかったか。
精々故郷で泣き暮らした後は適当な家の後妻にでも入るのだな」
私が好きだった男は思っていた以上に中身が下種なのではないだろうか、と思ったが。
それでもその時ブリジールはまだ怒り心頭状態だったので、そこまで考えが至らなかった。
後になって冷静に思い返して、あんなクズと結婚しなくて良かったのでは、と思うようになったのだが。
まぁその頃にはきっちり宣言通り呪っていたのである。
レミット国の仕打ちに勿論メルフォア国はブチ切れ寸前だったが、海を挟んでいるのもあって気軽に行き来するようなものでもない。もう滅多な事ではこちらに帰ってくる事もないのだろうなと思っていた愛娘がある日突然帰ってきた挙句、婚約はなかった事にされた、などと言われたメルフォア国王は思わず戦争吹っ掛けたい衝動に駆られたけれど、ブリジールに冷静に諭された事で戦争は回避された。
どう考えてもこちらが不利なのだ。
たとえどれだけこちらに正義あり! などと謳っていたとして、それでも負ければ悪となるのは長い歴史でわかりきっている。すっかりメルフォア国が滅んだ後、何百年も後になってからその時代の歴史家が当時の事を調べてメルフォア国の真実が明かされたところで、滅んだ後ならどうしようもない。
「だからねお父様、私、こうなったらルドウィン王子の事とことんまで呪ってやりますの! ついでに、横恋慕してきた女もよ!」
「そうだなその意気だブリジール! 思う存分やりなさい!」
五年ぶりに帰ってきた愛娘は愛らしさが天元突破していたのもあって、王はそんな娘のやる気を萎えさせるどころか全力で応援した。
よーし、呪うための部屋を作ろうな! とか言い出しそうなノリである。
一応この世界に魔法は存在している。
ただ、誰にでも使えるわけでもないし、使えても焚火の火種を作るとか、少しの水を出すだとか、ふわりと風を起こすとか。地面に小さな穴をあけるだとか。
擦り傷程度の怪我を治すだとか。
まぁ、魔法といってもそれくらいだ。
街を一瞬で火の海にできるような威力の魔法を使える者は大昔には存在していたようだが、今となっては魔法が使えるといってもキャンプでちょっと役に立つかなぁ……くらいが関の山。
だが、それでもメルフォア国には魔法が使える者が多く存在していた。
今は微々たるものであっても、いつかまた、先祖返りのように強大な力を持つ魔法使いが生まれるかもしれない。
そういう希望は存在していた。
そして、本来ならばそんな奇跡を願うように、レミット国はメルフォア国との結びつきを望んでいたのだ。
だが確かに魔法使いの再来を望むなど、本当にあるかもわからない夢物語でもある。
それならば、すぐ近くの大国の機嫌を取った方がマシとなるもの仕方がない事も……いやでも態度が気に食わん。いくら海挟んでるからって事後報告で王女帰すのどうなの? 礼儀ってご存じ? まぁいいやあの国との貿易打ち切ろ。向こうの王家がそんな態度じゃこっちの商人もいつ難癖つけられて商品だけ奪われるかわかったもんじゃないし。
国王は今後の予定にさらっと商業ギルドへの通達という項目を増やした。
ついでに今後向こうの国からの入国も拒否したい勢い。
とはいえ、いきなり鎖国状態にしちゃうと向こうの国に出向いてこっちに帰るつもりだった民が戻ってこれなくなるので、そこは慎重にやるつもりではあるが。
ともあれ、メルフォア国王の中でレミット国とは国交断絶するというのだけは確定だった。一応後でお前んとことは絶交な、というのをそれっぽい言葉にした親書を送りつけるつもりである。
それくらいしないと、王妃が間違いなくこちらの尻を叩いてくるのが目に見えているので。
正直国王も怒り心頭ではあるが、王妃のキレっぷりの方がヤバイ。
まぁ、一応、向こうがモルゴーレ国を選んだのも仕方のない事かなぁ、と王も思わないでもないのだ。
モルゴーレ国はメルフォアと違い、魔法使いの再来など気の遠い事を望むより魔道具というものを開発して、誰にでも魔法めいたことができるようにとした国だ。
あの国で魔法を使える人間など誰もいないが、それでも魔道具のおかげで豊かな暮らしができている。魔道具によって、魔法が使えなくても魔法使いのような真似事ができるようなものなのだ。
とはいえ、その魔道具も今はまだ生活を豊かにする程度でしかない。
いずれもっと威力の強いものが生み出されたら、武器として扱えるようなものができたのならば。
間違いなくモルゴーレ国はあちらの大陸で最強の軍事国家になりえるだろう。
それもあって、あの国は己が強者だという事を理解しているし、だからこそ王家の婚姻に横やりをいれてきたのだ。
「ま、相手が悪かったわな」
メルフォア国王は思わずそう呟いていた。
いや本当に。相手が悪かったと思う。
よりにもよって、うちの娘が呪うと宣言してしまったのだから。
――そういうわけで色々とメルフォア国王やメルフォア国の重鎮たちが奔走した結果、無事に――と言っていいかは謎だが――レミット国との関係はすっぱりと断ち切ることができた。後から泣きついても知らねーからな、くらいの気持ちである。
陸続きであったならもうちょっと揉めたかもしれないが、お互いの国の間に海があるというのは関係を断ち切るとなると案外あっさり事が運んだ。陸路なら時間がかかっても徒歩での移動も可能だが、海路はそういうわけにもいかない。行き来するにはそれなりのモノが必要になる。
商人たちからすれば損害もそれなりだが、しかしメルフォア国側の商人たちはその理由を聞けば納得したし、別に商売相手はレミット国だけではない。新たな販路を切り拓けば済む話だ。
だからこそ、メルフォア国側は思っていたよりも早く、表向きは平穏だったのだ。
平穏になれなかったのはレミット国側である。
まず海の向こうから定期的に商売に訪れていた商人たちがやってこなくなった事で、こちらの国では貴重とされていた香辛料や本などが入手困難になった。香辛料として使われている一部のハーブなどは、こちらの国で栽培すればいいのではないか、という話も出たのだがしかし環境的に品種改良を重ねなければ恐らく無理だ、というのが学者たちの結論であった。
それに、一部のハーブの栽培が成功したからとて、それで終わりではない。
複数のハーブを乾燥させ岩塩と合わせた調味料は、どのハーブをどれだけ混ぜるかで味が変わってくる。
しかも岩塩だってこちらの国とあちらの国とで微妙に成分が異なるのか同じように作ったとしても味に大きな違いが出るのだ。
同じように作ったところで異なるハーブが使われれば、味が違うのは当然である。
肉料理や魚料理に欠かせなかったスパイスが入手困難になった事で、今まで平民たちに親しまれていたメニューの大半が平民たちの口に入らず、貴族たちが大金を支払えば何かの記念日の折には食べられない事もない……くらいの高級品になってしまった。
メルフォア国から直接仕入れることができなくなっても、メルフォア国と取引をしている他の国を経由して入手は可能だ。ただ、その場合今までの相場の二倍から五倍くらいにまで仕入金額が跳ね上がるので、市場に出るとなると利益をださねばならないため値段は驚くほどに高騰した。
今まで好物だったメニューが食べられなくなったという事はとても不幸だが、しかし慣れるしかない。何も全ての食べ物が国から消えたというわけではないのだ。他に、新しく好物を見つければ今食べたくても食べられないというどうしようもない気持ちも多少は薄れてくれるだろう。
そう願うしかない。
平民たちにとってメルフォア国との関係が切られてしまった事の被害はそれくらいだが、それくらいで済まなかった人物がいた。
ルドウィン王子である。
ブリジールとの婚約をなかった事にして彼女を捨て、彼女が国へ帰ったとされる日から一年ほど経過した時だろうか。
学園で二年生になっていた彼はある日突然の激痛により、絶叫して倒れた。突然の出来事に彼の周囲にいた側近候補の中でもっとも腕力がある者がルドウィンを医務室へ運び、それ以外の者は速やかに王家に連絡を入れた。
学園の中でもルドウィンと仲を深めていたレミリアもその場にいたけれど、彼女にも何が何だかわからなかった。だって突然の絶叫だったのだ。そうして下腹部あたりをおさえて倒れてしまった。
レミリアに医療の心得はなかったので、何があったのかもわからないのであれば、自分にできる事はほとんどない。
医務室で、ルドウィンの片手を握り、レミリアは必死に彼を励ましていた。
学園に在籍している医師は専門医というわけではない。ある程度怪我の手当てはできるけれど、病気などの対処は専門外だ。
レミリアが掴んでいるのとは逆の手が下腹部あたりにある事もあって、恐らくそこが痛いのだなとはわかるのだけれど。
流石にレミリアという女性がいる場で下半身の確認をするわけにはいかない。
腹部あたりなら上着を脱がせる方向で済むが、下腹部である事が問題だった。場合によっては下着の露出もあるだろう。いくら婚約者の座にいる女性だからとて、流石にそれは問題がある。
だからこそ、医師はなるべく穏やかにレミリアに退室を願った。
同時に王家からすっ飛んできた幼い頃より王子のかかりつけ医をしている者が来たので、診察はそちらに任せる事にする。
結果として。
ルドウィンの金た……ではなくゴールデンボールの片方が破裂していた。
それを聞いて側近の令息たちは皆一様に顔を青ざめさせた。
たとえば何かボールのようなものだとかが、ルドウィンの股間に勢いよく飛んできてぶつかった、とかであればまだわかる。
けれどもルドウィンが倒れた時、そんな事実はなかったしルドウィンに危害を加えられるような何かが近くにあったとも言い難い。
外部からの刺激ではなく、内部からであるのなら。
何らかの病気を疑うべきだ。
けれど果たしてある日突然金の玉が破裂するなんて病気、あるのだろうか。
もしあるのだとしたら、それはある日突然自分たちにも襲い掛かってくるのでは?
そう考えただけで、男性からするととても恐ろしいものだった。
知らず無意識のうちに令息たちは内股になりつつあったくらいだ。
内側からまるで熟した果実が割れた時のような状態になり、ぐちゃぐちゃだったのである。
一か所裂傷がおきた、とかであれば、まぁまだどうにかできたかもしれない。
けれども内側からぐちゃぐちゃとなれば、治しようがない。
一か所切れた程度なら傷口を縫い合わせて……となるが、縫い合わせるも何もという状態だ。
小爆発がそこで起きたと言われたならば納得するような状態だった。
あまりの凄惨な光景に医師も思わず口を片手でおさえて「なんとむごい……」と震えた程であった。だってもう手の施しようもないので。
一体全体どうしてこんなことになってしまったのか。理由すらわからないのだ。そりゃあ同じ男性なら自分も同じ目に遭うかもしれないと思って恐れおののく。
ルドウィンは一応生きてはいたが、しかしあまりの痛みに学園生活はしばらく無理であるとされ、城で療養する事となった。休学である。休学理由は流石に言えるわけがない。
だからこそ事情を知らない生徒たちの間で様々な憶測が飛び交った。その中でも特に有力な情報として出回ったのが、第一王子ではなく第二王子が立太子するのではないか、という噂だ。
学園を卒業した後に第一王子であるルドウィンが立太子する予定であったが、病気療養による休学。
数日休む程度ではない。休学である。つまりそれは、短期ではなく長期的な休みになる可能性を秘めているという事。ルドウィン王子は勉強ができないわけではない。故に、十日や一月程度なら休学手続きをしなくとも、普通に休んで授業に戻ってきたところで学園の授業についていけないなんて事があるはずはないのだ。だが休学手続きを取って休んでいる、というのであれば。
もしかしたら、次の王になるのには難しい病気であるのかもしれない。
そういった噂が駆け巡ったのである。
その結果として、もしそれが事実であるのなら第一王子を支持するのではなく第二王子についた方がよいのではないか? という貴族たちの思惑もそこかしこで巡り始めた。
いくらモルゴーレ国の王女との婚約が決まったとはいえ、王になれないのであれば、第一王子を敵に回すまでいかずとも、自分たちの立ち位置を見直すべきではないか? そんな風に考えた貴族たちは大勢いたのである。
流石に言えるはずもない。
王子の二つあるゴールデンボールのうち一つが破裂した事でしばらくの間日常生活が困難になった結果の休学であるなどと。
いっそ白状してしまえば第一王子の支持やめよっかな……と考えてる貴族も早まった真似はしないだろうけれど、だがしかし金の玉が破裂したなんて事実を知られたらそれはそれで周囲から人が遠のきそうだ。
婚約者であるレミリアはその場に居合わせた事で事情を知ってしまったからこそ、彼女もルドウィンの看病をするという形で一時的に休学する事になった。
ある程度事態が落ち着かないと、流石に大国の王女相手に不躾な質問をしてくる者はいないと思いたいが、しかしそれも絶対ではない。後先考えない命知らずが、ゴシップに命をかけてるような奴が、何とかして情報を引き出そうとレミリアに付き纏う可能性はゼロではなかったのだ。
故に、レミリアもまた己の身の安全を確保するために城で保護される形となった。留学の際こちらの国に用意した屋敷にも、場合によっては侵入者が来る可能性も捨てきれなかったので。
普通に考えたら大げさかもしれないが、しかしルドウィンもレミリアも王族なのだ。
軽く考えた結果大惨事を招くより、最初から大袈裟なくらいの自衛をした方がマシだった。
ルドウィンがどうしてそうなったのか、という原因もわからないせいで、もし他の人間にも同じような事があれば……と一部の事情を知る男性たちは常に恐怖に晒されてもいた。仮にもし同じ病気になっていたのなら、自分もある日突然あんな目に遭うかもしれない……と考えれば、不安しかない。
だがしかし、そんなある日、レミット国に高名な占い師が訪れた事で。
ルドウィンに訪れた悲劇を知る事になったのである。
その占い師は奇跡のような魔法は使えなかったけれど。
しかし、失せ物を見つける力はずば抜けていた。
ただ失くした物を見つけ出す力ではない。
本人も知らぬ間に失っていた重要な何か、を見つける事に長けていた。
恐らくは魔法の力がそちらに寄って出たのだろうと言われている。
とにもかくにも、王家は藁に縋るような気持ちでその占い師を城に招き、事実を吹聴しないように契約を結んだ上で、王子が失う形となったモノの原因を探って欲しいと依頼したのである。
占い師は表情筋があまり仕事をしないタイプだったので露骨に顔に出なかったけれど、しかし一歩間違えたら腹を抱えて崩れ落ちているところでもあった。
とりあえず仕事道具の水晶玉を取り出して、机の上で覗き込んでみる。
「あ、はい。出ました。呪われてますね王子」
そしてとてもあっさりと答えたのである。
呪い、というキーワードに心当たりはあった。
かつて婚約していたブリジール王女。
ある意味不誠実な婚約解消の仕方だったので、確かに別れ際彼女は怒っていた。
そして呪って呪って呪いつくしてやると確かに宣言していたのだ。
「なんという事だ……!」
それを聞いたルドウィンの父は思わず天を仰いだ。
確かに、あの時はモルゴーレ国を敵に回すかどうかの瀬戸際みたいな気持ちもあった。
そしてルドウィンがレミリアと恋仲になっていたのもあって、これ幸いと大国と縁付くことを選んだ。
だが、それら全てを決めた時、当事者である婚約者だったブリジールも、その保護者も後見人にも話は通さず、全てが終わった後の事後報告であった。
遠くの小国より近くの大国。別にメルフォア国が敵に回ったところで大したことはないだろう。なんて軽く考えていたのも事実だ。
結果として、いくつかの香辛料がレミット国に届かず一部の料理が馬鹿みたいに高級品になってしまったわけだが。懐かしいあの味はもう手の届かないものになってしまったんだ……というのは何も平民に限った話ではなかった。
王家でもいくつかのメニューが消えたのである。
頻繁に出るものではなかったから平民ほどあの料理が食べたくて食べたくて震えるという事にはなっていなかったが、それでも食べたいときに食べられないというのは精神的にかかる負荷が違う。
けれど、ルドウィンとレミリアが結婚した後であるのなら。
モルゴーレ国の手を借りて他の仕入れルートからどうにかなるのではないか。今少しの辛抱ではないか。
そう思う事で香辛料に関しては先延ばしにしていたのである。
だがまさか、ブリジールの呪いがこうして見事に発動することになろうとは。
王子を呪うなどこれは我が国に対する敵対行為だ! と言えればいいが、原因を作ったのはその王子本人で、しかもブリジールが呪うと言った時にルドウィンはやれるものならやってみろ、と言ったも同然なのだ。
それで今更呪いが発動したからとて、文句を言ってもじゃあ呪ってみろなんて言わなきゃよかったし、あの時点で素直に不誠実な事してごめんね、とでも言っておけば良かったのだ。
それで許されるかどうかは別として。
だが、そういった殊勝な態度に出ていたならば、ブリジールだって呪ってやりますわ覚悟なさいませ! と啖呵を切ることはなかっただろう。
そういえばあの国の人間は大したことがなくとも魔法を使う事ができていたな、と今更のようにレミット国王は思い出していた。
もしかしたら、ブリジールの魔法の力は人よりも強いものだったのかもしれない。
もしそうなら、生まれた子供にもその力が遺伝したかもしれないと考えると、途端に惜しい気持ちにもなるが、やはりこれも今更である。
向こうに謝罪をしようにも、既に国交は断絶。海路でしか向こうの国に行く方法はなく、また船でメルフォア国へ行ったとしてもこちらの国の船は港に近寄っただけで攻撃されるのだとか。
一応事前に警告はしているようだが、それを無視して近づいた時点で容赦なく沈めにかかるらしい。
つまり、直接赴いての謝罪は命の危険がある。
かといって、手紙を出そうにも向こうは確実に受け取らないだろう。
レミット国の王からの親書である、と送ったとしても既に関係を断ち切った国からの手紙だ。読んだところで返事をすることなく捨てる可能性すらある。
戦争になるかどうかの判断だけして読んでくれればいいが、読まずに捨てる可能性も高かった。
レミット国の王からではない、普通の手紙を装って出したとして、中身がこの国の王からであったなら悪戯を疑われて実際に本当に王からの親書であったとしても取り合うつもりはないだろう。
今更の謝罪など一切不要、とばかりに無視される未来しか見えない。
いや、きっともうメルフォア国の王にとってレミット国という存在自体がなかった事にされているに違いない。それはさながら室内に入ってきた害虫を処分した後のように。始末した害虫の事などいつまでも覚えているはずがない。
「その呪いをどうにかする方法はないのか!?」
国王が焦ったように聞けば占い師は首を傾げながらも水晶玉を覗き込んだ。
「あー、あぁ、あるにはあります。見えました。
ただ、ちょっと難しいかも」
「どんな方法だ? 難しくとも呪いを解くことはできるのだろう!?」
「えぇまぁ、はい。
えーっと、かつてあった信頼を失せ物と見立てて調べてみた結果なんですけど。
この呪いは二年後に完遂します。
ま、玉は二つしかありませんからね。二年目にもう一つが破裂しておしまい。こうなったら男として生きてくの難しいだろうなぁ……子供作るならそうなる前に作らないと。
おっと、話がそれました。既に一つ破裂しているので、一年は経過していますね。つまり残された時間はもう一年も残っていない。
その上で言います。
呪いを解く方法は、呪われたその日から一日に一つ、ホビロンを食すこと。食べなかった日があるなら残された日数に分配して食べる事。
……うわ、マジかぁ……うわぁ。うわぁ……」
露骨なくらい表情を歪めた占い師に、国王は、
「ホビロンとはなんだ?」
そんな顔をするようなものなのか? と問いかけた。
「ホビロンってーのはイブラーニャ国の名産みたいなものなんですが……」
「イブラーニャか……モルゴーレ国の更に向こうにある国だったな。確か砂漠の近くの」
「えぇ、そうですね。えーっと、そっちよりこっち側に近い国だとバロットって言われてるんですけど」
「なんと! バロットの事だったのか」
「はい。それを二年分。既に一年分食べるのをサボっているので、一日一個じゃなくて数個まとめて食べないといけません。いやこれ難しくないですか?」
「う、むむ……」
言われて王は考えた。
確かに厳しいかもしれない。
ホビロンという名称は王は初めて聞いたけれど、バロットならば知っている。
とてもふわっと言葉を選ぶなら一応卵料理と言えなくもない。
率直に言うならば、アヒルの胎児を殻ごと茹でたものだ。卵の殻を割ったら中から黄身と白身通り越して既に雛の形になっているやつがお目見えする。
味は美味しいらしいのだが、しかし見た目で圧倒的に食わず嫌いが発生する。一種のゲテモノ料理扱い。
素材か調理の仕方のどっちに原因があるかはわからないが、時折とても臭みがあるものにあたると色んな意味でキツイと評判の珍味である。
かつて外交でモルゴーレ国の隣に位置するガルンティア国でバロットを見て、王は食べる以前に見た目で遠慮したタイプである。
地元の人は美味しいって言ってたけど、申し訳ないがあの見た目はちょっと……となってしまったのだ。
それを、呪われた日から一日一個食べないと呪いが解けない。
既に一つ破裂しているので、一年分サボっているとみなして、一日一個どころか二個か三個食べなければならない、と……
王も未だに食べられる気がしないアレ。王よりも偏食がちなルドウィンが、果たして呪いを解くためとて食べるだろうか?
一日一個なら、まぁ、見た目がちょっとアレな薬と言い聞かせて食べる事も可能かもしれない。だが二個か三個、下手すると一日に四つくらい食さねばならぬとなれば。
……一つでもハードル高いのに複数とかもっと無理では。
「まぁ、呪いが発動する前にどうにかする手段はもう一つ、ないわけじゃないのですが」
「なんだ!?」
「もう片方の玉を、先に切除してしまえばいいんですよ。そしたら呪いは発動しません。だって無いものは破裂しようがないからね」
「流石に無理じゃろ!?」
「ですよね。今からホビロン扱ってる国から輸入してそれらを呪いが完遂する二年目までの間に二年分食べるのも大変だろうけど、そっちの場合ならまだ片方残ってるから子供はできなくもないですもんね」
とんでもねぇ選択肢を突きつけられている。
破裂までの時を怖々と待つか、いっそ自ら先んじて切除するか。
確かに破裂する玉がなければ破裂しようがないとはいえ、そこは大事な部分である。いや身体のどの部分であっても大事な事に変わりはないのだが。
しかしこうして解決策が出たとしても、バロットはレミット国ではどちらかといえばドマイナーな食材である。自国では売られていない。
というか、そもそもあれはアヒルの卵で作られている。レミット国ではあまりアヒルを育てる傾向になかった。そうなると輸入するしかない。
というかだ。
輸入するにしても。
王子が食べるためだけに輸入するわけにもいかないだろうから、一般向けの流通も考えたとして。
間違いなくこの国であの食べ物はウケない。そんなものを輸入するくらいならもっと他に輸入するものがあるだろうと民から不満が出る未来が、予言者でもないのに王にはありありと想像できてしまった。まずそんなん入手する前にメルフォア国から途絶えたスパイス関連どうにかしろという声が聞こえる。幻聴だ。
「そんな……もし二年分のバロットを食べきれなければ結局呪いは発動するのでしょう? そうなればルドウィン様の子をなすのは不可能……」
「そうですね、今のうちに仕込んでおきます?」
ぐっ、と親指を人差し指と中指の間に差し込む占い師に、王は思わず「やめんか」と突っ込んでいた。
レミリアも実はこの場にいたとはいえ、流石にレディに対してやっていい仕草ではない。
ルドウィンに惚れて、彼の子を産みたいと思ってはいる。だがレミリアは仮にも王女で、故にきちんと結婚してからそういう事はするべきであるとわかってもいる。
けれど、もし呪いが完遂してしまえば彼は子種を作る事ができなくなる。学園を卒業後に結婚が決まっているが、呪いはそれよりも早くに完遂するのだ。
そうなれば子は絶望的。ならば今のうちにという占い師の言葉も理解はできる。
だが、それは流石に……と横恋慕して婚約者を奪う割に常識は持ち合わせていたレミリアは周囲が思っている以上に思い悩んだ。
「あ、言い忘れてましたが。そちらのお嬢さんも呪われてますよ」
「えっ!?」
占い師があまりにもあっさりと言うものだから、レミリアは危うく聞き流すところであった。
けれども不誠実な形で婚約を破棄したルドウィンもルドウィンだが、気に入ったからといって婚約者がいる相手に横やりを入れたのはレミリアである。自分が大国の王女であることを自覚した上で、自分の願いは叶うものだと信じて疑う事なくブリジールという小国の姫の事など一切気にすることもないまま、レミリアはルドウィンを奪ったようなものなので。
ブリジールからすれば確かにこちらも呪う対象であろう。
「わ、わたくしの呪いは一体どのような……!?」
「あぁ、命に別状があるようなものではないですよ。成人と同時に垂れます」
「え?」
「垂れます、その胸と尻」
「えっ!?」
占い師はいやらしい目を向けてなどいないけれど、それでもレミリアは思わず人目から隠すように自分の胸を両手で覆った。
垂れる? 垂れる……!?
成人前だというのに既に一人の女性として完成されたプロポーションであるという自覚をレミリアは持っていた。男性の目をくぎ付けにし、女性の目には一種の憧れを滲ませる自らのこの美貌の肢体。
それが、垂れる……!?
「垂れて、多分腹のあたりまで? 普段は下着などで矯正できるかもしれませんが、着替えの際、脱いだら垂れますし、夜着は下着をつけないという方も多いですがその場合は垂れっぱなしですね」
そんな占い師の言葉に、その場に居合わせた者たちは視界の隅でレミリアを見た。堂々と直視するのは流石にどうかと思ったからだ。そこまで思うくらいなら、いっそ視界に一切入れてやるなよと占い師は思ったのだけれど、まぁ思うだけでそこは口に出していないので伝わりようがない。
レミリアの胸はそれはもう立派なサイズだ。一国の王女だとわかっているからこそあからさまな視線を向けたりはしないようにしているけれど、それでもやっぱり目が行くくらいには御立派なサイズなので。
それが腹のあたりまで垂れる、と言われてしまえば。
ただ垂れる、であればまだしも腹と明確に場所を指定されてしまったが故に。
その御立派な胸が、腹のあたりに移動して……? とリアルに想像できてしまったのである。
それはレミリアも同様だった。
「えっ……えぇっ!?」
胸として存在しているならこのサイズはむしろ何も問題はないけれど、これが腹にくるとなれば話は別である。
まだ何もできていないのに一体何か月ですか? とか聞かれそう。つまり、垂れたら最後ナイスバディなそれは妊婦に見間違われるものへ変わるのである。
実際に妊娠したらどうなってしまうのか。
妊娠して膨らんだ胎と垂れた胸の相乗効果でもっと酷い事になってしまうのではないか。
想像するだけでも恐ろしいが、更に尻も垂れると言われて。
「こっ、この呪いは一体どうすれば解けるの!? まさかルドウィン様と同じようにバロットを……!?」
「いえ」
一日一つ二年分のバロットを食せ、というのはレミリアにとっても苦行であるが、しかしそれで呪いが解けるなら頑張るしかない。
「グラブジャムンです。ちなみにイブラーニャ国の隣にあるハロットカーン国で親しまれているお菓子ですね」
「ひっ」
占い師の言葉に、レミリアは悲鳴を上げかけた。
レミット国からは遠いのでこちらではあまり知られていないようだけど、モルゴーレ国からはそう離れていないのでレミリアでもその菓子の名は知っていた。
平たく言うならドーナツのシロップ漬け、だろうか。ハロットカーン国で親しまれている、という言葉は嘘ではない。だが、日常的によく食べられているか、と言われるとそうでもない。
何故って馬鹿みたいに甘いのだ。
確かにあの国はスパイスを使った刺激的な料理が多いからこそ、それと相対するかのような甘い菓子が多くあるのだが、グラブジャムンはその菓子の中でも群を抜いていると言ってもいい。
甘いだけならまだしも、カロリーもとんでもないのだ。
女性が一日に摂取しなければならないカロリー量を軽率に超えている。
「そ、それを……呪われてから呪いが発動するまでの間……もしかして」
「えぇ、毎日一つ」
「今まで食べてなかった分も……?」
「はい、加算されます」
「ひぃっ!」
あまりの恐ろしさに今度こそレミリアは悲鳴を上げた。
女性が一日に摂取する必要なカロリー量を遥かに超えてるくせして、栄養があるか、と問われればドーナツなので炭水化物とあと糖分。他の栄養が含まれているか、となるととても微妙である。
材料にいくつか工夫すれば多少、ビタミンとか追加できるかもしれないがそれでもあまりにハイカロリー。
食べた分動けば太らない、と言われているとはいえ、それだけのカロリー消費をするとなれば毎日休む事なく運動し続けるくらいしないととてもじゃないがあっという間にカロリーは脂肪へと変換されるだろう。
普通の食事のかわりにグラブジャムンで済ませる、なんて事ができないのがネックである。
とんでもハイカロリー爆弾であるアレを、毎日……?
いえ、一年分程ノルマをこなしていないとみなされているから、今からとなると一日一つどころか、二つ三つと食べなければならない……と?
「まぁ、ふくよかな体は一部の国では飢えることがない象徴とされていますからね」
占い師の言葉が何の慰めにもなっていない。
「あとはまぁ、直接呪いをかけた本人に解いてもらうか。あぁ、下手に相手を亡き者にしようとした場合、死の間際に更に呪いの力が強まる事がありますのでご注意を」
絶望である。
本人に謝罪に行くにしても、海を越えなければならない。
レミット国とメルフォア国の国交は断絶してしまったが、モルゴーレ国はそうではない。
けれど、国交断絶の原因でもある事に変わりはないので。
仮にモルゴーレ国がメルフォア国と改めて関わりを持とうとしたところで、果たして向こうが受け入れるかは……可能性としてはとても低い。
というかだ。
謝罪をするにしたって、婚約者を奪ってしまってごめんなさい、なんて。
いくら本当の事でもそんな謝罪はどう聞いても嫌味にしか聞こえない。
レミリアがブリジールの立場であったなら、そんな謝罪をされて呪いを解くなどあり得なかった。
大国の権威を振りかざすにしても。
この大陸では大国であるけれど、メルフォア国のある大陸までその威光が轟いているかとなれば微妙なところなのだ。向こうの大国――セイレネス帝国の方がよっぽどであった。
ここでうだうだ悩むくらいなら、一刻も早く呪いを解呪するための品を取り寄せて摂取していくしかない。
ない……のだが。
「仮に呪いが解けても、あんなの毎日食べてたらあっという間に太るじゃない……!」
それでなくともレミリアは甘い物はそこまで好きではない。果物ならまだしも、お菓子となると甘すぎる物はあまり好んで食べる方ではなかった。
それなのに。呪いを解くためにはレミリア基準頭おかしいとしか言いようがないレベルの甘さを摂取しなければならないと聞かされて。
レミリアの言葉は、まるで血を吐くかのようだった。
――海の向こうの情報なんて、ある程度気を付けて収集しない限りは滅多に入ってこない。
勿論そういった情報を積極的に集めている者もいるので、まったく入ってこないというわけではないが……それでも、どうでもいいと思っているような相手のところに事細かには入ってくる事は本来ならばない。
けれども、そんな相手の所に情報が届けられたのは、その相手が関与している事だったからだ。
「――ふぅん? ルドウィン様ではなく弟君が王位を継承したの。そう。
ルドウィン様は領地に引っ込んだ? ふぅん。
その妻のレミリア様は社交にも出てこない? へぇ。
どうでもいいわ」
心底から興味なんてありません、と言わんばかりにブリジールはレミット国の事を知らせにきた者にそう返した。
だって本当に心底どうでもよくなったのだ。
確かに当時は婚約者だったから、歩み寄る努力もしたし、慕ってもいたのだけれど。
だがあの時、呪ってやると宣言して、そうして国に帰っていざ呪った事で。
ある程度呪って満足したのだ。呪われて死ねとまでは思っていなかった。流石に死なれたら寝覚めが悪くなりそうだし。ただ、ちょっとこっちを蔑ろにした分苦労してしまえと思ったくらいで。
絶対に解けない呪いになると色々と面倒な気がしたから、一応解ける呪いにしておいた。
だって本人にしか解けない呪いなんてやったら、海を越えてはるばるやってこないとも限らなかったし。
まぁ、解く方法を知らせていなかったから、高確率で呪いは発動したに違いないのだろうけれど。
仮に、もし呪いを解く方法を知ったところで。
ルドウィンの方は見た目が敬遠されがちな物だし、彼ならきっとあのままドーンと出されたところで文句ひとつ言わずに食べるなど無理だろう。普段食べてる食事と比べると見た目が違いすぎて、食べ物という認識を持てないのではないだろうか。
ブリジールはルドウィンの嫌いな食べ物を呪い解除のキーにしようかとも思ったけれど、記憶にある限りルドウィンが嫌いだと言っていた食べ物は、嫌いだけど食べられないわけではなかった。
なら、見た目からして食べるのを躊躇うようなものにしようと思っただけだ。
呪いが完全に発動した時点で彼は子を作る事ができなくなるだろうけれど、そんな彼がアヒルの雛を延々食べ続けるというのは何というか業の深い嫌がらせになったのではないかと思っている。
そのついでにレミリアの事も呪ったけれど、ブリジールはこれっぽっちも後悔などしていなかった。
ルドウィンからすればブリジールは確かに年下で、レミリアみたいな豊満な肉体はしていなかったけれど。
成長期はまだあるので、そこら辺に関しては今後に期待したい。
レミリアもブリジール同様お子様体型であったなら、まだ諦めもついた。その場合は身体ではなく顔か性格か人柄あたりで選ばれたのだろうと諦めるくらいはできたはずだからだ。
あのわがままボディで周囲の男性の目を掻っ攫うのは勝手だが、それでもブリジールの婚約を駄目にしてくれた事に関してはどうにかしたい気持ちがあった。
せめて、こっちにも打診してほしかった。
そしたら一方的に捨てられる形になんてならなかったかもしれないのだ。
それ故に、あのわがままボディを更なる爆発ボディに進化させてやろうと思った結果なのだ。解呪方法は。
まぁ、呪いが解けなくても、外で不貞をしなければ、垂れに垂れた身体を見るのは精々着替えの際の使用人と、あとは夫であるルドウィンくらいだろうし。
どうにかなるだろう。
死ぬような呪いじゃないだけ感謝してほしいくらいだ。
ブリジールはとてもしょぼい魔法しか使えないけれど。
けれども、呪う事だけは人一倍得意だった。
ただ、呪いが得意ですなんて言えば流石に色々と根も葉もない噂を流される可能性があったから口にしなかっただけ。
それにブリジールだって呪いが得意とはいえ、だからと言って気に入らない人物をそう簡単にホイホイ呪ったりしているわけではないのだ。
どうしても、我慢できない状況になった時だけ。
呪われても、解呪できないものではない。
解呪方法を教えないのは純粋に嫌がらせだが。
だが、呪った事で。
ブリジールの中ではもう終わった事なのだ。
呪いが成就しようとも、解呪されようとも。
けれど先程の話からすると、ルドウィンは王にはなれなかった。
もしかしたら、呪いが成就しちゃったのかなぁ、と思わないでもない。
レミリアだって社交に一切出てこないというのも、もしかして……と思わされる。
「あ、でも、そっか。呪いが解けたとしても人前に出られない可能性もあったわね」
あの時は恨み骨髄怒りマックスだったからそこまで考えていなかったけれど。
呪いが成就されていたなら、ルドウィンの玉は破裂するので子種を作る事がほぼ壊滅的。そうなれば王の血を直接引いた子を産むのは無理。ルドウィンが王なのにその弟や他の王族の血を引いた者が将来の後継者となるわけで。まぁ、子が産まれていたとしても、あまりにも無能だった場合やはり他の王族が後を継ぐルートはあるのだが。
だが仮に、呪いが解呪されていたとしても。
呪いを解く方法はバロットを二年分食す事だ。
もっとこう、神殿に祈りを捧げるとか慈善事業に力を入れまくるだとかのマシな方向性にしておけば……と今更になって思わないでもないけれど。
ともあれ、そんな解呪方法にしてしまった事で。
もしその方法を知ったルドウィンは、玉が破裂しては困るだろうからそうなれば解呪チャレンジをするしかない。バロットを食べたくないし玉も破裂させたくないからと自ら玉を切除はしないだろう。そうなると呪いが達成したような結果と同じ事になるわけだし。
呪いが解けたかどうかはさておき、その結果としてルドウィンが毎日のようにバロットを食べている事はそれとなく周囲にだって知られるだろう。
だってあの国ではメジャーな食べ物ではない。
遠い国から輸入しないといけないのだ。
インパクトばっちりな食材。噂にならないはずがない。
人知れず注文して届けるにしてもルドウィンは王族で、彼の一挙手一投足は常に人の目に触れると言ってもいい。
毎回商品を届けに来る商人だって、注文しているのが誰なのか正確にわからずとも城の誰かが頼んでいるのはわかっているわけで。
そうなると、うちの商品はとある国の偉い人にも愛用されてるんだぜ! くらいは言うだろう。
自分の所で扱っている商品が他国のお偉いさんにも愛されているなんて、宣伝文句としては充分すぎるものであるわけだし。
そうなると、流行に敏感な貴族たちも一応チャレンジはしようとするかもしれないが、まぁあの国ではウケるものではないだろうな……とブリジールは思う。いや、見た目を気にさえしなければ、美味しいのだ。時々臭みの強いものにあたることもあるけれど。
いっそ原型がわからないくらいに切って他の食材と混ぜて違う料理のようにして出されれば……と思わないでもないが、まぁ初見のインパクトは絶大。
他国の商人が王族がバロットを購入していると知らなくとも、国内の貴族たちにはひっそりと噂が流れるのではなかろうか。王子が、あのルドウィン様が毎日のようにアレを食べていると。
呪いに関して詳しく知っている者たちなら事情を知ってしまった以上何を言うでもないだろうけれど、そうでない者からすればルドウィンがゲテモノ食いに目覚めたと思ったっておかしくはない。
そういう風に思うのならまだ可愛いが、純粋にアレが大好物なのだと信じる者が出た場合。
贈り物に! と気を利かせてやらかす者も出るのではないだろうか。
ルドウィンがバロットに対してどのような感情を抱いているかはブリジールにも知りようがない。
美味しいと思っているのか、呪いを解くために仕方なくなのか。
美味しいと思っているならまだしも、いやいや食べているのなら、純粋な贈り物として届けられたそれらは色んな意味で負担だろう。
それどころか、下手に同士が存在してアレの美味しいアレンジ方法とかそういう話題になったなら。
まぁ、苦痛だろうなとも思うわけで。
ルドウィンはまだしも。
レミリアの方が色々と危ないかもしれない。
彼女は毎日グラブジャムンを食べなければならない。二年分。この世界の一年は四百日ほどなので、八百個のグラブジャムン。呪いが解けても今までに摂取したカロリーによって間違いなくむっちりボディになっているだろうし、解呪が間に合わなかったなら、むっちりボディにさらに垂れる尻と胸。
……社交の場、つまり人前に出るのは難しいかもしれないな……
そう思ったものの、当時傷つけられたことを考えると、呪っておいて良かったとブリジールは思うのである。
そうでなければ二年どころか三年が過ぎた今でも過去の事を引きずってうじうじしていたに違いないのだから。
「ま、子ができなくとも幸せになれる夫婦というのはいるという事ですし。見た目が少し変わろうとも、愛があるなら大丈夫でしょう、きっと」
ブリジールが一方的に捨てられたのが過去であるように、ブリジールにとってもあの二人を呪った事はとっくに過去の話になっていたのである。だからだろうか。
呪ったにもかかわらず、幸せになってるならそれはそれで、などとも思うのだった。
次回短編予告
原作知識がある? この先の展開を知っている? だから有利ってか?
だからってなんでもかんでも解決できるわけじゃねーぞ! みたいな転生勇者くんのお話。
ほんのり恋愛要素があるかもしれないけれど友情エンドという安定のその他ジャンル投稿の予定。