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14‐5 午と辰の探り合い

 ソラとトリスが村に向かっている一方で、エイヴとミゼラは牛舎周りの雪かきをしていた。

 二人でシャベルをせっせと動かしていると、エイヴがミゼラを見て急に微笑んだ。



「なんか、ミゼラが力仕事してるのって新鮮~」



 ミゼラは基本的に執務室から出てこない仕事をしているため、このように体を使ったことをする機会がない。

 普段から体を動かして作業しているエイヴと比べると疲れるのは早いが、ミゼラは負けないように体を動かしていた。



「そうでしょうね。……はぁ、アタシの仕事は、部屋の中で完結しちゃうんだもの」


「そうだよね~。少し休憩しようか~?」


「あら、さっき休憩したばかりでしょう。まだ必要ないわ」



 ミゼラは額の汗を拭って、シャベルを動かし続ける。

 エイヴは「そっか~」とミゼラの倍の量の雪をどかし続けた。

 牛舎周りの雪かきが終わると、エイヴはビニールハウスに戻って、肥料作りに取り掛かる。

 ミゼラもその様子を見学しながら、エイヴと話をした。



「……ソラとトリスが村に行くって言ったとき。あなた、止めなかったわね」



 ミゼラがそう切り出すが、エイヴの手が止まることはない。

 エイヴが管理するメリディアム領は、イーグリンド一農村が多く、古い価値観や迷信が今も根強く残っている。ミゼラはトリスを拾った日を思い出していた。



「あの日だって、トリスは迫害を受けていたわ。アタシの領じゃ、考えられない思考を持っている人がいるなんて」


「そうは言ったって、ここじゃそれが当たり前なんだもん~。君が俺にその話をした時は、「そうなんだ~」って驚いたくらいだからね~」



 エイヴはそう笑っていた。

 しかし、ミゼラがそれで終わるはずもない。

 ミゼラはエイヴを手伝いながら、彼に尋ねた。



「それで、いつから始める気なの?」



 穏やかで、争いを好まないエイヴだとしても、迫害を黙って見逃がすほど愚かな統治者ではない。エイヴは目を細めて、微笑んだ。



「春は世界の誕生。新たな芽吹きの前に、俺は今準備をしているんだよ~」



 目の奥に揺らぐ小さな光。

 それは傲慢を焼く太陽のようで、ミゼラは背筋が冷えた。



「それよりさ~。俺はミゼラがいつ動くかも知りたいな~」



 ミゼラの計画に気が付いているのはおそらくエイヴ一人だけ。

 フィリップは勘づいているだろうが、その内容にまでは気づいていない。

 エイヴはミゼラに尋ねた。



「君は、オーリアと同じ立場だよね~」



 エイヴの言葉に、ミゼラは「アタシもよ」と返す。



「アタシも、目覚めるための準備をしてるのよ」



 ミゼラのセリフに、エイヴは「楽しみだね~」なんてのんきに返す。

 ちょうど、ソラとトリスが屋敷に戻ってきたらしい。

 ビニールハウスの前をうろうろする影が見えた。


 ミゼラはトリスたちを呼ぶと、ソラが「防寒具を借りたい」とエイヴに申し出た。

 エイヴは「いいよ~」と屋敷にソラを案内する。

 ミゼラはトリスに状況報告をさせた。



「一番近い村で扱っていた商品は、この二つ以外全て本物の動物の毛が使われていました」



 トリスの報告を聞いて、ミゼラは少し考える。

 フィリアに相談する手もあるが、警察局が駆けつける頃に店じまいをしている可能性もある。それに、山の向こうに製造元があるのなら、素早い判断と行動が必要だ。

 警察局との連携は捨てがたいが、この雪、あの山を駆けていけるのは、狩りに慣れているソラが適任だ。


 ミゼラはトリスにソラの支援を言いつけて、トリスの分の防寒具を取りに行く。

 馬車に積んだ荷物を開けて、ミゼラはトリスに服を貸し与えた。

 ついでに、とソラの荷物を確認すると、ソラは防寒具なんてマフラーしか入れていなかった。



「何であの子、マフラーしか持ってないのよ!」



 ソラのマフラーを握りしめ、ミゼラは声を荒げるが、トリスからソラが寒がる様子が無かったことを告げられる。


 ミゼラは思い出した。

 ソラとは獄中で出会ったが、彼女は元々農民で、かなり貧困した生活を送っていた。

 仮に、冬に防寒具を買えるような経済状況じゃなかったとして、彼女は寒さを『気にしない』体質を備えていたとしたら。



(我慢することが、体にひどく染みついているのね)



 女の子なのに。

 花盛りの、年頃なのに。

 粗暴な口と、生きるための知恵と、身に余る迫害を背負って生きてきた。


 資料で見ていたはずなのに。

 実際、一緒に生活していたはずなのに。



 ——アタシは、一体何を見た気になっていたのでしょうね。



 鞄に隠すようにしまっているクロスボウを撫でて、ミゼラは目を伏せる。

 トリスはミゼラの背中に、かける言葉もなくてただじっと見つめていた。


 ミゼラはクロスボウを持つと、トリスに預けてソラと合流するように命じる。

 トリスがいなくなったのを確認し、ミゼラは手に残ったクロスボウの重さを嚙み締めた。


 ……そういう契約。

 ……——そういう契約だ。


 分かっていても、自分が仕向けたことだとしても。

 あのクロスボウは、女性が持つにはあまりにも重かった。



「……考えなくっちゃ。ソラを、これからどうするか」



 ミゼラは灰色の空を見上げた。

 雪なんて降っていないのに、体の芯まで冷えてしまいそうだ。

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